臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(6月14日掲載分)

2010年06月14日 | 今週の朝日歌壇から
○ かのときは捨て石いまは要石ウチナーンチュは石にはあらず  (新潟市) 伊藤 敏

 「かのとき」も「いま」も石扱いされている「ウチナーンチュ」ではあるが、今の「ウチナーンチュ」は、「捨て石」になるのも「要石」になるのも、拒否しようとする固い<意志>を持っていると言いたいのであろう。
  〔返〕 寡黙なる石にはあらぬウチナーンチュ米軍基地は<NO>という意志   鳥羽省三


○ 幾千の牛の鳴き声轟かん鳴き交はし鳴き交はし殺されてゆく    (水戸市) 檜山佳与子
○ 豚という陽気なる奴牛といふ威ある生き物殺されてゆく               々
○ 処分さるる牛大きなる潤み眼に何心無く犢舐むらん                 々
○ 打ち上げられなかつたロケット薔薇色の靄に包まれ微睡んでゐる         々

 上から順に、高野公彦選、永田和宏選、馬場あき子選、佐佐木幸綱選の入選作である。
 私見を述べると、「打ち上げられなかつたロケット」を推奨したい。
  〔返〕 七年前打ち上げられた「はやぶさ」が豪州南部に帰還したとか   鳥羽省三 


○ 高齢者カップラーメン食べている食べている悲しいゴミの出る月曜日  (群馬県) 小倉太郎

 同年輩の人たちが、カップラーメンの入ったレジ袋を抱えてスーパーから出て来るのを見たり、マンションのコンテナに「カップラーメン」の空容器がいっぱい詰まっているのを見たりすると、他人事ながら心配になったり、「悲しい」気分になったりする。
 「悲しいゴミの出る月曜日」という措辞には実感が込められていると思う。
  〔返〕 三分待ち五分で済ませる夕食に蝕まれて行く吾・高齢者   鳥羽省三


○ 黄緑と緑の茂る森の中歩けば私の鮮度も上がる  (富山市) 松田由紀子

 「黄緑と緑の茂る森の中」を「歩けば私の鮮度も上がる」とは仰るが、それも年齢によって様々でありましょう。
 本作の作者・松田由紀子さんのご年齢は、果たして如何程でありましょうか?
  〔返〕 森の中歩けば罹る花粉症藪蚊突き刺す蛇に驚く   鳥羽省三


○ 波の上に二本の目玉つき出せり春の気配を窺う蟹は  (スペイン) 布川暁子

 スペインと言えば魚貝料理の美味しい国。
 そのスペインの海の「波の上に二本の目玉をつき出」して、「蟹」が「春の気配を窺う」とは、よく出来た図柄である。
  〔返〕 波の上に二本突き出たアンテナは春の気配を窺う蟹の目   鳥羽省三 


○ 「少年兵九条抱いて放さない」一句残して夫は逝きける  (秦野市) 相原伸子

 いかにも朝日歌壇の入選作らしい一首である。
 私は、今から半世紀前、たった一年間ではあるが秦野市内に居住していた。
 その際、「この町には相原という姓の家が多いな」などと感じていたので、本作に接した瞬間、そのことを思い出し、まるで親戚の人に出会ったような親しみを感じた。
 ところで、「少年兵九条抱いて放さない」という俳句は無季俳句では無いだろうか。
  〔返〕 妻子抱き九条抱きて逝きにける夫よ哀れ病死なれども   鳥羽省三


○ 薫風に白手袋して職員が被爆者名簿の「風通し」をす  (三原市) 岡田独甫

 意地の悪い読み方をすれば、本作に詠まれている「職員」は、「なんて優雅な仕事をしているんだろう」と言われるかも知れない。
 <聖域無き行政改革>という観点に立つと、作中の「被爆者名簿」を管理している行政機関は、早晩<事業仕分け>の対象とされ、「被爆者名簿」の管理方法や「職員」の職務などにも変更が加えられるかも知れない。
  〔返〕 時折りは白手袋をはずしたり被爆者名簿の皺のばしたり   鳥羽省三


○ 四方神四時間並び見て帰るキトラ古墳に初夏の満月  (宇治市) 山本明子

 キトラ古墳(奈良県明日香村)の「四方神」が特別公開されたのは、今年の5月15日(土)から昨日までであった。
 本作の作者・山本明子さんが見学に出掛けられ、「四時間並び見て帰」ったのは、5月28日のことであったと思われる。
 「キトラ古墳に初夏の満月」という下の句の存在がそれを証拠立てている。
  〔返〕 閉じられた扉の奥の四方神今夜の満月届くはず無し   鳥羽省三


○ この国に五百の雨の名のあるをうべない今朝の雨音を聴く  (京都市) 蓑坂品美

 思いつくままに、雨に関する名称を記してみよう。
 「春雨・秋雨・小雨・大雨・長雨・豪雨・五月雨・にわか雨・時雨・梅雨・空梅雨・菜種梅雨・山茶花梅雨・我儘梅雨・霧雨・霖雨・秋霖・篠突く雨・細雨・慈雨・本降り・小降り・雪雨・土砂降り・ざんざか降り・雷雨・煙雨・青時雨・陰雨・毛雨・軽雨・狐の嫁入り・卯の花腐し・煙雨・液雨・快雨・紅の雨・黒い雨・苦雨・若葉雨・村時雨・和雨・余花の雨・甘雨・山雨・虎が雨・遣らずの雨・暴雨・冬時雨・淫雨・夕立・ほろ時雨・麦雨・四温の雨・地雨・雪解け雨・氷雨・糠雨・淮雨・通り雨・涙雨・微雨・夜雨・昼雨・宵雨・暁雨」など等。
 半ば腐れ掛かった脳味噌を駆使して書いてはみたが、到底未だ「五百」には及ばない。
 本作の作者・蓑坂品美さんは、「今朝」どんな「雨音」を聴いたのでありましょうか?
  〔返〕 「関東は今日から梅雨に入る」と言うお天気キャスター半井小絵さん   鳥羽省三
      ウイークデーの十九時二十八分にお天気キャスター小絵ちゃんと逢う     々


○ 三叉路の石の佛にゆらゆらと風立つらしも木漏れ日の揺れ  (南魚沼市) 五十嵐とみ

   ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも   万葉集巻十・柿本人麻呂歌集
   春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山     持統天皇
   ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく   後鳥羽院

 『万葉集』以来の和歌の伝統が脈々と伝えられて、ここに「三叉路の石の佛にゆらゆらと風立つらしも木漏れ日の揺れ」という、五十嵐とみさんの一首が成立したのである。
 申すまでも無いことではあるが、本作の文脈に沿って解釈すれば、作者は「木漏れ日の揺れ」を目にしていて、「三叉路の石の佛にゆらゆらと風立つらしも」と感じたということになる。
 しかしそれは、あくまでも建前だけのことであって、本当は、ご自宅の近所の「三叉路の石の佛」の辺りの木々を「ゆらゆらと」揺らして「風」が吹いているのを見て、「三叉路に立っている石仏の辺りに風が吹いている。これでは、あの石仏様もどんなに涼しいことであろうか」などと感じているのでありましょう。
 しかし、それをそのまま正直に詠んだならば、<朝日歌壇入選>というこの栄誉には浴し得なかったかも知れないと思われる。
 歌詠みも時と場合に応じて、多少の必要な嘘はついても構わないと思われる。
  〔返〕 三叉路の石仏の手の風車くるくる廻し初夏の風吹く   鳥羽省三 


○ しゃぼん玉港の風に虹色に散らばるパウロの手紙の如く  (横浜市) 飯島幹也

 「しゃぼん玉」が「港の風」に運ばれて、「虹色」に彩られて四方八方に「散らばる」様子を目にして、本作の作者は「パウロの手紙」みたいだと直感的に感じたのでありましょう。
 「虹色に散らばる」という語句に、聖人「パウロ」に対する本作の作者の信仰心が示されている。
  〔返〕 愛を説く聖者・パウロの文のごと虹と輝く石鹸玉か   鳥羽省三


○ 当て所なく白き柳絮は浮遊する紫禁城にも摩天楼にも  (日立市) 鯉渕仁子

 「紫禁城」と言ったら北京、「摩天楼」と言ったらマンハッタンを指すのが通常であるが、「当て所なく白き柳絮は浮遊する」という上の句の措辞から推すと、本作での「摩天楼」は北京市内の高層ビル街を指すものと解釈するべきであろう。
  〔返〕 当て所無く北京城市を浮遊して永定門跡に迷ひ出でたり   鳥羽省三   

 
○ 終戦も敗戦もないリラ冷えの街静かなり「解放記念日」  (ドイツ) 西田リーバウ望東子

 「解放記念日」と言えば、オランダやイタリアのそれが著名であるが、ドイツにも「解放記念日」と称する祝祭日が在るのだろうか?
 本作についての、選者・馬場あき子氏の評言に、「ドイツの自立心の強い個々人の意識に支えられた『解放記念日』という言葉に、日本人のそれと比較しつつ感銘を覚える」とある。
  〔返〕 リラ冷えの札幌の街どよめかせ国籍不明の<YOSAKOIソーラン>   鳥羽省三   


○ 殺処分待つ牛がふと飼い主にいつもの朝のように顔寄す  (行方市) 鈴木節子

 素朴で素直な表現ではあるが、口蹄疫関係の作品としては秀逸である。
  〔返〕 逝く牛と逝かせる人と顔寄せていつもの朝の如き挨拶   鳥羽省三


○ ウミガメは産土にきて卵うむジュラ紀のような朝明けの浜  (浜松市) 松井 恵

 「ジュラ紀のような朝明けの浜」という<七七>に現実感が感じられる。
  〔返〕 産土の砂に卵を産み付けて何処にか行くアオウミガメよ   鳥羽省三


○ 降り積もる福木の花のさみどりを掃きては流す朝の川面に  (沖縄県) 和田静子

 ふと、「朝の川面」に流された「福木の花のさみどり」の行方が気になったりもします。
  〔返〕 降り積もる福木の花のさみどりを堆肥に生かす手段は無いか?   鳥羽省三 


○ よく指の撓る棋士にて白面の眼鏡の奥の険しき光  (岡山市) 光畑勝弘

 「よく指の撓る棋士にて」「白面の眼鏡の奥の険しき光」と言えばあの人。
 敢えて実名を言う必要は無し。
 おめでとうございます、名人。
 四勝無敗と、堂々の防衛戦でしたね。
  〔返〕 楽しみにザル碁などをも置いたりし勝ったり負けたりするとの噂   鳥羽省三


○ 凛々、蜆、雪、黒、喜喜と全部言う叱りたい猫一匹なのに  (山口市) 香西尭子

 この一首に接して、大の愛猫家・加藤元名人のことなどを、ふと思い出した。
  〔返〕 時折りは他所のお庭にしっこもし香西さんに叱られもする   鳥羽省三


○ そのかみの聖武の帝のみゆき道を自転車こぎて職場に急ぐ  (八尾市) 吉谷往久

 「自転車」族はエコ社会の皇帝の如き存在であり、独特のど派手な聖衣、独特の桂冠を戴いて、「みゆき道」を堂々と御幸まします。
  〔返〕 我が子にも自転車奇族が一人居てたまの休みは皇居一周   鳥羽省三  


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