八濱漂泊傳

ダラシナイデラシネ記

五行歌表彰式

2009-10-17 23:48:00 | 今宿

 

本日は!

イトシマ号 で ハカタイキ!

 

2009年福岡市芸術祭ナントカカントカ・・・・

南の風」同人誌主催の 五行歌 表彰式。

 

私の作品が 優秀賞 に選ばれたという。

選ばれた歌は・・・・

 

 

   今週も

   両手に抱える

   買い物をして

   両手に抱える

   ゴミを出した

 

 

まったく、美しい 五行歌 では

ないのだけれど・・・・

 

 

歌の意図は、おかしなニッポン!

  

 

スーパーで売っている食品は

だいたい、過剰なパッケージで包まれていて

10~50%くらいがゴミになる商品ばかり。 

 

私たちは、食品の中身といっしょに

ゴミを買っている仕組みとなっている。

 

 

つまり、

 

 お金を出して、ゴミを買って

 お金を出して、ゴミを捨てる

 おかしなニッポン?

 

を表現したかったところ・・・・

 

 

よく、私の歌を発見してくれて

よく、私の歌を選んでくれて

素直にうれしい。 

 

 

 

 


今宿五行歌会

2009-07-13 23:57:00 | 今宿

 

本日は!

ボケボケ の一日。

 

昼からの予定 今宿五行歌会 の

7月歌会をすっぽかしてしまった。

 

夏バテ ならず、 夏ボケ!

 

午前中は覚えていたのに・・・・

午後になって忘れるという始末。

 

愕然!

 

 

今宿五行歌会 の皆様、

どうもすみません!

 

 

「足あと」 というお題に

用意していた歌は・・・・

 

  納めた年金の

  足あと辿れば

  見えてくる

  魑魅魍魎の

  足あと

 

 

思えば、 今宿五行歌会 は

福岡に移住した2004年から参加している。

 

福岡で、右も左もわからぬ頃、

温かく迎えてくれた 五行歌 の会である。

 

 

相変わらず、歌は上手くならないけれど

社会の 空間把握 には大いに役立っている。

 

 

俳句 は・・・・ 茶室の空間 で

作法がわからず、居心地が悪く・・・・

 

 

短歌 は・・・・ 数寄屋の空間 で

敷居が高く、つまづきそうで・・・・

 

 

五行歌 は・・・ 民家の空間 で

茶漬けを食べて、寝ころべそうだ。

 

 

そんな風に思っている。

 

 

いつも、 五行歌 で

バラックな空間の美 を表現したいのだけれど

 

この頃は、ついつい

社会批判 の内容になってしまう。

 

 

建築 と同じく、

 

五行歌 でも 空間の美 の中に

ひっそりと 社会批判 を忍ばせたいのだが・・・・ 

 

それは、なかなか難しく

五行の言葉が空間にならず、

嘘っぽい言葉の並びになってしまう。

 

 

がんばろう!

 

 

 


糸島昔話 瓊瓊杵尊 その3

2009-05-21 23:46:00 | 今宿

 

本日は!

本日も、

しつこく、

日本神話 の話。

 

アマテラス の孫である

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと) は

笠沙の岬 で、

木花之開耶姫(このはやさくやひめ) という

美しい女性と出会い結ばれる。

 

木花之開耶姫 はやがて、

彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと) を産む。

 

 

彦火火出見尊 は 山幸彦 のことで、

今宿今山(夷魔山) には

山幸彦 が 夷魔 を

弓で射平らげたと伝えられる話が残っている。

 

 

山幸彦 は兄である 海幸彦 との争いで、

(海幸彦・山幸彦神話)

海神(わだつみ) の娘 豊玉姫(とよたまひめ) の

力を借りて勝利する。

 

 

山幸彦 と 豊玉姫 は結ばれ、生まれた子供が

鵜葺屋葺不合命(うがやふきあえずのみこと) である。

 

 

「出産の際は産屋の中を覗かぬように」 と

豊玉姫 は 山幸彦 に言ったのだが・・・・

 

山幸彦 は中を覗き、

ワニの姿に戻った 豊玉姫 の姿を見てしまう。

 

それを悲しんだ 豊玉姫 は 海神の国 へ戻り

妹の 玉依姫(たまよりひめ) を

山幸彦 のもとへ送った。

 

 

玉依姫 は 鵜葺屋葺不合命 を育て

やがて妻となり子供を生む。

ふたりの間に生まれた4人の子供の

末弟が 神武天皇 である。

 

 

糸島には、

福ノ浦の 綿積(わだつみ)神社

引津の 綿積(わだつみ)神社

今津の 綿打(わたうち?おぶだち?)浜 など、

海神(わだつみ) にまつわる場所は多い。

 

また、

前原の 志登神社 には

豊玉姫 や 和多津見神 が祭られている。

Dscf1908

 

 

日本書紀 では、

神武天皇 が小高い丘から国土を見て

 

 「‥‥‥まさき国と雖(いえど)も、

 猶(なお)蜻蛉(あきつ)のとなめの如し」

 

と国誉めをしたという記述がある。

 

「蜻蛉(あきつ)のとなめ」 とは

トンボの交尾 のことで、

Tonnbo

 

  

つまり 神武天皇 は

 

 「私の国は狭い国だけど

 トンボの交尾のような地形だ」 と表現している。

 

古代の今宿・今津の地形は

北風によって吹き上げられた砂が堆積して

まさしく トンボの交尾 のような地形をしている。

05  

 

おそらく、

高祖山 あたりから見渡せば、

今山が頭となるトンボ と

毘沙門山が頭となるトンボ が

戯れているように見える。

 

 

 


糸島昔話 瓊瓊杵尊 その2

2009-05-20 23:29:00 | 今宿

 

本日は!

本日も、

日本神話 の話。

 
高祖山に天降った

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと) は

 

 「この地は韓国(からくに)に向かい、

 笠沙(かささ)の岬まで

 真っ直ぐに道が通じていて、

 朝日のよく射す国、

 夕日のよく照る国である。

 ここはとても良い土地である」

 

と言って、宮殿を建てて住むことにしたという。

 

 

今宿には 笠掛 という地名がある。

笠沙=笠掛 と仮定して、

この物語を今宿の地図上で読み解くと、

いろいろなことが符合する。

 

 

まず 「韓国に向かい・・・」 とは、

笠掛 から真西方向を向くと、

可也(伽耶)山 があり、

古代朝鮮までの道程(航路)と重なる。

 

 

「笠沙の岬・・・」 とは

古代の海岸線がもっと内陸だったことから

笠掛 から今宿上町方向に伸びる

岬だったと思われる。

 

 

「朝日のよく射す国、夕日のよく照る国である。」

とは 志登神社 を基点とした、

一年を通した太陽の動きを

計れる地であることを表しているのでろう。 

 

太陽が、

どの位置から太陽が昇り、

どの位置に太陽が沈むのかを観測すれば

 

最も強まる 夏至の日 と

最も弱まる 冬至の日 が判り、

1年の暦ができる。

 

農耕社会において

季節を知る術は必須条件である。

 

 

また、

可也山 から 志登神社 を通る東西の軸線には

 

 伊覩神社

 丸隈山古墳

 今宿笠掛(笠沙の岬)

 大塚古墳

 二宮神社(旧)

 

などが不思議と一直線上に並ぶ。

 

04a

 

たぶん、

一年を分ける春分・秋分の太陽のラインと

関係があるのだろう。

 

 

瓊瓊杵尊 が建てたとされる宮殿とは

今宿五郎江遺跡 なのかもしれない。

 

 

 
その後、

瓊瓊杵尊 は 笠沙の岬 で、

木花之開耶姫(このはなのさくやひめ) という

美しい女性と出会い結ばれる。

 

木花之開耶姫 はやがて、

彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと) を産む。

 

彦火火出見尊 は 山幸彦 のことで、

今宿今山(夷魔山) に残る

山幸彦 が弓で 夷魔 を射平らげたと

伝えられる話につながってゆく。 

 

 

 


糸島昔話 瓊瓊杵尊 その1

2009-05-19 23:40:00 | 今宿

 

本日は!

日本神話 の話。

 

国産み神話の中で、

イザナミ と イザナギ が

最初に産んだ島が

淤能碁呂島(おのごろじま) =能古島。

 

その次に、

八つの大きな島を産み

淤能碁呂島 に帰る途中に

小さな六つの島を産む。

 

六つの島の中には、

知訶島(ちかのしま) =志賀島、

両児島(ふたごのしま) =今宿今山がある。

 

かつて、今宿の今山は

ふたつの頂をもった二上山であり、

今津湾に浮かぶ両児島であった。

 

志賀島も今宿今山も能古島への帰路にある。

 
 

イザナミ が亡くなった後、

イザナギ は黄泉の国へ逢いに行くが、

イザナミ の変わり果てた姿に恐怖して逃げ帰る。

 

黄泉の国の穢れを

落とすために イザナギ は

筑紫の日向の橘の小戸の檍原(あはきはら) で

禊をする。

 

 筑紫 =北部九州

 日向 =前原市の日向峠

 小戸 =福岡市西区小戸

 檍原 =今宿青木

 

その禊の際、

左目を洗った時に産まれたのが

アマテラス(日の神、昼を支配)

 

右目を洗った時に産まれたのが

ツクヨミ(月の神、夜を支配)

 

鼻を洗った時に産まれたのが

スサノヲ(風の神、海を支配)

 

 

その後、

アマテラス の孫である

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと) が

日向の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ) に

天降る話が、 天孫降臨伝説 である。

 

日向の高千穂の久士布流多気 

=日向峠高祖山一帯

 

高祖山に天降った 瓊瓊杵尊 は

 

 「この地は韓国(からくに)に向かい、

 笠沙(かささ)の岬まで

 真っ直ぐに道が通じていて、

 朝日のよく射す国、夕日のよく照る国である。

 ここはとても良い土地である」

 

と言って、宮殿を建てて住むことにしたという。 

 

03

 

 

 

 


糸島昔話 享保の大飢饉

2009-04-21 22:31:54 | 今宿

 

本日は!

享保の飢饉 の話。

 

Dscf0940

 

享保十七年(1731年)

西日本一帯を飢饉が襲い、

福岡・佐賀では人民の3分の1が

餓死したという。

 

元岡村の浜地利兵衛の手記

『享保十七壬子大変記』 によると

 

 「二月から雨がたびたび降り続き、

 博多、福岡近郊も狂犬病が流行した。

 狂犬にかまれて人や牛馬が多く死んでしまった。

 六月下旬から田に虫(ウンカ)がつき作物が

 腐っていった。

 虫田に鯨油一合程度入れると虫よけによい

 というので、そのとおりにした。

 八月に入ると飢人がだんだん増えて・・・

 十一月に入ると飢人はいよいよ増えて

 道に倒れて相果ててしまう者が沢山でてきた。

 志摩郡一万八千六十四人のうち三千八百人が

 冬から夏にかけて餓死してしまった。」

 

という。

 

 

黒田藩は救済のため幕府から

二十七回、総計二万三千六百石の米を借り受けた。

 

大坂から今宿横浜に幕府の廻米を積んだ

おたすけ船 が来るといううわさが広がり

近郊の人々は今宿に集まってきた。

 

しかし無常にも、

おたすけ船 は今宿沖を素通りして

伊崎の永蔵に入船する。

 

 

飢えた人達に廻米は届かず、

今宿は餓死者であふれた。

 

 

糸島郡史に

 

 「村の東方の者は 松原に合葬し、

 地蔵堂を建ててこれを祭る。

 村の西方の者は上町に合葬し、

 観音堂を建ててこれを祭る。」

 

とあり、

今宿で享保大飢饉を記憶する場所は

 

東松原地蔵堂

  

上町天満宮境内にある観音堂

 

徳正寺にある飢人地蔵

 

上ノ原の六地蔵 ・・・・などがある。

 

 

 

 

 


ロシア構成主義

2009-02-16 23:13:00 | 今宿

 

本日は!

久々の 今宿五行歌会 に出席した。

 

詠題は 「喫茶」 「喫茶店」

 

若い頃、

ウインナーコーヒー とは

ソーセージ が入っていると思った・・・・

 

という内容の五行歌についての批評で

おもしろい話が出た。

 

 

その人曰く、

 

 「 カップヌードル が出始めた頃

 カップの中に ヌード写真 が入っていると思った」

 

という昔話に皆で笑った。

 

カップ と ヌード と アイドル が

合体したイメージだったのだろうか。

 

 

そういえば、

 

キムタク という人が

もてはやされていた頃は

男前の 韓国人俳優 だと思ったし・・・・

 

 

タコス といえば

蛸酢 のイメージが頭をよぎったし・・・・

 

 

京建労(全京都建築労働組合) という組合を

狂犬狼 という恐い組織だと思った。

 

 

常夏の島 は ココナツの島 だと思ったし

 

五輪書 は オリンピックの本 だと思ったし

 

脱サラ は サラ金を踏み倒す だと思ったし

 

加齢臭 は カレー臭 だと思ったし

 

ジェラシー は ジュエリー だと思ったし

 

 

ロシアアバンギャルド は・・・・

  

スターリン の逆鱗に触れる

ロシアアバンチュール だと思った。 

 

Tatlin

 

 

 


ルイズその旅立ち

2008-10-31 21:45:00 | 今宿

 

本日は!

映画のお知らせ! をひとつ。

 

映画 『ルイズその旅立ち』 上映会があります。

制作・監督・脚本 藤原智子 (1997年ドキュメンタリー)

Rui

11月15日(土)

志摩町総合保健福祉センター「ふれあい」にて

13:00 受付 13:30~15:30

※志摩町民大学受講生以外の方は受講料として500円が必要です。

 

 伊藤野枝と大杉栄の四女 伊藤ルイズ。

 ルイズがわずか1歳3ヶ月の時、

 関東大震災の混乱の中、両親は軍部に

 よって虐殺された。ルイズは姉とともに

 糸島郡今宿村の野枝の両親にひきとられる

 ・・・・・・・・

 

 

 

興味のある方は、どうぞ!

 


今宿は諧調の中にある

2008-05-26 23:12:00 | 今宿

 

本日は!

今宿五行歌の日。

 

車を走らせながら

伊藤野枝のことを考えた。

 

Noe 伊藤野枝と大杉栄と長女魔子

 

頭をよぎるあの事件・・・・甘粕事件

 

伊藤野枝は(1923年)憲兵隊によって

大杉栄と六歳の甥橘宗一と共に殺され、

古井戸に投げ捨てられた。

 

関東大震災直後の混乱に乗じて起こった

軍による虐殺事件である。

 

今宿出身の伊藤野枝が28歳の年の出来事。

 

53年後に発見された死因鑑定書によれば

激しい暴行が加えられ、なぶり殺し状態だったという。

 

 

全国から伊藤野枝を偲び、

今宿を訪れる人は多い。

 

しかし、

今宿に伊藤野枝を知る手がかりはない。

 

今宿は諧調の中にある。

 

 

車を走らせながら

今宿のことを考えた。

 

 

・・・・

 

四川大震災では、混乱の中

いったい何が行なわれているのだろうか?

 

車を走らせながら

中国のことも考えた。

 


今津のトアル アトリエ

2008-04-29 23:26:00 | 今宿

本日は!

今宿タイムズ(4・5月合併号)に載った

僕の記事(わが町この人)を読んで連絡をくれた

坂田さんというS氏のアトリエにおじゃました。

 

昔から行ってみたいと思っていたアトリエ。

写真を撮ることを忘れるくらいイカシタ場所だった。

志摩町の前に、この場所を知っていたら、

ここを拠点にしたかもしれない、ヤバイ場所だった。

 

驚いたことに、

僕が4年間今宿に住んで、調べたり考えてきたことと

ほぼ同じことを坂田さんというS氏も4年間やっていた。

 

栄西、筑前五ヶ浦廻船、日宗貿易、今津湊、

今山遺跡、宝島、伊藤野枝・・・・・

 

  話がはずんだ!

 

勝丸という木造伝馬船を修理してはじめた

『ひとり五ヶ浦廻船ごっこ』 も、これからは

ひとりではなく何人かでやれそうだ!

Img_4442

ハッピー!ハッピー!オールハッピー!

 

また、明日もおじゃますることに。

 

 


今宿五行歌

2008-04-18 22:54:21 | 今宿

本日は!

引越しのバタバタで、

アレもコレも中途半端。

 

新アトリエに初めてのFAXミリ

今宿五行歌会から届いていた。

4月の歌会の件。

急いで、歌をつくる。

 

  貧困と飢餓を描いた

  深刻な特別番組

  その後で始まる

  大食い女王の

  バラエティー番組

 

そのあとは、テレビアンテナの修理。

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やっぱ、映らない。

無性にテレビに腹がたってきた。

 

テレビはやめた!

 

大食い番組は自制してたハズなのに

金のためにスグに復活する。

また、死亡事故が起きるまで

続けるつもりなのですか?

 

そんなテレビは信じたらアカン。

 

いつも、嘘ばっかし。

テレビ局幹部が頭を下げる図が浮かぶ。

 

日本は滅びるよ!これマジよ。

 

 


今宿横浜港で船底塗装

2007-08-14 14:02:00 | 今宿

大潮の干潮時に勝丸を座らせて

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チェーンブロックで引っ張り、船底を見てみると

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ビッシリとわけのわからぬ生物が付着して、変なムシがイッパイ!

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迷わず、柔な船底塗料は取り止めて、コールタールを塗る!

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昭和の塗料コールタールは、懐かしい漁村の匂い

Ca340178  

次の日、アジが沢山釣れました。    続く・・・

 


マンニィ通過!(台風4号)

2007-07-15 18:00:06 | 今宿

Dscf0996 今宿あたり

「マンニィ」という台風名は香港担当で海峡の名前だそうで、

次の台風名は日本担当で「ウサギ」というらしいです。 

  「ウサギ」 か~  ?

  

  「夜叉海峡」(坂本冬美) でいこうよ!

♪ 乳房の夜叉を 隠してみても

  この血が 激しく 暴れます

  あなたがそちらで 倖せならば

  殺したいほど 憎みます・・・      ッテカ!