とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

アセチル化tauが脳損傷後の認知機能低下に関与する

2021-04-17 15:57:57 | 神経科学・脳科学
脳外傷(traumatic brain injury, TBI)にともなって神経変性が進行し、Alzheimer病(AD)のリスクが高まることは以前から知られています(Johnson et al., Nat. Rev. Neurosci. 2010; 11: 361-370)。またNFLプレイヤーやサッカー選手のように頭部にダメージが加わるリスクの高いスポーツ選手においても認知機能低下が見られます(Mackay et al., N Engl J Med. 2019 Nov 7;381(19):1801-1808)。病理組織の検討などからこのメカニズムとしてTBI後のtauタンパクのK274, K281アセチル化の関与が指摘されています(Lucke-Wold et al., J Neurol Neurosurg. 2017;4(2):140)。この論文で著者らは、TBIにともなう認知機能低下がtauのアセチル化を介しており、アセチル化の抑制がTBIにともなう認知機能低下を改善させる可能性を示しています。
マウスTBIモデルにおいて受傷後に脳の神経細胞におけるアセチル化tau(ac-tau, マウスではK263, K270)は増加しており、上昇の程度は外傷の程度に比例していました。
TBI後のマウス血清ではac-tauの上昇が見られ、またTBI患者においてもac-tauの血清濃度が受傷1日後から上昇し、その後も上昇が持続していたことから、血清中のac-tauはTBI後の神経変性のマーカーになると考えられました。また病理学的な検討からもTBIの既往があるAD患者の脳においては、正常者脳、あるいはTBIの既往がないAD患者の脳よりもac-tauレベルの上昇が見られました。
SalsalateやNSAIDであるsalicylate diflunisalはacetyl transferaseであるp300/CBPの活性化を抑制しますが、aspirinには抑制効果がありません。米国723万人の医療保険データベースの患者において、propensity score matchingを行って背景をマッチさせたaspirin使用者と比較してsalsalateあるいはdiflunisal使用者ではTBIおよびADのhazard ratioが有意に低いことが明らかになりました。またマウスモデルにおいてもこれらの薬剤のTBI後の認知機能低下改善効果が示されました。
これらの結果は、TBIにともなう認知機能低下にac-tauの上昇が関与しており、その抑制が認知機能低下の改善に繋がる可能性を示唆しています。なんだかできすぎた話のようにも思いますが、salsalateおよびfiflunisalの効果については今後是非前向き試験で検証していただきたいと思います。
脊髄の慢性圧迫などによる神経変性にも神経細胞内のac-tauの増加が関与しているのでしょうか?
Shin et al., Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury. Cell. 2021 Apr 10:S0092-8674(21)00363-9. doi: 10.1016/j.cell.2021.03.032.

一流打者はスピードボールをどうやって打つか?

2021-04-11 17:09:17 | 整形外科・手術
ピッチャープレートからホームベースまでの距離は18.44 mなので、150 km/h以上のボールを投げる投手の場合、単純に計算してもボールが届くまでの距離は0.4秒程度です。心理学者によると、人間は刺激が加わってから反応するまでに、何をするかわかっている場合でも少なくとも0.25秒かかり、どのような動きをするかを決定しなければならない場合には反応時間は2倍になるそうなので、理論的には投手の手を離れてから反応するのでは、ボールを打つのは不可能です。という訳で、一流打者は投手の体幹や腕などの動きである程度ボールが来る場所を予測してバッティング動作を始めているそうです。確かにバドミントンの国際大会などを観ていても、レシーバーはスマッシュが打たれる前に移動を始めているように見えます。最近ではバーチャルリアリティ(VR)を使って3Dアバターの投手が投げる球の種類やコースを瞬時に回答する、というようなトレーニングも行われているようです。もし超一流打者=予測能力が超すごい打者ということだと、能力のかなりの部分は脳の働きに依存するのでしょうかね?このような能力はある程度トレーニングで改善するようですが、年齢とともに脳機能が低下すると、いくら体が強健でも思うようなプレイはできなくなるのかもしれません。将来的には引退すべき時期を見極めるのにVRが用いられるようになるのかもしれませんが、ちょっと夢がない感じもします。
Liam Drew. How athletes hit a fastball. Nature 592, S4-S6 (2021) doi: https://doi.org/10.1038/d41586-021-00816-3
https://www.nature.com/articles/d41586-021-00816-3

AIを用いた適格基準拡大の試み

2021-04-11 17:07:24 | 癌・腫瘍
治療薬などの臨床試験では、通常厳密な組み入れ基準(適格基準eligibility criteria)が決められているので、その薬が実際に使われるようになっても、臨床試験の適格基準から外れた患者は治療適応にならないことがしばしばあります。例えばeGFR<30の患者は通常骨粗鬆症の臨床試験から除外されるので、実臨床でそのような患者に対してどのような治療を行うかは悩むところです。この論文では肺小細胞癌に対する過去の臨床研究データを用いて、適格基準を緩和した時にどのような効果が得られるかをAI (Trial Pathfinder)を用いてシミュレートしたというものです。その結果適格とされる患者プールは平均で2倍以上になり、全生存期間のハザード比は平均0.05減少しました。適応を拡大するために臨床試験を行うことについてはお金も時間もかかるので、中々製薬会社も良い顔をしないのですが、このようなアプローチが広がれば、より多くの患者に恩恵がもたらされる可能性がありそうです。 
Liu, R., Rizzo, S., Whipple, S. et al. Evaluating eligibility criteria of oncology trials using real-world data and AI. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03430-5

COVID-19の重症炎症に対する治療標的としてのTOP1

2021-04-11 17:05:34 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルス感染症に対して、ワクチンの有効性は間違いなさそうですが、1年以上が過ぎようとしているのに治療薬としてはステロイド、レムデシビル、トシリズマブくらいしか有効性が示されておらず、特に初期のウイルス血症後に生じる致死的な全身炎症に対しては中々有効な治療法が出てきません。血中IL-6濃度高値が予後不良因子であることから、抗IL-6受容体抗体であるアクテムラには重症化予防効果が期待されていますが、これまでの臨床試験の結果は劇的な効果とは言いがたいものです。この理由としては、IL-6 pathway以外のシグナル系も重症化に関与していることが考えられます。
この論文ではウイルス感染によって生じる 「感染誘発遺伝子プログラムinfection-induced gene program」に注目し、クロマチン構造の変化の解析から、感染誘発遺伝子発現のトランス活性化に重要な分子としてDNA一本鎖の一過的な切断と再結合を触媒するDNAトポイソメラーゼtopoisomerase 1 (TOP1)を同定しました。TOP1を抑制することでSARS-CoV-2感染に伴うIL-6, CXCL2, CXCL3, CXCL8, EGR1, TNFAIP3などの炎症性サイトカインやケモカインの誘導が抑制されました。またTOP1の阻害薬であるtopotecan (TPT)がin vitroのみならず、in vivoにおいてもウイルス感染によって生じる組織炎症を抑制し、死亡率を改善させることを明らかにしました。Topotecanや他のTOP阻害薬であるイリノテカンはFDAで承認された薬剤であることから、重症なCOVID-19患者への応用が期待されます。
Jessica Sook Yuin Ho et al., TOP1 inhibition therapy protects against SARS-CoV-2-induced lethal inflammation. CELL DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.051

現代人はみずから家畜化を選んだ?

2021-04-02 08:25:03 | その他
会社に過度な忠誠心をもつヒトのことを社畜と呼んだり、「最近の若いもんは飼いならされている」などと言ったりしますが、実はヒトは自ら家畜化への道を選択したのかもしれません。野生の動物が家畜化されると、小さな歯と頭蓋骨などの顔貌の変化が生じますが、これはneural crest stem cell(神経堤幹細胞)を失うことで生じる変化です。ヒトの遺伝病であるWilliams-Beuren syndromeは「妖精様顔貌」と呼ばれる親しみやすい顔貌を特徴とする遺伝性疾患で、BAZ1Bというチロシンキナーゼ遺伝子の機能障害が見られます。ミラノ大学のGiuseppe Testaらは、BAZ1Bは顔面および頭蓋の発達を制御する多くの遺伝子発現に関与しており、ネアンデルタール人やデニソワ人などと比べて現代人ではBAZ1B遺伝子の変異が蓄積し、これは自然淘汰の過程で「親しみやすい顔貌」を選択してきた可能性があると指摘しています。ということで我々は進化的に自ら家畜になることを選択してきたという訳です。「かわいい」ものを選択するというのは我々のDNAに染み付いた性癖なのかもしれません。 
Matteo Zanella et al., Dosage analysis of the 7q11.23 Williams region identifies BAZ1B as a major human gene patterning the modern human face and underlying self-domestication. cience Advances  04 Dec 2019:Vol. 5, no. 12, eaaw7908. DOI: 10.1126/sciadv.aaw7908