とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

硬度と耐久性に優れた人工エナメル質の作成

2022-05-08 12:53:17 | 骨代謝・骨粗鬆症
歯のエナメル質は最も高い硬度および優れた耐久性を示す物質であり、我々が一生モノが食べられるのはそのおかげです。しかしエナメル質を作る細胞は、歯が萌出するとすぐに死んでしまうため、ヒトの体内ではエナメル質を再生することができません。これまで人工的なエナメル質をの作成が試みられてきましたが、生体のエナメル質に匹敵するようなマテリアルの作成には成功しませんでした。本論文ではハイドロキシアパタイトの結晶ワイヤーを極端な温度を使って規則正しく配列させ、これを可鍛性金属ベースでコーティングすることで強度が生体のエナメル質を超える人工エナメル質の作成に成功しました。臨床応用はまだ先かもしれませんが、歯科領域以外にも地震の被害に耐えられる建材の作成などにも応用可能ではないかとしています。
Zhao H et al., Multiscale engineered artificial tooth enamel. Science . 2022 Feb 4;375(6580):551-556.


肉食恐竜であるスピノサウルスは水生だった

2022-05-08 10:24:14 | 骨代謝・骨粗鬆症
恐竜のように現存しない生物が、どのような生活様式を持っていたかについては詳細な研究が行われていますが、骨形態のみから水生であったかどうかを確定することは困難です。この論文は骨密度の計測やマイクロCTによる解析によって恐竜のスピノサウルス科が水生生活をしていた可能性を示したものです。
Fabbri M et al., Subaqueous foraging among carnivorous dinosaurs. 
Nature. 2022 Mar;603(7903):852-857. 

 

高齢マウスの骨格幹細胞の骨形成低下はCSF-1高発現に起因する

2021-08-16 18:08:43 | 骨代謝・骨粗鬆症
2015年に骨格幹細胞Skeletal Stem Cells (SSCs)の同定をCELL誌(Cell. 2015 Jan 15;160(1-2):285-98)に発表したStanford大学のCharles Chan, Michael T Longakerらの報告です。彼らは以前に骨芽細胞、軟骨細胞、間質細胞には分化するが、脂肪細胞には分化しない多能性細胞であるSSCsを同定しました。この細胞を免疫不全マウス(NSGマウス)に移植すると骨組織が誘導されます。このとき高齢マウス(12カ月齢)から得たSSCsを移植すると、若年マウス(2カ月齢)SSCsを移植したときよりもできる骨組織が小さくなりました。これは高齢マウスでは骨折治癒過程における仮骨形成が減弱していることと一致します。興味深いことに併体結合によって若年マウスと高齢マウスの血流を共有してもSSCs由来の骨組織の大きさは代わらず、血流中のSSCsによる影響よりも局所的な違いであることが分かりました。また高齢マウスSSCs由来のストローマ細胞と造血幹細胞を共存培養した場合には若年マウスSSCs由来ストローマ細胞よりもミエロイド系の細胞の分化に偏っていることも明らかになりました。
著者らはこのようなSSCsの挙動の違いが、高齢SSCsにおけるCSF-1(M-CSF)の高発現に起因する可能性を示しました。高CSF-1によってミエロイド系の細胞が増加し、炎症性サイトカインやケモカインの発現が促進されます。また高CSF-1は破骨細胞分化を促進することで骨吸収が亢進し、骨折治癒が低下すると考えられました。最後に高齢マウスにおいてBMP-2によってSSCsを増加させるとともにCSF-1アンタゴニストを投与することで、若年マウスと同程度の骨折治癒がみられることも明らかになりました(完全にCSF-1をブロックしてしまうと、op/opマウス同様大理石骨病を呈してしまい、かえって骨強度は低下してしまいますので、部分的抑制が必要)。これらの結果から、高齢SSCsにおけるCSF-1の発現亢進が高齢マウスにおける骨形成低下、骨吸収促進に関与すると結論しています。
Ambrosi, T.H., Marecic, O., McArdle, A. et al. Aged skeletal stem cells generate an inflammatory degenerative niche. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03795-7
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03795-7

血清中ビタミンD濃度の骨折に対する影響は季節で異なる

2021-06-29 13:21:47 | 骨代謝・骨粗鬆症
「ビタミンDが骨の健康に重要」というのはビタミンDが欠乏するとクル病・骨軟化症になることを考えれば当然のように思えます。しかしある程度充足している場合にビタミンD投与が骨粗鬆症や骨折発生に予防的に作用するか?というと、これはそれほど自明なことではありません。「ビタミンDを投与したけど骨密度変わりませんでした」とか「骨折減りませんでした」という論文は山ほどあります。この理由の一つとして、血清ビタミンD濃度が季節(日照時間)や体脂肪の影響を強く受けることが挙げられます。特にスウェーデンなどの北欧の国では冬季には日照時間がきわめて短いため、季節による影響は大きいと考えられます。
この研究はSwedish Mammography Cohortの5000名のデータを用いてビタミンDの充足状態を反映する血清25-ヒドロキシビタミンD(S-25OHD)と骨折との関係を調べたものです。平均9.2年間のフォローアップの間に、1080人の女性が骨折しました。季節と体脂肪量によって層別化された比例ハザード回帰を使用して検討したところ、sunny season(5月から10月)のS-25OHD が<30 nmol/Lの女性は、S-25OHD>60 nmol/Lの女性と比較して、hazard ratio (HR)が2.06 (95%CI 1.27–3.35)、30〜40 nmol / Lの女性と比較すると、HR1.59 (95%CI 1.12〜2.26)でした。一方興味深いことにdark season (11月から4月)に採取された血清中のS-25OHD濃度は骨折リスクとは無関係でした。またsunny seasonの低S-25OHDによる骨折リスクの増加は、BMIが25以上の女性にのみ見られました。血清中S-1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール濃度は高脂肪量および低S-25OHDと独立した関連を有し、sunny seasonに収集されたサンプルで骨折リスクを予測していました。また季節に関係なく、血漿中PTH濃度は骨折リスクとは無関係でした。これらの結果は、季節がビタミンDの状態と骨折リスクとの関係に影響を及ぼし、多くの骨折試験でビタミンD補給による効果の欠如の理由を説明できる可能性があるとしています。
Karl Michaëlsson et al., Serum 25-hydroxyvitamin D is associated with fracture risk only during periods of seasonally high levels in women with a high BMI. J Bone Miner Res. 2021 Jun 25. doi: 10.1002/jbmr.4400.
https://asbmr.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jbmr.4400?af=R

破骨細胞の分裂(fission)によるosteomorphs形成

2021-02-28 11:48:52 | 骨代謝・骨粗鬆症
数年前のANZBMS(The Australian and New Zealand Bone and Mineral Society)で破骨細胞のfissionの演題発表を聴いたときに、大変美しい動画と詳細な解析に驚いた記憶があります。中々論文にならないなーと思っていたのですが、満を持してCELL誌に論文が発表されました。著者を見ると、オーストラリアの骨代謝関係者が多数名前を連ねており、オーストラリアの破骨細胞オタク (osteoclasters)が総力をあげて取り組んだ研究であることがわかります。
ご存知のように破骨細胞は単球・マクロファージ系の前駆細胞に由来する骨吸収細胞です。その分化にはRANKL (およびM-CSF)の存在が必須で、RANKLは破骨細胞分化のみならず、活性化にも関与していることが明らかになっています。著者らは生体内における多核破骨細胞の動態を明らかにするために、大変凝ったイメージング手法を用いています。破骨細胞のin vivo imagingには、大阪大学の石井優先生らが用いられているようなTRAPやV-ATPase、あるいはcathepsin Kをマーカーとして用いるラベル法がしばしば用いられていますが、これらの分子は必ずしも破骨細胞に特異的ではありません。そこで著者らは放射線照射をしたマウスに①LysmCre/+.TdtomatoLSL/LSLマウスおよび②Blimp-1Egfp/+.Rag-1−/−マウスあるいはCsf1rEgfp/+マウスから採取した骨髄を1:4あるいは1:1でミックスした細胞を移植したマウスを使用しました。さらにこのマウスにAF647-Zolを投与することで骨吸収を行った破骨細胞をラベルしています。破骨細胞オタク以外にはなんのこっちゃだと思いますが、これによってRed, Green, Yellowでtriple labelされた細胞は、ドナー側の2種類のマウス骨髄細胞が融合し、さらに骨吸収を行った破骨細胞であることが確実となるわけです。
このマウスの骨組織を2光子顕微鏡で観察したところ、生体内の破骨細胞は骨内膜上で突起を伸ばした樹状の形態をしており、広範囲なネットワークを形成していました。マウスをRANKLで刺激したところ、細胞融合fusionが促進すると同時に、細胞の一部がちぎれて分裂fissionするような像が認められました。Fissionによって形成されたdaughter cellはアポトーシスによって生じる細胞のfragmentとは異なり、マクロファージによって貪食されることはなく、それ同志がfusionしたり、あるいは破骨細胞とfusionしたりすることも明らかになりました。つまり前駆細胞→fusionによる多核細胞形成→fissionによるdaughter cell形成→fusionという”recycling”を行うことが明らかになりました。
Fissionという現象は定常状態ではほとんど認められず、RANKLによる刺激、あるいはOPG:Fcによる骨吸収抑制状態からの離脱(OPG withdrawal)によって促進されました。著者らはfissionによって形成されたdaughter cellを破骨細胞自体と区別するために”osteomorphs”と命名しています。OsteomorphsはOPG:Fcによる抑制状態においてはosteomorphが骨髄および末梢血中に蓄積し、OPG:Fc投与を中止するとこれらが破骨細胞へと融合することがわかりました。これはデノスマブを中止した時の骨吸収の亢進overshootingが生じる原因と考えられました。
Osteomorphsの遺伝子発現を検討したところ、破骨細胞前駆細胞よりも成熟破骨細胞に近い遺伝子発現profileを示しますが、一部遺伝子発現が異なっていることも明らかになりました。いくつかのosteomorphs特異的遺伝子(例として挙げられているのはDdx56, Myo7a, Wdr89)遺伝子改変マウスでは骨組織の異常が認められました。またosteomorphsに発現する遺伝子のヒトorthologsには骨系統疾患に関連するものも見られました。
骨吸収抑制薬のdiscontinuationを考慮する上でも、破骨細胞のfusion-fissionによるrecyclingは重要な現象であると思います。ついでに言えばosteomorphsは以前溝口俊英先生、高橋直之先生が報告されたquiescent osteoclast precursors(QOPs)に近い細胞なのかもと思いました。
ということで終わりまで読んでくださった方は、めでたく「超絶破骨細胞オタク」に認定させていただきます。
Osteoclasts recycle via osteomorphs during RANKL-stimulated bone resorption
McDonald et al., 2021, Cell 184, 1–18