とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ジクロフェナク・ヒアルロン酸の合剤は変形性膝関節症に対して有効

2021-03-24 09:36:31 | 変形性関節症・軟骨
変形性膝関節症(knee osteoarthritis, KOA)に対する薬物療法としては、NSAIDの外用薬、NSAIDsやCOX2 inhibitorの内服薬、デュロキセチン(SNRI)、ステロイド関節注射に加えてヒアルロン酸の関節注射(IAHA)が日本ではしばしば行われています。IAHAについては最新のOARSIガイドラインでは推奨していますが、ガイドラインによっては推奨していないものもあり、必ずしも評価は一定していません。この論文は生化学工業が開発したDicrofenacとHAを共有結合させた合剤(DF-HA)のKOAに対する有効性、安全性を検証した第3相臨床試験(RCT)で、筆頭著者は名古屋大学の西田佳弘先生です。
KL grade II, IIIのKOA患者に対して、プラセボあるいはDF-HAを4週ごとに6回投与しました。DF-HAの方が粘稠度が高いので、投与者は有効性、安全性の評価には関与しないことで盲検性を担保しています。Primary outcomeは24週後のWOMAC pain sybscire (VAS)で、12週以降のベースラインからの平均変化をprimary endpointとしています。Secondary outcomeとしてはその他のWOMAC index、50歩歩行時のpain VAS、11-point NRSによる日常での疼痛、SF-36、EQ-5D、アセトアミノフェン使用量 etc.などです。
(結果)440名の患者をそれぞれ220名ずつプラセボ群、DF-HA群に割り付けました。早期脱落例をのぞいたfull analysis setは438名(プラセボ 220名、DF-HA 218名)でした。12週でのWOMAC pain subscoreの変化(最小二乗平均)は、それぞれ-17.1 mm, -23.2 mmで両群の差は-6.1 mm [95% CI: -9.4 to -2.8, p<0.001]とDF-IA群で有意に良好な結果でした。投与後1週目から有意な改善が見られ、有意差はないものの効果は24週後まで持続しました。SF-36のmental component summary score, role/social component summary scale以外のsecondary outcomeについてもDF-IA群jで有意な改善が見られました。治療下で発生したsevereな有害事象(treatment-emergent adverse event , TEAE)は両群とも見られず、serious TEAEはそれぞれ1名(0.5%)、5名(2.3%)でした。プラセボ群では悪心・嘔吐が1名、DF-HA群のserious TEAEとしては、アナフィラキシーショック、アナフィラキシー反応、自律神経発作、不安定狭心症、斜視手術でいずれも重度のものではなく、全体としてはTEAE発生に群間の違いはなかったと結論しています。画像上のKOA悪化が見られた症例についても群間差はありませんでした。
ということで、DF-HAの有効性がRCTで示されたということの意義は大きく、今後の治療薬として有望と考えられます。気になる点としては、対照はあくまでプラセボであって、HAの比較ではない点で、DFとの合剤という点がどの程度有効性に関与しているのかについては今後の検討が必要かもしれません。
Nishida Y et al., Efficacy and safety of diclofenac-hyaluronate conjugate (diclofenac etalhyaluronate) for knee osteoarthritis: a randomized phase 3 trial in Japan. Arthritis Rheumatol. 2021 Mar 22. doi: 10.1002/art.41725. 

変形性膝関節症に対するhigh-intensity strength trainingの有効性(START)

2021-02-19 12:17:16 | 変形性関節症・軟骨
変形性膝関節症(knee osteoarthritis, KOA)は高齢者の運動器疾患の中でも最も多いもので、日本にも2500万人以上の患者がいるとされています。重症化すれば人工膝関節全置換術などの手術が有効ですが、重症化予防のエビデンスがある薬物が存在しないことも治療を難しくしています。KOA患者に対しては運動療法が有効であることが報告されていますが、その内容や強度についての詳細な解析はこれまでありませんでした。さてOARSIのガイドラインをはじめとして、運動療法はKOAの症状を改善させることが知られています。一方で激しすぎる運動はかえって関節軟骨を傷めてOAの進行を助長させる可能性も指摘されています。
この研究 (The Strength Training for Arthritis Trial; START)では高強度トレーニング(high-intensity strength training, HIST)および低強度トレーニング(low-intensity strength training, LIST)のKOA患者に対する効果を対照群(attention control)と比較しています。HISTとは週3回ずつ1RM (repetition maximum) の75%の負荷を3セット、8回繰り返し (8 repetitions) を2週間行い、その後負荷を2週ごとに80%(8 repetitions)→85% (6 repetitions) →90% (4 repetitions)と増やしていき、1週間のtaper weekをはさむ9週間のコースを、9週後に新たな1RMを設定しながら繰り返すという結構ハードな18カ月のプログラムです。ライ〇ップか。。LISTは1RMの30-40%負荷で3 sets, 15 repetitions行います。Attention control群でも運動や栄養などについてきちんと教育します。Primary outcomesは18カ月後のWOMACに加えて歩行時のmaximum knee joint compressive forceです。後者については3D kinematic and kinetic gait dataを解析するという本格的なものです。これ以外にもX線像によるKOAの進行やCTで測定した筋量、血清IL-6レベルなど実に詳細なデータが解析されています。
(結果)各群に127名、126名、124名が割り振られ、平均年齢は65歳です。18カ月後の調査に参加したのは320名 (85%)でした。18カ月後のWOMAC painはそれぞれ5.1 (開始時7.0)、 4.4 (同7.4)、4.9 (同7.2)であり、群間に差はありませんでした。またknee joint compressive forceも2453 N (2326), 2475 N (2325), 2512 N (2261)と差はありませんでした。Secondary outcomeについては、LIST群でHIST群よりも6カ月後のWOMAC knee pain (p=0.001), functionスコア (p<0.001)が良好でした 。Compressive forceについては6カ月後も有意差ありませんでしたが、6カ月後の6分間歩行距離はHIST<LIST (p=0.02)でした。HIST群とcontrol群では差がありませんでした。18カ月後のX線像のKOA進行やCTで測定した筋量や脂肪量、血清IL-6濃度などには差がありませんでした。
有害事象については筋痛などはHIST群で多い (それはそうでしょ)という結果でしたが、重篤な有害事象については差がありませんでした。
ということでHISTはKOAを悪化させるわけではないが、改善させる訳でもない、筋量なども変らずという結果でした。WOMACなどの自覚的な症状はcontrol群でも改善するのはわかるのですが、筋量も変らなかった理由は?です。日頃から「運動は体に悪い」てなことを言っているグータラな私にとっては朗報 (?)ですかね。
Messier SP et al., Effect of High-Intensity Strength Training on Knee Pain and Knee Joint Compressive Forces Among Adults With Knee Osteoarthritis: The START Randomized Clinical Trial. JAMA. 2021 Feb 16;325(7):646-657.

AIを用いた変形性膝関節症疼痛の検出法開発

2021-01-17 13:01:10 | 変形性関節症・軟骨
米国Osteoarthritis Initiative(OAI)のパブリックデータベースに登録されている変形性膝関節症25,049例 のXpおよりKOOS pain scoreをを用いてconvolutional neural networkを利用したディープラーニングを行い、疼痛と関連するXp上の領域を可視化するとともに痛みと関連するXp画像上の特徴の要約統計量algorithmic pain prediction (ALG-P)を算出するシステムを構築した。ALG-PのほうがKellgren-Lawrence分類よりも疼痛の予見に有用であることを示しました。人種格差や経済格差についてもこのアルゴリズムを使用するとある程度補正できることも示しており、専門医でなくてもXp画像のみから治療が必要な症例の抽出が可能であるとしています。大変意欲的な取り組みであり、AIを用いたスクリーニングは今後広く使用されると思います。とはいえ一次スクリーニングの手法としては良いのかもしれませんが、画像だけから治療必要性を判断するという手法はかなり荒っぽいように思います。 
Pierson, E., Cutler, D.M., Leskovec, J. et al. An algorithmic approach to reducing unexplained pain disparities in underserved populations. Nat Med 27, 136–140 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01192-7 

ハイドロゲルに脂質を閉じ込める

2020-10-16 18:37:31 | 変形性関節症・軟骨
関節軟骨は(変形性関節症にならなければ)生涯を通じて滑らかな摺動面を保つことができる優れたマテリアルですが、このような特性を人工材料で再現することは極めて難しいとされています。ハイドロゲルは生体材料として様々な用途で用いられていますが、関節軟骨と比較すると低摩擦・低摩耗の長期間の維持は困難です。著者らは関節軟骨の低摩擦・低摩耗性の維持の秘密が摺動面に存在する脂質にあると考え、脂質を含有したハイドロゲルを作成しました。水素化大豆ホスファチジルコリン(HSPC)を多層vesicle(MLV)の形で添加して調製したpoly(hydroxyethylmethacrylate) (pHEMA) ハイドロゲル(ソフトコンタクトに使用されています)は、脂質を添加していないハイドロゲルと比較して、高負荷・高接触圧を加えた場合の摩擦力が95%~99.3%低下していました。この摩擦力は、外部から脂質を加えた場合よりも低いものでした。仮に摩耗が生じた場合にも、内部に閉じ込めた脂質ベジクルが表層に現れるため、低摩擦性は維持されました。また興味深いことに、このマテリアルを60℃で乾燥させて、再び水和した際にも低摩擦性は復元されました。脂質をハイドロゲルの内部に閉じ込めるという発想が目からうろこです。
東京大学で開発された人工股関節のAQUALAライナーは、ポリエチレンの表面をMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)でコートすることで低摩耗性を達成していますが、本論文のように内部に脂質を閉じ込めることによってさらに耐久性が上昇する可能性があるのではないかと感じました。


骨格幹細胞による変形性関節症治療の試み

2020-08-25 10:56:46 | 変形性関節症・軟骨
様々な疾患の薬物療法が進歩した中、整形外科分野で大きな問題として残されているのが変形性関節症(osteoarthritis, OA)です。OAの治療が難しい主たる原因は、一旦失われた関節軟骨の再生が困難なことにあります。このような中、培養軟骨細胞の移植や間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)などを用いた再生医療などの試みが行われていますが、良質な軟骨を再生させることは困難であるのが現状です。外科的な手法としてmicrofracture(MF)という方法があり、軟骨が欠損して骨が露出した部位に外科的に傷をつけることで軟骨再生を促そうというものです。この方法は昔から行われていますが、ある程度の軟骨再生を誘導することが可能です。しかし多くはいわゆる線維軟骨fibrocartilageであり、関節軟骨の主成分である硝子軟骨hyaline cartilageの再生は困難です。
さて近年骨・軟骨細胞の起源として骨格幹細胞skeletal stem cells(SSCs)が同定され、注目されています。SSCsはMSCsとは異なって脂肪細胞へは分化せず、骨芽細胞、軟骨細胞、骨髄間質細胞に分化するbone cartilage and stromal progenitors (BCSPs)の起源になっている細胞です。著者らは以前からSSCの研究を行っていますが(Chan et al., Cell. 2015 Jan 15;160(1-2):285-98; Chan et al., Cell. 2018 Sep 20;175(1):43-56.e21など)、この論文ではMFによってSSCsのclonalな増殖が誘導されること、またBMP2+sVEGFR1の組み合わせでSSCs→軟骨細胞への分化誘導が可能であることを明らかにしました。
(方法および結果)著者らはまず生後3日齢(P3)およびadult(9-25週齢)マウス軟骨を比較し、加齢とともにSSC populationが減少することを示しました。興味深いことにadultマウスにMFを行うとclonalに増殖するSSCsおよびBCSPsが増加しました。この時出現するSSCs, BCSPsは血流を介してrecruitされるものではなく、局所で出現する細胞であることがparabiosisを用いた研究から明らかになりました。
MF後に現れる細胞は軟骨細胞やCOL1を発現する線維芽細胞などの混合細胞で、修復される軟骨は線維軟骨でした。SSC→硝子軟骨への誘導を促進するため、BMP2シグナルの促進、VEGFシグナルの抑制が重要であるとの仮説から、BMP2+soluble VEGF receptor(sVEGFR)をハイドロゲルを用いてMF部に投与すると、OAマウスの軟骨欠損部は主として軟骨で修復されました。またヒト胎児の指節骨を免疫抑制マウスに移植するモデルでもBMP2+sVEGFRの投与によって欠損部への軟骨形成が見られました。
以上の結果から著者らは、BMP2+sVEGFRがOA治療につながるのではないかとしています。以前当科の張先生が、メカニカルストレスによって軟骨にBMP inhibitorでもあるGremlinが発現し、これがVEGFR2に結合することを報告していますが(Chang et al., Nat Commun. 2019 Mar 29;10(1):1442)、GremlinのSSCに対する効果も興味深いところです。
Murphy, M.P., Koepke, L.S., Lopez, M.T. et al. Articular cartilage regeneration by activated skeletal stem cells. Nat Med (2020).