とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

SARS-CoV-2抗体製剤の開発

2020-05-17 09:11:05 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルスの収束のためには最終的には集団免疫の獲得が必要で、それにはワクチン開発が重要であるとされています。しかしワクチン開発には時間がかかり、ワクチン投与によって必要な免疫能が獲得できるか不確定な面もあります。そのような中でウイルスに対する抗体製剤が治療薬としては有望と考えられております。Crudeな形では、例えば回復期感染患者から得られた血清に治療効果があるという報告も多数出されています(例えばShen et al., JAMA. 2020 Mar 27. doi: 10.1001/jama.2020.4783)。この論文は新型コロナウイルスの受容体ACE2への結合を抑制する抗体開発についての研究です。
SARS-CoV-2 SタンパクのACE2 binding domain(RBD)をbaitにしてCOVID-19患者末梢血から抗体産生細胞(single memory B cell)を単離し、これらのsingle B cellから単離したheavy chain, light chainを用いてRBDに対するIgG1抗体を産生する細胞を作成。結果としてRBDとACE2の結合を強力に抑制する2種の抗体(B38, H4)を獲得。これらはSARS-CoVのRBDには結合せず、SARS-CoV-2特異的な抗原を認識していることが明らかになった。hACE2を発現するトランスジェニックマウスへのSARS-CoV-2感染モデルに投与したところ、ウイルス量の抑制とともに気管支肺炎、間質性肺炎を抑制した。また構造解析によってRBDにおけるB38抗体の結合部位も示した(RBDの38アミノ酸残基が抗体との結合部位で、そのうちheavy chainと21残基、light chaniと15残基が結合)。ということで抗SARS-CoV-2抗体製剤療法が現実のものになりそうです。

整形外科手術再開をめぐる話題

2020-05-17 09:08:32 | 整形外科・手術
COVID-19の蔓延は病院の様々な機能に影響を与えていますが、手術に与えた影響も並々ならないものがあります。整形外科の予定手術は「不要」ではないにしても「不急」のものがほとんどであるため、当院でも整形外科手術は半分近くに絞るという状況が続いていました。もちろんいつまでもそのような状態を続けるわけにはいかないので、徐々にペースを戻していこうとしていますが、どのような手術をいつからどの程度、という判断には難しいものがあります。
 欧米ではロックダウン中は完全に予定手術を中止していた病院も少なくなく、手術再開の時期・方法は大きな課題になっています。University College London HospitalsのSam Oussedikらによるこの論文は、予定手術再開にあたっての条件や注意点を論じていますが、論文中で例として取り上げられている「武漢の病院にで術後早期にCOVID-19を発症した患者では死亡率が20%(整形外科手術以外も含まれます)」とか、「イタリアのGaleazzi Instituteで昨年は0.05%だった整形外科予定手術後の死亡率が今年は0.67%になった」というような事実には驚いてしまいます。手術再開にあたっては、患者のスクリーニング法、手術チームのリスク回避、麻酔の問題、患者入れ替え時間の倍増、病床の問題(多くの病床がCOVID-19専用になっている)、輸血の供給不足、画像検査にかかる時間増、そして何よりどのようにして患者に安心してもらうか、などが課題として挙げられており、問題は山積みで、大変厳しい状況が伝わってきます。今後の第2波、第3波を考えると日本でも十分な対策を練っておくべき事項だろうと思います。 
Bone Joint J. 2020 May 15:1-4. doi: 10.1302/0301-620X.102B7.BJJ-2020-0808.


COVID Human Genetic Effort

2020-05-15 00:05:57 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスが多くの人に恐怖を植え付けている理由の一つは、それまで全く何の異常もなかった人が感染をきっかけに急速に状態が悪化し、場合によっては亡くなってしまうという事例が少なくないからです。その一方で日常的にウイルスに曝露している医療従事者の中には大したprotectionもなしに作業をしていても全く感染しない(あるいは症状を出さない)人もいます。このような事実の背景にあるメカニズムが明らかになれば何らかの治療法や予防法につながる可能性があります。Rockefeller大学のJean-Laurent CasanovaとNIAID/NIHのHelen C. Suがco-leaderになって進められているCOVID Human Genetic Effortのプロジェクトは、このような疾患感受性の違いが遺伝子レベルの差異によって生じているのではないかという発想からスタートしています。そのような例で有名なものとして、CCR5遺伝子の欠損者においてはHIV感染が生じにくいという事実があります(この遺伝子は中国の賀建奎氏がCRISPR-Cas9システムを用いてHIV抵抗性のゲノム編集ベビーを作ったことでも有名になりました)。現在Casanova氏らは「リスク因子がないのに50歳未満で重症化したCOVID-19患者」にフォーカスを絞って遺伝子の変異を同定しようとしています。まだ結果が提示できるような段階ではないようですが、今後の発展が強く望まれる分野です。 
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30611-5 

BCGはCOVID-19に・・・

2020-05-14 11:34:06 | 新型コロナウイルス(治療)
BCGワクチンが新型コロナウイルス感染を防止するのではないか、という話が以前からネットを賑わせており、慌てて投与するというような方もいて、小児に必要な分が確保できないという問題にもなっておりました。今回イスラエルからBCGワクチンの投与・非投与で感染率を比較したという報告が出ました。イスラエルでは1955年から1982年までの間national immunization programでBCGワクチンもルーチンで投与されていたようで、カバー率は90%だったそうですが、1982年以降は移民のみの投与になっていたそうです。ということでPCR検査を行った集団から 1979年から1981年に生まれた人 (39-41歳 BCG plus) と1983年から1985年に生まれた人 (35-37歳 BCG minus)の2群を抽出して比較することでBCGの効果を検証しました。イスラエルでは咳、呼吸苦、発熱などの症状がある人を対象にPCRを行っているとのことです。結果としては全部でBCG plus群3064人、BCG minus群2869人が対象となり、PCR陽性者はそれぞれ10万人あたりに直すとBCG plus群121人vs BCG minus群100人で、差は10万人あたり21人(95% CI, −10 to 50人; P =0 .15)ということで予想通り(?)効果なしという結果でした。ちなみに重症者は両群とも1人ずつ、死亡者は無しでした。まぁ直前に投与したのであればtrained immunityの効果もあるかもしれませんが、数十年前に投与したワクチン(しかも獲得免疫を変えるわけではない)が今日でも有効性があるとは考えにくいので、納得と言えば納得ですが少し残念な気もします。

COVID-19患者BALFのscRNA-seq

2020-05-13 10:06:55 | 新型コロナウイルス(疫学他)
重症な新型コロナウイルスにおいては、いわゆるサイトカインストームのような過剰な免疫反応が生じて臓器障害につながりますが、その真の原因は明らかになっていません。この論文ではCOVID-19患者の気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage  fluid, BALF)中の細胞を用いてsingle cell RNA-seqを行ったというものです。使用したBALFは中等症(moderate)COVID-19の3人、重症(severe/critical)の6人、健康成人3人、そして公共に使用可能なBALFサンプルです。結果のクラスター解析からは、BALF中の細胞は31の異なるクラスターに分類することが可能でした。主な構成細胞はマクロファージ(CD68), 好中球(FCGR3B), 骨髄系樹状細胞 (mDCs) (CD1C, CLEC9A), 形質細胞様樹状細胞  (pDCs) (LILRA4), ナチュラルキラー細胞 (NK) (KLRD1), T細胞(CD3D), B細胞(MS4A1), 形質細胞(IGHG4), 上皮細胞(TPPP3, KRT18)などでした。共通してみられる細胞もありましたが、重症COVID-19患者では中等症患者に比べてマクロファージ、好中球の割合が高く、mDC, pDC, T細胞の割合が低いことがわかりました。次にマクロファージを20のサブクラスターに分類したところ、FABP4はコントロール、中等症患者に、FCN1, SPP1は重症患者で発現亢進していることがわかりました。さらにdifferentially expressed gene (DEG) analysisや gene ontology (GO) analysis and gene set enrichment analysis(GSEA)を行い、group 1から4に分類を行いました。Group 1, 2はM1-like macrophage、group 3はM2-like macrophage, gropu 4はalveolar macrophageに特異的な遺伝子を発現していました。これらの解析から、重症COVID-19患者BALFにおいては炎症性マクロファージの高度な集積が存在することが明らかになりました。T細胞、NK細胞については6つの主要なクラスターに分類され、重症患者ではCD8+ T細胞が少なく、増殖T細胞が多いことがわかりました。またT cell receptorのクローン増殖をsingle cellで解析したところ、中等症患者でZNF683+ CD8+ T細胞が高頻度に見られる一方で重症患者ではばらつきがみられました。