本日は!
本日も シジミ の話。
本日、仕入れた話。
みやこ として、
千数百年の歴史を誇る京都では・・・
鬼ごっこをして、
捕まったにもかかわらず、泣き出して
次の鬼の役がツトまらない子のことを
シジミ というらしい。
姉御な子がみんなに
「○○ちゃんは シジミ やしなあ~」 と言って
暗に、
「○○ちゃんを本気で追いかけるなよ」 という意味で
弱者保護の精神が確立していたらしい。
さすが、
千数百年の歴史を誇る みやこ である。
常に、
他者への配慮が行き届いている。
子供のころから
暗に弱者を気づかう心が身についている。
同じ、鬼ごっこでも
岡山の田舎 だとぜんぜん違う。
捕まって鬼になったら、
泣いてもわめいても、その子は鬼である。
鬼がツトまらなければ、
「○○ちゃんが、鬼せんけー
おもしろうねえがあー、帰ろ、帰ろう!」 となる。
鬼になった子は、いっそう泣きべそをかく。
他者への 配慮の ハ の字もないところが
かなしい田舎モン の証である。
京都の洗練された文化には
日本全国、どんな都市もかなわない。
料理、芸能、建築、庭・・・・
どれをとっても、
京都には隠された配慮がある。
その、気づくか気づかないかの
繊細な配慮の技に キラリ とした美学がある。
配慮の努力をまったく見せず、
さりげなくふるまうところが京都なのである。
京都の シジミ特別ルール こそ
世阿弥の言う
「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」
なのかもしれない。