とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

COVID-19肺における血管新生亢進

2020-05-22 17:02:13 | 新型コロナウイルス(疫学他)
留学時代からの友人でHamburg大学Osteology and Biomechanicsのチーフを務めているMichael Amlingは、ことあるごとに「ドイツの病理解剖システムはすごいんだぞ!」と自慢するのですが(とにかく剖検率が高いそうです)、このような論文を読むと本当にそうだなと感動してしまいます。
ドイツから発表されたこの研究において、著者らはCOVID-19で亡くなった方7名の肺の病理像を調べているのですが、比較対象が実に2009年のインフルエンザH1N1 pandemic時に亡くなった患者さんの肺(および正常肺)です。年齢や性別、重症度などを合わせた標本で様々な解析を行っています。インフルエンザ肺とCOVID-19肺においてびまん性の肺胞障害、肺胞内のフィブリン蓄積などは共通して認められました。またACE2陽性の肺胞上皮細胞や血管内皮細胞は、正常肺に比べると両者で著明に増加していました。血管周囲にCD3+ T細胞は共通して見られましたが、CD4+ T細胞はCOVID-19肺の方が多く、CD8+ T細胞や好中球はインフルエンザ肺の方が多いことも分かりました。肺の遺伝子発現を調べると、COVID-19肺の方が高い炎症関連分子が79見つかりました(インフルエンザ肺特異的遺伝子は2つのみ、共通するものが7)。COVID-19で特異的に上昇している遺伝子としてはIL-6などがあります。
いずれにも血栓は認められましたが、肺胞毛細血管内のmicrothrombiはCOVID-19肺で9倍多く認められました。SERS-CoV-2が感染している血管内皮細胞は高度に破壊されており、ウイルスは細胞外にも見られました。また電子顕微鏡の所見として特徴的だったのは、COVID-19肺には特に重積性(嵌入性)血管新生(intussusceptive angiogenesis)の増加が著明で、発芽性血管新生(sprouting angiogenesis)も有意に高い頻度で見られたことです。これに合致するようにCOVID-19肺では血管新生に関連するCOVID-19肺特異的遺伝子が69見られました(インフルエンザ肺特異的遺伝子は26、共通するものが45)。COVID-19特異的に上昇している遺伝子としてはFGF2, PDGFAなどが見られています。
中でも重積性血管新生の亢進は予想外の所見で、著者らは血管内皮へのリンパ球接着endothelialitisおよび血栓の存在が関与しているのではないかと考察しています。
症例数が少ないなどのlimitationはありますが、このような研究がキチンとできるのは長年の病理データの蓄積があるからで、本当に素晴らしいことだと思います。 
http://www.isobe-clinic.com/covid-19/COVID-19_20200527.html も参照のこと。
Ackermann M et al., N Engl J Med 2020; 383:120-128. DOI: 10.1056/NEJMoa2015432

スーパースプレッダーの存在

2020-05-22 09:55:10 | 新型コロナウイルス(疫学他)
チフスのメアリー(Typhoid Mary)の名で知られるMary Mallon(1869年9月23日 - 1938年11月11日)は、New Yorkの様々な場所でチフスのアウトブレークの元凶になったということで最後は強制的に隔離されてNew Yorkの離島North Brother Islandの隔離病院で亡くなったのですが、「健康保菌者」そして「スーパースプレッダー」の存在を世に知らしめるきっかけになったことで有名です。彼女自身は全く無症状だったのですが、チフス菌の排菌を続けて周囲に感染を広げたといわれています(死後解剖で胆嚢に腸チフス菌の感染巣があったことが確認されています)。今回の新型コロナウイルス感染症についても、流行当初から一部の患者がスーパースプレッダーとなってクラスターの形成に関与したのではないか、と想像されています。もしそのような存在が確認されれば、その人たちへの優先的なワクチン投与などの対応で感染拡大を抑止できるかもしれないということで注目されています。そのような意味で、このScienceのコラムでは日本のクラスター対策、そして三密を避けるという対応は絨毯爆撃的な欧米のロックダウンよりもすぐれていたかも、と珍しくほめています(⌒∇⌒)
またコラムの中ではすっかり有名になったreproduction number (R)ではなく、どのくらいクラスターが感染の広がりに寄与しているかを表すdispersion factor (k)を考慮することが重要であるとしています。k factorが小さいほどクラスターが感染拡大に寄与する割合が高いということになり、SARSのk factorは0.16、MERSは0.25、そして1918年のインフルエンザは1.0程度(クラスターは拡散に寄与していない)とされており、London School of Hygiene & Tropical MedicineのAdam Kucharski らはSARS-CoV-2のk factorは0.1程度で、10%の患者が残り80%に感染を広げたのではないかと算定しています。これが正しいかどうかわかりませんが、拡散しやすい感染者がいるのであれば今後の対策のためにその同定は重要でしょう。
しかしスーパースプレッダーの調査が犯人捜しのような状況になると(そうなることが容易に想像できますが)、プライバシーの侵害や差別につながるので十分な注意が必要です。Mary Mallonが結局大変不幸な人生を歩んだということは、感染対策とプライバシー保護とのバランスをとることの難しさも物語っています。百年前の悲劇を繰り返さないためにも科学的で冷静な対応が必要だと思います。

SARS-CoV-2の予防には「社会免疫」の維持が重要

2020-05-22 00:19:45 | 新型コロナウイルス(疫学他)
本日(5月21日)関西における緊急事態宣言が全て解除されました。東京など関東でも新規患者はかなり減少しているので、5月31日の期限を待たずに解除される可能性が高いと思います。緊急事態宣言が7都府県に出たのが4月7日、全国に拡大したのが4月17日ですが、東京都の新規感染者の動向を見ると、最も多かったのが4月17日の204人でその後は多少の凸凹はありながら少なくなっていることがわかります。全国で見ると最多だったのが4月11日の720人でその後やはり凸凹しながら減少傾向となっています。一方で1日あたりの死者が最大だったのは5月2日の31人で、その後徐々に減少という傾向ですので、約3週間のずれがあり、重症な方が発症してから亡くなるまでが2-3週と言われているので、ちょうどそのあたりにピークが来ている感じです。
私は元々緊急事態宣言を出さなくても自主的な自粛で十分と考えていましたが、このデータを見ると宣言には一定の効果があったと思います(とはいえ宣言を出さなくても40万人が死亡するような事態にはならなかったと信じていますが)。世界的に見ても、大統領が「新型コロナウイルスはただの風邪だ!」と言い放っているブラジルではいまだに絶賛増加中ではありますが、ヨーロッパでも新規患者の発生はピークを過ぎ、トランプのアメリカでさえも増加傾向は鈍っています。まだアフリカなど心配な地域はありますが、大きな波(第1波)は過ぎつつあるようです。
怖がらせるのが仕事のテレビなどのマスコミやブームが終了すると出番が無くなるコメンテーターは「警戒を緩めるとすぐに増加する」とか「第2波に備えて警戒を怠ってはいけない」と相変わらずのしかめ面で、管理がうまくいっていた韓国で、外出自粛解除後すぐにクラスターが発生したという知らせに「それ見たことか!!」と得意げです。しかし私は警戒レベルをある程度下げても近々に大きな波が来る可能性は低いだろうと考えています。理由はいくつかありますが、何よりも今回の経験が大きいと思うからです。
今回SARS-CoV-2が世界的な広がりを見せた理由は、もちろん感染力が強く拡大が早かった、ということもありますが、それよりも誰も経験したことがないウイルスだったため、「どのくらいの感染力があるのか?どのくらいの重症化・死亡リスクがあるのか?」が全く分からず、不意打ちを食らった、という点が大きいと思います。
今回の経験でこのウイルスのゲノム構造、感染力、重症リスクなどが丸裸にされた今、もし今後第2波が来たとしても恐らく早期に検出できるだろうと思います。疫病予防の原則は”Early detection, early response (by Larry Brilliant)”ですので、正体がわかった今、early detectionさえできればSARS-CoV-2対策(封じ込め)はそれほど難しくはないと思います。抗体検査などの結果からは今なお「集団免疫」という状態には程遠いことがわかっていますが、「社会免疫」が出来たことは次のアウトブレーク阻止に絶大な効果を有していると思います。もちろん現在急速に進んでいる治療薬開発、ワクチン開発は第2波、第3波の抑制に有用だと思いますが、それ以上に我々はこの「社会免疫」を失わないようにしないといけません。
国は「新しい生活様式」の実践例を挙げていますが、「人との間隔は2 m空ける」「会話をする際は真正面を避ける」「屋内にいるときや会話をするときは症状がなくてもマスクを着用する」というような対策はあまりに厳しく、到底長続きしないだろうと思います。新しい生活を提案するのであれば、今回のように「感染をゼロにしよう」という厳格な対策ではなく、例えば熱発したときには躊躇なく休めるような職場環境を作る、帰宅時にはうがいや手洗いをしっかりする、というような程度のsustainableな生活様式の提案でなくてはならないと思います。だってずっと全力で走っていたらバテちゃうじゃないですか~๛(-△-;)