石井信平の 『オラが春』

古都鎌倉でコトにつけて記す酒・女・ブンガクのあれこれ。
「28歳、年の差結婚」が生み出す悲喜劇を軽いノリで語る。

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山田厚史さん支援集会レポート全文

2008-01-31 22:53:12 | メディア
 25日に行われた、「山田厚史さん支援集会」のレポート全文を書きました。以下のサイトでご覧下さい。

 政治権力と司法とメディアが、三叉路で激突したのが、今回の安倍事務所による提訴です。日本の今後を占う濃密な集会でした。

http://www.team-aaa.jp/report/trial005.html
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ビックリ、日興の果敢な広告

2008-01-30 22:56:53 | メディア
 きょうの朝日新聞・朝刊、ド派手な全ページ広告にはびっくりだね。「興」という筆文字がドーンと頁一杯に占拠していた。

 日興コーディアルグループの広告だ。コメントに曰く・・・ 

 「新しく、日興を興す」「「おかげさまで創業以来、ひとつひとつ年輪を重ねるように90年。大切に培ってきたお客様との絆をさらに深め、信頼にしっかりとお応えし続けるために・・・」歯の浮くような言葉が続く。

 こんなおいしい大広告主を相手に、「巨大粉飾決算」「上場廃止とりやめ」などダーティーな一連の疑惑を、この新聞社はどこまで追及できるのだろう。あの「ジャーナリスト宣言」はもう取り下げたのだろうか?

 
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村木良彦さんを送る

2008-01-28 22:03:50 | メディア
午後6時から、芝増上寺で村木良彦さんの通夜に出席。

夕暮れどき、鎌倉からの車中で『お前はただの現在にすぎない』という本を読み続けた。

 TBSを離れて、「テレビマンユニオン」を作った萩元晴彦・村木良彦・今野勉の3氏による名著だ。1960年代末、「テレビに何が可能か」を追及したこの本を越えるテレビ論は、その後書かれていない。

オラが筑摩書房を退社し、ユニオンに転じたきっかけは、この本だった。入社面接の時、社長だったのが村木さんだった。

 全く新しいビジネスとしての番組制作会社の経営、数々の番組の演出とプロデュース、ニューメディアの可能性を追求する新会社「トゥデイ・アンド・トゥマロウ」の設立、MXテレビ局の開設、大学の教壇に立ってメディア論を講じ、「あるある問題」などの審議会、番組の審査・・・、書斎を愛する文人の一面をもちながら、あまりにも自己を酷使しすぎたか。

 先の本のなかで、彼は次の文章を記した。それだけで、その生涯は十分に意味があった。ありすぎた。

 「テレビジョンはフィクションもノンフィクションもひっくるめて、すべてドキュメンタリーである。ドキュメンタリーそのもの。かくて、ぼくのテレビジョンにとって、次の仮説が採用される。<テレビジョンは時間である>」

 村木氏の人柄、実績をしのんで、通夜には多数の人々がつめかけた。別室での懇親の席で懐かしい面々に会う。今野勉さんと、名著の復刊について、具体的出版社名を挙げて語り合う。

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匂いのエクスタシー

2008-01-26 22:29:45 | 雑談
日本酒の熱燗が、たまらなく欲しくなる夕暮れであった。自転車をこいで、酒屋に向かい、ここはひとつ大奮発だ、「菊正宗」の一升瓶を買う。

 買った物を、自転車の前かごにそっと置いた。宝石箱を置くように。

 既に日はとっぷりと暮れ、路地の家々から夕餉の灯火と匂いが漂ってきた。その時、ポケットの中で携帯が鳴った。片手運転をしながらポケットを探り、あわてて停車の寸前、バランスを崩して転倒した。

 ガラス瓶の割れる大音響とともに、菊正宗が路地にブチ撒かれた。芳醇な香りがあたり一面に漂った。地面にはいつくばって、めまいするようなエクスタシーと惨めな思いを耐えた。

 月光の下、ビニール袋の中で、割れたガラスが「宝石」のように輝いていた。
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法廷に拍手湧き起こる!

2008-01-25 23:19:13 | メディア
 安倍晋三前首相から名誉毀損で訴えられた山田さんの、きょうは最終の第5回目が、東京地裁大法廷で行われました。今のマスメディアが決して報じない、驚くべき事態が、その場で起こりました。

 被告人・山田氏による、ソクラテスもかくやの、堂々たる最終陳述が大法廷に響き渡りました。

 今の時代と、メディアと、司法のあり方の根源を問うものでした。法廷とは真に「言葉」が屹立して人の胸に迫る場であることを、思い知らされ、鳥肌立ちました。

 陳述直後、法廷一杯に拍手が湧き起こりました。誰も予想し得ない、裁判長も制しえない事態でした。

 この日は、将来の司法を担う修習生の一団も裁判官の脇の席に詰めかけていました。

 そして、次に驚くべき言葉が裁判長から発せられました。原告と被告人への「和解勧告」です。

 双方は、裁判所の設定する「和解」のテーブルにつくように。日時は2月5日、13時10分。

 いま、裁判所は自分でジャッジする「脳」を停止したのでしょうか。以上、本日の法廷報告のみにとどめます。
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安倍晋三事務所からの訴状

2008-01-06 23:43:34 | 雑談
 朝日新聞の山田厚史さんを訴えた安倍晋三事務所の「訴状」とは、どんなものだったのか? 誰もが興味あるところだろうが、その実物が遅ればせながらサイトにアップされた。

 http://www.team-aaa.jp/images/sojyo.pdf

 ひとりの記者の、テレビでの発言をネタに、事務所の秘書3人、ひとりひとりに1000万円づつの慰謝料をふんだくろうという、興味津々な文書であります。
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日曜夜に下着番組を作ったのはオラだ

2008-01-05 22:11:38 | メディア
一昨日、帽子とランジェリーのことを書いたら、早速、亡き父上の「ボルサリーノ」の帽子を愛用している、という方からの投稿を受けた。

 ボルサリーノこそイタリア、そしてランジェリーこそイタリアなのである。

 思えば1985年、NHKをやめた森本毅郎さんをキャスターに迎えて始まった民放番組が日曜日ゴールデン、夜7時からの、TBS「諸君スペシャルだ!」というシリーズだった。そのプロデューサーは、当時テレビマンユニオンにいたオラであった。

 そして、とんでもない不届きな番組を作った。「ランジェリー・スペシャル 人は下着で作られる」という番組を、イタリア、フランス、NYにロケしてオラは作ったのである。

 構成作家に、あの映画「帝都物語」の監督・実相寺昭雄さんを起用した。みだらな、艶っぽい番組が天下のTBSから放映されたのである。 
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「携帯」それは希望のツール

2008-01-04 00:14:47 | 雑談
オラのことを担当してくれた某雑誌編集者Z氏が鎌倉への初詣に来訪。奥様と小学生の息子連れだ。

 駅周辺の雑踏を避けて、ライフフォースというレストランで、妻も交えて、一緒にゆっくり昼食。古民家を再生させた、落ち着いた雰囲気がいい。古いものを壊してしまう悪しき風潮は、いま、徐々に見直されてきている。

 彼は39歳、昨年暮れに会社に辞表を提出している。今後の展望は「企画・執筆・コディネートで、携帯電話だけで、年収一千万円を目指す」という。まさに「徒手空拳」である。

 思えば、オラが勤務していた出版社が突如倒産して「無職」になったのが36歳の時だった。携帯というツールはなかった。なくても、何とかなった。

 そーか、Z君! 携帯とはきっと「希望」の別名なんだよ。

 みんなで由比ヶ浜海岸に出て、やさしい午後の陽を浴びる。彼の息子が元気いっぱい駆け回っていた。

 
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我が愛する帽子とランジェリー

2008-01-03 23:37:02 | 雑談
 オラはソフト帽を愛する。焦げ茶色の、帽子の内側には COLINS WIEN という文字が美しい。2003年の冬、人生2度目の新婚旅行の折りに、ウィーンのオペラ劇場の近くで買った。

 帽子は、当然のことながら「かぶる」ものである。だが、待てよ、これは女性のランジェリーが、「着る」ための衣装であると同時に、実は、「脱ぐ」ための衣装であることを彷彿とさせる。

 帽子は、本当は「かぶる」より「脱ぐ」タイミングに、礼儀も品格も現れる。

 オラの帽子は愛用の余り、くたびれが目立つけれども、かぶり続けたからではない。敬愛する人の前で帽子を取り、淑女の登場に際して帽子を取り、心からの礼儀を表してきたからであります。
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和服を着たら発情します

2008-01-02 23:12:49 | 社会
大島紬の和服で正月を過ごす。気持ちがシャキーンとする。

 外出の時はトンビを羽織って、ソフト帽をかぶる。ステッキは、いい女を見かけたときに転ばすのに使う。「どうしました?」なんて駆け寄る。なわけないか。

 和服を着ると「自分は自分である」という不思議な充足感が湧いてくる。ナショナリストではなく、むしろ、インディビジュアリストになる、その感覚の方が大事だ。

 和服にはじまる日本的な美意識が、何故、右翼的・愛国者たちの専有物であるかのごとき扱われ方をしてきたか。それは、実に興味深いテーマだ。

 大正時代は、政治家も、落語家も、社会主義者も、アナーキストも、プレーボーイも、男たちはみんな和服にソフト帽だった。

みんな、自分の思想と行動に、一途に発情していた。
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