大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話13

2014年11月10日 | のしゃばりお紺の読売余話
 八丁堀亀島町近くの組屋敷に、田所平三郎の住まいはあった。四十半ばの平三郎は、跡継ぎを決めるのが遅いくらいであるのだが、未だ決め兼ねていた。
 なぜなら、子は娘が二人。長女に婿を取るのが全うではあるが、それを躊躇わせるものがあったのだ。幾日も考え抜いた結果はひとつであった。
 「初江を呼びなさい」。
 細君にそう命じると、居住まいを正し袖に手を入れ目を瞑る。
 「初江でございますか」。
 「左様、初江だ」。
 「でしたら縁組が」。
 細君の声が弾んでいるのは、これまでどのような良縁が舞い込もうと、平三郎が首を縦に振らなかったのだ。相手には初江の病弱を理由にしていた。
 そう、初江は平三郎には似ても似つかぬ、細君似の器量良し。十五にもなると縁組は後を引かなかったが、既に十八。もうこの辺りで嫁がない事には年増と呼ばれる年になる。
 初江が部屋に入ると、平三郎はすっと息を吸い込み、一気に話し出すのだった。
 「初江、そなた与力の片山様の御子息を存じ上げてておるか」。
 初江の顔が瞬時に固まるのだった。そして直ぐに俯き、かぶりを振る。
 「左様か。既に見習いとして奉行所に上がっておられるが、中々の人物である」。
 同心の家から与力に嫁ぐとなれば、目出たい出世である。それもこれも、初江の器量望みである事は言うまでもない。
 「父上、父上はわたくしに嫁げとおっしゃられますか」。
 「と申すは」。
 「わたくしは、この田所家の長女。跡取りにございます」。
 「これ以上の良縁はないと心得ておる」。
 初江は、常に父に口答えなどしようもない大人しい娘であった。それが、目に涙を溜て、唇を噛み締め、指先は微かに震えている。
 「何が不服なのだ」。
 平三郎にはその訳が分からずにいた。与力の家に嫁げば、三十俵二人扶持で貧乏所帯を切り盛りする事もない。何より相手から望まれているのだ。
 「父上、何故にわたくしに田所の家を継がせてはくださらないのです。わたくしは嫁になど行きたくはありません。田所の家を継ぎとうございます」。
 「旦那様、初江は丈夫ではございません。わたくしもこの家で婿を取った方がよろしいかと」。
 細君が言い掛けた言葉が終わらない内に、「口出し無用」と、平三郎の声が被さる。





ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村




最新の画像もっと見る

コメントを投稿