とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

肺に存在する2種類のマクロファージの役割

2020-03-31 11:41:28 | 免疫・リウマチ
もう30年も前のことですが、現在松本歯科大学の教授としてご活躍されている宇田川信之先生は、昭和大学歯学部生化学教室の大学院生時代に肺胞マクロファージが間質細胞株のST2細胞と共存培養することによって破骨細胞へと分化することを報告なさいました(Proc Natl Acad Sci U S A. 1990 Sep;87(18):7260-4)。この論文は破骨細胞がマクロファージ由来だということを決定づけた記念碑的な論文として、破骨細胞業界(?)では超有名なものです。
さてこのような古い話を持ち出したのは、今回コロンビア大学のKamal M. Khannaらが、肺に存在する2種類の組織マクロファージの異なった役割を報告したからです。肺に存在するマクロファージは肺胞マクロファージ(alveolar macrophage, AM)間質内マクロファージ(interstitial macrophage, IM)に大別されることが知られています。IMはさらにいくつかのsubpopulationに分かれますが、彼らはそのうちCD169(+)CD11c(-)のマクロファージが気管内気道およびその周囲の神経に接して存在することを明らかにしました(nerve- and airway-associated macrophage, NAM)。NAMはケモカイン受容体Cx3cr1を発現し、形態的にもAMとは異なって細長く、突起を有する細胞です。発現遺伝子をAMと比較したところ、NAMはAMとは異なりRetnla (resistin-like molecule alpha/FIZZ1)、 C1q、Il10、他のM2 macrophage関連遺伝子、そしてBmp2などを発現していました。またそのオリジンがyolk sac macrophageであり、転写因子PU.1を発現すること、そしてその増殖がGM-CSFではなくCSF-1(M-CSF)依存的であることも明らかになりました。興味深いことに、インフルエンザウイルスを肺に感染させた際に、AMを欠損したマウスではウイルス増殖が促進しますが、NAMを欠損してもウイルス増殖には変化がなく、一方でNAMを欠損したマウスでは局所の炎症が亢進していました。これはNAMが産生するIL-10が抗炎症作用を有するためであると考えられました。またTLR3を刺激するpolyinosinic:polycytidylic acid [poly(I:C)] の投与によってNAMの著明な増殖が見られることも示されました。本研究から、肺マクロファージにはウイルスなどの病原体増殖抑制に作用するもの(AM)と、局所炎症の制御に関与するもの(NAM)が存在する可能性が示されました。この論文ではNAM増殖や活性化における神経の役割については触れられていないので、今後の研究が期待されます。
さて初めの話に戻りますが、破骨細胞に分化するマクロファージはCSF-1依存性であったことを考えると、AMではなく、少量採取されたNAMだったのかもしれません。破骨細胞オタク以外にとってはどうでも良い話かもしれませんが(笑)


ウイルスゲノムからわかること

2020-03-31 10:19:39 | 新型コロナウイルス(疫学他)
オープンソースプロジェクト「ネクストストレイン(Nextstrain.org)」についてのとてもわかりやすい解説です(ネクストストレインは最近日本語でも見られるようになりました)。
https://nextstrain.org/narratives/ncov/sit-rep/ja/2020-03-27
ウイルスゲノムの変異が毒性を増していることを意味しないこと、ウイルスの遺伝子系統樹をたどることで感染経路をある程度辿ることができることなどが分かります(Lタイプ、Sタイプというような分類に意味がないことも分かります)。シアトルで最初に感染者が見つかった1月21日以降、何週間もの間、シアトルの人々の間でウイルスがいわばひっそりと培養され続けていたこと、最初の患者が中国の武漢を訪れた35歳の人物だったことなども明らかになっています。


”To wear a mask, or not: that is the question”

2020-03-30 10:09:23 | 新型コロナウイルス(疫学他)
ウイルス性呼吸器感染症におけるマスクの有用性については疑問視する意見もあり、特にマスクをつける習慣に乏しい欧米ではインフルエンザが流行する時期でも(病人以外は)ほとんどマスクを着用しません。WHOも無用なマスク着用は推奨しない、というようなメッセージを出しています。もちろんマスクに呼吸器感染予防効果があるかどうか、というようなRCTが行われている訳ではないので、「マスクをしてもウイルスは通過するので無意味。そもそもエビデンスはあるのか」と言われると、答えは「ありません」ということになります。
しかし1918年のスペイン風邪パンデミックの際に、サンフランシスコでは保健委員会委員長のウイリアム・ハスラー博士を中心に制定された「マスク着用条例」が施行され、「公衆の行き来する街頭やすべての公共の場、もしくはどのような形であれ人々が集会を開いたり2人以上の人が集まる場所に行く者はみな、食事をするとき以外、バター・クロスあるいは目の細かいガーゼのような素材を4枚重ねにしたマスクで鼻と口を覆うこと。ただし、家庭で同室の家族が2人だけの場合はこの限りではない」というような厳しい規定が設けられました。その結果、インフルエンザ感染者のみならずジフテリア、麻疹、百日咳の報告数も急激に減ったと報告されています(アルフレッド・W・クロスビー著「史上最悪のインフルエンザー忘れられたパンデミック」より)。
当然当時はディスポのマスクはなく、布マスク(+ガーゼ)だったわけですが、この事例のメッセージは「無症状感染者も含めて全員がマスクを着用することで、飛沫感染を減らすことができる(可能性がある)」ということです(エビデンスレベルは低いですが)。ご存知のように新型コロナウイルスにおいても無症状感染者による周囲への感染波及が問題になっています。したがって自分を守るためではなく、「自分が無症状感染者である」という前提で、他人への飛沫感染を防ぐために、再使用でも良いのでマスク着用を徹底すべきだろうと思います。

新型コロナウイルス感染症に対応する医療現場の問題点

2020-03-28 07:39:43 | 新型コロナウイルス(疫学他)
僭越ながら新型コロナウイルス感染症に対応する医療現場の問題点を述べさせていただきます。
①まずは医療従事者の確保が医療崩壊防止に極めて重要です。特に4月1日からの病院職員の交代(医師も含めて新入職員が大量に勤務を始める)が一つの山場(危機)になると考えます。彼ら・彼女らは職務に慣れていない上、手指消毒などの意識が十分ではない可能性が高いからです。
現状では医療従事者に感染が出た場合に病院閉鎖になっていますが、これでは4月以降多くの病院が閉鎖になり医療崩壊になる可能性が高いと思います。3月中に政府あるいは病院長会議など上のレベルから医療従事者に対して感染に対する注意喚起を強く発信していただく必要があります。また病院職員の感染症予防ためには、まずは病院の備品(マスク、消毒液、防護服、人工呼吸器など)の欠品がないように手配していただきたいです。
②コロナ疑いの患者のフローを確立することが重要です。特に民間病院や開業医が感染を疑った場合、移送先の病院が中々決まらないという事態が頻発しています。
③軽症者の対応レベルを下げていただきたいです。検査をしようにも手順が煩雑すぎて普通の病院では不可能です(三重梱包に追加してジュラルミンケース等の追加外装容器の使用とか普通の病院ではむりでしょう)。また軽症者も重症者も同じ扱いになっているので、医療リソースが軽症者に多く(無駄に)割かれているのも問題です。
④情報公開について:政府からの発信は窓口になるスポークスマンを決めて毎日状況報告をするなど透明性を高めることが市民の安心につながると思います。  

関節リウマチ患者の術後死亡率・再入院率に対する治療薬の影響

2020-03-27 15:08:43 | 免疫・リウマチ
関節リウマチの治療薬は基本的に免疫を抑制するものが多いため、手術を行う場合には術後感染などの合併症が懸念されます。日本のガイドラインでは生物学的製剤については術前後の休薬を推奨してはいますが、休薬によって合併症が少なくなるという強いエビデンスがあるわけではありません。著者らは以前に人工関節手術における生物学的製剤の影響を解析し、ネガティブなものはなかったと報告しています(George et al., Arthritis Care Res 2017;69:1845–54; George et al., Arthritis Care Res 2019;71:1224–33)。この論文ではアメリカMedicareのデータベースを用いて手術後の死亡率や再入院率に対して免疫抑制療法が与える影響を検討しています。2006年から2015年までに大腿骨近位部骨折、腹部手術(胆嚢摘出、子宮摘出、ヘルニア、虫垂切除、憩室性疾患による大腸切除)、心臓手術(CABG、僧帽弁あるいは大動脈弁の手術)を受けた関節リウマチ患者を対象にしました。免疫抑制療法と有害事象の関連解析にあたって、治療法を①methotrexate prescription fill <8 weeks before surgery with no biologic/tsDMARD <6 months before surgery (to avoid recent biologic discontinuations)(MTX群)②TNFi prescription/infusion<8 weeks before surgery with or without methotrexate(TNFi群)③non-TNFi biologic prescription/infusion or tsDMARD prescription fill <8 weeks before surgery (16 weeks for rituximab), with or without methotrexate(非TNFi群)の3群に分けました。またステロイド(glucocorticoid)についても、プレドニゾロン換算で≤5 mg、>5 ―10 mg 、>10 mg/dayそして非使用群に分けて解析しました。アウトカムは術後90日以内の死亡および退院後30日以内の再入院です。
(結果)10,777手術(10,483患者)が対象となりました。内訳は大腿骨近位部骨折手術33%、腹部手術47%、心臓手術20%です。治療薬内訳はMTX群57%、TNFi群33%、非TNFI群10%です。90日以内の死亡についてはMTX群と比較したadjusted odds ratio(aOR)はTNFi群0.83 (0.67 to 1.02)、非TNFi群で 0.78 (0.49 to 1.22)と有意な差はありませんでした。同様に30日以内の再入院率のaORはそれぞれ0.86 (0.75 to 0.993)、1.02 (0.78 to 1.33)であり、TNFi群でやや低いという結果でした。一方でステロイドについては非使用群と比較して90日以内死亡が5–10 mg/day群で aOR 1.41 (1.08 to 1.82)、>10 mg/day 群で1.64 (1.02 to 2.64)、30日以内再入院が5–10 mg/day群で1.26 (1.05 to 1.52) >10 mg/day群で1.60 (1.15 to 2.24)と有意に高くなっていました。
周術期の休薬などの情報は入っていないことやデータに現れない交絡因子が存在する(生物学的製剤は比較的全身状態が良好な患者に使用されるなど)可能性はありますが、この大規模データからは、bDMARDやtsDMARDは手術患者に対しても比較的安全に使うことができると結論してよさそうです。
George MD, Baker JF, Winthrop KL, et alImmunosuppression and the risk of readmission and mortality in patients with rheumatoid arthritis undergoing hip fracture, abdominopelvic and cardiac surgeryAnnals of the Rheumatic Diseases Published Online First: 24 March 2020. doi: 10.1136/annrheumdis-2019-216802