大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 十七

2011年12月23日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 「何を笑っておいでなのです」。
 「はい。甘い物を所望なされたのは伊庭様にございますが、少しも進んでおられませんので」。
 すると、女御は甘い物が好きと決まっているので、思わず口から出てしまったが、実は餡が苦手であると八郎は少しばかり顔を赤らめる。
 「伊庭様、姉様はお幸せだったのでございましょうか」。
 すると、八郎の顔がきりりと勇ましく変わり、それはそれで実に盛観であった。
 「もちろんです。家茂様はそれはそれは慈しんでおられました」。
 ただ、時が悪かったのだと。公武合体に際し、朝廷や公家衆の反感を買わぬ為には、致し方なかったと八郎は告げる。
 「世間では、許嫁との仲を裂かれ、嫁下した宮様をお可哀想と言う声が聞こえますが、家茂公とて同じにございます」。
 てふを出家させた後、家茂は涙していたと八郎は告げる。
 「左様にございますか。でしたら姉様も…」。
 言い掛けて千代は口を閉ざす。幾ら将軍でも、元々好いていた相手ではない。美緒の思いなど微塵も受け入れられずに、側室にされたのだ。やはり美緒は無念だった筈である。そんな思いが、頭の中に渦を巻く。
 「殿方は良うございます。されど女御は、殿方を選べません」。
 「それは千代さんも、そうですか」。
 美緒の話が急に己に向けられ、目を見開いた千代。
 「無論です。親が決めた相手に嫁ぐのが、女御の定めにございます」。
 「では、好いたお方がいたら、どうします」。
 「好いたお方ですか」。
 頭に描いた歳三の顔を、打ち消すように頭を横に振った千代。
 「好いているお方など、おりませぬ」。
 すると、八郎の目が悪戯っぽく光るのだった。
 「そうですか。千代さんは、お好きなお方がおられるのですか」。
 「おらぬと申したではありませぬか」。
 更に八郎は、意地悪っぽい笑顔で、こう言うのだった。
 「好いたお方と申しましたが、千代さんは、好いているお方とお答えになられた」。


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