とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

コブゴミムシダマシが強い理由

2020-10-31 16:46:27 | その他
元巨人軍で大リーグでも活躍した上原浩治選手は、エリートに負けず、踏みつけられても負けない強い力を持ちたいということで「雑草魂」を座右の銘にしていましたが、これからは「コブゴミムシダマシ魂(韻を踏んでいる)」と言った方がいいかもしれません。コブゴミムシダマシ(Phloeodes diabolicus)はバッタもんみたいな名前を付けられていますが、あに図らんや超強いのです。どのくらい強いかというと、踏みつけられても車で轢かれてもびくともせず、昆虫採集の時にピンを刺すのに一苦労というから驚きです。昆虫大好きな香川照之さんは知っていたでしょうか?この論文によるとコブゴミムシダマシは最大149ニュートン(体重の約3万9000倍)の力に耐えることができるそうです。60キロのヒトでいえば2000トンのひだ型巡視船が上に載っても大丈夫ということですので、一安心です(何が?)。
コブゴミムシダマシの外骨格がミネラルを含まないにもかかわらずこのような強度を有する理由を調べるために、著者らは電子顕微鏡観察やμCTなどを用いて詳細な検討を行いました。その結果、鞘翅の中央部にジグソーピースの形状でかみ合った接合部が連なっており、このような幾何学的形状と微細な積層構造が、優れた強度をもたらしていることを明らかにしました。詳細は私には説明できないので自分で論文を読んでください。
著者らは異種材料(例えば、プラスチックと金属)を接合する頑強なメカニカルファスナーとしての可能性を検証するために、このような構造を模倣した金属複合材からなる接合材を作製し、一般的に用いられる工業用接合材より強度が向上したことを示しています。
やはり昆虫すごいぜ!ですね。我々もコロナやらロックダウンやらに踏みつけられても負けないコブゴミムシダマシ魂を持ちましょう!


COVID-19に対する抗体製剤LY-CoV555の有効性

2020-10-31 14:46:41 | 新型コロナウイルス(治療)
Eli Lilly社が開発しているSARS-CoV-2の受容体結合部位に対する抗体製剤であるLY-CoV555(LY3819253と同じ)のCOVID-19に対する有効性を検証した第2相臨床試験の中間解析結果が報告されました。この抗体はアカゲザルにおける有用性が確認されているものです(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.09.30.318972v3)。
アメリカの41センターがこの臨床試験に参加しました。軽症~中等症のCOVID-19患者467人がランダム化され、317人が抗体(平均年齢45歳)、150人がプラセボ(平均年齢46歳)投与を受けました。発症からの日数の中央値は4日です。抗体の投与量は700 mg(101人)、2800 mg(107人)、7000 mg(101人)の3 dosesです。Primary outcomeは11日(±4日)後のPCRで検出したSARS-CoV-2ウイルス量のベースラインからの変化で、主要なsecondary outcomeは有害事象、臨床症状であり、臨床症状COVID-19による入院、救急外来受診、死亡です。
(結果)抗体投与群におけるプラセボ群と比較したウイルス量の差は2800 mgの抗体投与群では−0.53 (95% confidence interval [CI], −0.98 to −0.08; P = 0.02)と有意に低かったのですが、700 mgでは−0.20 (95% CI, −0.66 to 0.25; P = 0.38) 、7000 mg群では0.09 (95% CI, −0.37 to 0.55; P = 0.70)と有意差はありませんでした。抗体投与群では2日目、6日目の症状がやや軽症でした。COVID-19による入院または救急外来受診は抗体群で1.6%、プラセボ群で6.3%でした。抗体投与による重篤な有害事象は見られませんでした。
この中間解析では2800 mg投与群でウイルス量の有意な減少が見られたものの、他の用量では差が見られませんでした。この理由としてはプラセボを含めたすべての患者においてウイルス量の減少が見られたためではないかと考えられます。多くの患者が治療しなくても良くなってしまったということです。抗体製剤は治療法としては最も期待できるとは考えておりますが、中々感染症に対する臨床試験というのは難しいものですね。
Chen P et al., SARS-CoV-2 Neutralizing Antibody LY-CoV555 in Outpatients with Covid-19. N Engl J Med. 2020 Oct 28. doi: 10.1056/NEJMoa2029849.



HHMIがHeLa細胞の使用に対して賠償金を支払うことを決めた

2020-10-31 12:28:52 | その他
HeLa細胞という不死化細胞を見たことがあるでしょうか。私は30年近く前に研究で使用したことがありますが、増殖能に富んだ大変美しい細胞です。この細胞はHenrietta Lacksという名前のアフリカ系アメリカ人女性の子宮頸癌から1951年に樹立された初めてのヒト細胞株(彼女の頭文字をとってHeLaと名付けられた)であり、その後ポリオワクチンの開発など、この細胞を元に得られた科学・医学の分野の成果は数えきれず、また製薬企業には巨万の富をもたらしてきました。問題だったのは、彼女や家族の承諾を全く得ずに細胞の採取が行われたことです。Henrietta Lacks自身は1951年に亡くなりましたが、その事実を知った遺族が、本人や家族の同意を得ずに無断で採取された細胞から得られた情報は不当なものであり、そのゲノム情報なども個人情報であって公開は許可できないと訴えました。このあたりの詳細な経緯はRebecca Sklootの『The Immortal Life of Henrietta Lacks』(邦題『不死細胞ヒーラ 〜 ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生』講談社) の中で述べられており、また2017年にはHBOによって同じタイトルで映画化されています。その後NIHのFrancis Collinsらの努力で、HeLa細胞のゲノム情報の公開はケースバイケースで認められることになりましたが、この件は「患者の細胞やDNAを用いて得られた情報をどのように扱うべきか?」という大きな倫理的問題を提起しました。
今回のNatureの記事はHoward Hughes Medical Institute (HHMI)がHeLaの使用に対して賠償金を支払うことを決めたというものです。これは最近のBLM(Black Lives Matter)運動とも連動しているようですが、遺族にとっては一歩前進であることは間違いなく、この記事でも好意的にとらえられています。

タコは盲杯が得意

2020-10-30 10:50:45 | 整形外科・手術
学生時代に雀卓を囲んでいた時、へぼなリーチをかけて、それでもラッキーでつもったりすると、「なんだその待ちは!このタコが!」と友人に罵られたものです。タコはヘタクソの代名詞だったわけです(参考文献 片山まさゆき著『ぎゅわんぶらあ自己中心派』)。しかしタコには5億個ものニューロンがあり(人間は1000億個)、脳ではなく腕に3分の2が集まっていることが知られており、高い知性を有しているのではないかと報告されています(詳細は「タコの心身問題―頭足類から考える意識の起源[ピーター・ゴドフリー=スミス著 みすず書房]をお読みください)。この論文で著者らは、ゲノム解析やパッチクランプ法を用いて、Octopus bimaculoides(カリフォルニア・ツースポットタコ)の吸盤には他の動物には見られないような多くの種類の非定型的なアセチルコリン受容体が存在することを見出しました。著者らはこれらを化学触覚受容体(chemotactile receptor, CRs)と名付けていますが、CRは、タコの吸盤上皮に見られる特殊な化学感覚細胞で発現します。吸盤上皮に存在するもう一つの細胞は、NompCを発現するメカニカルストレス受容細胞です。このようなシステムはタコが吸盤を使って獲物(や敵)を触ることでこれらの表面に存在する化学物質を「味わっている」ことを示しています。著者らが試みた化学物質ではCRsを活性化することはできませんでしたが、タコのスミによって活性化は強力に抑制されました。
このようにタコは吸盤にユニークで精緻な感覚器を発達させており、麻雀をしたら盲杯なんてお手のものなわけです。タコには本当に失礼なことを言っていた(言われていた)と反省しきりです。

Neuropilin-1によるSARS-CoV-2感染促進

2020-10-27 06:03:23 | 新型コロナウイルス(治療)
SARS-CoV-2とSARS-CoVとの違いとして、前者のSpike proteinにはプロテアーゼであるfurinの切断部位が存在するという点が知られており、それが感染性の違いと関係しているのではないかと考えられています。今回S1/S2 junctionにあるfurin切断部位RRAR^SにVEGF-Aと軸索の伸長阻害因子であるsemaphorin3Aのco-receptorとして働く膜蛋白neuropilin-1が結合し、これが感染を促進する可能性を示した論文が2本Science誌に掲載されました。Neuropilin-1に対するmonoclonal抗体はSARS-CoV-2の感染を抑制することも示されており、今後治療標的の一つとして注目されています。