とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

転倒リスクに対する多因子介入プログラムの有用性検証STRIDEの残念な結果

2020-07-30 22:26:52 | 整形外科・手術
高齢者における転倒は、死亡にもつながる重篤な事故です。アメリカでは毎年4人に1人の高齢者が転倒しており、20ー30%が中等~重篤なケガを負い、約3万人の死亡、300万件の救急外来受診、80万件の入院へと至っています。転倒予防を目指した介入も積極的に行われており、多方面からアプローチを行う多因子介入プログラムmultifactorial interventionsの有用性を示す報告も出ています。日本骨粗鬆症学会の骨粗鬆症マネージャーや日本転倒予防学会の転倒予防指導士も同様の発想です。アメリカでは2014年にStrategies to Reduce Injuries and Develop Confidence in Elders(STRIDE)という患者中心の介入(patient-centered intervention)の有効性検証が開始されました(Bhasin et al., J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2018; 73: 1053-61)。今回の論文はその中でクラスターランダム化比較試験によってmultifactorial interventionsの転倒に伴う外傷予防に対する有用性を検討したものです。
(結果)対象となったのは70歳以上の転倒リスクが高い成人(ホスピスや介護施設入所者は除外されています)で、10のhealth care systemsの86プライマリーケア医療機関に対して介入群(intervention practices)とコントロール群(enhanced usual care)にランダムに割り付けが行われました。患者の年齢や併存症、既存骨折、転倒歴などの背景は2群でそろっていました。
介入は主として転倒予防ナース(nurse Fall Care Managers, FCM)によって行われ、①転倒リスク因子の同定②リスク因子に対する標準的治療の同定③患者へのリスクと介入の説明④FCMおよび患者共同で転倒予防プランを作成し、プライマリーケア医に提示⑤個々人の転倒リスクに対する医療供給者や自治体への対応要請⑥介入のモニタリング及び見直し、という極めて徹底したものです。
2015年3月11日からスタートし、5,451人が対象となり、介入群の86.5%、コントロール群の88.5%がプログラムを完遂しました。初回の重篤な転倒外傷について、介入群とコントロール群で有意な差は見られませんでした(4.9 events/100人・年 vs 5.3 events/100人・年; hazard ratio, 0.92; 95% confidence interval [CI], 0.80 to 1.06; P = 0.25)。診療単位ごとの解析や、参加者の共変量を調整した感度解析でも同様でした。患者が報告した初回転倒事象については、介入群25.6 events/100人・年 vs コントロール群28.6 events/100人・年(P=0.004)とわずかですが有意差がありました。重篤な有害事象に両群で差はありませんでした。死亡率(8.4% vs 8.3%)や入院率(40.6% vs 41.8%)、骨折に関連した外傷率(11.0% vs 11.4%)、骨折率(6.9% vs 7.7%)にも差がありませんでした。
ということではっきり言いまして期待外れの結果だったわけですが(著者らも"unexpected"と記載しています)、その理由として著者らは①以前の研究に比べて介入プランに対するアドヒアランスが悪かったかも②参加者に提供されたのが地域コミュニティの既存サービスのみであった③転倒予防の行動変容が十分モニターされていなかった④患者の希望によってプランを立てたので、有効性の高いリスクへの介入がなされなかったかも⑤患者や主治医によって選ばれた介入が有効性の低いものであったかも⑥介入群のうち14.2%が保険者の変更などの理由で介入を受けていなかった⑦転倒予防のためのケア改善だけでは十分ではなかったかも、などを挙げています。想定していた(14%)よりも重篤な転倒外傷率が低かった(5%)ことも関係している可能性があります。
ここからは私の意見ですが、これだけ徹底したプログラムできちんと検証された結果がネガティブだったという事実はこれまでのストラテジーに対する反省を促すものだと思います。転倒リスクが高い患者に対しては有用性の高い薬剤の投与や運動療法を徹底すること、バランス機能(脳機能)を高めるような新たな治療法を開発することなどが今後必要であると感じました。

コーヒー・カフェイン・健康

2020-07-30 15:35:47 | その他
"Life is like coffee, the darker it gets, the more it energizes."
(人生はコーヒーに似ている。濃くなれば元気がでる。)
ーAnkita Singhalー
「○○(食品)は癌を防ぐ」「××は老化を抑える」という類の情報番組は自分自身は眉に唾して観ていますが、癌の民間療法のように真に有害なものは困りますが、実害がなくてエンターテインメントの枠に収まっていればよいかと思っています。しかし情報番組の直後からスーパーの納豆が消え去ったというような話を聞くと、コマッタモンダ┐(´д`)┌ ヤレヤレと思います。などと言いながら、緊急事態宣言後のステイ・ホーム期間にコーヒーを飲むことが増えたので、NEJMのreviewでコーヒーが健康にいいとか悪いとか言われると小市民なので結構気になります。
個人的に「へー」 Ωヾ(・∀・` )ヘーヘーヘーと思ったところを順不同で箇条書きにしますと
①1回(杯、本)での摂取カフェインはやはりコーヒーが多い(カフェイン飲料より多い)。
②カフェインの半減期は2.5~4.5時間だが個人差が大きい。新生児は殆どカフェインを代謝できず半減期は80時間と長い(→大量のコーヒーを飲んだ後の授乳はやめたほうが良いかも)。生後5-6カ月以降は成人と変わらない。
③カフェインの作用はアデノシン受容体に拮抗的に結合してアデノシン作用を抑制することによる。
④カフェイン中毒で死亡したヒトの血中カフェイン濃度は180 mg/L程度。これは急速にコーヒーを75-100杯飲んだくらい。
⑤妊娠中の過剰なコーヒー摂取は流産や低体重児のリスクを上げる。
⑥コーヒー・カフェインと慢性疾患や死亡率との関係(relative risk, RR)
メタアナリシスの結果(1日6杯以内程度)
全死亡↓: RR 0.85(0.82ー0.89)
癌死亡↓: RR 0.97 (0.93ー1.00)
心房細動→: RR 0.99(0.91ー1.05)
心血管病↓: RR 0.89(0.85ー0.93)
2型糖尿病: RR 0.89(0.80ー0.86)
胆石↓: RR 0.85(0.82ー0.89)
肝硬変↓: RR 0.45(0.26ー0.66)
肝癌↓: RR 0.66(0.52ー0.68)
子宮内膜癌↓: RR 0.85(0.78ー0.92)
Parkinson病: RR 0.69(0.61ー0.77) 等、なんだかよさそうです!
全死亡については背景となる健康状態を調節しても有意に低くなるようで、日本人集団でもコーヒーを飲む人の方が死亡が少ないという調査結果がいくつか報告されています(Tamakoshi et al., Eur J Epidemiol. 2011;26:285-93; Saito et al., Am J Clin Nutr. 2015;101:1029-37; Sado et al., Circ J. 2019;83:757-766)。
ということで全体としては好ましい作用が多そうですが、もちろん夜遅くの摂取は睡眠障害の原因になりますし、過量摂取は種々の好ましくない精神症状を生じます。人によって代謝が異なることにも注意が必要です。何事もほどほどが大事ですね。 




近年のヨーロッパにおける洪水頻発期間は過去500年と異なった特徴を有する

2020-07-29 18:23:51 | その他
「近年のヨーロッパにおける洪水多発期間は過去500年とは異なる特徴を有する」
ー神よねがはくは我をすくひたまへ 大水ながれきたりて我がたましひにまでおよべり  (詩篇 第六十九篇)ー

 この度の球磨川や最上川の氾濫による大きな被害状況を見ると、もう少し有効な対策が取れないものかと、もどかしく悲しい気持ちになってしまいます。被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し上げます。最近このような豪雨や洪水が増えているように感じますが、これも地球温暖化の影響でしょうか。
 実はヨーロッパでも近年洪水が頻発しているようです。今週号のNatureに掲載されたGünter Blöshlらの論文では、過去500年のうちヨーロッパで洪水が頻発した期間を同定し、最近の傾向と比較しています。彼らは洪水に関する信頼できる記録を元に、ヨーロッパにおける「洪水多発期間(flood-rich periods)」を9つ同定しました。このうち最も新しいのが1990年ー2016年に西ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、イタリアで見られたものです(period IX)。この期間を過去のものと比較すると、範囲としては2番目、持続期間としては3番目に大きなものであることがわかりました。またその規模に加えてperiod IXは過去のlood-rich periodsと比較して、下記のような特徴を有することがわかりました。
①過去のflood-rich periodsは洪水の無い期間(interflood periods)と比較して約0.3℃程度気温が低かった(サイクロンによる降雨のためか)のに対し、peirod IXは1.4℃気温が高かった。
②Flood-rich periods, interflood periodsに生じた洪水は、過去には夏に生じたケースが41%, 42%だったのに対し、period IXでは55%が夏に起こっていた。
 このような変化の原因として著者らは北大西洋振動North Atlantic Oscillation(NAO)(北大西洋のアイスランド低気圧とアゾレス高気圧の間で、気圧が伴って変動する現象)の変化を挙げています。ヨーロッパの洪水と比較してアジアなど他の地域ではflood-rich periodsはもう少し限局した範囲で見られるそうです。
 この論文では3D図表や動画を用いて、これまでのflood-rich periodsの特徴を非常にわかりやすく示しています。是非日本についてもこのような解析を行っていただきたいものです。





COVID-19とtype I interferon反応

2020-07-29 09:01:51 | 新型コロナウイルス(疫学他)
COVID-19の病態におけるtype I interferon(IFN)の役割についてはいくつかcontroversialな結果が報告されており、この論文では重症なCOVID-19患者の血液細胞ではTNF/IL-1β-driven inflammationとともにtype I IFN反応も亢進していることをsingle cell RNA-seqによって示しています。このようなtype I IFN responseは重症インフルエンザ患者においても見られましたが、マイルドなCOVID-19患者では見られなかったという結果です。一方以前紹介したJérôme Hadjadjらの論文(Science  13 Jul 2020: eabc6027 DOI: 10.1126/science.abc6027)ではtype I IFN responseは低下しているとしています。この一見矛盾した結果の理由はわかりませんが、おそらく本当に重症化した患者の場合には、結果として様々なサイトカイン反応が亢進しているが、早期に抗ウイルス作用のあるtype I IFN responseが低下している患者では重症化する可能性が高いということではないかと推察します。

周術期心血管合併症について

2020-07-28 09:51:51 | 整形外科・手術
周術期合併症のうち、心筋梗塞などの心血管障害は患者死亡にもつながる重篤な合併症であり、適切なリスク評価、そしてできれば予防が望まれるものです。我々も術前検査としてルーチンで心電図検査は行っていますし、何らかの問題がある患者については循環器内科にリスクを評価していただいてますが、結局よほどリスクが高くなければ、(不安を感じつつも)ある程度のリスクは覚悟して手術を行う、という選択肢に落ち着くことが多いです。
このreviewでは心臓手術以外の手術における周術期心血管合併症について、リスク評価、検査、予防の現在の知見をまとめてくれています。内容を自分なりに要約しますと
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①もちろん手術の種類ごとにリスクは異なります。一般的な整形外科手術は≥1% risk(中リスク)、脊椎外科を含むと思われるneurosurgeryは消化管手術と同じ≥3% risk(高リスク)に分類されています。ちなみに<1%の低リスクは白内障手術、美容手術など、≥5%の最高リスクは大血管手術、胸部手術、移植などになっています。
②術前評価としてAmerican Society of Anesthesiologists (ASA)分類が使われることが多いと思います。ASA class Iでは0.1%、class IVでは18%の心血管合併症リスクがあるとしています。6-component Revised Cardiac Risk Indexも使
いやすくてお勧めだそうです。
②12誘導心電図は心血管障害の既往がある患者や高リスク手術患者には行ったほうが良いし、Q波心筋梗塞などの臨床的にsilentな異常を捕捉するのには役立つが、低リスクの手術の場合にはいらないかも。心エコーや負荷心電図もリスクの高い患者のみが妥当。
③冠動脈造影は非常にリスクの高い患者に行われますが、術前に血行再建を行うことで術後死亡率が低下するというエビデンスはないそうです。
④リスクの高い患者の術後リスク予測にBNPやNT-ProBMPなどのマーカーは有用そう。
⑤βブロッカー、aspirin(バイアスピリン)、スタチン、ACE inhibitorやARBなどの術前使用が術後心血管イベントリスクを下げるというエビデンスはない。バイアスピリンや抗凝固薬を術前から使用している患者について、術前に休薬するかどうかはrisk-benefitバランスで決める。中止した場合のbridgingは必ずしも必要ないが、弁置換を行った患者やVTEの既往がある場合はbridgingした方がよさそう。
⑥75歳以上の高齢者、救急手術はリスクが高いので注意。ステントを入れた患者についてはその後の手術はなるべく先延ばしの方がリスクは少ないが、実際は6カ月以内で手術を受けている患者は多い。PCIを行って6週間以内に手術を受けた患者で11.6%心血管合併症があったという報告もある。
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かなり端折ってますし、間違えもあるかもしれませんので、関心のある方は是非原著にあたってください。