五十坂・登りきらずに下り坂

とうとう56才になりました。
ほとんど年寄りと女子供しか
回りにいません。
そんな日常を綴っています。

オリンピックの記憶

2016-08-11 17:27:39 | 
連日熱戦が繰り広げられているオリンピックですが、
時差の関係もあってタイムリーには見ていない私。

興味がないって言ったらそれまでですが、思い入れを強くしてみる精神力がなくなった
というのもある気がします。
思い入れが強ければ強いほど負けた時のダメージがすごい。
自分の生活には何の影響もないのですが、例えば石川選手が初戦敗退したと聞けば、
4年間これに向けて頑張ってきたのに彼女の心境を思えばいたたまれません。
彼女と悔しさを共有する(勝手にですが)精神的負担が重荷になってきて、
最初から軽く見ておけば、負けても自分のダメージが少ないかな、
なんて変な自分なりの理論。

そんな私ですが、一番昔の記憶はメキシコオリンピックかな。
さすがに東京オリンピックは記憶にありません。
今思えばよくメキシコなんてマイナーな国でオリンピックが開催されたもんだと思います。
今から48年前。私が9歳の時です。
当時我が家はカラーテレビではなく、白黒だったはず。

体操を見てそれに影響されたのか、公民館の隣の公園の鉄棒で逆上がりか何かの練習をしたのを何となく覚えています。

その後のミュンヘンは鮮明に記憶があります。
当時バレー部に入っていた私は、男子バレーのブロマイドを集めていました。
私が好きだったのは森田選手でした。

孫のらーちゃんはたぶんこのオリンピックを覚えているでしょう。
今日も体操の着地だけの真似っこをしたり、
風船バレーをりーちゃんと二人でやり、どっちが中国になるかで喧嘩し、
愛ちゃんの決めポーズを真似っこしたりしていました。

4年後の東京オリンピックに出場の夢は叶わず、観戦の夢にシフト変更。

子供達にもっと色んなスポーツの機会を与えてやればひょっとして才能が開花したかも?
と親なら誰しも思うことだと思いますが、
オリンピックに出るような人なら、何をやらせても抜きん出ていて、然るべき人がそれを見抜くんじゃないかと
思ったりします。

オリンピックとは言いませんが、今の時期役場とか目につくところに
【東北大会で出場おめでとう!】
と看板が掲げられています。

二人の孫にはせめてこれくらいの期待はしています。