佐川町ファンクラブ

佐川町の一層の活性化を応援し、“高知を元気にする”ブログです。

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界2

2011-02-15 | 体験できる観光

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界2

20~森下雨村の生家

 小説家。明治23年佐川町上郷に出生。
 早稲田大学卒業後、「やまと新聞」の記者をを経て、
 「博文館」に入社、同社の雑誌「新青年」の編集長として
 活躍し、探偵小説翻訳や創作活動をながら、
 推理作家の養成に務め、江戸川乱歩、横溝正史等を
 育てた。今日の「探偵小説の父」と言われている。

        ~五月雨の土に残るや足の跡~

03~伊藤蘭林塾(寺子屋)

 蘭林は深尾家に仕える儒官となり、郷校「名教館」及び
 「蘭林塾」で教授すること50余年であった。
 当時の佐川では、大半の学徒の人々は蘭林塾の教えを
 受けている。
 牧野富太郎、田中光顕、広井勇、古沢滋などもすべて
 門下生で、この寺子屋から育っていった。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界

情報がてんこもり  「高知ファンクラブ」パート2    記事一覧はこちらから

 

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

投稿数の多い、投稿者一覧


佐川地質館はホームページを作成しました・・・日本語、英語、中国語の3つの言語で

2011-01-20 | 体験できる観光

2010年11月に佐川地質館はホームページを作成しました。

sakawatisitu-01.jpg 

このホームぺじは日本語、英語、中国語の3つの言語でできています。是非佐川地質館のホームページをご覧ください。

このホームページの最初のアニメーションは1885年にエドムント・ナウマン博士が佐川を訪問した時に、書かれたドイツ語の詩の内容をイメージして作成しました。

ナウマン博士は今から126年前に佐川を訪問した時にこの佐川の地が太古は海の底であったことをすばやく見抜いてこの詩を作成しました。

このホームページができてから、中国からの視察団が訪問して、中国語の対応に大変満足してくれました。

このホームページは英語や中国語を勉強されている方には大変良い教材となると思います。佐川や高知のことを分かりやすい言葉で書いています。

このホームページができてから、本年1月には韓国からの団体が訪問したいとの連絡がありました。これは未だ実現していません。私どももこのホームページを作ってから、外国語での情報発信が如何に大切かを感じました。

英語、中国をを理解する方からさまざまな意見をいただきます。今年になって、中国の方からメールをいただきました。その中で、「今年は四国と中国の距離が大変近くなる年です。

4月には高松ー上海間に春秋航空が定期路線を就航させ、同じく4月には徳島空港-湖南省長沙市との間に1ヶ月5往復の定期チャーター便が就航されます。」と教えてくれました。

この2つの路線が就航されますと、中国と四国は大変往来がしやすくなります。これは四国の方が中国へ訪問しやすくなると言うよりも、中国の方が四国へ来やすくなることの意義が大きいです。

これからこの2つの路線就航を契機に私たちもますます、海外からの客人をもてなし、楽しんでもらうようにしなければなりませんね。

 
佐川地質館ホームページURL

 

2月27日(日)ジオパーク佐川説明会を・・・宇宙桜(稚木の桜)、今年の春には花が

 

 

HN: 佐川地質館


仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報

仁淀川流域"宇宙桜の会" に関する記事



日本語、英語、中国語の3カ国語で、佐川地質館のホームページを作りました

2010-12-10 | 体験できる観光
前略
 
 佐川地質館のホームページを作りました。日本語、英語、中国語の3カ国語で作成しています。
 
英語、中国語でこれだけ詳しく高知の歴史や地質の事を紹介している物は他にないと外国人の方から評価していただきました。
 
英語で佐川、高知の歴史を詳しく紹介していることについて、教材にも使わして貰いたいとの話しも聞きました。
 
中国語に関しては高知県の事をこれだけ詳しく紹介している物は無いとの評価も頂きました。これから徐々にグーグル検索の順位も上がると思います。是非見てください。
 
  下にあるのがURLです。英語は「English」, 中国語は「中文」をクリックしたらそれぞれの言語で見れます。英語の関しては日本語のホームページと内容が一部違います。
 
  草々、
    橋掛
 

http://www.town.sakawa.kochi.jp/chishitsukan/index.html

 

 

 

HN:仁淀川 さん

佐川地質館(佐川町)

仁淀川流域の情報


仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報

仁淀川流域"宇宙桜の会" に関する記事

佐川町ファンクラブ 

HN:仁淀川 さんの記事




第1回ジオパークツアー佐川サイト・・・その1 根木さんのML投稿記事

2010-09-06 | 体験できる観光
9月5日(日)、佐川町地質館に集合して、

第1回仁淀川・四国カルストジオパーク説明会(佐川のジオサイト)を、

主催:佐川町地質館、共催: 仁淀川・四国カルストジオパーク協議会・仁淀川流域"宇宙桜の会"で、モニターツアーとして実施しました。

佐川町内ジオサイトツアーと、昼食は高知県で一番旨いうどん屋との噂がある・・・

仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報



第1回ジオパークツアー佐川サイト・・・その1 根木さんのML投稿記事

(根木さんの投稿:メーリングリスト「たからちゃんネット」から、本人のご承諾をいただいて、の引用です。)



●今日は、佐川町へ行って来ました。


 「仁淀川・四国カルストジオパーク説明会」に参加させて、もらいました。
 佐川地質館の橋掛さんや溝渕さんに案内・解説をいただきましたが、
 「ガイド」さんが、いるのといないのとでは、どんなに違うか、実感。
 たくさんの化石に囲まれて、「悠久の時」の流れに、浸った思いがしました。
 恐竜の時代のことにも、思いを寄せてみる、「ゼイタクな時間」でした。

 "たくさんのぬくもりがあつまって佐川町にうどん屋ができました"
(お店のパンフレットから)の佐川・「とがの藤家」で、おうどんの昼食。
 佐川でも辺鄙なところなのにお客さんが、次々来られるのには、ビックリ!

  おいしいうどんで、おなかいっぱいの後は、「不動が岩屋洞窟」(文部科学省指定遺跡)
 など 数か所を探検(?)
 不動が岩屋洞窟には、 古代の高知県人が、住んでいた?、そうです。


⇒私の「足りない頭」で、思ったこと:

  私の知らない「魅力ある高知」が、まだまだ、いっぱいある。
  四国4県をつなごうとした・八十八ヵ所札所で実際つないだ「空海」なら、
  「森の回廊」は、もちろん回廊の下の地面もつなげよ、と言うに違いない。
  ジオパーク運動は、室戸市が、先行・熱心であるが、高知県全体、
  いや四国全体をジオパークにするべき。
  

  皆さんも、"空想のできる場所":「佐川地質館」(月曜が、休館)へ、どうぞ。



はじめの1時間は、佐川地質館の橋掛さんより、「立体映像・企画展示室」でプロジェクターを使いながら、6か町村で進めている 仁淀川・四国カルストジオパーク構想を分かりやすく説明していただきました。

説明に先立ち、

共催団体の 仁淀川流域"宇宙桜の会"の呼びかけ団体の一つである「高知ファンクラブ」の鈴木朝夫代表(元高知工科大学副学長)より、"参加された皆さんと一緒に学び、そして楽しみながら、この取り組みを情報発信して仁淀川流域の活性化に役立たせたい"旨のご挨拶がありました。

参加者の自己紹介では、 



化石の専門家の一人として、日頃からこども達などの学習会にも講師として活躍されている、高知市から参加の高橋啓さんも紹介されました。



高知市の観光ボランティア・ガイドとして活躍されている方も数名参加されて、熱心にメモを取りながらの姿が目につきました。



高知大学生や、佐川町にお住まいのオランダ人、ドルフ ファン フラースさんも参加されて、熱心に質問などされていました。
その他、地元佐川町や越知平家会、日高酒蔵の会や仁淀川町の地域支援企画員などの皆さんも参加されていました。





佐川町地質館の溝渕さんに案内・解説をしていただきました。
溝渕さんの説明は、小学生でも興味を持って聞き込める話し方で、さすが・・・と感心しました。





HN:仁淀川

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仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会ニュース 第4号

2010-08-25 | 体験できる観光
仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会ニュース 第4号



太古の佐川・越知を創造した人物

 今回は今を去る125年も前に日高。佐川、越知へ来て、我々のジオを探査し、そしてこの土地が太古どのようなところだったかを調べ、日本の地学の基礎を築いたエドムント・ナウマン博士のお話をしたいと思います。

皆さんはもう既に私達6町村が地球科学の観点から大変意義のある土地であると言うことはご存じだと思います。

それはドイツから来た一人の青年科学者が佐川及びその周辺の土地を調べ、論文で紹介したからなのです。

当時の日本は先進国の欧米に追いつく為に、学者・技術者・軍人などの多くの欧米人を「お雇い外国人」として高給で雇い入れていました。

その一人がエドムント・ナウマン博士です。彼は1883年(明治15年)、1885年(明治17年)の二度に渡り我々の地を訪れ様々なことを調べました。



佐川を訪問したときに書いた詩(1885年)



エドムント・ナウマン博士

ナウマン博士が1885年(明治17年)に佐川を訪問したときに残したドイツ語の詩が掛け軸として佐川地質館に展示されています。

今年になって、このドイツ語の詩は一体何が書かれているのかと言う疑問に駆られ、この古典ドイツ語筆記体、それも筆で書かれている詩をドイツ人の方にお願いし、英語に直訳して貰いました。

ナウマン博士の詩

German version: (ドイツ語原文)    vEnglish version 1 of poem(英語直訳)

1-Die gruenenden Berge und Laender    1- The verdant mountains and lands

2- versinken in Meeresflutn 2- sink into the sea flood-tides      

3-und was von seltsamen Thieren 3- and what of rare animals

4- am Grunde des Meeres geruht 4- that meet at the bottom of the sea

5- wird wieder emporgschoben 5- will be pushed up again

6- zum glaenzenden Sonnenlicht 6- to the bright sunlight.

7- Dann lassen sich Menschen nieder. 7- Then people settle down here.

8- Wer wuesste den Schluss zum Gedicht? 8- Who would know the end of the poem?

左が掛け軸のドイツ語を現代ドイツ語に書き直したもので、右はその英語直訳文書です。

日本語訳(英語訳から)                  

1 緑なす山々と大地            

2 海の底深く沈む

3 そしてその珍しき生物たち

4 海の底深き場所で出会い

5 再び地上に押し上げられ

6 まぶしき太陽の下に現る

7 そして人々はこの地に定住する

8 誰が知ろうこの詩の結末を

 この詩を今こうして読んでみると、ナウマン博士は125年も前にこの土地を訪れ、ここが太古、海の底であり、海の底から地球の力によって地上に押し上げられた事を確認し、そしてその時感じた事をこの詩に残しました。


その時にこの土地がどのような成り立ちであったかを見抜いて、この詩を作ったのです。125年の時空を越えて一人のドイツ人学者がこの土地へ来て感じたことが、今まざまざとよみがえります。

結びは我々にこの土地をどのように守っていくのかを問いかけているようですね。

        (仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会・事務局より提供)



ご案内

第1回 仁淀川・四国カルストジオパーク説明会・佐川町内ジオサイト見学ツアー 

9月5日(日)10時~15時 (10時に佐川地質館へ集合)

参加受付・申し込みは、佐川地質館

住所:〒789-1200 高知県高岡郡佐川町甲360番地

TEL : 0889-(22)-5500 Fax :0889-(22)-5511
マップ

参加費:入館料の300円

 1 ジオパーク構想の説明(意義、趣旨、目指すもの)  1時間   

 2 佐川地質館の見学                 1時間

 3 佐川町内のジオサイト 地質館見学後車にて現地を見学  昼食を挟んで 2時間(15時終了)
    
どなたでも参加できます。良い機会ですので誘い合って第1回ツアーに参加されませんか。




次回、第6回 仁淀川流域"宇宙桜の会" は、

8月27日(金)14時~16時、越知町の横倉山自然の森博物館をお借りして開催する事にしています。

仁淀川流域の活性化を応援する取り組みに関心のある方、力を貸していただける方の参加を期待しています。

お問い合わせは、「高知ファンクラブ」運営事務局までお願いします。



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