限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第22回目)『中国四千年の策略大全(その 22)』

2023-01-29 10:35:11 | 日記
前回

中国に「韜晦無露圭角」(韜晦して圭角を露わすなかれ)という言葉がある(日本流に言えば「能ある鷹は爪隠す」)。賢いところを見せれば、いらぬ嫉妬をかって眼をつけられていじめられるということだ。とりわけ、帝室の息子たちともなれば、本人よりも取り巻き連中が仕掛ける出世競争に巻き込まれてしまい、うまくいけば頂点を極め皇帝となることも可能だが、そうでなければなまじっか賢明であるために抹殺されてしまう。そのような状況では時期が来るまではうすらバカの振りをして注目を集めないのがよいとの教訓だ。北朝北斉の初代皇帝の文宣帝(姓は高、諱は洋)が生きた実例だ。

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 馮夢龍『智嚢』【巻12 / 486 / 高洋】(私訳・原文)

北斉の初代皇帝の高洋は本当は賢明であったが、外面はうすらバカのように見えた。だれも、彼の本当のところを知らなかったが、父親の高歓だけは見抜いていて「この子はわしより思慮がある」と言った。あるとき、高歓は自分の息子たちの智恵を試そうとして、乱雑にもつれた糸の玉を解くように言った。誰も玉をほどくことができなかったが、高洋だけは刀で斬り「乱れた者は必ず斬る」と言った。

高洋内明而外晦。衆莫知也、独歓異之。曰:「此児識慮過吾。」時歓欲観諸子意識、使各治乱糸。洋独持刀斬之、曰:「乱者必斬。」
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高洋はアレクサンドロス大王と同じ課題を全く同じ方法で解決した。つまり結び目が分からない糸の玉をスパっと断ち切ってしまったのだ。乱れに乱れた世の中を鎮めるには尋常の手段ではダメで、からみつくしがらみを英断をもってすぱっと断ち切ることが重要だと示した。戦乱を鎮めるには才よりも胆がものをいう。

ちなみに、「韜晦無露圭角」の言葉は、宋名臣言行録の杜衍の項に見えるが、この言葉の後に続く言葉も味わい深い。
 「毀方瓦合、求合於中、可也」(方を毀り、瓦合して中に合わんことを求めて可なり)

「とんがった知性をわざと隠して、バカの振りをして俗人(瓦で象徴)と交際すれば禍を避けることができる」という。つくづく、中国では普通に生きることすら難しいことが分かる事例だ。エピクロスの「隠れて生きよ」(λάθε βιώσας)の忠告がぴったりする。



次は、部下に死力を尽くさせる方法の話だ。种世衡は、終生国境の防備に従事した北宋の名将だ。子供の頃から気概に溢れていたとして次のような逸話が残る(『宋史』巻335)。

种世衡は幼いころから気節を重じた。ある時に、宝物が与えらえた時、従兄弟たちは争って金目のものを分捕ったが、种世衡は宝物は皆に挙げて、自分はただ書物だけを取った。
(少尚気節、昆弟有欲析其貲者、悉推与之、惟取図書而已)

种世衡は気概だけでなく、智略も備わっていた(智勇双全)。

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 馮夢龍『智嚢』【巻12 / 489 /种世衡】(私訳・原文)

种世衡が寬州城に根拠を構えることにしたが、井戸水を得ることができなかった。地下、50メートル(150尺)ほど掘っても石だらけで水はなかった。作業員たちは打つ手がなく「ここは水がでない土地だ!」と言った。种世衡はそれに対して「石の下に水がないことがあろうか?石を掘り出せばいいだけだ。一もっこ掘れば、一金を出そう!」作業員はこれを聞いて、また力を出して掘り進んだ。石をいくつかどけると突然、水が湧いてきた。これにちなんで、この城は清澗城と名付けられた。

种世衡既城寬州、苦無泉。鑿地百五十尺、見石、工徒拱手曰:「是不可井矣!」世衡曰:「過石而下、将無泉邪?爾其屑而出之、凡一畚、償爾一金!」復致力、過石数重、泉果沛然、朝廷因署為清澗城。
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同じくアレクサンドロスを引き合いに出すが、アレクサンドロスは若いながらも人を動かすコツをしっかりと掴んでいたようだ。『プルターク英雄伝』のアレキサンドロス伝には、部下の死力を尽くさせた話が載っている。

「マケドニアの兵士が大勢いた中の一人が王の黄金を運ぶ騾馬を駆って来たが、この獣が弱ったので自分がその荷を担いで運んでいた。大王はその男が非常に疲れているのを見て、その話を聴き、荷を下そうとした時に、『へこたれるな!そのままテントまで担いでいったら、お前の物にしていいぞ。』と言った。」(河野与一訳、岩波文庫、一部変更)

このように励まされた兵士は、当然のことながら気力をふり絞って最後まで荷物を運んだに違いない。种世衡も同じやり方で、敵に囲まれた城壁の中で源泉を掘り当てることで、生き延びたのだった。

続く。。。
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