大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 二十二

2011年12月28日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 「歳三が直参に、お取り立てになっぞ」。
 この年の夏の始め、新撰組は、幕府直参に取り上げられ、ついに徳川家の家臣としての身分を手に入れたのである。
 その文は、直ぐに歳三から伯父の佐藤彦五郎の元へと、もたらされた。そして今、その文を頭上高く翳し、走って来たのも彦五郎である。
 「近藤先生は、両番頭次席という、将軍様に御目見得の許された御身分におなりだ」。
 ぐずぐずと嬉し泣きの彦五郎。文を手渡された千代の父の平忠兵衛も、目を丸くし読みふける。
 「これは御出世なされた。あのばらがきだった歳三がなあ」。
 「違いない。奉公先を二度も追い出された歳三が、今や幕臣」。
 二人は感慨深げに、歳三の昔話に花を咲かせるのだった。
 傍ら控えていた千代。歳三の事ではあったが、何やら遠い世界の話のようであり、ただぼんやりと聞き流していた。
 「千代、お前もこれで、何を恥じる事なく伊庭様の元へ嫁げるな」。
 彦五郎の言葉に、手にした湯のみを落とし掛けた千代。それは忠兵衛も同様であった。
 「伯父様。何を申されます」。
 「歳三は立派な幕臣だ。お前も歳三の養女として嫁げば、伊庭様へ引けを取る事もない」。
 「そうではなく、如何して伯父様が」。
 「いや、彦五郎さん。千代、何の話なのか、わしにはさっぱりだが」。
 そこで、彦五郎が話を引き取るのだった。
 上野で千代から別れを告げられた伊庭八郎。明くる日には、試衛館へと彦五郎を訪ねたのだった。
 「もし、千代に決まった相手がいないなら、是非とも嫁に欲しいとおっしゃってな」。
 「ですが、伊庭様とでは御身分が違い過ぎます」。
 「だから、こうして知らせに来たのではないか。歳三が徳川様のお抱えとなった今、何も気にする事はないと」。
 「いいえ。伊庭様は、練武館の御嫡子でもあられるのですよ」。
 「それなら思い違いだそうだ」。
 八郎は、心形刀流宗家・伊庭家の嫡子ではあるが、練武館では、力のある門弟が養子となって流儀を継承することが、定めらており、剣術よりも漢学や蘭学に興味のあった八郎は、縁者の伊庭軍平秀俊の元へと養子に出されていると告げる。
 「そんな訳で忠兵衛さん。近いうちに伊庭様が正式にお見えになりますので、よろしくお願いします」。
 困惑の中にも、どこかそわそわと落ち着きのない娘の横顔を見ていると、口には出せないが、胸のざわ付きを覚える忠兵衛だった。



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