とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

リンパ管は骨組織傷害後の回復に重要である

2023-02-02 13:05:00 | 発生・再生・老化・組織修復
リンパ系は体液の恒常性、老廃物の除去、免疫応答などの調節を行うことが知られていますが、最近まで脳、目、骨などの組織にはリンパ管がないと考えられていました。最近の研究から脊椎にリンパ管が存在することが報告されていますが(Jacob et al., Nat Commun. 2019 Oct 9;10(1):4594)、リンパ管の異常増殖が著明な骨融解を示すGorham-Stout病の原因であることから、骨組織においてリンパ管は有害な作用を有すると考えられていました。本論文で著者らは光シート顕微鏡プラットフォームで高解像度で無傷の骨を免疫標識して3D可視化する方法を開発し、骨組織のリンパ管の動態を詳細に明らかにしました。その結果、ほぼ全ての骨組織にリンパ管が存在し、特に皮質骨に豊富であることが明らかになりました。骨組織に放射線を照射すると骨の血管や骨髄が破壊されますが、照射後の骨組織ではリンパ管内皮細胞(lymphatic epithelial cells, LECs)の増殖に伴ってリンパ管の劇的な拡張が見られました。このようなリンパ管拡張はリンパ管新生に重要なVEGF-C/VEGFR3シグナルの阻害剤で抑制されました。またLECsの増殖には放射線照射後に発現が増加するIL-6が重要な役割を担っていますが、同様に発現が増加するIL-18、IL-27、およびIL-7は関与していませんでした。増殖したLECsにおいてはIL-6依存性にケモカインであるCXCL12発現が亢進していましたが、CXCL12が欠損すると放射線照射後の造血能回復が阻害されることが明らかになりました。また放射線照射は骨特異的にミオシン重鎖11(Myh11)陽性細胞(pericyte)の有意な拡大を誘導しましたが、この増殖にはLECsの存在が必須であり、Myh11陽性細胞が欠損すると照射後に生じる骨形成促進が抑制されました。興味深いことに老化マウスではMyh11陽性細胞の増殖が見られず、これはLECsにおけるCXCL12発現低下に起因することも明らかになりました。以上の結果から、骨の損傷に伴って発現増加するIL-6はLECsの増殖とCXCL12発現を誘導し、これがMyh11陽性細胞の拡大を介して造血、骨形成を促進することが明らかになり、骨組織におけるリンパ管の重要性が示されました。
Biswas et al., Lymphatic vessels in bone support regeneration after injury. Cell. 2023 Jan 19;186(2):382-397.e24. doi: 10.1016/j.cell.2022.12.031.

メカニカルストレスによるDNA合成を介さない細胞分裂

2022-05-07 23:08:58 | 発生・再生・老化・組織修復
故黒川髙秀先生は「脚延長は骨を延ばすだけではなくあらゆる組織を延長させるのが面白いんだ」とおっしゃっていました。確かに脚が延びる時には皮膚や筋などの軟部も延長されるので、それに対する反応が必要です。この論文でChanらはcell trackingの手法を用いて、ゼブラフィッシュの成長の際には、皮膚の表皮細胞がメカニカルストレスに反応してDNA合成を介さずに成長軸に沿って分裂する、という大変興味深い現象を報告しています。またこの張力にともなう細胞増殖にはメカノセンサーチャネルであるPiezo1が関与している可能性も示されました。このような現象が他の生物でも見られるかについては今後の検討が必要ですが、脚延長に伴って生じる組織形成メカニズムにも関係しているような気がします。 
Chan et al., Skin cells undergo asynthetic fission to expand body surfaces in zebrafish. 
Nature. 2022 May;605(7908):119-125. 
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04641-0

可溶型VEGFR1の産生亢進が血管老化に関与する

2021-08-02 08:18:18 | 発生・再生・老化・組織修復
「血管年齢」という言葉もありますが、加齢による変化で最も目立つものの一つが動脈硬化などの血管の障害です。血管の老化と一口に言っても様々な側面がありますが、十分な微小血管密度 (microvascular density)の維持ができなくなるのは加齢の一つの特徴です。この論文は、加齢に伴う微小血管の希薄化がVEGF(Vascular endothelial growth factor; 血管内皮細胞増殖因子)の機能障害に起因する可能性を報告したものです。
VEGFは多くの組織で血管上皮細胞や非血管細胞において産生され、その結果VEGF受容体(VEGR)シグナルは恒常的に活性化された状態になっています。マウスにおいて全身や局所のVEGFは加齢による変化をあまり受けませんが、受容体シグナルの恒常的活性化は抑制されています。この理由として、全身の様々な臓器・細胞における可溶型VEGFR1 (sFlt1)の産生亢進が関与する可能性が示されました。マウスでは加齢とともに、sFlt1の発現上昇が見られ、これがVEGFをトラップすることでVEGFRシグナル活性化を阻害します。このようなsFlt1の発現亢進はalternative splicingの亢進に起因することも明らかになりました。この状態を模したsFlt1過剰発現マウス においては、筋におけるVEGFRシグナルの減弱が見られました。またテトラサイクリン誘導性にVEGFを過剰発現するマウスでは、加齢に伴う微小血管密度希薄化が改善し、エネルギー代謝が改善することで肥満も抑制され、寿命が延長することが示されました。このマウスでは加齢にともなうサルコペニアや骨粗鬆症も改善していました。またいわゆるinflammaging (炎症老化)が改善し、悪性腫瘍の発生も抑制されることが明らかになりました。VEGFというと、腫瘍の発達に関与し、その阻害抗体に抗腫瘍効果があることがわかっていますので、この結果は驚きです。
この結果をそのままヒトにあてはめて良いかは疑問ではありますが、VEGFの新たな役割を明らかにしたという点で大変重要な報告です。
Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency promotes healthy aging and extends life span
M. Grunewald et al., Science  30 Jul 2021: Vol. 373, Issue 6554, eabc8479 DOI: 10.1126/science.abc8479
https://science.sciencemag.org/content/373/6554/eabc8479

ストレスによる脱毛のメカニズムが解明された

2021-04-01 22:15:13 | 発生・再生・老化・組織修復
長期間のストレスにさらされると脱毛が生じることが知られており、新型コロナウイルス感染症患者の1/4に脱毛が見られることが報告されています。この論文で著者らは、ストレスによって副腎皮質から分泌されるコルチコステロンが毛乳頭細胞(dermal papilla cell)に発現するグルココルチコイド受容体に作用し、細胞増殖因子GAS (Growth arrest-specific)6の分泌を抑制することで毛包幹細胞 (hair follicle stem cell, HFSC)の増殖を抑制するとともに休止期 (telogen)のHFSCを増加させ、毛の脱落を促進させることを報告しています。アデノ随伴ウイルスベクターによるGAS6発現によってストレスによってHFSCの増殖が促進することも明らかになりました。GAS6投与がストレスによる脱毛の治療薬になりそうです。朗報ですね!〇▲×君!!
Choi, S., Zhang, B., Ma, S. et al. Corticosterone inhibits GAS6 to govern hair follicle stem-cell quiescence. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03417-2  

オルガノイド研究に対する期待

2020-07-22 17:20:56 | 発生・再生・老化・組織修復
オルガノイドの話が出だした頃は今一つ有用性が理解できなかったところもあるのですが、最近のこの分野の進歩は目を見張るものがあり、完全に動物モデルとヒト病態をつなぐ実験系というポジションを確立したように思います。自分が関心のある分野でいえば、京都大学の小川誠司先生および慶応大学の佐藤俊朗先生らが今年発表された患者細胞から作成したオルガノイドを用いた潰瘍性大腸炎の遺伝子変異同定に関する研究などは、オルガノイド研究の強みを発揮したすばらしい研究です(Nature. 2020 Jan;577(7789):254-259; Nature. 2020 Jan;577(7789):260-265)。整形外科分野においても京都大学の戸口田先生らは骨オルガノイドを用いて創薬スクリーニングを行っておられます。今後例えば脊髄オルガノイドを用いた脊髄損傷研究や脳のオルガノイドによる慢性疼痛分野の研究などが進めば、これらの分野に新たな光を当てるものになのでは・・などと妄想しております。
Kim, J., Koo, B. & Knoblich, J.A. Human organoids: model systems for human biology and medicine. Nat Rev Mol Cell Biol (2020). https://doi.org/10.1038/s41580-020-0259-3.