大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~ 五

2011年12月11日 | 百花繚乱 仇桜 ~時の流れの中で~
 「本当に困るのです。私が叱られます」。
 八王子宿から甲州街道を進み、中山道と交わる諏訪宿である。ここからは中山道を京へと向かうので、引き返すようにと、登が懸命に千代を説得するが、聞く耳を持たない千代であった。
 「ならば、それぞれに京に参った事にすれば、良いではありませんか」。
 京の三条大橋で別れ、そこからは各々に向かう。何なら、二、三日京で遊んでから来るようにと、登に告げる。
 「私は、仕事ですよ。遊んでからなどといった暇はありません」。
 「そうですか。京には島原やら祇園やら、殿方には楽しめる所が多いそうにございますよ。兄様がそう文を寄越したそうにございます」。
 やれやれといった顔の登。どうしてそこまで京に上りたいのかと聞くのだった。
 すると、ふっと顔を暗くした千代。目を伏せながら、美緒を知っているかと。
 「確か、千代さんの姉様だ。奥奉公に出られていると聞いていますが。お変わりありませんか」。
 美しい人だと登。同じ姉妹でもこうも違うものかと、軽口を滑らせた瞬時だった。
 「御自害なされたのです」。
 直ぐには、千代が何を言ったのか分からない登。もう一度聞き返し、漸く理解する。
 「何故です。御自害なされる事などあったのですか」。
 その問いには答えず、千代は和紙に包まれた、ひと握りの遺髪を胸から出す。
 「姉様は、兄様を好いておいででした。ですから、この遺髪を兄様にお届けしたいのです」。
 それが美緒への供養になるのだと千代。
 「ならば、多摩にお戻りになられた折り、いや私が預かりましょう」。
 「それは出来ません。兄様の本心をお確かめした上で、お渡しするや否やを決めとうございます」。
 登の、ふーんといった表情が、千代の本値を挿し抜いているようで、少しばかり胸がちくりとする千代であった。



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