先日、こんな相談を受けました。(30代・女性の方から)
「会社にムカつく人がいて、どうにもならない。声を聞いているだけでダメだ。もう、自分か向こうか、どちらか辞めるしかない。」
そういう意味のことでした。
私がその職場にいるのならまた話は違うかもしれませんが、基本的には人間関係というもの、当事者同士の感情的な問題が大きく、そこに他者が首を突っ込んでもどうにもならないものかもしれません。
また、失礼ながら、女性にはこうした傾向が多いようにも感じます。
具体的にどうしたらいいかというのは、本当に難しいと思います。
「こう考えればいいですよ」と言ったところで、「はい、わかりました」とはならないでしょう。
せいぜいが、「グチ」として聞いてあげることくらいしかできないかもしれません。
私も、基本的にはとても感情的な人間です。
特に20代前半頃には、この人のように、周囲の気に入らない人たちにカッカきていました。
しかし今では、確かに一瞬「カッ」とはなりますが、あまり後にひくことはなくなったように思います。
なぜそうなったのかと、自分なりに分析してみると…、
「その相手を見下している(表現は悪いですが)」
「他にいろいろ気を巡らすことがあって、そんなことに構っていられない」
ということになるようです。
まず、「相手を見下す、低く見る」ということ…。
ある人にムカつくというきっかけは、その相手の言動にあるのだと思います。
そして、そうしたムカつく人の言動というものから、私自身、何だかその人の心理状態が解るような気がするのです。
例えば、「自分はこんなに凄いんだ」とか、「仕事ができるんだ」とか、「アイツが、これがイヤなんだ」とか…。
そうすると、何だか自分のほうが優位に立っているというか…、表現は悪いですが「相手のレベルの低さ」を感じてしまうように思えるのです。
相手の感情や考え方は、全て私の「器の大きさの中に含まれている」というか…。
ちょうど、幼い子が自己主張しているかのように…。
仮に、5歳児が、
「わたし、ひらがなぜんぶよめるよ」とか、
「ぼく、にんじんきらい」とか言ったとしても、
「あたしなんか、漢字も書けるし、英語だってちょっとは…」とか、
「おじさんなんか、ニンジン食べられるもんね」とか、
反論したりする気にならないのと同じような感覚でしょうか。
私の場合で言うと、逆に「相手より自分のほうが下」、或いは「相手の器のほうが大きい」と感じてしまうことのほうがストレスになります。
例えば、ライブドアの堀江社長がフジテレビを買収しようとした件。
私にはあんな発想はできないし、また、もし「こうやるんだよ」と教えてもらったとしてもできないでしょう。
こんな時、自分の能力の無さ、知識の無さ、力の無さに、少し落ち込みます。
或いは、明らかに相手のほうが「格上」と感じてしまう時など…。
(その後、「俺も負けない」「いまにみてろよ」、または「そっちじゃ勝てないが、こっちで勝つ」などと思うようにはなりますが)
そしてもう一つは、「そんなことに構っていられない」ということ…。
例えば、自分のことで言うと、
「70才過ぎた時、高倉健みたいになっていたい」
「家族が一緒の時に、凶器を持った通り魔に襲われても大丈夫なようにしておきたい」
「子供をどう育てていったらいいか」
「老後の生活資金について」
「桐鳳柳雨の名前、ちょっとは有名にならないかな」
…とか。
くだらないことも含めて、いろいろな理想や願望、希望があります。
そういった自分の興味に気が向いているため、そんな相手のことにいちいち気をまわしていられない、という感じでしょうか。
そんな人に、自分の人生や生活を邪魔されたくありませんし…。
そんな人のために、自分の生活設計や計画を変更されたくありませんし…。
…相談してきた人には、そんなことも話してみました。
参考になったかどうかは解りませんが…。
ブログランキングです。
こちらをクリックすると、当ブログのランキングアップに反映されます。
一日一回有効。
また、現在何位なのか、ランキングもわかります。
この記事を書いている今現在、17位です。
もしも、これよりランクアップしていましたら、
それは、こちらをクリックしていただいた「あなた」のおかげです。
因みに、ランキング右側のポイント数、「アクセス数×10」となっています。
(つまり、ポイント「250」なら、25人がクリックしたということ)
今のカテゴリーで言いますと、100人くらいの方がここをクリックしていただくと、当ブログが1位になるということです。
当ブログへの日々のアクセス数は、100人を上回っておりますので…。
ご覧になってる方全員がクリックしていただいたら、「楽々1位!」なのですが…。
「もくじ」へ
最後までお目通しいただき、ありがとうございます。
あなたに、良いことがいっぱいありますよう…
「ご意見」「ご要望」「ご感想」「各種お問い合わせ」等、よろしければこちらのメールアドレスからもどうぞ。
⇒ rew-toho@goo.jp
(メールソフトの自動起動ができないようですので、お手数ですが「コピペ」にてお願いします)
例えば、同じ内容のことでも、「普通に親しい」というくらいの間柄の人に対してはわりと冷静に対処できても、「本当にわかってもらいたい」という人に対しては、かなりのエネルギーを費やしてしまうように思います。
そのあたりの「割り振り」も「成長」…、というところなのでしょうか。
やっぱり思春期からハタチ前後の頃は、身の周りのありとあらゆる事にみんな反応してしまって・・・、それで疲れ果ててしまいました。
だから、歳を重ねるごとに、その中で自分にとって本当に大切にしたい事は何か、を、ある程度自分なりに絞ってきたのかもしれません。
本文の最後で、リュウさんが書かれた事と同じような事かもしれませんね。自分の興味や大切な事以外の事は、さらりとかわせるようになった、ということなのでしょう。
それでもやはり、その分、「大切な事」に絡むような事なら、そこには確実に反応してしまいますし、他に使わない分のエネルギーも費やしてしまうので・・・。
「逃げ方を覚える」というのも、「受け入れる」というのも、どちらも同じように当てはまるような気がしますね。
リュウさんのおっしゃる通り、それも「成長」した、ということなのかもしれません。
「Metal NEKO」さんの受けたイメージは、また違うかもしれませんが…。
また、「逃げ方を覚える」というのも、「成長」「学習」とも言えるかと思います。
理由はどうあれ、自分も相手も嫌な思いをしない境地に達しているのであれば、いいんじゃないかと思います。
どちらかというと、逃げ方を覚えただけかもしれないです。
私もそれほど「器」は大きくありませんので…。
「自分の中の嫌な面を相手に見る…」、全くその通りだと思います。
ただ、これは当事者が自分で気付いてもらうしかなく、相談してきた人にはうまく伝えにくいですね。
当事者にうまく気付いてもらう言い方があるといいです。
私も、「ムカついて」しまう時は、やっぱり自分と比べてしまっているんでしょうね~。
リュウさんの5歳児の例えには、ちょっと笑ってしまいながらもなるほどなぁと思ってしまいました。確かにそんな感じもあるかもしれませんね。
以前、父親や身内への反抗期について書かれていましたが、案外似たようなところがあるのかも、とも思いました。
気に入らない相手の言動も行動も、性格も、実は同じようなものを多かれ少なかれ自分も持っていることが多いと思います。
自分ではそうしたくない、人に見せたくない、直したいと思っているような、自分の中にある嫌な面。
自分では無意識のうちにでもその事に気づいているから、自分の嫌な面を、象徴的に相手の姿に見るように感じて、なおさらムカついたり、嫌ったり・・・。
だからこそ、akeさんのように、「私もこうだから」と思えたら、受け入れられるようになるのでしょうね。
とはいえ、現実では・・・自分自身、なかなか難しい事だと・・。まだまだ器が小さいなぁ、自分(笑)、と自分に苦笑してしまいます。
そうですね。
全く関心がない人なら「ムカつく」という気持ちは起こらないだろう、と、私も思います。
また、「お互いさま」だとも思います。
それを当事者が自分で気付いてくれればいいのですが…。
例えば、相談を受けた私が当事者にそう言っても、「人の気も知らないで」と、「ムカつかれて」しまうかもしれませんし…。
素直に「そうですね」と聞いてくれる、解ってくれるためには、それをどう伝えたらいいのか…。
難しいです…。
*「ake」さん
今回の件ではありませんが、「受け付けない」という表現、確かに女性からよく聞くことがあるように思います。
男はあまり、そう言いませんよね。
男でも理解できる感覚ではありますが、女性の場合、それが特に顕著なのかもしれません。
「ake」さんのように、「私もこうだから…」と思える人であれば、今回の当事者もそれほど深刻に悩まずに済むのだと思うのですが…。
生理的に受け付けないもは受け付けないもので、どうにもならないと…
私もそんな事あります
そんな時は「私もこうだからしょうがないか~」と思ってその場をしのいでます。
しょうがないですよね…
皆、物差しはそれぞれだから…