八濱漂泊傳

ダラシナイデラシネ記

タリマセンの丘

2014-12-28 01:04:28 | 暮らし

福岡に住んでいた頃、

糸島半島から玄界灘に
こぼれ落ちてしまいそうなところで、
『タリマセン』という共同体を組織して
学校化しようとしたことがある。

その『タリマセン』を岡山で組織したい
という思いが日々強くなってきた。

『タリマセン』という名称は、
文字通り「足りません」という意味で、
知恵も人材も資金も時間も足りません。
とにかく何もかも足りませんという状況から命名された。

『タリマセン』は学校であるが、
先生も生徒も授業料も存在しない。

『タリマセン』は、
気の合った仲間がひとつの土地に集まり、
1本の木の下で会話をするところから始まる。

仲間たちの中で、

いちばん野菜を作るのが上手い人が「農」の先生であり、
いちばん魚を捕るのが上手い人が「漁」の先生であり、
いちばん糸と布を扱うのが上手い人が「衣」の先生であり、
いちばん料理の上手い人が「食」の先生であり、
いちばん小屋を作るのが上手い人が「住」の先生であり、
いちばん心の透き通った人が「心」の先生なのだ。

そうやって、
『タリマセン』で繰り広げられる授業によって、
衣食住その他もろもろの糧が手に入る仕組みとなり、
既成社会の貨幣経済から距離を置いて
ゆっくりと暮らすことができる。

『タリマセン』での授業は生きるための労働である。

労働をして、お金を得て、消費して、生活するといった
貨幣経済のプロセスからお金と消費を取っ払い、
労働して生活するというシンプルな行為だけが残ればいい。

これから先、
日本の経済は急速に悪化して
難民が溢れることだろう。
大衆が信じて疑わなかった価値観の喪失が
大規模に起こるだろう。

だがしかし、
それに代わる新しい価値観は
社会のどこにも用意されていない。

新しい価値観は教えられるものではなく、
自分で作り出すものである。

『タリマセン』は、今日の形骸化した社会システムに基づく価値観からの解放を目指し、
それぞれの人が、その人なりに価値観を見出す手助けになればいい。 


参考までに、

ドラマチックな建築家 F・L・ライトが組織したのは『タリアセン』である。
その『タリアセン』が日本風に訛って『タリマセン』となった。
ちなみに、岡山弁では『タリャアセン』となって F・L・ライトに近くなる。

 F・L・ライトの『タリアセン』は自給自足を基にする理想郷、あるいは共同体、
建築学校として『タリアセン』は存在した。

『タリマセン』は『タリアセン』へのオマージュでもある。


 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。