臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(10月14日掲載・其のⅡ)

2013年10月19日 | 題詠blog短歌
[佐佐木幸綱選]


(岐阜市・後藤進)
〇  人知れずエゾナキウサギ生き抜きて厳しき山に穏かな顔

 「エゾナキウサギ」という、題材の珍しさに恵まれての入選作一席かと思われる?
 〔返〕  人踏まぬお鉢平の獣みち蝦夷鳴き兎のピィーッと鳴きつ  鳥羽省三 


(京都市・後藤正樹)
〇  代行のバスの通勤つづくなり地下鉄駅は豪雨に没し

 去る9月16日に襲来した台風18号に際して、全国で初めての大雨特別警報が京都府など三府県に於いて発令されたのであるが、その中でも京都市山科区に於いては、京都市営地下鉄・東西線の「御陵みささぎ駅」付近の線路が水没し、約10キロ区間で4日間の営業休止に追い込まれたのである。
 本作は、件の京都市営地下鉄・東西線の線路水没事件に取材したものでありましょう。
 「代行の/バスの/通勤/つづくなり」という屈折の多い四文節の詠い出しに続けて、「地下鉄駅は/豪雨に/没し」と、一首全体・三十一音を七文節で以って詠み上げているのである。
 〔返〕  代行のバスに乗らずに歩かむか運動不足を解消せむと  鳥羽省三


(千葉市・吉井清乃)
〇  三十年人に観られて来し河馬はプールの死角に体休める

 「体休める」という五句目の記述は、どうにかならないものかしら?
 「体休める」では、「体」と「休」との似たような字格好の文字が続いていて、見た目が宜しくないのである。
 短歌の鑑賞とは、眼で視て美醜を感じ、音読して耳で聴いて美醜を感じ、心の中で反芻しながら呟いてみて、美しいとか醜いとか感じるのものであり、それらの何れか一つを欠いても成立しないものである。
 よくよく心して事に当たるべきである。
 〔返〕  三十年動物園に繋がれし河馬さへ今年の暑さに脱帽  鳥羽省三


(岡山市・宮田義昭)
〇  西はガス東は晴れと尾根が分け五竜へひとら晴れの路ゆく

 あの「後立山連峰の夏山縦走登山行」に取材した作品でありましょうか?
 「西は/ガス/東は/晴れと/尾根が/分け」という・それぞれに文節から成る三句に接すると、鑑賞者でしかない私自身が険峻豪壮な巌山に立たせられているような錯覚に陥ってしまうのである。
 また、下の句も「五竜へ/ひとら/晴れの/路/ゆく」と、言葉の運びが実にリズミカルである。
 〔返〕  岡山に高山無くてお気の毒祭り寿司など食べたくもない  鳥羽省三 


(千葉市・愛川弘文)
〇  峠より影絵の富士を見つつ下る夕暮れ残る湖面を目指し

 三句目の「見つつ下る」は「みつつおる」と訓むのかしら? 
 この場面での一字の字余りは、あまりにも惜しまれるから、或いは「見て下る(みてくだる)」とした方が宜しいかも知れません。
 〔返〕  湖岸より逆さに映る富士を観て国鱒探訪一日(ひとひ)終はりぬ  鳥羽省三


(前橋市・荻原葉月)
〇  ただ回るだけの大きな水車あり食の駅というレールなき駅に

 昨今は、日本全国、至る所の「道の駅」やら「食の駅」やらに「ただ回るだけの大きな水車」が設置されていたりするのである。
 件の「ただ回るだけの大きな水車」は、「ファームドゥ株式会社」が経営する群馬県内の「食の駅」と称する商業施設に設置されている、似非物の「水車」でありましょうか?
 なお、最近、我が家からバス一本で行くことが可能な、東急電鉄田園都市線の「あざみ野駅」近くにも、「ファームドゥ株式会社」が経営する、大型商業施設が開店され、連日大賑わいの盛況を見せているのである。
 〔返〕  ただ回るだけの水車は似非水車コットンコットンただ回るだけ  鳥羽省三


(御所市・内田正俊)
〇  ときめきて高齢者たち株価高騰の後場の画面に

 「ときめく」とは、「①よい時機にめぐり合って栄える。時勢に合って全盛を誇る。②主人などの寵愛を受けてはぶりが良くなる。③賑やかに騒ぐ。④喜びや期待などのためで胸がどきどきする。」などの意であるが、本作の場合は、①と③とを折衷して、「よい時機にめぐり合って、喜こび騒いでいる」といった意として解釈に当たるべきである。
 それにしても、私を除いた昨今の「高齢者たち」の、なんとお金持ちであることよ!
 あの「七つ星」とか謂う超贅沢な列車に乗って、九州を遊び周り、食べ回っている奴らの大半は、件の「高齢者たち」であると思われる!
 〔返〕  ときめいて皇女を孕みてその挙句職務怠慢放蕩三昧  鳥羽省三   


(横須賀市・加藤ゆみ子)
〇  魂を抜くがにデータ消去され亡骸のごと残るケータイ

 「がに」も「ごと」も直喩表現に用いられる文語である。
 その「がに」と「ごと」とが、一文から成る短歌に用いられている場面はあまり類例がありません。
 「がに」と「ごと」の中のどちらか一方を使うとしたら、既に口語化している感じのある「ごと(く)」でありましょう。
 そもそも、「がに」とは、「がごとくに」の短縮形でありますから。
 〔返〕  魂を抜くが如くに消去されデータ無しの古いケータイ  鳥羽省三


(東京都・蜂巣和紀)
〇  主婦達に混ざり特売チェックする一人暮らしの始まりし夏

 私の次男にも多分にその傾向が見られ、昨夜は「横浜そごう」の地下街辺りに出没したとか?
 〔返〕  主婦連はいったい何処に消えたやら奥むめお女史も七夕星に  鳥羽省三  


(横浜市・岡部重喜)
〇  豪快に卵かけ飯流し込む向ひの人は男にあらず

 「卵かけ飯」を「流し込む」程度の事でも、ご当人が「男」でなければ「豪快」な仕草と見られ、褒められるのでありましょうか?
 〔返〕  豪快に汁かけ飯など流し込み暮れから暮れまで働いてた父  鳥羽省三


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