とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

血清中ビタミンD濃度の骨折に対する影響は季節で異なる

2021-06-29 13:21:47 | 骨代謝・骨粗鬆症
「ビタミンDが骨の健康に重要」というのはビタミンDが欠乏するとクル病・骨軟化症になることを考えれば当然のように思えます。しかしある程度充足している場合にビタミンD投与が骨粗鬆症や骨折発生に予防的に作用するか?というと、これはそれほど自明なことではありません。「ビタミンDを投与したけど骨密度変わりませんでした」とか「骨折減りませんでした」という論文は山ほどあります。この理由の一つとして、血清ビタミンD濃度が季節(日照時間)や体脂肪の影響を強く受けることが挙げられます。特にスウェーデンなどの北欧の国では冬季には日照時間がきわめて短いため、季節による影響は大きいと考えられます。
この研究はSwedish Mammography Cohortの5000名のデータを用いてビタミンDの充足状態を反映する血清25-ヒドロキシビタミンD(S-25OHD)と骨折との関係を調べたものです。平均9.2年間のフォローアップの間に、1080人の女性が骨折しました。季節と体脂肪量によって層別化された比例ハザード回帰を使用して検討したところ、sunny season(5月から10月)のS-25OHD が<30 nmol/Lの女性は、S-25OHD>60 nmol/Lの女性と比較して、hazard ratio (HR)が2.06 (95%CI 1.27–3.35)、30〜40 nmol / Lの女性と比較すると、HR1.59 (95%CI 1.12〜2.26)でした。一方興味深いことにdark season (11月から4月)に採取された血清中のS-25OHD濃度は骨折リスクとは無関係でした。またsunny seasonの低S-25OHDによる骨折リスクの増加は、BMIが25以上の女性にのみ見られました。血清中S-1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール濃度は高脂肪量および低S-25OHDと独立した関連を有し、sunny seasonに収集されたサンプルで骨折リスクを予測していました。また季節に関係なく、血漿中PTH濃度は骨折リスクとは無関係でした。これらの結果は、季節がビタミンDの状態と骨折リスクとの関係に影響を及ぼし、多くの骨折試験でビタミンD補給による効果の欠如の理由を説明できる可能性があるとしています。
Karl Michaëlsson et al., Serum 25-hydroxyvitamin D is associated with fracture risk only during periods of seasonally high levels in women with a high BMI. J Bone Miner Res. 2021 Jun 25. doi: 10.1002/jbmr.4400.
https://asbmr.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jbmr.4400?af=R

寄生細菌を用いたデング熱の制圧

2021-06-13 06:07:21 | その他
Wolbachia pipientisは蚊に感染する細菌ですが、この細菌に感染した蚊はデング熱ウイルスへの感染抵抗性であることが明らかになっています。Utariniらはデング熱ウイルスを媒介するネッタイシマカに感染し、蚊の寿命には影響しないWolbachia株を樹立しました。この細菌を感染させたネッタイシマカをデング熱流行地域に放出することによって、デング熱ウイルスを保持するネッタイシマカが減少し、対照群と比べてデング熱の発生が77%抑制されました。一方で殺虫剤を使用した場合にはこのような感染減少はみられませんでした。これは20年以上という長い年月にわたる根気強い研究が結実したもので、殺虫剤のように環境汚染を生じることなく感染を制御する画期的な研究成果です。
N Engl J Med 2021; 384:2177-2186. DOI: 10.1056/NEJMoa2030243

老化細胞除去によってCOVID-19の重症化が抑制される可能性

2021-06-10 11:48:41 | 新型コロナウイルス(治療)
細胞老化 (cellular senescence)とはDNA損傷、がん遺伝子の活性化、ストレスなどで誘導される持続的な細胞増殖の停止を表す現象として、Leonard Hayflick博士によって提唱された概念です(ちなみにHayflick博士は様々なワクチン産生に使用された正常ヒト細胞株WI-38細胞を樹立した人でもあります)。細胞老化は必ずしも生体の老化と一致するわけではありませんが、老化細胞(senescent cells, SnC)は細胞老化関連分泌形質(senescence-associated secretory phenotype, SASP)を産生することで炎症慢性疾患、年齢に関連した機能不全などに関与する可能性が示唆されており、最近では東京大学医科学研究所の中西真教授らがGLS1阻害薬が選択的に老化細胞を除去することで加齢現象や生活習慣病を改善させることを報告して注目されました (Johmura et al., Science. 2021 Jan 15; 371(6526): 265-270)。さてSARS-CoV-2感染によって一部の患者にサイトカインストームと呼ばれる激烈な炎症が生じることが知られていますが、このような重症化のリスクとして「高齢」が知られています。著者らは高齢者が重症化するメカニズムとして細胞老化に注目しました。
 まず著者らはSnCにおいては非SnCと比較して、病原体関連分子パターン (pathogen-associated molecular pattern, PAMP)によって惹起される炎症反応が増強されていることを明らかにしました。次にSARS-CoV-2の受容体ACE2に結合することでウイルス感染に重要な役割を果たすSpike 1糖タンパク (S1)によるSASP因子産生がSnCにおいては増強されることを示しました。つまりS1がPAMPとして作用することでSnCでは過剰炎症が生じる可能性があるということです。またSnCは非SnC細胞におけるACE2やTMPRSS2 (やはり感染に重要なプロテアーゼ)の発現を上昇させることでウイルス感染を促進すること、S1で処理したSnCから産生されるSASP因子として、特にIL-1αが重要な役割を果たしていることが示唆されました。
 最後にウイルス感染における老化の影響、SnC除去の効果を検討しています。SARS-CoV-1 & 2と同じファミリーに属するβ-コロナウイルスであるマウス肝炎ウイルス (MHV)感染によって高齢マウスでは高い死亡率を示します。SnCのアポトーシスを誘導する (senolysis)ことが知られているフラボノイドFisetinで前治療することによって高齢マウスの死亡率は低下し、抗ウイルス抗体産生も改善しました。遺伝子改変してAP20187によってSnCを除去可能としたINK-ATTACマウスを用いて、高齢のINK-ATTACマウスからSnCを除去した場合にも、同様の効果が見られました。またsenolyticsカクテルとして知られているDasatinib+Quercetin (D+Q)の効果を検討し、ウイルス感染後にD+Qを投与することによってMHV感染による死亡を50%抑制できることを明らかにしました。
 少しできすぎた話のような気もしますが、老化がウイルス感染にどのような影響を与えるかを考える上で大変示唆に富む研究結果かと思います。
Camell et al., Senolytics reduce coronavirus-related mortality in old mice. Science  08 Jun 2021: eabe4832. DOI: 10.1126/science.abe4832