とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

変異型ウイルスによる最後の審判

2021-08-09 18:30:14 | 新型コロナウイルス(疫学他)
最新号のNewsweek誌(最近dマガジンで読めるようになりました)に、"The Doomsday Variant(変異型ウイルスによる最後の審判)"というタイトルで、変異型コロナウイルスについての記事が載っています。現在日本でもデルタ変異型ウイルスが猛威を振るう中で、どうしてパンデミック当初は科学者の中でも変異型ウイルス登場の可能性が軽視されていたか?について、「コロナウイルス自体は遺伝子変異頻度が低いため、理論的には変異型ウイルス登場の可能性は低いものの、あまりに大規模な感染拡大のために変異型ウイルスが出現するチャンスが増えてしまったのだろう」と述べられています。またインドでは4つの変異株が登場したが、結果として「免疫回避能が最も低い」デルタ株が爆発的に増加することになった、など、大変興味深い内容が述べられています。最後のQ&Aでは「Q: 既感染者にも2回のワクチン接種が必要か?A: Yes デルタ株は既感染者にも感染し、その予防のためには2回のワクチン接種が有効」など、参考になる情報も述べられています。 


COVID-19患者における自己抗体

2021-05-26 16:55:38 | 新型コロナウイルス(疫学他)
まだまだ多くの犠牲者が出ている中で不謹慎とは思いつつも、COVID-19パンデミックの中で様々なtechnologyの開発が進んでいることには感動していまいます。COVID-19患者、特に重症患者では様々な自己抗体が出現することが知られています。例えば抗リン脂質抗体症候群で見られる抗カルジオリピン抗体が出現することが報告されており、COVID-19患者における凝固異常との関係性が指摘されています。この論文で著者らはRapid Extracellular Antigen Profiline (REAP)というバーコードをつけた2770のヒト細胞外タンパを酵母の表面に発現させ、抗原-抗体反応をシーケンスデータとして定量する方法を開発し、COVID-19患者に出現する自己抗体を網羅的に解析しました。その結果、健常者と比較してCOVID-19患者では高いREAP score(自己反応性)を示すこと、特に重症患者では高値を示すことが分かりました。COVID-19患者のREAP scoreはSLE患者より高値でしたが、自己免疫性多内分泌腺症候群 1型 (APS-1, APECED)患者よりは低値でした。
次に著者らは重症COVID-19患者で高いREAP scoreを示す自己抗体に注目しました。このような自己抗体としてはlymphocyte function/activation, leukocyte trafficking, type I, III interferon response, type II immunity, acute phase responseに関係するものが含まれました。以前重症化との関連が報告された抗IFN-I抗体は入院患者の5.2%に認められました。
In vitroの解析から、これらの自己抗体の多くは機能性であることが分かりました。例えばGM-CSFやCXCL1に対する自己抗体はこれらのシグナルを抑制することが示されました。また抗IFN-I抗体を有する患者では抗体を有さない患者よりも平均ウイルス量が高いことがわかりました。
自己抗体の機能をさらに検討するためにヒトACE2を発現するtransgenic mice (K18-hACE2)を用いた検討を行いました。このマウスに抗IFN-α/β受容体抗体を投与すると、易感染性となり、感染の重症化が見られました。抗体投与マウスでは単球の誘導や成熟、炎症性マクロファージ分化、活性型NK細胞、CD4+, CD8+, γδT細胞などが減少しており、感染初期のIFN-I活性化が感染防御に重要であることが明らかになりました。またIL-18, IL-1β, IL-21, GM-CSFに対する抗体の投与も感染を重症化させることが分かりました。
最後にtissue-associated autoantibodiesについて検討したところ、ある種の分子 (NXPH1, PCSK1, SLC2A10, DCD)に対する自己抗体がCOVID-19の重症化マーカーであるD-dimer, CRP, lactateと相関することが明らかになりました。また視床下部に高い発現が見られるorexin受容体HCRTR2に対する自己抗体が10人の患者で見られ、Glasgow Coma Scaleの異常低値との間に負の関係があることもわかりました。
今後COVID-19と自己抗体との関係について更に多くの知見が蓄積することで、予後予測なども可能になるのではないかと期待をいだかせる研究です。
Wang, E.Y., Mao, T., Klein, J. et al. Diverse Functional Autoantibodies in Patients with COVID-19. Nature (2021).

COVID-19における獲得免疫の関与

2021-02-21 11:26:12 | 新型コロナウイルス(疫学他)
La Jolla Institute for ImmunologyのAlessandro Sette博士とShane Crotty博士によるCOVID-19における獲得免疫adaptive immunityの役割についてのreviewです。SARS-CoV-2の特徴として、感染細胞におけるI型interferon (IFN)が関与する自然免疫反応遅延の重要性を示しています。このため自然免疫反応によってprimingされる獲得免疫の誘導が遅延し、ウイルスの複製や拡散が持続し、これを補うために自然免疫反応の暴走が起こって炎症性サイトカインやケモカインの産生過剰が生じ、組織障害を引き起こすことがCOVID-19重症化の本質であるとしています。この仮説はCD4+T細胞の誘導不良が重症化と相関することや、抗体製剤で自然感染の100倍もの中和抗体を投与しても、CD4+T細胞の誘導が生じないためその効果が限定的であることなどのデータとも合致し、説得力があります。また高齢者ではnaive T細胞の存在量が大幅に減少することが重症化の原因となる、男性ではI型IFNの自己抗体を有する症例が多く自然免疫活性化遅延が生じやすい可能性があることなども述べられており、大変勉強になりました。
Sette A, Crotty S. Adaptive immunity to SARS-CoV-2 and COVID-19.
Cell. 2021 Feb 18;184(4):861-880. doi: 10.1016/j.cell.2021.01.007. Epub 2021 Jan 12.

COVID-19肺炎におけるimmune cell circuits

2021-02-16 23:02:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
医療従事者で「COVID-19はただの風邪」と考えるヒトはあまりいないとは思いますが、それではCOVID-19の病態の特殊性はどのようなところにあるのか?という点についてはまだまだ分かっていないことが沢山あります。新型コロナウイルス感染症の最も重要な病態は肺炎です。この論文で著者らはICUに入院している88人の重症COVID-19肺炎患者から経時的に肺胞洗浄(bronchoalveolar lavage, BAL)サンプルを採取し、COVID-19以外のICU入院重症肺炎患者211名のBALサンプルとの違いを検討しました。
まずCOVID-19患者では、健常人や他の肺炎患者ではほとんど見られないT細胞や単球の割合が多いことが明らかになりました。また肺胞マクロファージ中にSARS-CoV-2のRNAのpositive & negative strandsが認められました。このことはSARS-CoV-2ウイルスが肺胞マクロファージの細胞内で複製されていることを示しています。このようなマクロファージではCCL4やCXCL10などのケモカインの発現が亢進しており、これによってT細胞や単球を局所に誘導すると考えられます。Single cell RNA-sequencingの結果、COVID-19患者肺中のT細胞ではinterferon(IFN)-γの発現が亢進しており、これによって単球・マクロファージの活性化および炎症物質の産生を促進するとともに、単球からマクロファージへの分化を促進すると考えられます。すなわちウイルスの肺胞マクロファージへの感染および細胞内での複製⇑→ケモカイン産生⇑→T細胞、単球の局所への誘導⇑→T細胞によるIFN-γ産生⇑→単球・マクロファージ活性化⇑、炎症増悪→マクロファージの誘導⇑という"immune cell circuits"が回ることで、ウイルスが消失した後も炎症が遷延化すると考えられます。この仮説はあくまでも遺伝子発現から推測されたものですが、COVID-19における炎症遷延を説明するものとして興味深いです。
Grant et al., Nature. 2021 Jan 11. doi: 10.1038/s41586-020-03148-w.

COVID-19における抗リン脂質抗体の重要性

2021-02-06 19:12:30 | 新型コロナウイルス(疫学他)
重症なCOVID-19患者では血栓形成が促進しており、重症化と関連していることが知られています。またこのような患者で抗リン脂質抗体(aPL抗体, anti-phospholipid antibodies)が出現する頻度が高く、抗リン脂質抗体症候群と共通した病態が存在するのではないかとされていました。この論文で著者らは入院COVID-19患者において8種類の抗リン脂質抗体(aPL抗体, anti-phospholipid antibodies)の存在を検討し、52%の患者で少なくとも1つのaPL抗体が存在することを明らかにしました。aPL抗体の中ではaPS/PT IgGが24%と最も多く、aCL IgM 23%, aPS/PT IgM 18%の順でした。高いaPL抗体を有する患者では好中球の過活性化が生じており、感染制御や血栓形成に重要とされているneutrophil extracellular traps(NETs)形成が促進していました。また臨床的には血小板増加、重症肺炎、低eGFRと相関していました。高いaPL抗体を有する患者から得られたIgGはin vitroで好中球を活性化し、NETs形成を促進しました。またIgGをマウスに投与すると血栓形成を促進しました。これらの結果はCOVID-19患者では何らかの機序でaPL抗体産生が亢進しており、これが血栓産生および重症化と関連している可能性を示唆しています。
Zuo et al., Sci Transl Med. 2020 Nov 18;12(570):eabd3876. doi: 10.1126/scitranslmed.abd3876. Epub 2020 Nov 2.
Prothrombotic autoantibodies in serum from patients hospitalized with COVID-19.