大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話16

2014年11月14日 | のしゃばりお紺の読売余話
 お紺は相も変わらず読売のねたを拾うべく、江戸府中をあちこち出庭っていた。ねたの仕入れ先は、各町内にある番太郎。大体が自身番の前にある木戸番の店である。駄菓子・蝋燭・糊・箒・草鞋などの荒物や夏には金魚、冬には焼き芋なども売っていたので、商番屋とも呼ばれていた。
 自身番に出向いた方が話は早そうなものだが、詰めている大家や差配は口が堅いばかりか、岡っ引きは何かと読売を目の敵にしているのだ。その点、番太郎は目の前の自身番での出来事を見知っており、町木戸が閉まってからの見廻りが役目なので、口は滑らかである。
 「おじさん、焼き芋でも貰おうかね」。
 歩き疲れた身体に芋の甘さが有難い。顔見知りの番太郎では、店先で焼き芋を食べお茶を貰う事も出来る。
 「おじさん。このところ、急に冷え込んできたねえ。夜回りも大変だ」。
 「ああ、そうだな。年のせいかすっかり寒さも身に染みらあ」。
 「あら嫌だ。おじさんは未だ未だ若いですよ」。
 「世辞を言っても出涸らしの茶しかねえよ」。
 そんなやり取りも板に付いたものだ。
 「ねえ、おじさん」。
 「ほれ、きなすった」。
 「ほれ、きなすったって、あたしは未だ何も言っちゃいませんよ」。
 芋よりも目当てはそっちだろうと、言う木戸番のおやじは、店先に叩きを掛けながら軽口を叩く。
 「てえした事もねえが、この先の松の湯、知ってんだろう。あすこで板の間稼ぎがあったくれえなもんさ」。
 「松の湯ったら、伝蔵親分の湯屋じゃないか」。
 伝蔵は深川冬木町界隈を縄張りとする岡っ引きである。岡っ引きに給金は年四両。これだけでは到底生計(たつき)の足しにもならず、副業を持つのが常であり、伝蔵も湯屋を営んでいた。
 「ああ、そうだ。随分ととんちきな板の間稼ぎも居たもんさ」。
 「なら直ぐにお縄かい」。
 (何だ詰まらない)。
 直ぐさまそんな思いは不謹慎であると己を戒める。人様の不幸を飯のたねにしているおの稼業が時として嫌になる事もあった。巾着切りに掛け金を盗まれ命を絶ったお店者、勾引しに合った大店の娘、心中者。数え切れない涙を瓦版に刷ってきている。そして今も、そんな不幸を探し歩いているのだ。






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のしゃばりお紺の読売余話15

2014年11月14日 | のしゃばりお紺の読売余話
 初江は妹を可愛がっていた。周囲が言う程静江が不器量だとも思わない。それは、仕草や気質の良さも加味されての事だと思う。だが、己が静江の容姿だったら、そう思うと母親に似た事に感謝をするのだった。
 幼い頃より姉妹に着物を誂えると、母は決まって、「静江は、何を着せても似合いませんね」と、ぽつりと洩らすのを聞きとがめたものである。
 父が自分に似た静江を可愛がるように、母似の初江は母に可愛がられていたのだと思う。
 だが今は、本来継ぐべきの家名をその静江の為に、諦めろと言われたのだ。静江は家付き娘でなければ、嫁ぐのは難義だと父が言う事も分からなくはない。だがそれは初江が自身の運命を変えてまで従わなくてはならないのだろうか。
 静江の為に犠牲にはなれない。初江は胸から得体の知れない物が沸き上がるのを感じていた。
 「姉上、父上からはお話はどのような事だったのですか」。
 何も知らない静江の無邪気な声が癇に障る。
 「あなたには関わりのない事です」。
 冷ややかな声を返すと初江は、夜具の中に頭まで潜り込んだ。
 一夜明けても、静江の顔を見ると胸がつかえるようであった。静江は何も悪くない。それは良く分かっている。だが、静江さえ居なければ。 そう思ってしまう自身が嫌で溜まらない。 
 これまで静江が容姿をからかわれると庇ってきたが、心のどこかに哀れみや同情の思いはあった。そしてほんの少しのばかり、優位な気持ちも。だがそれが今、覆されようとしているのだ。器量良しに産まれたばかりに。
 夜具の中で、初江の目頭から熱い物が零れ落ちた。
 静江が事の次第を知ったのは、ひと周りも過ぎた頃だった。あの優しかった姉が急に冷たくなった訳も、姉から笑顔が消えた訳も悟ると、無邪気に姉の嫁入りを喜んでいた己が腹立たしくもあった。だが全てが遅過ぎた。姉は直に与力の家へ嫁ぐのだ。今更破談など出来よう筈もない。
 静江は、どうしようもない罪悪感に襲われ、己を責めていた矢先にお町とおえんのいざこざに出会したのであった。
 それはまるで、姉と自分の心の中を見透かしたかの様な、争いでもあった。



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