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BL小説・風のゆくえには〜親切な人(後編)

2022年12月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】

 11月3日は「初キス記念日」と「愛してる記念日」と認定している。(初めてキスしたのは高校2年生の時だ。懐かしい)

 当日は、「久しぶりに築地に行く?」と誘うつもりだった。少し前に慶がテレビをみていて、

「寿司食いてえなあ」

と、言っていたからだ。

 あえて約束しなかったのは、最近の慶は、突然仕事になることが多いので、約束をキャンセルさせる心苦しさを味あわせたくなかったからだ。

 しかし……その選択は、結果的に正解だった。なぜなら、おれが当日、メンタルをやられて、外出できなくなったからだ。

「ごめんね、なんかものすごく疲れたから出かけたくなくて……」

 そういうと、慶は目を見開いてから(たぶん、「めずらしい」って思ったのだと思う。でも、何も聞かないでくれた)、

「それじゃ、寿司でも取るか」

と、言ってくれた。やっぱりお寿司が食べたかったらしい。

 その夜は、お寿司を食べたあとは、ソファでくつろぎながらのんびりと過ごして……。
 そして、膝枕で頭を撫でてくれている最中に、流れるように、

「愛してるよ」

と、言ってくれた。あまりにもサラリと言われたため、うっかり聞き逃すところだった。

(なんだかなあ……)

 なんとなく、納得がいかない。

(一年に一回言う約束とはいえ……慶、なんか慣れてきた感じ?)

 この「愛してる」は、慶が恥ずかしそうにいうところに醍醐味があったのだということに、今さら気が付いてしまった。いや、もちろん、嬉しいんだけど……嬉しいんだけどさ。

(心に余裕がないからかな……)

 余裕があったら、こんな風に不満に思わなかっただろう、と思うと余計に腹ただしい。

 とにかく、この日は、慶にひたすら甘えて、なんとかメンタルを回復させて、翌日からは普通に過ごしはじめた。の、だけれども…


 翌々日の土曜日の午後。
 一人で駅前のスーパーで買い物をしていたところ、偶然、ばったりと、おれのメンタルを抉った池田さんというおじいさんに出くわしてしまった……

「なんだ!男一人でスーパーか!」
「…………」

 この人、普段から声が大きい。小柄で痩せ気味の体型からは想像できない大きな声。いつも怒っているように話すから、本当に苦手だ。

「独り身は大変だなあ! 自分で料理か!」
「…………」

 決めつけもはなはだしい。男が料理苦手だって誰が決めたんだ。

 そんなことを思いながらも、適当に返事をしてこの場を立ち去ろうとした、のだけれども。

「ちょっとお父さん!」

 少し離れたところにいた女性が、慌てたようにこちらに来ながら言ってきた。

「失礼なこと言って! 今どきの男の人はお料理するんだからね! あなたとは違うの!」

 池田さんの奥さんと思われる。夫に負けず劣らずの大きな声だ。でも、彼女の声は不快な感じはしない。運動部の元気な女子がそのまま大人になった、という雰囲気。池田さんよりも少し背が高く、健康的な感じ。

 池田さんは、妻の登場にムッとして黙ってしまった。でも、奥さんは気にとめた様子もなく笑顔でおれに軽く会釈をすると、

「あの……桜井さんよね?」
「え?」

 いきなり名前を言われて驚いた。会ったことあったっけ?

「はい……」

 慎重にうなずくと、奥さんはニコーッと笑った。

「やっぱりね。お祭りのときに受付で見かけたのよ。野々村さんと代わってくれたでしょ?」
「あ……はい」

 それで散々、あなたの夫に怒られました……という言葉はお腹にしまう。

 奥さんは、さらにニコニコとして、パチン、と手を叩いた。

「やっぱり! 私たちの間で評判だったのよ! 若いのにこんな親切な人がいるのねって」
「いえ、そんな……」

 若いとはいえないが、池田夫妻はおそらく70代半ばだから、それよりは若いか。

「それでね、桜井さん」
「はい」

 一歩踏み出されて、思わず後退る。でも、奥さんはもう一歩、踏み出してきた。

 それで、また、ニコーッと笑って、言った。

「うちの娘とお見合いしない?」


***


 そこまで話すと、慶は真面目な顔をして、

「………は?」

と、だけ言った。………怖い。

「あ、あの、もちろん断ったよ?」

 慌てて手を振ると、慶は「当たり前だろ」と吐き捨てるように言って腕組みをした。

 だから、怖いって…………

「指輪は? こういうときのために指輪してるんじゃないのかよ?」
「してるけど……自治会の届けを同居の家族無しで出してるから、結婚してないってことはバレてて……」
「…………」
「恋人がいるのでって断ったんだけど……どうして結婚してないの? できないような相手なの?って……」 
「なんだそりゃ」

 ありえねー、と、予想通り、不愉快マックスの顔の慶。

「で?」
「うん……で、正直に、僕はゲイなんです、恋人も男性なんですっていったんだけど……」

 それからの池田夫人の怒涛の説得はすごかった。

 それは生まれつきなの?女性は本当に絶対にダメなの?うちの娘は、家庭的で料理も上手。絶対に気が合うと思う。会ってみるだけでも……と。

 とにかく、結構です、と断ってその場を離れた。

 けれども、後日、道端で、今度は池田さんのご近所さんだという別の女性から声をかけられた。

「池田さんから聞いたわよ。せっかくだから、お嬢さんと会ってみなさいよ」

 と……。


「はあああ!? なんだよそれ!」

 今度は叫んだ慶。ホント、ごめんね、と思いながら、何とか言葉を継ぐ。

「奥様達のネットワークって怖いよね……」

 大きくため息をつく。
 しばらくの間、重い沈黙が続いた。……が、

「…………分かった」

 慶が、ボソッと言った。

 分かった? 何が?

 首をかしげると、慶はボソボソと続けた。

「今後しばらくは、出かけるときは必ずおれも一緒に行く」

 なるほど……

「で」

 バンッとテーブルを叩いた慶。

「おれも町会に入る」
「え」
「で、行事にも参加する」
「え」
「で、結婚してないけど結婚相当の間柄だって認めさせればいいんだろ!」
「…………」

 そ、そうきたか……

 慶は怖い顔をしたまま続けた。

「今度の集まりはいつだ?」
「ううんと……青年部が中心の、公園のクリスマスイルミネーションの準備が日曜日にあるらしいけど……」

 おれはこのゴタゴタもあったので、欠席の連絡をしていた。ただ、人手はいくらあってもいいから、突然の参加もOKとは言われている。

「よし。分かった。とりあえずそこに顔出す。いいな?」
「う………うん」

 慶、完全に戦闘状態だ。

(ケンカしないかな……大丈夫かな……)

 そんな心配をしたまま迎えた4日後の日曜日。

 心配は、杞憂に終わった。

 と、いうか………

 渋谷慶の人たらしぶりをなめていた。
 渋谷慶は、やっぱり、すごかった。

 その完璧な容姿で、女性陣の目をハートに染め、その気さくな人柄で、男性陣の間にもスルリと溶け込んでいって……

「今後ともよろしくお願いします」

 イルミネーションの点灯式に集まった池田さんや池田さんの奥さんを含む奥様軍団に慶がニッコリと微笑みかけた時点で勝敗?は決した。

「渋谷さ~ん! これからよろしくね〜!」

 奥様達は調子良く、慶を取り囲んできゃあきゃあ言っていた。そして、池田さんの奥さんは、

「桜井さん、素敵なお相手ね!」

 なんて、娘を紹介しようとしたことなんてなかったことのように言っていた。

 なんだかなあ……と思っていたら、今度は池田さんがおれの横にやってきて、

「悪かったな」

と、ムスッとした顔で言ってきた。

「うちのはお節介が過ぎるんだよ。だいたい、娘は結婚する気ないのに……」
「…………」

 なんだ、池田さん、謝れるし、小さな声でも話せるんだ。これなら大丈夫かも……と、思いきや、

「あんたも人に親切にするのは大概にしろよ!」

と、大きな声で言われて、背中をバシバシ叩かれた。

 ……やっぱりこの人苦手だ。



 帰り道、慶はご機嫌で「みんな良い人たちだな〜」なんて言っていた。

 おれも正直、こんなに好意的に受け入れてもらえるなんて思っていなかった。もちろん慶のおかげということが大きいけれど、世の中の風潮も変わってきているのだとは思う。

「高校の文化祭とか思い出すな。こうやって行事作り上げていくのとか」
「……あ、うん。そうだね」

 そう考えると、面倒くさいばかりでなく、楽しいような気もしてくるから不思議だ。慶と一緒だから楽しい、というのは高校の時から変わらない。

「次はクリスマスイベントだってな? 土曜日かあ……、おれ早上がりできるかなあ」
「え!?」

 慶、クリスマスイベントも手伝うつもりなの!?

 思わず叫ぶと、慶は「?」という顔をして振り返った。

「おお。せっかくだしな。フレイル予防には、社会活動が一番だぞ?」
「フレイル予防って……」

 おれたちまだ40代だよ……

 がっくりと言うと、慶は楽しげに笑った。

「30年後も元気でいるために、今から種は蒔いておいたほうがいいんだよ」
「ふーん……」

 30年後がどういう世界になっているかなんて、誰にも分からないけれど……
 慶と一緒にいれば、なんでも楽しい、ということだけは分かっている。

「フレイル予防に必要なのは、あとは運動と食事! 何か食べにいくかー?」
「んー……」

 記念日のリベンジで、お寿司、と言いたい気もするけれど……

「うちで食べたいかな……。早く帰って早く二人きりになりたい」

 正直に答えると、慶は一瞬つまったあと、ばあっと赤面して、

「…………変なやつ」

 ボソッというと、サッサと歩き出してしまった。

(………そうそう、これこれ)

 その後ろ姿をみていてつくづく思う。

 慶の照れた顔はやっぱり物凄くかわいい。やっぱり「愛してる」もこのくらい照れながら言ってくれないと……
 来年までは待てないから、今晩もう一度お願いしてみることにしよう。

「待ってよ、慶ー」

 愛しい背中を追いかける。ずっと、はぐれないように。




---

お読みくださりありがとうございました!

ええと…………
時々発生する、キャラクターが勝手に動く現象がおこり、慶が町会に入るって勝手に言い出したので、想定していた結末とすっかり変わってしまった……
そうだよなあ。慶が黙って受け身でいるわけないよなあ……渋谷慶の積極性をなめてました私……

ということで、長々と失礼しました!
気がついたら12000字以上💦
こんな日常話にお付きあいくださりありがとうございました!

読みにきてくださった方、クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!


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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
「風のゆくえには」シリーズ目次2(2015年~) → こちら

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2 コメント

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私も絶対慶くんのファンになること間違いなしです (TAKA)
2023-01-02 14:00:35
あえて約束しなかった浩介くん、心底優しい!
なんだけど、
「慶が恥ずかしそうにいうところに醍醐味があったのだということに、今さら気が付いてしまった。」だなんてなかなか小悪魔ですね。お願いはきいてもらえたのかな?

そしてさすがの、慶くん。人たらしぶり(笑)そして 決断はや~ というか 作者もビックリの展開だったのですね♪ 面白過ぎる!
TAKA様! (尚)
2023-01-03 10:17:12
引き続きのコメントありがとうございます!!

>私も絶対慶くんのファンになること間違いなしです

わーありがとうございます♪♪
お気付きかと思いますが、私も慶君ファンでして💦
こんな人が町会入ってくれたら、超テンションあがるわー!

>あえて約束しなかった浩介くん、心底優しい!

そうなんです。偉いよな~~。昔からこの人そうなんですよね。
若い頃も、ずーっと、じとーっと、慶が帰ってくるのを待っていたくせに、いざ帰ってきたら、全然待ってませんでした、の演技をしたり……

>なんだけど、
>「慶が恥ずかしそうにいうところに醍醐味があったのだということに、今さら気が付>いてしまった。」だなんてなかなか小悪魔ですね。お願いはきいてもらえたのかな?

(笑)小悪魔(笑)
そうそう、この人、実はSだし……
あ、お願いは、聞いてもらえませんでした~~~また来年頑張れ!って感じです。

>そしてさすがの、慶くん。人たらしぶり(笑)そして 決断はや~ というか 作者もビックリの展開だったのですね♪ 面白過ぎる!

そうなんですよーーー!
実は、これをキッカケに、慶と浩介には、実家のもう少し近くに引っ越してもらおうかと思ってたんです、私……
そしたら、慶が町会入るっていうから……^^;
あー、近くなったら浩介ママ喜んだだろうに……ごめんね~~って感じです。
きっと、実家に近づくのは「まだ早い」ってことなのかもしれないですねえ……

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