「歳三が直参に、お取り立てになっぞ」。
この年の夏の始め、新撰組は、幕府直参に取り上げられ、ついに徳川家の家臣としての身分を手に入れたのである。
その文は、直ぐに歳三から伯父の佐藤彦五郎の元へと、もたらされた。そして今、その文を頭上高く翳し、走って来たのも彦五郎である。
「近藤先生は、両番頭次席という、将軍様に御目見得の許された御身分におなりだ」。
ぐずぐずと嬉し泣きの彦五郎。文を手渡された千代の父の平忠兵衛も、目を丸くし読みふける。
「これは御出世なされた。あのばらがきだった歳三がなあ」。
「違いない。奉公先を二度も追い出された歳三が、今や幕臣」。
二人は感慨深げに、歳三の昔話に花を咲かせるのだった。
傍ら控えていた千代。歳三の事ではあったが、何やら遠い世界の話のようであり、ただぼんやりと聞き流していた。
「千代、お前もこれで、何を恥じる事なく伊庭様の元へ嫁げるな」。
彦五郎の言葉に、手にした湯のみを落とし掛けた千代。それは忠兵衛も同様であった。
「伯父様。何を申されます」。
「歳三は立派な幕臣だ。お前も歳三の養女として嫁げば、伊庭様へ引けを取る事もない」。
「そうではなく、如何して伯父様が」。
「いや、彦五郎さん。千代、何の話なのか、わしにはさっぱりだが」。
そこで、彦五郎が話を引き取るのだった。
上野で千代から別れを告げられた伊庭八郎。明くる日には、試衛館へと彦五郎を訪ねたのだった。
「もし、千代に決まった相手がいないなら、是非とも嫁に欲しいとおっしゃってな」。
「ですが、伊庭様とでは御身分が違い過ぎます」。
「だから、こうして知らせに来たのではないか。歳三が徳川様のお抱えとなった今、何も気にする事はないと」。
「いいえ。伊庭様は、練武館の御嫡子でもあられるのですよ」。
「それなら思い違いだそうだ」。
八郎は、心形刀流宗家・伊庭家の嫡子ではあるが、練武館では、力のある門弟が養子となって流儀を継承することが、定めらており、剣術よりも漢学や蘭学に興味のあった八郎は、縁者の伊庭軍平秀俊の元へと養子に出されていると告げる。
「そんな訳で忠兵衛さん。近いうちに伊庭様が正式にお見えになりますので、よろしくお願いします」。
困惑の中にも、どこかそわそわと落ち着きのない娘の横顔を見ていると、口には出せないが、胸のざわ付きを覚える忠兵衛だった。
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この年の夏の始め、新撰組は、幕府直参に取り上げられ、ついに徳川家の家臣としての身分を手に入れたのである。
その文は、直ぐに歳三から伯父の佐藤彦五郎の元へと、もたらされた。そして今、その文を頭上高く翳し、走って来たのも彦五郎である。
「近藤先生は、両番頭次席という、将軍様に御目見得の許された御身分におなりだ」。
ぐずぐずと嬉し泣きの彦五郎。文を手渡された千代の父の平忠兵衛も、目を丸くし読みふける。
「これは御出世なされた。あのばらがきだった歳三がなあ」。
「違いない。奉公先を二度も追い出された歳三が、今や幕臣」。
二人は感慨深げに、歳三の昔話に花を咲かせるのだった。
傍ら控えていた千代。歳三の事ではあったが、何やら遠い世界の話のようであり、ただぼんやりと聞き流していた。
「千代、お前もこれで、何を恥じる事なく伊庭様の元へ嫁げるな」。
彦五郎の言葉に、手にした湯のみを落とし掛けた千代。それは忠兵衛も同様であった。
「伯父様。何を申されます」。
「歳三は立派な幕臣だ。お前も歳三の養女として嫁げば、伊庭様へ引けを取る事もない」。
「そうではなく、如何して伯父様が」。
「いや、彦五郎さん。千代、何の話なのか、わしにはさっぱりだが」。
そこで、彦五郎が話を引き取るのだった。
上野で千代から別れを告げられた伊庭八郎。明くる日には、試衛館へと彦五郎を訪ねたのだった。
「もし、千代に決まった相手がいないなら、是非とも嫁に欲しいとおっしゃってな」。
「ですが、伊庭様とでは御身分が違い過ぎます」。
「だから、こうして知らせに来たのではないか。歳三が徳川様のお抱えとなった今、何も気にする事はないと」。
「いいえ。伊庭様は、練武館の御嫡子でもあられるのですよ」。
「それなら思い違いだそうだ」。
八郎は、心形刀流宗家・伊庭家の嫡子ではあるが、練武館では、力のある門弟が養子となって流儀を継承することが、定めらており、剣術よりも漢学や蘭学に興味のあった八郎は、縁者の伊庭軍平秀俊の元へと養子に出されていると告げる。
「そんな訳で忠兵衛さん。近いうちに伊庭様が正式にお見えになりますので、よろしくお願いします」。
困惑の中にも、どこかそわそわと落ち着きのない娘の横顔を見ていると、口には出せないが、胸のざわ付きを覚える忠兵衛だった。
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