大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話18

2014年11月20日 | のしゃばりお紺の読売余話
 その矢先に、目の前の自身番が急に慌ただしくなった。岡っ引きの伝蔵が飛び出して行ったのだ。それを目の当たりにしたら、人様の不幸うんぬんなど何処へやら。
 気が付けば岡っ引きの跡を追って走り出している自分が居た。
 息を切らせながらも見失わないように懸命に走り、辿り着いたのは永代橋。結構な距離である。そこには、既に人だかりの垣根が出来、割って入る岡っ引きに遅れを取るまいかとお紺も前へとしゃしゃり出る。
 が、そこには何もなく、ただ猪牙船がもやっているだけだった。
 耳をそばだて伝蔵の聞き込みを、付かず離れず聞いていると、飛び込みがあったらしい。
 「んで、身元は分からねえのけぇ」。
 「へえ。たった今、三組の若頭が玄庵先生のとこに担ぎ込んだのよ」。
 水夫が言うには、飛び込んだのは若い武家娘であった。そしてたまたま居合わせた本所・深川南組の火消し三組の若頭が、自らも橋の欄干から飛び込んで救い上げたと。そして、猪牙船の船頭を促して船を近付けると、その船に引き揚げたと言う。
 「んで、玄庵先生のとこってえ事は、助かったんだな」。
 「さあ。青ぇ顔してぐったりしていなすったんで」。
 「何でぇ頼りねえな」。
 (遅かった)。
 番太の見世で、焼き芋なんか頬張っている場合ではなかったのだ。ひと足早ければ、飛び込んだ瞬間を絵師に描かせ、大した読売ねたに成るところだった。しかも助けたのが火消しとあれば江戸っ子にはたまらない話だ。
 (んっ、三組の若頭)。
 「親分、三組の若頭ってえのは、苦みばしったお男ですかね」。
 「おう、そうさ。この辺りで金次を知らねえもんはいねえよ」。
 (しめた。これは売れる)。
 そうとなったらぐずぐずはしていられない。飛び込んだ時の様子を探らなくてはと、お紺の読売魂に火が付いた。こうなると、のしゃばりお紺の腕の見せどころだ。
 「ちょいと兄さん。兄さんが二人を助けなすったんでしょ」。
 幾ら飛び込んでも船がなければ助からなかったの、船を漕ぎ出した判断はさすがだの船頭を持ち上げる事仕切り。そうなると船頭とて悪い気はしない。自ずと口も滑らかになろうというものだ。




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