とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

侵害受容器によるリンパ節機能制御

2020-12-31 08:12:41 | 疼痛
患者さんに関節リウマチの発症時のことを伺うと、身内が亡くなった後など、何らかのストレスを感じたエピソードを語ってくださる方が時々います。またストレスを感じると風邪をひきやすくなる、なんて嘘か眞かの話もあります。このように神経系による免疫の制御というのはよく知られており、一部はコルチコステロイドの分泌が関与するのだと思いますが、この論文ではリンパ節に神経ペプチド産生侵害受容性ニューロンを主とした感覚神経の特異的な支配が見られることを明らかにしています。これらの神経をoptogeneticな手法で活性化するとリンパ球の遺伝子発現が誘導されることも明らかになり、感覚神経による直接的な免疫制御の可能性を示唆する大変興味深い現象です。 
Huang et al., Lymph nodes are innervated by a unique population of sensory neurons with immunomodulatory potential. Cell. 2020 Dec 10;S0092-8674(20)31564-6. 

高齢者ではどうしてCOVID-19が重症化するか?

2020-12-31 07:41:00 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルス感染症の重症化リスク因子として確実なものが糖尿病などの併存症および高齢です。高齢者で重症化するメカニズムとしては元々の併存症が多いこと、気道の分泌が少ないためウイルスの喀出が不十分であり、また誤嚥もしやすいため、より多量のウイルスに肺が曝露されること、血管の脆弱性や凝固能の異常のため血栓症が生じやすいことに加えて加齢に伴う免疫系機能の変化(自然免疫や獲得免疫の低下、inflammagingと呼ばれる慢性炎症状態など)が関与すると考えられています。この総説は季節型コロナウイルス、SARS, MARS, COVID-19などを対比させながら、加齢と免疫機能について簡潔にまとめられています。サルの感染モデルやACE2トランスジェニックマウスなど、動物モデルから明らかになってきたことも多い一方で、実際の臨床例では必ずしも重症者でウイルス量が多くないことなどの矛盾も報告されており、COVID-19と免疫系との関係についてはまだ解明されていない点も多いようです。
JCI - Age-related susceptibility to coronavirus infections: role of impaired and dysregulated host immunity

CKD患者に対するビスホスホネート製剤投与の安全性

2020-12-31 07:39:40 | 骨代謝・骨粗鬆症
骨粗鬆症の講演を行った際にしばしば質問されるのは「腎機能低下した患者さんの治療をどうれば良いか?」という点です。特にビスホスホネート(BP)製剤は腎障害を生じるために、腎障害の程度によって禁忌、あるいは慎重投与とされています。この論文で著者らはイギリスのCPRD GOLD (1997-2016)およびSIDIAP(2007-2015)2つのコホートにおいて、eGFR<45 ml/min/1.73m2で40歳超という条件を満たすCKD 3bー5のBP userとnon-userを抽出し、その電子カルテ情報の解析から腎機能の変化を検討しています。Propensity scoreによってCRPDからは2,447人の BP userおよび8,931人のnon-user、SIDIAPからは1,399人のuser、6,547人のnon-userをmatchさせ比較したところ、CKD stageの増悪のhazard riskはCPRDで1.14(95% CI, 1.04, 1.26)、SIDIAP では1.15(95% CI, 1.04, 1.27)といずれもBP userで15%程度高かったという結果でした。CKD増悪に関してのnumber need to harmはCPRDでは40.8(3年)、20.7(5年)、SIDIAPでは29.4(3年)、28.6(5年)でした。一方で急性腎障害(acute kidney injury)、消化管出血/潰瘍、低カルシウム血症などのリスクはBP使用・非使用で変わりませんでした。後ろ向きのコホート研究ですので当然未知の交絡因子の存在などのlimitationはありますが、この結果はCKD患者に対するBP使用のリスクを再確認するものです。ただし急性腎不全などのリスクを変えないことを考慮すれば、benefit-riskバランスを考えた上でのBPの慎重投与を肯定する結果にも感じられます。


唐辛子を食べると末梢血造血幹細胞が増えるかも?

2020-12-28 13:01:17 | 疼痛
悪性腫瘍に対する化学療法による造血障害対策として、一般的に自己末梢血幹細胞移植が行われます。これはあらかじめ自らの造血幹細胞(hematopoietic stem cell, HSC)を採取しておいて、化学療法後にこれを移植するというものです。HSCの採取においてHSCを骨髄から末梢血へと動員することが重要で、このために顆粒球増殖因子(granulocyte colony-stimulating factor, G-CSF)やplerixaforなどが用いられます。しかしこれらのみでは十分なHSCが確保できないこともあります。Albert Einstein College of MedicineのPaul Frenetteらのグループが発表したこの論文は、HSCの末梢への動員における侵害受容器(nociceptor)の重要性を明らかにした大変興味深いものです。
彼らはまず骨髄に存在する神経線維の多くがnociceptorであることを明らかにしました。骨髄におけるnociceptorを薬剤でブロックしたり、欠損させたりしてもHSCの数は変わりませんでしたが、G-CSFによる末梢への動員が著しく阻害されました。このようなnociceptorの作用は神経ペプチドであるcalcitonin-gene-related peptide(CGRP)を介していると考えられ、CGRP投与によってG-CSFやplerixaforによるHSCの末梢血への動員は促進されました。CGRPはHSC膜状のcalcitonin receptor-like(CALCRL)やreceptor activity modifying protein(RAMP)1発現を促進し、これらの分子をHSCにおいて欠損させると末梢血への動員が抑制されました。興味深いことに、マウスにnociceptorを活性化するcapsaicin(唐辛子の辛味成分)を豊富に含んだ食餌を与えるとHSCの動員は促進されました。臨床的に応用されればこれらの結果は末梢血造血幹細胞移植をより効率的に行う上で極めて重要な知見であると考えられます。CALCRL-RAMP1の刺激がどのようなメカニズムでHSCの動員を促進するかはわかっておらず今後の検討が必要です。
Gao, X., Zhang, D., Xu, C. et al. Nociceptive nerves regulate haematopoietic stem cell mobilization. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03057-y 

健康の定義

2020-12-23 15:44:16 | その他
私も講演で「健康寿命の延伸を!」などと話すことはあるのですが、それでは「健康とは?」とつっこまれると、「病気じゃない状態(?)」というような回答しかできません。さらに、病気でなければ健康なのか?老化は病気か?ときかれると、また答えに窮することになります。ある分子が発現していたら健康、というわけではありませんし、健康の定義というのはわかっているようでわかっていません。
Carlos López-OtínとGuido Kroemerによるこの総説では、健康とは「生物の全体としての”organization”(the overall "organization" of organisms)によって規定されるもの」であるとしています。このような観点から、彼らは健康を「健康的」な状態に付随し、そのかく乱(pertubation)が極めて病的であり、その維持や修復が健康に益するという特徴を有する状態、と定義し、「健康の特徴(hallmarks of health)」として①integrity of barriers(様々な障壁が保たれている)②Containment of perturbations(かく乱物質の封じ込め)③Recycling & turnover(再生と代謝)④Integration of circuitries(循環が維持されている)⑤Rhythmic oscillations(リズミカルな振動)⑥Homeostatic resilience(恒常性回復力)⑦Hormetic regulation(ホルメシスによる制御)⑧Repair & regeneration(回復と再生)という8つの要素を挙げています。①は細胞膜が維持されている状態、皮膚による体外との隔離が維持されている状態などを指します。②はDNA損傷に対する修復機構、局所炎症による有害物質の拡散防止機構など、③は細胞死や再生、そしてオートファジーによる細胞内器官の再利用なども含みます。④は分子のfeedback loop、外部刺激に対する細胞応答(によるfeedback)、生体内の細菌叢との相互作用など、⑤はリズミカルな振動を有する生体反応のことで、時計遺伝子によって制御されるものも多い。⑥はストレスに対して多くの脳内回路が反応することで恒常性を回復するという過程、ホルモンによる代謝制御など、⑦はちょっとわかりにくいですが、hormesisというのは毒性のある物質が低用量だと健康維持に働く現象で、例えば低線量の放射線への曝露は生存期間延長に働くような現象のことらしいです。⑧は文字のとおりです。そのうえで①②をSpatial compartmentalization(空間的な区域化)、③④⑤をMaintenance of homeostasis(恒常性の維持)、⑥⑦⑧をResponse to stress(ストレスに対する反応)というカテゴリーに分類しています。これらの要素が統合しながら働くことで組織としての健全性が保たれ、何らかの障害が出た時に病的な状態となるという考え方です。内容的には正直?という点もあり、煙に巻かれたような印象を拭えないのですが、これまで「病気ではない状態」というように除外診断的に定義されていた「健康」を積極的に定義しようという方向性は重要だと感じました。それにしても「完全な健康」などという状態は存在するのでしょうか?
López-Otín C and Kroemer G. Hallmarks of Health. Cell. 2020 Dec 15:S0092-8674(20)31606-8. doi: 10.1016/j.cell.2020.11.034.