とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

SARS-CoV-2の予防には「社会免疫」の維持が重要

2020-05-22 00:19:45 | 新型コロナウイルス(疫学他)
本日(5月21日)関西における緊急事態宣言が全て解除されました。東京など関東でも新規患者はかなり減少しているので、5月31日の期限を待たずに解除される可能性が高いと思います。緊急事態宣言が7都府県に出たのが4月7日、全国に拡大したのが4月17日ですが、東京都の新規感染者の動向を見ると、最も多かったのが4月17日の204人でその後は多少の凸凹はありながら少なくなっていることがわかります。全国で見ると最多だったのが4月11日の720人でその後やはり凸凹しながら減少傾向となっています。一方で1日あたりの死者が最大だったのは5月2日の31人で、その後徐々に減少という傾向ですので、約3週間のずれがあり、重症な方が発症してから亡くなるまでが2-3週と言われているので、ちょうどそのあたりにピークが来ている感じです。
私は元々緊急事態宣言を出さなくても自主的な自粛で十分と考えていましたが、このデータを見ると宣言には一定の効果があったと思います(とはいえ宣言を出さなくても40万人が死亡するような事態にはならなかったと信じていますが)。世界的に見ても、大統領が「新型コロナウイルスはただの風邪だ!」と言い放っているブラジルではいまだに絶賛増加中ではありますが、ヨーロッパでも新規患者の発生はピークを過ぎ、トランプのアメリカでさえも増加傾向は鈍っています。まだアフリカなど心配な地域はありますが、大きな波(第1波)は過ぎつつあるようです。
怖がらせるのが仕事のテレビなどのマスコミやブームが終了すると出番が無くなるコメンテーターは「警戒を緩めるとすぐに増加する」とか「第2波に備えて警戒を怠ってはいけない」と相変わらずのしかめ面で、管理がうまくいっていた韓国で、外出自粛解除後すぐにクラスターが発生したという知らせに「それ見たことか!!」と得意げです。しかし私は警戒レベルをある程度下げても近々に大きな波が来る可能性は低いだろうと考えています。理由はいくつかありますが、何よりも今回の経験が大きいと思うからです。
今回SARS-CoV-2が世界的な広がりを見せた理由は、もちろん感染力が強く拡大が早かった、ということもありますが、それよりも誰も経験したことがないウイルスだったため、「どのくらいの感染力があるのか?どのくらいの重症化・死亡リスクがあるのか?」が全く分からず、不意打ちを食らった、という点が大きいと思います。
今回の経験でこのウイルスのゲノム構造、感染力、重症リスクなどが丸裸にされた今、もし今後第2波が来たとしても恐らく早期に検出できるだろうと思います。疫病予防の原則は”Early detection, early response (by Larry Brilliant)”ですので、正体がわかった今、early detectionさえできればSARS-CoV-2対策(封じ込め)はそれほど難しくはないと思います。抗体検査などの結果からは今なお「集団免疫」という状態には程遠いことがわかっていますが、「社会免疫」が出来たことは次のアウトブレーク阻止に絶大な効果を有していると思います。もちろん現在急速に進んでいる治療薬開発、ワクチン開発は第2波、第3波の抑制に有用だと思いますが、それ以上に我々はこの「社会免疫」を失わないようにしないといけません。
国は「新しい生活様式」の実践例を挙げていますが、「人との間隔は2 m空ける」「会話をする際は真正面を避ける」「屋内にいるときや会話をするときは症状がなくてもマスクを着用する」というような対策はあまりに厳しく、到底長続きしないだろうと思います。新しい生活を提案するのであれば、今回のように「感染をゼロにしよう」という厳格な対策ではなく、例えば熱発したときには躊躇なく休めるような職場環境を作る、帰宅時にはうがいや手洗いをしっかりする、というような程度のsustainableな生活様式の提案でなくてはならないと思います。だってずっと全力で走っていたらバテちゃうじゃないですか~๛(-△-;) 


人工関節遅発感染に対する二期的置換術

2020-05-20 19:36:31 | 整形外科・手術
人工関節置換術は整形外科分野では最も安定した成績が期待できる手術の一つですが、人工関節の感染は極力避けたい合併症です。特に手術から何年もたって生じる遅発性感染は難治なことも多く、治療に時間がかかり、患者さんにも医療側にも大きな負担となります。現在の遅発性感染治療のゴールドスタンダードは二期的置換です。これはまず人工関節を抜去して徹底的に洗浄・デブリードマンを行った後に抗菌薬入り骨セメントを関節に留置し、感染が収まった段階で再置換を行うことが多いです。抗菌薬入りセメントは大きく分けるとarticulating spacer, static spacer, の2種類あります。前者は関節の可動性をある程度保ちながら再置換を待つタイプ、前者は関節の動きを制限するタイプです。この論文ではRCTでこの2種類の成績を比較しました。人工膝関節の遅発性感染に対して40 gの骨セメントあたりvancomycin 3 gとtobramycin 1.2 gを混ぜたものをスペーサーとして使用しました。起炎菌はMSSAが最も多く11例、MRSA2例、MSSE2例、MRSE6例などです。Articulating spacer 25例、Static spacer 24例を比較し、平均3.5年のフォローで、関節可動域やKnee Society Scoreなどを評価しています。結果としては予想通りArticulating spacerがいずれも有意に良好な成績を示しました(可動域は113.0±11.2 vs 100.2±14.0, p=0.001、KSSは79.4±17.1 vs 69.8 ± 14.1, p=0.043など)。それはそうでしょうという結果かと思います。ただArticulating spacerを使うために使う鋳型がdispsableのもの(StageOne system, Zimmer Biomet)で、我々も使っていますがこれが高いんですよねー。。できれば金属(セメントが取れやすいように表面をポリッシュして)でいくつかサイズを用意していただいて、再滅菌できるようにしてほしいものです。 

牛乳が嫌いな人に朗報?

2020-05-19 19:52:12 | その他
小学校の時の給食で、牛乳が苦手で少しずつしか飲めない生徒を笑かして、せっかく飲んだ牛乳をマーライオンのように噴き出させていたのは私です。牛乳が体に良いのはギュウギュウでコロナウイルスがうつるくらい常識で、改めて言うまでもないことかと思っていました。そんな私のような方々は是非このreviewを読んでください。
1)牛乳の消費やカルシウム摂取が多い国の方が大腿骨近位部骨折が多い(毎日の消費が少ない方が骨折が少ない)。
2)男性では青年期の牛乳摂取が1日あたりグラス1杯増えると将来的に大腿骨近位部骨折のリスクが9%アップする(身長が高くなるからかもしれない)。
3)低脂肪乳(low fat milk)を飲む量はBMI増加と正の相関あり。通常の牛乳(full fat milk)とは相関なし。
4)国際的な比較で毎日の牛乳消費量は乳癌や前立腺癌と正の相関あり。前向き試験でも牛乳の消費量は特に予後の悪い前立腺癌のリスクと正の相関あり。
また「カルシウムとビタミンDを摂取するために牛乳は推奨されているが、そんなのは他の食べ物で十分に取れる」などとバッサリ切り捨てています。
この他にも牛乳協会の人が聞いたら泡を吹いて白目をむくような研究がたくさん紹介されています。やはり「常識は疑え」ですね。でも牛乳は好きです(忖度発言)。 

SARS-CoV-2に対する不活化ワクチン

2020-05-17 23:32:31 | 新型コロナウイルス(治療)
個人的にはワクチンの最有力は不活化ワクチンではないかと思っているのですが、この論文は患者から単離したSARS-CoV-2の中でCN2という株を用いて不活化ワクチン(PiCoVacc) を作成したというものです。マウスおよびラットにアジュバントとともに投与したところ、投与1週間目から効率よくIgG抗体の誘導が見られました。都合よいことに、Sタンパクのreceptor binding domainが最も強いimmunogenになっているようで、これはCN2を単離した患者の血清と一致しており、誘導できたIgGは患者の10倍でした。興味深いことに感染予防効果がないNタンパクに対する抗体は1/30程度しか誘導されませんでした。別の株であるCN1に対する中和抗体活性を経時的に見たところ、抗体は1週目から見られ、2週目にブースターをかけた後急上昇し、7週目まで高いタイターが認められました。
次にアカゲザル(Macaca mulatta)に対するワクチン投与の効果を検討しました。0日目、7日目および14日目にPiCoVaccの中用量(1回あたり3 μg)または高用量(1回あたり6 μg)を筋肉内経路で3回免疫したところ、S特異的IgGおよび中和抗体が両ワクチン接種群において、2週目に誘導され、3週目〜12,800および〜50まで上昇し、その力価は、回収されたCOVID-19患者からの血清の力価と類似していました。このサルにワクチン投与から22日目にSARS-CoV-2 CN1株を気管内経路するというチャレンジテストを行ったところ、ウイルス感染に伴う肺炎などの病態は改善し、臓器のウイルス量も中用量で95%以上減少、高用量ではほぼ100%減少されていました。ワクチン投与群にADEは生じませんでした。
ワクチンの有効性には懐疑的だったのですが、このように効率よくRBDに対する抗体が誘導されるのであれば大変期待が持てそうです。なおPiCoVaccを用いたフェーズI、II、IIIの臨床試験、および他のSARS-CoV-2ワクチン候補の臨床試験は、今年後半に開始される予定だそうです。


フランスにおけるCOVID-19のまとめ

2020-05-17 19:49:03 | 新型コロナウイルス(疫学他)
COVID-19の津波はヨーロッパではひとまずの山場を越えて今後の第2波、第3波に向けてデータの検証が行われています。フランスにおけるCOVID-19のこれまでのまとめのような論文が発表されました。5月7日時点で95,210人が入院し、16,386人が亡くなりました。入院患者の平均年齢は68歳で、死亡した方の平均は79歳でした。70歳超の入院が50%で死亡の81.6%がこの年代から発生しています。また入院患者の56.2%、死亡の60.3%が男性です。
軽症例を含めた感染者の実数はわかりませんが、全例が検査されたDiamond Princess号のデータをフランスの病院における積極的サーベイランスと組み合わせてモデルを作成して感染者数などを算出した結果、
①感染者の3.6% (95% CI; 2.1-5.6)が入院になりました。最も低いのは20歳未満の女性で0.2% (95% CI; 0.1-0.2)、最も高いのは80歳超の男性で45.9% (95% CI; 27.2-70.9)でした。
②入院患者の19.0% (95% CI; 18.7-19.4)がICUに入室し、全体で入院患者の18.1% (95% CI; 17.8-18.4)が死亡しました。感染者全体の中での死亡率は0.7% (95% CI; 0.4-1.0)と算出されました。20歳未満では0.001%であるのに対して80歳超では10.1% (95% CI; 6.0-15.6)であり、これは中国からの報告(0.5%, 0.7%)とほぼ同じでした。
③すべての年代で男性は入院リスク (RR 1.25, 95% CI 1.22-1.29)、ICUに入るリスク(RR 1.61, 95% CI; 1.56-1.67)、死亡リスク(RR 1.47, 95% CI; 1.42-1.53)が高いことがわかりました。
④死亡例には入院してすぐに亡くなる方と(平均0.67日、全体の15%)、しばらく入院後に亡くなる方(平均13.2日、全体の85%)の2つのパターンがあり、前者の割合はすべての年代でほぼ一定でした。この理由としては医療機関へのアクセスや併存症などが関係していると考えられました。
⑤ロックダウン前のR0は2.90 (95% CI; 2.80-2.99)だったのが、ロックダウン後には0.67 (95% CI; 0.65-0.68)まで低下しました。
⑥彼らのモデルによると5月11日の時点でフランス人口全体の4.4% (2.8-7.2)が感染したと考えられました。これは献血を用いた抗体検査の3.0%とほぼ一致する結果です。R0を3.0と考えると集団免疫を獲得するには65%のヒトが感染する必要があるので、それには遠く及ばない数字で、今後の第2波、第3波に対する警戒が必要としています。
この数字にはケアハウスのようなところで亡くなった方は含まれていないので、死亡などが過小評価になっている可能性があります。
この研究からロックダウンによる感染予防効果が高かったことが明らかになりました。また彼らのモデルは今後のサーベイランスデータを解釈するうえ、また日本の出口戦略を考える上でも有用と考えられます。