とはずがたり

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COVID-19 ARDS患者に特徴的にみられる凝固異常

2020-05-08 14:40:08 | 新型コロナウイルス(疫学他)
SARS-CoV-2感染症にともなう急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome, ARDS)患者においては、呼吸器及び消化器症状とともに凝固異常(coagulopathy)が高頻度で見られることが知られています。この論文はフランスのCRICS TRIGGERSEP Group (Clinical Research in Intensive Care and Sepsis Trial Group for Global Evaluation and Research in Sepsis)からの報告で、ICUに入院したSARS-CoV-2関連ARDS(COVID-19 ARDS)患者150名における凝固異常の病態を前向きに解析したものです。また他の原因によるARDS患者をhistorical controlとして、その比較も行っています。明らかになったのはCOVID-19 ARDSの極めて特徴的な病態です。
(結果)平均年齢は63歳(53-71歳)、男:女=122:28です。最終観察時までに死亡したのは13名(8.7%)で、101名(67.3%)はいまだ挿管中でした。ICUから出られたのは36名です。薬物療法として84名(60%)はlopinavir + ritonavirm、8 名(5.3%) はremdesivir、49名 (32.7%)はhydroxychloroquine、9名 (7.5%) は抗ウイルス剤を投与しませんでした。
150名の患者において64件の臨床的に明らかな血栓合併症を認めました。99名でCT血管造影による検索が行われ、肺塞栓が25名(25%, 24名は男性 平均年齢62歳)に認められました。脳出血・梗塞は4例に見られました。人工透析(renal replacement therapy, RRT)が必要だった29名中28名(96.6%)で回路の血栓形成が見られ、平均して1.5日で回路交換が必要でした(通常は3日ごとに交換が推奨されている)。ECMOが必要だった12名中、2名で遠心血液ポンプに血栓を生じました。心血管併存症を有する患者は48%いましたが、心筋梗塞は見られませんでした。また出血合併症は4名のみでした。
凝固能検査では、baselineで95%以上の患者でD-dimer, fibrinogen高値を示しましたが、血小板数、aPTT, antithrombinなどは正常範囲で、DICのリスクを評価するJAAM-DICやISTHスコアは大部分で正常範囲でした。Von Willebrand factor(vWF)活性およびvWG抗原、第VIII因子は有意に上昇していました。また興味深いことに検査した57名中50例でICU在室中にlupus circulating anticoagulantが上昇しました。SARS-CoV-2関連ARDS患者77名と他の原因によるARDS患者145名をマッチさせて、その特徴を比較しました。性別、年齢、既往歴、臓器不全や重症度を表すスコア、PaO2/FiO2、抗凝固薬治療、ECMOの使用などは両群で差はありませんでした。マッチさせた後の比較で、COVID-19 ARDS患者では有意に血栓が多い(11.7% vs 4.8%, OR 2.6 [1.1-6.1])、有意に肺塞栓が多い(11.7% vs 2.1%, OR 6.2 [1.6-23.4])などの特徴があり、RRT回路の交換も頻繁に必要でした。Propensity scoreを用いて背景因子を合わせたodds ratioは血栓合併症2.7 [1.1-6.6]、肺塞栓で9.3 [2.2–40]でした。凝固能検査においても、COVID-19 ARDSではprothrombin time, antithrombin, fibrinogen, そして血小板数が有意に高値でした。一方D-dimer値は有意に低値でした。
このように他のARDSと比較しても極めて高い血栓合併症の原因は分かっていません。デング熱やエボラ出血熱でも凝固異常は生じますが、それらとは異なり出血合併症はほとんど生じません。またD-dimerが比較的低値であるなど、通常のDICとも異なります。人工透析時などガッツリとヘパリンを入れていても血栓が生じてしまうというのは驚きです。vWF抗原や第VIII因子が高値であることから血管内皮の炎症があることは間違いないと思われます。正常肺では凝固と線溶系のバランスがとられていますが、COVID-29 ARDS患者においてはこのバランスが狂っている可能性があります。またlupus anticoagulant(LA)が大部分の症例で上昇しており、これは他のARDSでは見られないCOVID-19 ARDSの特徴的な所見でした。LAは感染症、自己免疫、炎症などによって細胞膜が障害されることによって誘導されるのですが、COVID-19 ARDSにおける細胞傷害を示しているのかもしれません。抗リン脂質抗体症候群患者でも血栓はしばしばみられるので、何らかの共通項があるのかもしれません。
どうもこのように特徴的なcoagulopathyが見られることがCOVID-19の予後を悪くしているのは間違いなさそうです。最近重症COVID-19患者に対するトシリズマブの有効性を示すデータが出ましたが(Xu et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 Apr 29. pii: 202005615. doi: 10.1073/pnas.2005615117. )、IL-6を抑えることによって凝固異常を改善させているのでしょうか?Lupus anticoagulantとか言われると益々リウマチ(内科)医の出番ですよ!とか思ってしまいます。
Helms, J., Tacquard, C., Severac, F. et al. High risk of thrombosis in patients with severe SARS-CoV-2 infection: a multicenter prospective cohort study. Intensive Care Med (2020).