がんという病いが教えてくれたことは、ちょっとした人の言葉に鋭敏になったことだ。
昨日書いた「養生」という言葉への感銘も、普段なら聞き流してしまうところだ。
今の世の中は「ノイズ」が充満して、大事なことを聞き落してしまいがちだ。
かそけきものが何を言おうとしているか、「かそけきに聴く」態度が大切だ。
2月25日の本ブログで、中原中也の詩を引用した時「外はバラ色」と書いたが、「土はバラ色」の誤りだった。オラの記憶もいい加減だ。詩の全文は以下の通り。ある意味で、「かそけき」は「閑寂」につながっているのかもしれない。
在りし日の歌
亡き兒文也の靈に捧ぐ
中原中也 詩集「在りし日の歌」
「閑 寂」
なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。
それは日曜日の渡り廊下、
――みんなは野原へ行つちやつた。
板は冷たい光澤をもち、
小鳥は庭に啼いてゐる。
締めの足りない水道の、
蛇口の滴(しづく)は、つと光り!
土は薔薇色、空には雲雀
空はきれいな四月です。
なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。
昨日書いた「養生」という言葉への感銘も、普段なら聞き流してしまうところだ。
今の世の中は「ノイズ」が充満して、大事なことを聞き落してしまいがちだ。
かそけきものが何を言おうとしているか、「かそけきに聴く」態度が大切だ。
2月25日の本ブログで、中原中也の詩を引用した時「外はバラ色」と書いたが、「土はバラ色」の誤りだった。オラの記憶もいい加減だ。詩の全文は以下の通り。ある意味で、「かそけき」は「閑寂」につながっているのかもしれない。
在りし日の歌
亡き兒文也の靈に捧ぐ
中原中也 詩集「在りし日の歌」
「閑 寂」
なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。
それは日曜日の渡り廊下、
――みんなは野原へ行つちやつた。
板は冷たい光澤をもち、
小鳥は庭に啼いてゐる。
締めの足りない水道の、
蛇口の滴(しづく)は、つと光り!
土は薔薇色、空には雲雀
空はきれいな四月です。
なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。