とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ホヤのマイクロバイオームから新しい抗真菌薬が発見された

2020-11-23 08:53:51 | 感染症
長らく診ている関節リウマチの患者さんがある日手関節の腫脹を訴えて来院されました。関節外にも広がるような腫脹で、骨破壊もかなり高度でした。「滑膜炎が悪化したんですかね~」とか言いながら穿刺したところ米粒体が採取され、培養で真菌(Candida parapsilosis)が検出されました。「カビの思ひで」のひとつです。そういえば私が子供の時には「水虫の薬ができたらノーベル賞だ」というような出所不明のうわさがありました。抗真菌薬ではないですが、抗寄生虫薬で大村先生がノーベル賞を受賞されたので、あながちいい加減な情報でもなかったのかもしれません。
現在抗真菌薬もいくつか開発されていますが、真菌に対して選択的な毒性を示す薬剤は真正細菌に対して選択毒性を示す薬剤よりもバリエーションに乏しく、現在用いられている抗真菌薬は主として3つの種類しかないそうです。仮にも真菌は真核生物ですので、特異的な薬物が見つかりにくいのでしょう。
さてこの論文では海洋生物に着目し、海洋生物に存在する1482種類の放線菌の産生物質をLC-MS–based metabolomics toolによってスクリーニングし、ホヤのマイクロバイオームから有望な抗真菌物質turbinmicinを同定しました。Turbinmicinは高度に酸化されたtype II polyketidesに属する物質ですが、その抗真菌作用は細胞内膜輸送に関与するSec14の抑制作用による可能性も示されました。海は「もう一つの宇宙」とも言われており、特に深海生物については分かっていないことも多く、今後新たな物質が発見される可能性も高いことを感じさせます。
ちなみに私は東北新幹線で売っているホヤの珍味が好きですが、珍味メーカーとのCOIはありません。
Zhang et al., A marine microbiome antifungal targets urgent-threat drug-resistant fungi. Science. 2020 Nov 20;370(6519):974-978. doi: 10.1126/science.abd6919. 





















バイオフィルムにおける細菌の動態解析ーcollective fountain flowー

2020-07-03 22:57:36 | 感染症
「全体とは部分の総和以上のなにかである 」と初めて喝破したのはアリストテレスでした。今だとサバクトビバッタ の方が話題なのかもしれませんが、昔からイナゴは大群になると整然とした群れを形成して集団行動をするようになることが知られていました。同様の現象はV字飛行をして飛ぶ雁やイワシの群れなどにも見られます。バクテリアにおけるバイオフィルム形成もバクテリアの集団行動と考えることができるかもしれません。バイオフィルムは固体や液体の表面に付着した微生物が形成する生物膜であり、整形外科の分野だと、黄色ブドウ球菌がバイオフィルムを形成すると、人工関節感染などにおいて抗菌薬や生体の免疫に対して耐性となるため厄介な存在として知られています。
この論文で著者らはmNeonGreen-mNS (mNG-mNS) fluorescent proteinでラベルしたVibrio Choleraeをdual-view inverted selective plane illumination microscope (diSPIM) というphoto-bleachingを起こしくい顕微鏡を用いて観察し、バイオフィルムを形成する際の個々の細菌の詳細な運動を3次元的に明らかにすることに成功しました。その結果、バイオフィルム形成の際に最近は中央部にとどまって動きが少ない集団と、弾道を描くように外部に広がって行く集団が存在し、あたかも噴水のような流れ(collective fountain flow)が、前者をバイオフィルムの最前線へと輸送していることが示されました。このような動きとバイオフィルムの形状はバイオフィルムを形成する基質と細菌の摩擦力によって規定されます。また基質タンパクであるRbmAが無いと噴水のような動きもなくなることもわかりました。様々な分野に応用できそうな新たなイメージング手法を応用したという点でも興味深く、細菌であることを忘れるような美しい動画が印象的な論文です。

新たな機序を有する抗菌薬

2020-06-26 11:01:18 | 感染症
梅雨時になると感染で入院してくる患者さんが増えるような気がするのは私だけでしょうか。抗菌薬の歴史は、1909年のパウル・エールリヒによる梅毒治療薬サルバルサンの開発、そして1928年のフレミングによるペニシリンの発見以来、細菌との長い戦いであり、そして最近では耐性菌との戦いの歴史でもあります。MRSAを代表とする薬剤耐性菌に対する抗菌薬の開発はともすればイタチごっこになってしまい、新薬が出た次の年にはその薬剤に対する耐性菌が出たり、ということも少なくありません。この理由としては、新たな抗菌薬が結局従来のものと同様の機序で作用する場合が多いことが考えられます。このような中で新たな作用機序を有する抗菌薬の開発が期待されています。理想的な抗菌薬の条件として、副作用が少ないことは当然として、①耐性菌ができにくい、②グラム陽性・陰性いずれにも有効、③手に入れやすい、ことが挙げられます。著者らはこの論文において新たな抗菌薬候補抗菌薬の作用機序(mechanism of action, MoA)を明らかにしました。
彼らは33,000の低分子ライブラリーから大腸菌lptD4213株の増殖を抑制する化合物としてSCH-79797を同定しました。SCH-79797は以前PAR-1アンタゴニストとして知られていた化合物でしたが、大腸菌にはPAR-1は存在しないため、何か他の機序で直接抗菌作用を示すと考えられました。SCH-79797は5 mg/kgまで動物に対する副作用は示さず、in vitroではグラム陽性・陰性菌いずれに対しても有効で、多剤耐性のWHO-L N. gonorrhoeaeやMRSAに対しても効果を示しました。またSCH-79797は多剤耐性アシネトバクターであるA. baumanniiのハチノスツヅリガ感染モデルに対しても有効で、毒性を示すことなく生存期間を延長しました。
MRSAにおいてもBacillus subtilis(枯草菌)においても耐性菌の出現は見られませんでした。
SCH-79797のMoAを明らかにするために、bacterial cytological profiling (BCP)という方法を用いて他の37種類の抗菌薬との比較を行いましたが、いずれとも異なるMoAという結果でした。そこで新たな機序を解明するためにthermal proteome profilingを行い、SCH-79797が大腸菌のdihydrofolate reductase(DHFR, 大腸菌ではFolAとしても知られる)に結合して、その熱安定性を変化させることが明らかになりました。これに加えてSCH-79797は細菌の細胞膜を破壊して膜透過性を高める作用も有することも明らかになりました。すなわちSCH-79797は葉酸代謝阻害および膜の破壊というdual effectsによって殺菌作用を発揮する新たな種類の抗菌薬であることが示されました。興味深いことに、これらの作用を個々に有する2つの抗菌薬をcombinationで使用した場合よりもSCH-79797の殺菌作用は強いことも明らかになりました。著者らはSCH-79797をもとにしてIrresistin-16 (IRS-16)という新たな低分子化合物を作成し、この化合物がGram陰性菌N. gonorrhoeaeのマウス膣感染モデルを用いて、強力な殺菌作用を有することを示しています。
このような新たな作用機序を有する抗菌薬を手に入れることによって、細菌との戦いは新たな局面に入るのでしょうか?大変期待するとともに、勝つと思うな思うな負けよ、という結果にならないことを祈ります。。(๑*д*๑)

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腸内細菌とダイエットと抗菌薬

2020-03-26 15:29:58 | 感染症
以前にも書きましたが、なんでもかんでも腸内細菌のせい、という研究はいかがなものかと思いますが、食事からの栄養吸収に腸内環境が重要だ、といわれると「そうだろうな」と納得してしまいます。食事のうちどのくらいをエネルギーとして利用できるかには個人差があるようで、便へのエネルギーロスは2-9%と結構ばらつきがあることが知られていますが、その理由はよくわかっていません。著者らはこの論文で便へのエネルギーロスにおける腸内細菌の役割を検討しました。調べたのはPhase I: 過剰エネルギー食(通常食の1.5倍=overfeeding diet, OF)および過少エネルギー食(通常食の0.5倍=underfeeding diet, UF)の影響、そしてPhase II: バンコマイシン(VCM)投与の影響です。
Phase Iでは27人の被験者にOF, UFを3日間のwash-out期間を設けて3日ずつ投与しました。その結果、OFの方が便中へのカロリー排出(エネルギーロス)は多かったのですが、摂取カロリーあたりの割合にすると、むしろOFよりUFの方がエネルギーロスは大きいという結果でした(5.8% vs 8.9%)。Phase IIで同じ被験者をVCM投与群とプラセボ投与群に分けて検討したところ、VCM投与群では有意にエネルギーロスが多いという結果でした(8.4% vs 5.8%)。
次にこれらの違いが腸内細菌叢の変化によってもたらされるかを検討しました。UFとVCM投与群で腸内細菌叢のパターンに似た傾向があれば大変面白い!という訳ですが、実際はUF, OFによる腸内細菌叢の変化はVCM投与による劇的な変化と比較するとわずかなものでした。その中ではUFおよびVCM投与で共通してAkkermansia muciniphilaの腸内細菌叢に占める割合が増加していました。この細菌はムチン分解菌であり、腸管の炎症に対して抑制的に働くことが知られています。また肥満者では割合が減少していることも報告されています。したがってUF, VCMはAkkermansia muciniphilaの割合を増加させることで便へのカロリーの排出を促進しているのかもしれません。とはいえダイエットでVCMを内服するヒトはいないと思いますが。。
Basolo, A., Hohenadel, M., Ang, Q.Y. et al. Effects of underfeeding and oral vancomycin on gut microbiome and nutrient absorption in humans. Nat Med (2020). https://doi.org/10.1038/s41591-020-0801-z


AIによる新たな抗菌薬の同定

2020-03-14 20:01:38 | 感染症
米国MITからの報告。
抗菌薬の開発は耐性菌とのいたちごっこになってしまい、どの製薬会社も現在ではあまり積極的に行っていないのが現状です。この研究はAIを用いた極めて洗練されたアプローチによって新たな抗菌薬の同定を行ったというものです。
公開されているデータベースなどを用いて大腸菌に対する増殖抑制効果を有する薬剤の構造や機能をdeep learningで学習させたAIによってDrug Repurposing Hub(様々な開発ステージにある分子を集めたBroad Instituteのデータベース; Corsello et al., Nat Med. 2017 Apr 7;23(4):405-408)をスクリーニングし、新たな抗菌活性を持つc-Jun N-terminal kinase inhibitor SU3327(halicin)を同定しました。Halicinは大腸菌のみならず、結核菌やカルバペネム耐性Enterobacteriaceaeなど広範な病原体に対する成長阻害特性を有することが明らかになり、マウスモデルではClostridioides difficileやpan-resistant Acinetobacter baumanniiに対しても有効性が示されました。またこのツールを用いて1億以上の分子をスクリーニングし、既知の抗生物質から構造的に遠い8つの抗菌化合物を特定することができたそうです。 
Cell. 2020 Feb 20;180(4):688-702.e13. doi: 10.1016/j.cell.2020.01.021.
A Deep Learning Approach to Antibiotic Discovery.