大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話14

2014年11月12日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「初江、武家の娘が縁組を断るなど聞いた事が無いぞ」。
 「でしたら父上は、どうあってもわたくしに嫁げとおっしゃられますか」。
 「聞き分けよ」。
 「嫌でございます」。
 平静を装っていた平三郎だが、初江の頑さには内心驚いていた。
 「父上はやはり静江の方が可愛いのですね。それで邪魔者のわたくしを追い出し、静江に跡を取らせるのでございましょう」。
 初江の目からはぽろぽろと涙が溢れ、畳にぽとりと落ちている。
 「これ、初江。父上になんと言う物言いをするのですか」。
 細君も驚きを隠せずに、平三郎に目頭を合わせる。平三郎は、先程よりも大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出すと、こう言うのだった。
 「初江、お前には掃いて捨てるように縁組がある。だがな、静江にはせめて家でもなければ嫁には行けぬのだ」。
 家付きなら冷や飯食いの二男、三男の婿取りの望みがあると。ここは是が非でも聞き分けて欲しいと、平三郎は優しく諭す。これには細君も傍らで目を丸くするのだった。幾ら何でも実の親が、娘をいや娘の器量をここまで言うのか。そういった目であった。
 「旦那様、静江は良き気質の娘にございます。そう焦らずとも良縁もございましょう」。
 細君はそう言うものの、十七になろうとしていてもただのひとつも話はない。平三郎は、それが自分のせいでもある御神酒徳利の静江が不憫なのだ。これまで初江の婿取りを躊躇ってきたのもその為であった。
 「父上はやはり静江の方が可愛いのですね。然れど、田所の跡取りはわたくし。こればかりは嫌にございます」。
 奇麗な女が本気で怒った顔は、凄みのあるものだ。温和で妹思いの初江からは想像もつかない形相である。
 「初江、お前もしや…」。
 好いた人が居るのかと、細君は言い掛けてその言葉を飲んだ。平三郎の居ない所で聞いた方が得策である。





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