○ あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて
○ 水底に硬貨のごとき星を擁き春のセーヌのむらさきの闇
○ 晩夏の埠頭に置かれたる母の麦藁帽子のなかのソネット
○ ブラウスの胸ひらきつつ道造の十四行詩がとても好きなんだつて
○ 目つむりてきみの水脈さぐるとき短篇小説のごとくさまよふ
○ 霞たつパウル・ツェランの胸処にて脚韻の詩を恋へり少女は
○ いもうとの涼しきこゑは修司祭のビラ配りゆく林檎園まで
○ 抱擁をしらざるいもうとの胸のくぼみに青きレモンを置かう
○ きみの胸のふくらみに目をそらすときプールサイドに碧きしみ見ゆ
○ みつめあへば抱きしめたいと思ふだらう季節はづれの海に来てゐる
○ 海の辺の電話ボックスにて君はうつくしかりし夕映えを言ふ
○ 強く君に打ち寄せる波になりたくてその唇を噛んでいたのに
○ 花降れば花かと思へうつそみの君がセーラー服を脱ぐ季
○ あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて
○ 「がんばるわ」なんていふなよ息をふきかけるときみはまはりはじめた
○ 背後より君を擁けば海原に葡萄の房のごとき雲見ゆ
○ 泣かないでこつちへおいでよコインロッカーにセーラー服を隠して
○ 水着着てマネキンのやうな君ですねまはりの空気ごと移動する
○ 君といふ魚住まはせていつまでも僕はゆるやかな川でありたい
○ オレンヂを積む船に手を振りながらさびしく海を信じてゐたり
○ 海越ゆるましろき蝶のはばたきに少年の日はきらめきやまず
○ 吉沢と肩を並べてコの字型の校舎の窓から眺めた夕陽
○ 二代目の仮面ライダーやつてきて「ライダーキック!」と叫びつつ蹴る
○ ひとりだけ横向く卒業写真あり自分を追ひつめることの清しさ
○ 定時制高校生が地下道の壁にスプレーで書いた「あをぞら」
○ 青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏
○ 白衣着て駆けあがりきし屋上に空飛ぶ鯨をわれは思ひき
○ どこからが頭なのか分からねどなでなでしたきこの大海鼠
○ 半透明レジ袋ゆゑうつすらと中身の見えてこれはアボガド
○ 紫電改といふいかめしき名前もつ育毛剤ありがたく振る
○ すれちがひざまに天才バカボンのパパかもしれない岡井隆は
「喜多昭夫第一歌集『青夕焼』」より抜粋
○ 穂村弘サイン会の最後尾 ウナギイヌがゐるつて本当?
○ バカボンのパパよりもなほうつくしく岡井隆は抒情してゐる
○ 町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ
○ 滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ
○ 臨時職員のつとめ尊し五百枚コピーとるにも心技体要る
○ にんげんに生まれたことが悔やまれてならない ひのきぶろになりたい
○ 滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ
○ 額の上にひとくれの塩戴きて白き鯨は陸くがめざすべし
○ 手榴弾のごときレモンを握りしめまだ脚韻の詩を知らぬ君
○ 水の上に薔薇羽搏けよ、チェス盤の騎士は倒れよ、わが誕生日
○ ああ、仕事をやめてしまひたいこんな夜はヒヨコ鑑定士に弟子入りしよう
○ はこぶねに乗れないことを悲観して心中をするふたこぶらくだ
○ ニャロメ忌は赤塚不二夫の忌日なりなにはともあれそれでいいのだ
○ 魚ころし酢飯のうへに載せてなほぐるぐる回すとはなんてこと
○ Ca不足のわれか 時東ぁみの小さい「ぁ」にイラッと来たり
○ 町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ
○ 金魚玉十の尾びれのいつせいに赫き夕日を弾きけるかも
○ 桃の箱解体すれどなほにほふ かなしみといふほどでなく
○ デッキチェアたたんでゐたら一人づつ肩たたかれて連れていかれた
○ みづいろのクリアファイルにここだくの星を挟みて家へ帰らう
○ その歌をくちづさまむか 十二月五日 月曜 雨の久我山
○ 死んでゐる場合ではない岸上よ その眼差しを楯として行け
○ 晩年のしごとを人は穫りいれと呼びて励みき麻薬喫みつつ
○ 地下書庫といふ湿原にひとり来ていまひとたびの『白雨』に遭はむ
○ 頸動脈断ちて果てたるをとめごの泉湧きたりあらくさの中
○ 夏蝶は龍在峠を越えてゆくこの世のことはなべてかりそめ
○ 空蝉に一身上の都合あり生まれて産みて死にたまふなり
○ みづいろの氷菓包みし薄紙に一行の詩を記したまへな
○ 秋の午後傷つきたくてマッチ擦る 院生室のソファーのくぼみ
○ ケンタッキーフライドチキンの人形を横抱きにして地下鉄にのる
○ 青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏
○ 笑ひながらほんかくてきになつてくる穂村弘は勝ち組である
○ アンパンマンの顔のかけらが県道に落ちてゐるからすこし悲しい
○ 教壇にチョークを持てばジャパネットたかたのやうに絶好調だ
○ AKB48のセンターに立つてゐる久木田真紀の亡霊
○ やつとこさあてた感じのボテボテのゴロがヒットになるのよイチロー
○ 横山やすしが「メガネ、メガネ」と探すとき〈世界〉はすでに終はつてゐたか
○ マッチ棒振るやうにして棒にふる田代まさしの本名政
○ 外つ国のをとめごなれど腰を振りわれを励ますKARAのうたごゑ
○ ロチューとは路上駐車のことでなく〈路上でキス〉の意味とこそ知れ
○ ひたすらに寄せてはあげる乳のこと知らないふりをしてゐるあなた
○ カナ、少し賢くなつた気がするの エンドルフィンはイルカではない
○ メンスキー・タカノビッチ・キミヒコフよ 僕は担々麺が好きです
「喜多昭夫第五歌集『早熟みかん』」より抜粋
○ 水底に硬貨のごとき星を擁き春のセーヌのむらさきの闇
○ 晩夏の埠頭に置かれたる母の麦藁帽子のなかのソネット
○ ブラウスの胸ひらきつつ道造の十四行詩がとても好きなんだつて
○ 目つむりてきみの水脈さぐるとき短篇小説のごとくさまよふ
○ 霞たつパウル・ツェランの胸処にて脚韻の詩を恋へり少女は
○ いもうとの涼しきこゑは修司祭のビラ配りゆく林檎園まで
○ 抱擁をしらざるいもうとの胸のくぼみに青きレモンを置かう
○ きみの胸のふくらみに目をそらすときプールサイドに碧きしみ見ゆ
○ みつめあへば抱きしめたいと思ふだらう季節はづれの海に来てゐる
○ 海の辺の電話ボックスにて君はうつくしかりし夕映えを言ふ
○ 強く君に打ち寄せる波になりたくてその唇を噛んでいたのに
○ 花降れば花かと思へうつそみの君がセーラー服を脱ぐ季
○ あなたしかしらないやうな樹ですからこえだにふれるとき気をつけて
○ 「がんばるわ」なんていふなよ息をふきかけるときみはまはりはじめた
○ 背後より君を擁けば海原に葡萄の房のごとき雲見ゆ
○ 泣かないでこつちへおいでよコインロッカーにセーラー服を隠して
○ 水着着てマネキンのやうな君ですねまはりの空気ごと移動する
○ 君といふ魚住まはせていつまでも僕はゆるやかな川でありたい
○ オレンヂを積む船に手を振りながらさびしく海を信じてゐたり
○ 海越ゆるましろき蝶のはばたきに少年の日はきらめきやまず
○ 吉沢と肩を並べてコの字型の校舎の窓から眺めた夕陽
○ 二代目の仮面ライダーやつてきて「ライダーキック!」と叫びつつ蹴る
○ ひとりだけ横向く卒業写真あり自分を追ひつめることの清しさ
○ 定時制高校生が地下道の壁にスプレーで書いた「あをぞら」
○ 青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏
○ 白衣着て駆けあがりきし屋上に空飛ぶ鯨をわれは思ひき
○ どこからが頭なのか分からねどなでなでしたきこの大海鼠
○ 半透明レジ袋ゆゑうつすらと中身の見えてこれはアボガド
○ 紫電改といふいかめしき名前もつ育毛剤ありがたく振る
○ すれちがひざまに天才バカボンのパパかもしれない岡井隆は
「喜多昭夫第一歌集『青夕焼』」より抜粋
○ 穂村弘サイン会の最後尾 ウナギイヌがゐるつて本当?
○ バカボンのパパよりもなほうつくしく岡井隆は抒情してゐる
○ 町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ
○ 滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ
○ 臨時職員のつとめ尊し五百枚コピーとるにも心技体要る
○ にんげんに生まれたことが悔やまれてならない ひのきぶろになりたい
○ 滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ
○ 額の上にひとくれの塩戴きて白き鯨は陸くがめざすべし
○ 手榴弾のごときレモンを握りしめまだ脚韻の詩を知らぬ君
○ 水の上に薔薇羽搏けよ、チェス盤の騎士は倒れよ、わが誕生日
○ ああ、仕事をやめてしまひたいこんな夜はヒヨコ鑑定士に弟子入りしよう
○ はこぶねに乗れないことを悲観して心中をするふたこぶらくだ
○ ニャロメ忌は赤塚不二夫の忌日なりなにはともあれそれでいいのだ
○ 魚ころし酢飯のうへに載せてなほぐるぐる回すとはなんてこと
○ Ca不足のわれか 時東ぁみの小さい「ぁ」にイラッと来たり
○ 町なかに人影あらずうすうすともののかたちに雪つもる見ゆ
○ 金魚玉十の尾びれのいつせいに赫き夕日を弾きけるかも
○ 桃の箱解体すれどなほにほふ かなしみといふほどでなく
○ デッキチェアたたんでゐたら一人づつ肩たたかれて連れていかれた
○ みづいろのクリアファイルにここだくの星を挟みて家へ帰らう
○ その歌をくちづさまむか 十二月五日 月曜 雨の久我山
○ 死んでゐる場合ではない岸上よ その眼差しを楯として行け
○ 晩年のしごとを人は穫りいれと呼びて励みき麻薬喫みつつ
○ 地下書庫といふ湿原にひとり来ていまひとたびの『白雨』に遭はむ
○ 頸動脈断ちて果てたるをとめごの泉湧きたりあらくさの中
○ 夏蝶は龍在峠を越えてゆくこの世のことはなべてかりそめ
○ 空蝉に一身上の都合あり生まれて産みて死にたまふなり
○ みづいろの氷菓包みし薄紙に一行の詩を記したまへな
○ 秋の午後傷つきたくてマッチ擦る 院生室のソファーのくぼみ
○ ケンタッキーフライドチキンの人形を横抱きにして地下鉄にのる
○ 青空にレモンの輪切り幾千枚漂ひつつも吾を統ぶ、夏
○ 笑ひながらほんかくてきになつてくる穂村弘は勝ち組である
○ アンパンマンの顔のかけらが県道に落ちてゐるからすこし悲しい
○ 教壇にチョークを持てばジャパネットたかたのやうに絶好調だ
○ AKB48のセンターに立つてゐる久木田真紀の亡霊
○ やつとこさあてた感じのボテボテのゴロがヒットになるのよイチロー
○ 横山やすしが「メガネ、メガネ」と探すとき〈世界〉はすでに終はつてゐたか
○ マッチ棒振るやうにして棒にふる田代まさしの本名政
○ 外つ国のをとめごなれど腰を振りわれを励ますKARAのうたごゑ
○ ロチューとは路上駐車のことでなく〈路上でキス〉の意味とこそ知れ
○ ひたすらに寄せてはあげる乳のこと知らないふりをしてゐるあなた
○ カナ、少し賢くなつた気がするの エンドルフィンはイルカではない
○ メンスキー・タカノビッチ・キミヒコフよ 僕は担々麺が好きです
「喜多昭夫第五歌集『早熟みかん』」より抜粋