とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

上海のコホートデータ

2020-05-24 10:16:29 | 新型コロナウイルス(疫学他)
上海のCOVID-19コホートの詳細な解析です。326名から臨床・疫学データを取得し、重症度に応じてasymptomatic(n=5, 発熱、呼吸症状、画像所見ともなし), mild(n=293, 発熱および肺炎の画像所見あり), severe(n=12, 呼吸苦、24-48時間以内の肺炎像増悪あり), critical(n=16, ARDSのため補助換気必要)グループに分類しています。112例についてはシーケンスデータを解析し、9種類のprotein coding regionsにおいて66のsynonymous mutation(アミノ酸置換なし)と103のnonsynonymous mutation(アミノ酸置換あり)を見出しています。ゲノム情報から、ウイルスは大きくclade I, clade IIの2グループに分類されることがわかりました。コホートにはこれら2つが混在していましたが、武漢海鮮市場との明確な接触歴がある6例はclade Iに分類されました。Clade I, IIおよび様々な変異を有するウイルス間で重症度や臨床像などに差はありませんでした。
5例では明らかな臨床像も画像所見も呈さなかったにもかかわらずウイルスの排出が認められました。臨床検査上最も顕著な特徴は、進行性のリンパ球減少でした。CD3+ T細胞に最も影響があり、CD4+, CD8+ T細胞にも同様の傾向を認めました。興味深いのはこのような影響はasymptomatic群も含めてすべてのグループで見られたことです。一方B細胞についてはcriticalグループでのみ減少がありました。重症化するに伴ってCD3 + T細胞は段階的に減少し、CD4+, CD8+ T細胞にも同様の傾向がありましたが、NK細胞にはそのような傾向は見られませんでした。
単変量解析では年齢、入院時のリンパ球数、併存症、性別が最も重症度と関係しており、多変量解析では年齢、リンパ球減少が独立したリスク因子でした。
入院時の血清中サイトカインについては、IL-6, IL-8が最も変化しておりリンパ球数と逆相関を示しました。また発症後6-10日における最高IL-6レベルはcriticalグループで有意に高値でした。16日―20日の最高IL-8レベルも同様でした。
大体のところでこれまでの情報と大きな違いはなさそうですが、ゲノムの変異が症状には関連しないことを明確に示した点、T細胞の変化が無症状群にも見られること、IL-6, IL-8レベルと重症度との関連を示した点などが重要かと思います。 

緊急事態宣言解除に向けて思うこと

2020-05-23 18:41:26 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスも全国の新規感染者が20人を割りそうで、東京は数日前から一桁が続いています。この感染症のやっかいな特徴は無症状・未発症の感染者(不顕性感染者)がウイルスを排出して感染を広げてしまう点ですが、自宅待機期間が長かったことを考えると、おそらく感染を広げる可能性のある不顕性感染者数もかなり減っていると考えられます(だからこそ発症者が減っているのですから)。根拠はありませんが、多めに見積もって新規感染者の100倍程度不顕性感染者がいるとしても、全国で2000人前後、東京でせいぜい500人くらい(そんなにいないと思いますが)。つまり東京(人口1300万人)だと2万人に1人以下程度でしょう。未だにPCR検査を増やせと主張する方もいるようですが、症状のある方にはほぼ検査できている現状を考えると、検査増の目的は「市中の不顕性感染者の洗い出し」と考えられます。しかし常識的にPCRの感度・特異度を考えれば、いくら検査をしても2万人に1人の不顕性感染者の洗い出しは不可能ということがわかるでしょう。検査会社に利益相反があるのなら別ですが、PCRを広く無症状者に行う意味は全くありません。ゼロです。ヌルです。
それではこの状況を踏まえて今後どうすべきかですが、とにかく発症者のearly detectionに全力投球すべきでしょう。つまりわが国が元々とってきたクラスター対策に帰ることです。具体的には①発症者を可及的早期に診断して隔離する(入院させる)。もちろん有症状者のPCR検査は必須です。②感染者の濃厚接触者をpick upして自主的(場合によっては強制的)隔離を要請する、ということです。感染から発症まで2週間くらいかかることを考えれば、接触者を検出するアプリの開発が重要になりそうです。
手洗いや咳エチケットなどは是非レガシーとして残すべきかと思いますが、厳しい対人接触制限はしなくて良いだろう(すべきではない)、というのが私の意見です。2万人に1人の不顕性感染者との接触を防ぐために残りの19,999人との接触も制限するというのはあまりに非効率です。
難しい問題は海外との往来です。世界的に見ると、まだまだ感染は収まっていませんので、海外から今までの勢いでヒトが入ってくるとオーバーシュートの可能性がまだ高いでしょう。海外との行き来をどのように緩めていくかについては私もいい考えがありません。世界的に流行が収まるのを待つしかないのでしょうか。。(;´д`)
以上、間近に迫った緊急事態宣言解除に向けての感想です。 

パンデミック時の手術のトリアージ

2020-05-23 13:43:06 | 新型コロナウイルス(治療)
COVID-19が猛威をふるったNew Yorkにおいて医療機関は甚大な影響を受けました。PPEや人工呼吸器、ICU病床などが圧倒的に不足する中で、Columbia University Irving Medical Centerでは手術を90%削減し、手術室をICUとして運用することによってICU病床を2倍に増加させました。手術についてはトリアージが行われましたが、その際の基準として、
①患者に危害を与えずに手術をどれだけ遅らせることができるかで:24時間以内(緊急)、1~2日以内(緊急)、3~7日以内(準緊急)に分類
②人員(外科医、麻酔科医、看護師)、技術(人工呼吸器、透析装置)、消耗品(PPE、血液製剤)、術後リソース(ICUベッド)について、リソース強度分類(resource-intensity classification, RIC)を用いて予想される消費量を低、中、または高に分類し、全体的なリソースの消費量をクラスI(最も単純なもの)からクラスIV-B(最もリソースを必要とするもの)に分類しました。例えば同じ癌の手術でも多くのリソースが必要なものは後回しにされたそうです。
パンデミックがピークだった時期には、病院の審査委員会が設置され、緊急と分類された患者は直接手術室に運ばれましたが、準緊急症例(例えば、内固定を必要とする骨折や、神経学的症状の悪化を伴うヘルニア)は委員会によって評価され、臨床的緊急性とRICを考慮して(つまり緊急度ーRICマトリックスのどこに位置するかを考慮して)手術を受ける患者が承認されました。
状況は改善しているようですが、未だに手術室は完全に元通りにはなっておらず、長大になった手術待ち患者リストにどのように対応していくかは、今後の大きな課題になっています。今回トリアージに用いた「緊急度ーRICマトリックス」は、今後平時における手術優先度の決定にも役立つかもしれないとしています。 
Argenziano et al., Surgery Scheduling in a Crisis, NEJM DOI: 10.1056/NEJMc2017424 

COVID-19肺における血管新生亢進

2020-05-22 17:02:13 | 新型コロナウイルス(疫学他)
留学時代からの友人でHamburg大学Osteology and Biomechanicsのチーフを務めているMichael Amlingは、ことあるごとに「ドイツの病理解剖システムはすごいんだぞ!」と自慢するのですが(とにかく剖検率が高いそうです)、このような論文を読むと本当にそうだなと感動してしまいます。
ドイツから発表されたこの研究において、著者らはCOVID-19で亡くなった方7名の肺の病理像を調べているのですが、比較対象が実に2009年のインフルエンザH1N1 pandemic時に亡くなった患者さんの肺(および正常肺)です。年齢や性別、重症度などを合わせた標本で様々な解析を行っています。インフルエンザ肺とCOVID-19肺においてびまん性の肺胞障害、肺胞内のフィブリン蓄積などは共通して認められました。またACE2陽性の肺胞上皮細胞や血管内皮細胞は、正常肺に比べると両者で著明に増加していました。血管周囲にCD3+ T細胞は共通して見られましたが、CD4+ T細胞はCOVID-19肺の方が多く、CD8+ T細胞や好中球はインフルエンザ肺の方が多いことも分かりました。肺の遺伝子発現を調べると、COVID-19肺の方が高い炎症関連分子が79見つかりました(インフルエンザ肺特異的遺伝子は2つのみ、共通するものが7)。COVID-19で特異的に上昇している遺伝子としてはIL-6などがあります。
いずれにも血栓は認められましたが、肺胞毛細血管内のmicrothrombiはCOVID-19肺で9倍多く認められました。SERS-CoV-2が感染している血管内皮細胞は高度に破壊されており、ウイルスは細胞外にも見られました。また電子顕微鏡の所見として特徴的だったのは、COVID-19肺には特に重積性(嵌入性)血管新生(intussusceptive angiogenesis)の増加が著明で、発芽性血管新生(sprouting angiogenesis)も有意に高い頻度で見られたことです。これに合致するようにCOVID-19肺では血管新生に関連するCOVID-19肺特異的遺伝子が69見られました(インフルエンザ肺特異的遺伝子は26、共通するものが45)。COVID-19特異的に上昇している遺伝子としてはFGF2, PDGFAなどが見られています。
中でも重積性血管新生の亢進は予想外の所見で、著者らは血管内皮へのリンパ球接着endothelialitisおよび血栓の存在が関与しているのではないかと考察しています。
症例数が少ないなどのlimitationはありますが、このような研究がキチンとできるのは長年の病理データの蓄積があるからで、本当に素晴らしいことだと思います。 
http://www.isobe-clinic.com/covid-19/COVID-19_20200527.html も参照のこと。
Ackermann M et al., N Engl J Med 2020; 383:120-128. DOI: 10.1056/NEJMoa2015432

スーパースプレッダーの存在

2020-05-22 09:55:10 | 新型コロナウイルス(疫学他)
チフスのメアリー(Typhoid Mary)の名で知られるMary Mallon(1869年9月23日 - 1938年11月11日)は、New Yorkの様々な場所でチフスのアウトブレークの元凶になったということで最後は強制的に隔離されてNew Yorkの離島North Brother Islandの隔離病院で亡くなったのですが、「健康保菌者」そして「スーパースプレッダー」の存在を世に知らしめるきっかけになったことで有名です。彼女自身は全く無症状だったのですが、チフス菌の排菌を続けて周囲に感染を広げたといわれています(死後解剖で胆嚢に腸チフス菌の感染巣があったことが確認されています)。今回の新型コロナウイルス感染症についても、流行当初から一部の患者がスーパースプレッダーとなってクラスターの形成に関与したのではないか、と想像されています。もしそのような存在が確認されれば、その人たちへの優先的なワクチン投与などの対応で感染拡大を抑止できるかもしれないということで注目されています。そのような意味で、このScienceのコラムでは日本のクラスター対策、そして三密を避けるという対応は絨毯爆撃的な欧米のロックダウンよりもすぐれていたかも、と珍しくほめています(⌒∇⌒)
またコラムの中ではすっかり有名になったreproduction number (R)ではなく、どのくらいクラスターが感染の広がりに寄与しているかを表すdispersion factor (k)を考慮することが重要であるとしています。k factorが小さいほどクラスターが感染拡大に寄与する割合が高いということになり、SARSのk factorは0.16、MERSは0.25、そして1918年のインフルエンザは1.0程度(クラスターは拡散に寄与していない)とされており、London School of Hygiene & Tropical MedicineのAdam Kucharski らはSARS-CoV-2のk factorは0.1程度で、10%の患者が残り80%に感染を広げたのではないかと算定しています。これが正しいかどうかわかりませんが、拡散しやすい感染者がいるのであれば今後の対策のためにその同定は重要でしょう。
しかしスーパースプレッダーの調査が犯人捜しのような状況になると(そうなることが容易に想像できますが)、プライバシーの侵害や差別につながるので十分な注意が必要です。Mary Mallonが結局大変不幸な人生を歩んだということは、感染対策とプライバシー保護とのバランスをとることの難しさも物語っています。百年前の悲劇を繰り返さないためにも科学的で冷静な対応が必要だと思います。