【日本の工芸技術と社会 1.Inkbrush, Inkstone, Paper and Calligraphy】
今年も、京都大学で交換留学生(および日本人学生)向けの一般教養科目で "Craftsmanship in Japanese Society" (日本の工芸技術と社会)を教えている。テ-マは昨年のものに若干の変更を加えたが、基本的には変わらない。ただ、説明資料(パワ -ポイント)の内容を充実させた。
前学期の『日本の情報文化と社会』では福島原発事故のせいで留学生が約10名程度しか参加していなかったが、今学期は倍の20名になった。ようやく、関西は安全だということが認知されたようだ。
この講義は、純粋に講義主体の授業であるが、数人の学生がグル-プとなりそれぞれのテ-マについて調査した結果を発表する、グル-ププロジェクトが課されている。それも、日本人と留学生が必ず交じる混成チームで日本と諸外国の工芸技術に関して調べてもらうことになる。
『日本の工芸技術と社会』講義のテ-マは次の通り
1. Inkbrush, Inkstone, Paper and Calligraphy
2. Sculpture, Furniture, Folk Craft, Go & Shogi, Netsuke and Za (Artisan Guilds)
3. Porcelain, Lacquerware, Makie and Korean Craftsmanship
4. Mining, Metallurgy, Sword, Armor and Samurai
5. Painting, Ukiyo-e, and Modern Visual Arts (Manga and Animation)
6. Engineering (Architecture, Shipbuilding, Robot) and Modern Industries
7. Cooking, Liquor, Textile and Festival
8. Performing Arts, Narrative Arts and Lifestyle
9 . Positive and Negative Features of Japanese Craftsmanship
10. People 1 (Before Meiji)
11. People 2 (After Meiji)
この講義の目的としては、日本の工業が現在、世界で非常に高く評価されているが、それは過去からの洗練された高い工芸技術の伝統の上成り立っていることを、学生達に理解してもらうことである。工芸技術は産業として人々の暮らしを物質的に支えただけでなく、芸術度の高い工芸製品が安価に提供されたので、庶民生活の隅々に至るまで潤いがもたらされた。
しかし、工芸技術を発展させてきた社会は一方では、日本人特有の細部にこだわり過ぎ、大局的見地を見失いがちになる、というネガティブな面も日本人にもたらした。さらには、小さなものへ愛着を示すが、規模の大きいものや自然そのものに対しては無頓着になる傾向も否めない。それら日本人全体の国民的な性癖は、過去数十年間ものあいだ公共事業と称する、あまりにも不必要な構造物を次々と建設し、この美しい国土を無残にも破壊する結果となってしまった。
第一回目の【1.Inkbrush, Inkstone, Paper and Calligraphy 】の講義メモを以下に示す。
************************
○文房四宝とその他の文具
・書道は、中国に始まり、日本は中国から書道のみならず書道道具の製造技術に至るまで多大な恩恵をうけている。
・書道には文房四宝がある。それらは墨、硯、筆、紙である。
・墨は、奈良と京都が過去からの伝統的な産業が今でも残っていて、有名な生産地である。墨汁は田口精爾が明治20年ごろに発明した。
・硯は、中国の端渓が有名であるが、残念ながら現在では原石が掘り尽くされてよいものは、出ない。また歙州も良質の硯を産する。日本の硯の質は中国のものには及ばない。
・筆は、紀元前十世紀の殷の時代から存在したといわれている。正倉院に保管されている古筆としては天平筆が有名である。筆の毛には、様々な動物の毛が使われる。
・現在、東広島の熊野で生産される化粧筆が世界の最高品質を誇り、全世界のトップの映画女優が数多く愛用している。
・紙は、後漢の蔡倫が発明したといわれているが、実際には前漢の時代に既に存在していた。中近東には8世紀に伝わり、ヨーロッパに伝わるにはまたそれから数百年かかった。
・紙は日本には7世紀に伝わった。日本で製法を改良し、和紙が作られた。
・和紙の原料としては、「楮」「三椏」「雁皮」「麻」などが使われている。
・紙の伝統的な製造プロセスとしては、「煮熟」「ちり取り」「打解」「紙漉き」「圧搾」「乾燥」の順番で行われる。また、紙を漉く方法には「溜め漉き」と「流し漉き」がある。後者の「流し漉き」は日本で開発された方法である。
・印章とは、著者を表したり、所有者を表すのに使われる。江戸時代に発見された『漢委奴国王印』の金印は有名だ。
・書体の種類、殷の時代の「甲骨文」から始まり、「篆書」「隷書」「楷書」「草書」「行書」がある。
・篆刻とは、木や石に印を彫ることである。篆書は、現在でも日本銀行券(お札)やパスポートなどの文字に使われる字体である。
・国璽は、国家の象徴として押す璽で、御璽は天皇個人の璽。
○中国の能筆
・晋の時代の王義之は中国でもっとも有名な書道家である。息子の王獻之も能筆で合わせて『二王』と称されている。
・唐代の書道家の巨匠として、欧陽詢と虞世南、褚遂良、顔真卿が挙げられる。
・宋と元の時代では、蘇軾、米芾、黄庭堅、趙孟頫がいる。
○日本の能筆
・日本には、8世紀に仏教に随伴して書道が入ってきた。
・能筆としては、王義之の楽穀論そっくりの筆使いの光明皇后や平安初期に三筆と言われる嵯峨天皇、空海、橘逸勢がいる。平安中期では、小野道風、藤原佐理、藤原行成が三蹟と称された。
・平安末期になって、藤原行成のスタイルを踏襲した和様が完成された。世尊寺流や尊円流などがある。
・仮名の書道作品では、古今和歌集の高野切などが有名だが、残念ながらこれら仮名の作品は作者は不明の場合がほとんどである。
・墨跡は、禅僧の作品をいい、夢窓疎石、隠元、即非如一などが有名である。
・江戸時代の有名な書道家には、良寛、貫名菘翁、本阿弥光悦がいる。
・花押は、署名の代わりに使われる記号で、まず5世紀の中国で使われ始めた。日本では10世紀頃から公家によって使われだしたが、戦国時代になって多くの武将が使うようになった。
・勘亭流は、江戸時代、歌舞伎や落語看板などに使われ普及した。
・前衛書道は、戦後に生まれ、革新的な書道芸術をめざしている。
○アラビアとヨーロッパの書道
アラビアやヨーロッパの書道(Calligraphy)とは、芸術作品というより、技術工芸的な要素がつよく、東洋で重視する作者の精神性より、むしろ均整のとれた美を重んずる。
今年も、京都大学で交換留学生(および日本人学生)向けの一般教養科目で "Craftsmanship in Japanese Society" (日本の工芸技術と社会)を教えている。テ-マは昨年のものに若干の変更を加えたが、基本的には変わらない。ただ、説明資料(パワ -ポイント)の内容を充実させた。
前学期の『日本の情報文化と社会』では福島原発事故のせいで留学生が約10名程度しか参加していなかったが、今学期は倍の20名になった。ようやく、関西は安全だということが認知されたようだ。
この講義は、純粋に講義主体の授業であるが、数人の学生がグル-プとなりそれぞれのテ-マについて調査した結果を発表する、グル-ププロジェクトが課されている。それも、日本人と留学生が必ず交じる混成チームで日本と諸外国の工芸技術に関して調べてもらうことになる。
『日本の工芸技術と社会』講義のテ-マは次の通り
1. Inkbrush, Inkstone, Paper and Calligraphy
2. Sculpture, Furniture, Folk Craft, Go & Shogi, Netsuke and Za (Artisan Guilds)
3. Porcelain, Lacquerware, Makie and Korean Craftsmanship
4. Mining, Metallurgy, Sword, Armor and Samurai
5. Painting, Ukiyo-e, and Modern Visual Arts (Manga and Animation)
6. Engineering (Architecture, Shipbuilding, Robot) and Modern Industries
7. Cooking, Liquor, Textile and Festival
8. Performing Arts, Narrative Arts and Lifestyle
9 . Positive and Negative Features of Japanese Craftsmanship
10. People 1 (Before Meiji)
11. People 2 (After Meiji)
この講義の目的としては、日本の工業が現在、世界で非常に高く評価されているが、それは過去からの洗練された高い工芸技術の伝統の上成り立っていることを、学生達に理解してもらうことである。工芸技術は産業として人々の暮らしを物質的に支えただけでなく、芸術度の高い工芸製品が安価に提供されたので、庶民生活の隅々に至るまで潤いがもたらされた。
しかし、工芸技術を発展させてきた社会は一方では、日本人特有の細部にこだわり過ぎ、大局的見地を見失いがちになる、というネガティブな面も日本人にもたらした。さらには、小さなものへ愛着を示すが、規模の大きいものや自然そのものに対しては無頓着になる傾向も否めない。それら日本人全体の国民的な性癖は、過去数十年間ものあいだ公共事業と称する、あまりにも不必要な構造物を次々と建設し、この美しい国土を無残にも破壊する結果となってしまった。
第一回目の【1.Inkbrush, Inkstone, Paper and Calligraphy 】の講義メモを以下に示す。
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○文房四宝とその他の文具
・書道は、中国に始まり、日本は中国から書道のみならず書道道具の製造技術に至るまで多大な恩恵をうけている。
・書道には文房四宝がある。それらは墨、硯、筆、紙である。
・墨は、奈良と京都が過去からの伝統的な産業が今でも残っていて、有名な生産地である。墨汁は田口精爾が明治20年ごろに発明した。
・硯は、中国の端渓が有名であるが、残念ながら現在では原石が掘り尽くされてよいものは、出ない。また歙州も良質の硯を産する。日本の硯の質は中国のものには及ばない。
・筆は、紀元前十世紀の殷の時代から存在したといわれている。正倉院に保管されている古筆としては天平筆が有名である。筆の毛には、様々な動物の毛が使われる。
・現在、東広島の熊野で生産される化粧筆が世界の最高品質を誇り、全世界のトップの映画女優が数多く愛用している。
・紙は、後漢の蔡倫が発明したといわれているが、実際には前漢の時代に既に存在していた。中近東には8世紀に伝わり、ヨーロッパに伝わるにはまたそれから数百年かかった。
・紙は日本には7世紀に伝わった。日本で製法を改良し、和紙が作られた。
・和紙の原料としては、「楮」「三椏」「雁皮」「麻」などが使われている。
・紙の伝統的な製造プロセスとしては、「煮熟」「ちり取り」「打解」「紙漉き」「圧搾」「乾燥」の順番で行われる。また、紙を漉く方法には「溜め漉き」と「流し漉き」がある。後者の「流し漉き」は日本で開発された方法である。
・印章とは、著者を表したり、所有者を表すのに使われる。江戸時代に発見された『漢委奴国王印』の金印は有名だ。
・書体の種類、殷の時代の「甲骨文」から始まり、「篆書」「隷書」「楷書」「草書」「行書」がある。
・篆刻とは、木や石に印を彫ることである。篆書は、現在でも日本銀行券(お札)やパスポートなどの文字に使われる字体である。
・国璽は、国家の象徴として押す璽で、御璽は天皇個人の璽。
○中国の能筆
・晋の時代の王義之は中国でもっとも有名な書道家である。息子の王獻之も能筆で合わせて『二王』と称されている。
・唐代の書道家の巨匠として、欧陽詢と虞世南、褚遂良、顔真卿が挙げられる。
・宋と元の時代では、蘇軾、米芾、黄庭堅、趙孟頫がいる。
○日本の能筆
・日本には、8世紀に仏教に随伴して書道が入ってきた。
・能筆としては、王義之の楽穀論そっくりの筆使いの光明皇后や平安初期に三筆と言われる嵯峨天皇、空海、橘逸勢がいる。平安中期では、小野道風、藤原佐理、藤原行成が三蹟と称された。
・平安末期になって、藤原行成のスタイルを踏襲した和様が完成された。世尊寺流や尊円流などがある。
・仮名の書道作品では、古今和歌集の高野切などが有名だが、残念ながらこれら仮名の作品は作者は不明の場合がほとんどである。
・墨跡は、禅僧の作品をいい、夢窓疎石、隠元、即非如一などが有名である。
・江戸時代の有名な書道家には、良寛、貫名菘翁、本阿弥光悦がいる。
・花押は、署名の代わりに使われる記号で、まず5世紀の中国で使われ始めた。日本では10世紀頃から公家によって使われだしたが、戦国時代になって多くの武将が使うようになった。
・勘亭流は、江戸時代、歌舞伎や落語看板などに使われ普及した。
・前衛書道は、戦後に生まれ、革新的な書道芸術をめざしている。
○アラビアとヨーロッパの書道
アラビアやヨーロッパの書道(Calligraphy)とは、芸術作品というより、技術工芸的な要素がつよく、東洋で重視する作者の精神性より、むしろ均整のとれた美を重んずる。