石井信平の 『オラが春』

古都鎌倉でコトにつけて記す酒・女・ブンガクのあれこれ。
「28歳、年の差結婚」が生み出す悲喜劇を軽いノリで語る。

刑務所を知りぬく戸塚宏さん

2007-10-16 22:03:30 | 人物
午前11時半、名古屋駅で編集者、カメラマンと落ち合い、戸塚ヨットスクールへ向かう。

 海辺の合宿所では、十代の男女が昼休みのくつろぎの時、我らにむかって「こんにちわ!」キチンと挨拶をする。気持ちがいい。

 3階の和室で、戸塚宏氏と対面。65歳だが、赤銅色の肌、いささかも耄碌の気配なし。

 彼は長期の裁判闘争の末、実刑6年の最高裁判決を食らい、去年4月に出所している。著書『静岡刑務所の三悪人』(飛鳥新社)を読んで行ったが、肉声で聞くと、印象はまた強い。

 かつては戸塚ヨットスクール、今は時津風部屋での「いじめ」が国民的関心を呼んでいる。

 しかし、日本で最も陰湿に、「組織的・合法的・全国的」にいじめが行われているのが実は、刑務所だ。そこでは、刑務官による恣意的な、多種多様な懲罰が待っていて「懲罰房」という恐ろしい部屋も用意されている。 

 獄中の獄。これは「裁判所判決」に加算された、法律によらない罰である。こんなことが許されるのか?

 戸塚氏は、「きなこ」を残しておいただけで「懲罰房」に閉じこめられた体験を語ってくれた。

 「懲罰房にもランキングがあります。ウンコが流れないで、そのままの部屋もあります。臭気で息も出来ません」
 「辛かったですか?」
 「いいや、ヨットのキャビンは、もっとずーっと狭いし、揺れてるんですよ、ハハハハ・・・」
  
 刑務所の中だって、日本国憲法と基本的人権がおよぶはずだ。それが全く等閑され、忘却されていることが問題。

 「刑務所こそ、役人が100パーセント悪事を働ける場所です。すべてが、管理の円滑化のため、を理由に許されてしまう。何のための円滑化か? 国民や囚人のためではない、役人自身のためなんです」

 戸塚氏は保釈を、はじめから断念した。

「入るときから、満期で出るぞ、と決めていました。罪を認めること、再審請求をしないこと、が保釈になる絶対条件です。私はその両方とも、最後まで同意しませんでした」

 彼はメゲず、壊れずに、出所できた。

 「何が一番辛かったですか?」
 「体操ができなかったことですね。これはストレスたまります。体重を減らしました。とにかく囚人を歩かせないで、閉じこめようとする」
 「何故ですか?」
 「刑務官は、恐怖心にこり固まっているからです」

 刑務所も社会の鏡である。囚人の「高齢化」が始まって、戸塚氏がいた静岡刑務所では、最高齢は89歳だった。

 「矯正教育なんて、聞こえはいいけど、なーんにもやっていませんよ。中では、ただ単純作業をさせるだけ。さんざん働かせても、出所の時にもらう金が少なすぎます。人の縁は切れて、誰も助けてくれない。せめて100万円はないとねー。就職と結婚の世話ぐらいしろよ、と言いたい」

 戸塚氏が中でやっていたのは、車の配線作業。4年間で得た賃金はト-タル10数万円、月給に直すと2千数百円だ。

 精神と肉体を骨抜きにして、雀の涙の所持金で、社会に放り出す。再犯の土壌は、刑務所が作っていることになる。

 渡す金が少ないのは、刑務所が取っちゃうからだ。諸悪の根元は「矯正協会」という特殊法人。法務省役人の天下り先だ。全国7万人の受刑者が稼ぐ金と、使う金の、収支一切をとり仕切っている。

 受刑者の日用品、差し入れの一切はここが仕入れ、値付けされる。それ以外は禁止。企業の委託作業も、ここを通す。調査のメスが入ったことはあるのか? 

 「刑務所に取材したい場合、広報課はありますか?」
 「ありません、囚人の人権を守るため、という理由で取材はシャットアウトです」

 いかに刑務所がちゃんとやっているか「ヨイショ」するテレビ・クルーは別なのだ。

 静岡刑務所には沢山の外国人がいた。中国人、イラン人、ブラジル人・・・。戸塚さんが集会などで問題提起すると、日本人はダメ、大学出は特にダメ。義を見て立ち上がるのは、大抵、外国人だった。

 「日本人が失った〝男らしさ〟をもってるのは、今や、外人だけですねー」

 出所の時、戸塚氏は「囚人服をくれ」と言って大問題になった。

 「服は貸与か、給付か、刑務官も知らないんです。前例がないという理由で、結局却下されました」

 中では職員を「○○先生」と呼ばねばならない。ところが、囚人は番号か、呼び捨てだ。どうして?

 「所内規定だ、と言うんです。憲法よりも優先する規定って何だ、その条文を見せてくれって頼んでもダメ」

 こういう原則を問い直す人が、日本に少なくなった。貴重な人だ。

 「ひどい所長ですよ。所長の氏名を聞いても応えない。おかしいでしょ。」

 公務員なのに氏名不明。刑務所とは、かくもミステリアスな場所だ。そして、「一矯正職員より」という1枚のハガキを見せてくれた。こう書いてあった。

 「戸塚宏先生、御本を読ませて頂きました。所長の
氏名は繁永正博で、現在大阪刑務所長をしております」

 西欧の個人主義、合理主義、人権思想のいずれにも根本的な疑問をもつ戸塚氏は、精神の根元を問うて東洋思想、とりわけ武士道にゆきついた。

 「幕末の日本を訪ねたシュリーマンは、〝幸福そうな日本人〟を描写しています。ちょうど〝国民総幸福〟を謳う、今のブータンのようだったのでしょう」

 引きこもり、ニートの子供を持て余した親からの問い合わせが、引きも切らず。今週末は「時津風部屋、いじめ問題」のパネラーとして『朝まで生テレビ』に呼ばれている。

 私「日本は、これからどうなるでしょう?」

 戸塚「必ず滅びます。ニートと引きこもりが、本当は500万人。彼らはいずれ働かないまま生活保護を受けます。そのカネ、どうするんですか?」

 真昼に始まったインタビューは、早や夕暮れを迎え、海面は静か、真っ赤な夕陽が知多半島の向こうに没しようとしていた。