とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

破骨細胞の分裂(fission)によるosteomorphs形成

2021-02-28 11:48:52 | 骨代謝・骨粗鬆症
数年前のANZBMS(The Australian and New Zealand Bone and Mineral Society)で破骨細胞のfissionの演題発表を聴いたときに、大変美しい動画と詳細な解析に驚いた記憶があります。中々論文にならないなーと思っていたのですが、満を持してCELL誌に論文が発表されました。著者を見ると、オーストラリアの骨代謝関係者が多数名前を連ねており、オーストラリアの破骨細胞オタク (osteoclasters)が総力をあげて取り組んだ研究であることがわかります。
ご存知のように破骨細胞は単球・マクロファージ系の前駆細胞に由来する骨吸収細胞です。その分化にはRANKL (およびM-CSF)の存在が必須で、RANKLは破骨細胞分化のみならず、活性化にも関与していることが明らかになっています。著者らは生体内における多核破骨細胞の動態を明らかにするために、大変凝ったイメージング手法を用いています。破骨細胞のin vivo imagingには、大阪大学の石井優先生らが用いられているようなTRAPやV-ATPase、あるいはcathepsin Kをマーカーとして用いるラベル法がしばしば用いられていますが、これらの分子は必ずしも破骨細胞に特異的ではありません。そこで著者らは放射線照射をしたマウスに①LysmCre/+.TdtomatoLSL/LSLマウスおよび②Blimp-1Egfp/+.Rag-1−/−マウスあるいはCsf1rEgfp/+マウスから採取した骨髄を1:4あるいは1:1でミックスした細胞を移植したマウスを使用しました。さらにこのマウスにAF647-Zolを投与することで骨吸収を行った破骨細胞をラベルしています。破骨細胞オタク以外にはなんのこっちゃだと思いますが、これによってRed, Green, Yellowでtriple labelされた細胞は、ドナー側の2種類のマウス骨髄細胞が融合し、さらに骨吸収を行った破骨細胞であることが確実となるわけです。
このマウスの骨組織を2光子顕微鏡で観察したところ、生体内の破骨細胞は骨内膜上で突起を伸ばした樹状の形態をしており、広範囲なネットワークを形成していました。マウスをRANKLで刺激したところ、細胞融合fusionが促進すると同時に、細胞の一部がちぎれて分裂fissionするような像が認められました。Fissionによって形成されたdaughter cellはアポトーシスによって生じる細胞のfragmentとは異なり、マクロファージによって貪食されることはなく、それ同志がfusionしたり、あるいは破骨細胞とfusionしたりすることも明らかになりました。つまり前駆細胞→fusionによる多核細胞形成→fissionによるdaughter cell形成→fusionという”recycling”を行うことが明らかになりました。
Fissionという現象は定常状態ではほとんど認められず、RANKLによる刺激、あるいはOPG:Fcによる骨吸収抑制状態からの離脱(OPG withdrawal)によって促進されました。著者らはfissionによって形成されたdaughter cellを破骨細胞自体と区別するために”osteomorphs”と命名しています。OsteomorphsはOPG:Fcによる抑制状態においてはosteomorphが骨髄および末梢血中に蓄積し、OPG:Fc投与を中止するとこれらが破骨細胞へと融合することがわかりました。これはデノスマブを中止した時の骨吸収の亢進overshootingが生じる原因と考えられました。
Osteomorphsの遺伝子発現を検討したところ、破骨細胞前駆細胞よりも成熟破骨細胞に近い遺伝子発現profileを示しますが、一部遺伝子発現が異なっていることも明らかになりました。いくつかのosteomorphs特異的遺伝子(例として挙げられているのはDdx56, Myo7a, Wdr89)遺伝子改変マウスでは骨組織の異常が認められました。またosteomorphsに発現する遺伝子のヒトorthologsには骨系統疾患に関連するものも見られました。
骨吸収抑制薬のdiscontinuationを考慮する上でも、破骨細胞のfusion-fissionによるrecyclingは重要な現象であると思います。ついでに言えばosteomorphsは以前溝口俊英先生、高橋直之先生が報告されたquiescent osteoclast precursors(QOPs)に近い細胞なのかもと思いました。
ということで終わりまで読んでくださった方は、めでたく「超絶破骨細胞オタク」に認定させていただきます。
Osteoclasts recycle via osteomorphs during RANKL-stimulated bone resorption
McDonald et al., 2021, Cell 184, 1–18

骨髄Osteolectin陽性細胞は運動負荷によって増加しリンパ球造血を制御する

2021-02-27 05:40:52 | 骨代謝・骨粗鬆症
Leptin受容体陽性(LepR+)細胞は、骨髄nicheにおいて造血幹細胞維持に重要な役割をすることが知られています。骨髄におけるLepR+細胞は小動脈arteriolesおよび洞様毛細血管sinusoidsという2種類の血管に隣接して存在しますが、この論文では、LepR+細胞の16%程度が著者らが報告していたC-type lectin domainを有する骨形成性増殖因子osteolectin (Clec11a) (Yue et al., Elife. 2016 Dec 13;5:e18782)陽性であり、小動脈周囲にのみ存在することを明らかにしました。Osteolectin陽性 (Oln+)細胞は骨芽細胞へ分化しますが、脂肪細胞へは分化しないosteogenic progenitorであることも示されました。Oln+細胞においてstem cell factorを欠損したマウスでは造血系細胞のうちcommon lymphoid progenitor (CLP)のみが著しく減少しており、リンパ球によって駆除されるListeria monocytogenes感染に対する抵抗性が弱いことが明らかになりました。興味深いことに、Oln+細胞はメカノセンサーであるPiezo1を発現し、正常なマウスに運動負荷を加えるとOln+細胞が増加するとともにCLPも増加すること、加齢マウスではOln+細胞が減少していることが明らかになりました。
この研究は運動負荷や加齢がOln+細胞を介してリンパ球造血に関与し、感染に対する抵抗性を制御している可能性を示しており、大変興味深いものです。
Shen, B., Tasdogan, A., Ubellacker, J.M. et al. A mechanosensitive peri-arteriolar niche for osteogenesis and lymphopoiesis. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03298-5

COVID-19における獲得免疫の関与

2021-02-21 11:26:12 | 新型コロナウイルス(疫学他)
La Jolla Institute for ImmunologyのAlessandro Sette博士とShane Crotty博士によるCOVID-19における獲得免疫adaptive immunityの役割についてのreviewです。SARS-CoV-2の特徴として、感染細胞におけるI型interferon (IFN)が関与する自然免疫反応遅延の重要性を示しています。このため自然免疫反応によってprimingされる獲得免疫の誘導が遅延し、ウイルスの複製や拡散が持続し、これを補うために自然免疫反応の暴走が起こって炎症性サイトカインやケモカインの産生過剰が生じ、組織障害を引き起こすことがCOVID-19重症化の本質であるとしています。この仮説はCD4+T細胞の誘導不良が重症化と相関することや、抗体製剤で自然感染の100倍もの中和抗体を投与しても、CD4+T細胞の誘導が生じないためその効果が限定的であることなどのデータとも合致し、説得力があります。また高齢者ではnaive T細胞の存在量が大幅に減少することが重症化の原因となる、男性ではI型IFNの自己抗体を有する症例が多く自然免疫活性化遅延が生じやすい可能性があることなども述べられており、大変勉強になりました。
Sette A, Crotty S. Adaptive immunity to SARS-CoV-2 and COVID-19.
Cell. 2021 Feb 18;184(4):861-880. doi: 10.1016/j.cell.2021.01.007. Epub 2021 Jan 12.

変形性膝関節症に対するhigh-intensity strength trainingの有効性(START)

2021-02-19 12:17:16 | 変形性関節症・軟骨
変形性膝関節症(knee osteoarthritis, KOA)は高齢者の運動器疾患の中でも最も多いもので、日本にも2500万人以上の患者がいるとされています。重症化すれば人工膝関節全置換術などの手術が有効ですが、重症化予防のエビデンスがある薬物が存在しないことも治療を難しくしています。KOA患者に対しては運動療法が有効であることが報告されていますが、その内容や強度についての詳細な解析はこれまでありませんでした。さてOARSIのガイドラインをはじめとして、運動療法はKOAの症状を改善させることが知られています。一方で激しすぎる運動はかえって関節軟骨を傷めてOAの進行を助長させる可能性も指摘されています。
この研究 (The Strength Training for Arthritis Trial; START)では高強度トレーニング(high-intensity strength training, HIST)および低強度トレーニング(low-intensity strength training, LIST)のKOA患者に対する効果を対照群(attention control)と比較しています。HISTとは週3回ずつ1RM (repetition maximum) の75%の負荷を3セット、8回繰り返し (8 repetitions) を2週間行い、その後負荷を2週ごとに80%(8 repetitions)→85% (6 repetitions) →90% (4 repetitions)と増やしていき、1週間のtaper weekをはさむ9週間のコースを、9週後に新たな1RMを設定しながら繰り返すという結構ハードな18カ月のプログラムです。ライ〇ップか。。LISTは1RMの30-40%負荷で3 sets, 15 repetitions行います。Attention control群でも運動や栄養などについてきちんと教育します。Primary outcomesは18カ月後のWOMACに加えて歩行時のmaximum knee joint compressive forceです。後者については3D kinematic and kinetic gait dataを解析するという本格的なものです。これ以外にもX線像によるKOAの進行やCTで測定した筋量、血清IL-6レベルなど実に詳細なデータが解析されています。
(結果)各群に127名、126名、124名が割り振られ、平均年齢は65歳です。18カ月後の調査に参加したのは320名 (85%)でした。18カ月後のWOMAC painはそれぞれ5.1 (開始時7.0)、 4.4 (同7.4)、4.9 (同7.2)であり、群間に差はありませんでした。またknee joint compressive forceも2453 N (2326), 2475 N (2325), 2512 N (2261)と差はありませんでした。Secondary outcomeについては、LIST群でHIST群よりも6カ月後のWOMAC knee pain (p=0.001), functionスコア (p<0.001)が良好でした 。Compressive forceについては6カ月後も有意差ありませんでしたが、6カ月後の6分間歩行距離はHIST<LIST (p=0.02)でした。HIST群とcontrol群では差がありませんでした。18カ月後のX線像のKOA進行やCTで測定した筋量や脂肪量、血清IL-6濃度などには差がありませんでした。
有害事象については筋痛などはHIST群で多い (それはそうでしょ)という結果でしたが、重篤な有害事象については差がありませんでした。
ということでHISTはKOAを悪化させるわけではないが、改善させる訳でもない、筋量なども変らずという結果でした。WOMACなどの自覚的な症状はcontrol群でも改善するのはわかるのですが、筋量も変らなかった理由は?です。日頃から「運動は体に悪い」てなことを言っているグータラな私にとっては朗報 (?)ですかね。
Messier SP et al., Effect of High-Intensity Strength Training on Knee Pain and Knee Joint Compressive Forces Among Adults With Knee Osteoarthritis: The START Randomized Clinical Trial. JAMA. 2021 Feb 16;325(7):646-657.

いつになったらワクチンで生活は正常に戻るのか?(How soon will COVID-19 vaccines return life to normal?)

2021-02-19 10:41:40 | 新型コロナウイルス(治療)
Jon Cohen氏によるこのScienceの論説については、有名な宮坂昌之先生をはじめ多くの方が取り上げておられるので、今更感満載なのですが、実に多くの情報が網羅されており、論点整理に大変有用です。Google翻訳でもよいので是非一読されることをお薦めします。
Cohen氏はまず現在世界中で急速に進んでいるSARS-CoV-2ワクチン接種の状況を説明した上で、下記の3つの論点を提示しています。いずれも重要な論点です。
①ワクチンによって免疫が成立したら周囲に感染を広げないのか? 
②いつになれば正常な日常生活を再開できるか?
③新たな変異型SARS-CoV-2はワクチンへの期待にどのような影響も有するか?
①ワクチンによって免疫が成立したら周囲に感染を広げないのか? 
これについてはUC San Diego Healthにおける約1万人の医療従事者へのワクチン接種(96%が同意)によって毎週行っているウイルス検査陽性例が減少しているという小規模な事例を紹介した後、ワクチン接種が世界で最も進んでいるイスラエル(2月4日までに全国民の39%が少なくとも1回の接種を受けた)のデータに話を勧めます。イスラエルでの60歳以上約13万人の調査において、SARS-CoV-2感染の診断がワクチン接種開始から10日後に減少に転じ、28日後には1/3程度になり、毎日の入院患者が7人→1人に減少したことを述べています。また早期にワクチン投与を受けた介護施設と、未接種施設を比較して、前者では陽性者が48%減少(後者では 21%減少)したという結果も示しています。
次にイギリスのefficacy trialにおいて、ワクチン接種によって無症候性感染が49.3%減少したという結果を示しています。ウイルスが検出される例でも、そのウイルス量はワクチン接種者では有意に少ないそうです。イギリスではこれ以外にもワクチンが標的としているSpikeタンパクではなく、Nタンパクに対する抗体(実際に感染した人とワクチンで抗体ができているひととを区別できる)の調査も行われており、今後の結果が待たれます。またアメリカでは大学生に対してすぐにワクチンを接種した群と1週間遅らせた群でのウイルス検出を比較するという臨床試験も計画されているそうです。
ということで、①に対する回答は「おそらく広げにくくなる」ということかと思います。
②いつになれば正常な日常生活を再開できるか?
これについては何をもって「正常な」日常生活と定義するかによっても異なります。「集団免疫herd immunity」に必要な有免疫者割合にしても、色々と異なる数字がモデルによって提唱されており、一定しません。インドからは約半数で抗体が認められたと報告されていますが、これで集団免疫が達成されたとは誰も考えていません(感染者数は減少していますが)。有名なNIAIDのAnthony Fauci博士でさえも、集団免疫に必要な抗体保有率を60-70%から90%に修正したりして批判されており、彼自身「正直なところ正確なところは誰にもわからない」と話しています(正直すぎるやろ)。”Withoutコロナ”をいまだに主張している人々もいますが、現実的には難しいでしょう。感染がゼロにならなくても重症者が少なくなれば良いという議論は現実的で、Coalition for Epidemic Preparedness Innovations (CEPI) のアドバイザーであるNicole Lurieは「将来的にはインフルエンザのようになっていくのではないか」と話していますが、その一方で「アメリカで毎年6万人の死亡者が出ているインフルエンザと同じ状況が新型コロナウイルスについても許容可能とは思わない」とも強調しています。ということでこの問いに対する回答は「誰にもわからない」ということになってしまうでしょうか。(;´д`)
③新たな変異型SARS-CoV-2はワクチンへの期待にどのような影響も有するか?
これについてはイギリスや南アフリカから報告された変異型ウイルスはワクチンによる免疫をかいくぐるのではないかと懸念されています。AstraZeneca-Oxfordワクチンは南アフリカ型ウイルスに対しては22%の有効性しか認めないという小規模研究の結果から南アフリカではこのワクチン接種を停止したというトホホなニュースもありました。その一方でJohnson & Johnsonのワクチンは南アフリカの軽症例に対しては有効性が示せなかったが、重症例はほぼ抑えられ、入院例や死亡例はゼロであったという報告も紹介されています。またPfizer, BioNTechワクチンについてはCD8+T細胞の急上昇が認められ、特異的な抗体が産生されなくても、このような細胞が感染細胞を殺すことで感染から防御される可能性も示されています。
とはいえ変異型ウイルスの登場は感染予防を難しいものにしており、ワクチンの早期接種に加えて一般的な感染予防行動(マスクやソーシャルディスタンシングなど)の重要性が様々な数理モデルから示されています。予防行動なくしては、ワクチンの有効性も限定的だろうということです。
変異型ウイルスを標的にしたワクチン開発も急速に進んでいます。mRNAワクチンの場合には変異型に対しても比較的容易に対応できるようです。またワクチン承認にこれまでのような大規模な臨床試験は課せられないだろうとFDA vaccine divisionのトップであるPeter Marks氏もコメントしています。
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それにしても実にクリアに論点を整理し、現在わかっていること、わかっていないことを丁寧に解説した論説で、筆者であるJon Cohen氏の正確で深いサイエンスへの理解と洞察力、ライターとしての力量が伺われます。