本日は!
お守り の話。
神社 のこととか
祭神 のこととかを
考えるのは好きなのだけれど、
私は、
まったくもって、
信心の気持ちが無い。
特に 賽銭箱 は、
どうにも好きになれない。
大きな祈願をする時には、
10円玉より、
100円玉を入れようか?
500円玉はもっと利くんとちゃうか・・・・
そんな、
自分の 小さな心の動き が
なんか嫌になったりする。
神様は、
金で動いたりするんやろか?
賽銭箱 が、
無言で 袖の下 を強要しているようで、
どうにも引っかかる。
金を入れんかったら、
バチが当たるんやろか?
もう、
賽銭箱オブセッション である。
お守り関係も値段が怪しい。
神主さんが、
手に持つ御幣で
バサッ、バサッとお祓いをしただけで、
原価100円もしないお守り袋が、
1000円! 2000円! 3000円!
という価格になるボロイ商売。
人の不幸につけ込んで、
ヘンな壷を売る 悪徳商法 との差異は
どこにあるのだろうか?
そんな文句言いの私でも、
昭和の名船 「勝丸」 に乗る時には、
さすがに信心深くなったりする。
何年も持っている、
宗像大社 の札と 謎の小石!
謎の小石 は、
京都 貴船神社奥宮 の
舟形石(ふながたいわ) から頂いたもの。
どちらも、
航海の安全 を願うお守りである。
人間社会の中で、
自分だけが良い目をする 〇〇祈願 は、
どこか、うしろめたく感じてしまうけれど、
自然を相手にする安全への願いは
神社のリアリティー を浮かび上がらせる。
キーワードは、
自然に対する 畏怖の念 だと思う。