「許せないなら別れる」―恋人の隆大が求職中の元彼女・アキヨを居候させると言い出した。百貨店勤めの樹理恵は、勤務中も隆大とアキヨとの関係に思いを巡らせ落ち着かない。週刊誌連載時から話題を呼んだ表題作と、女子同士の複雑な友情を描く「亜美ちゃんは美人」の二篇を収録。第6回大江健三郎賞受賞作
出版社:文藝春秋(文春文庫)
綿矢りさを読むのは久しぶりだが、こんなにいい作家になっていたのか、と驚くほかない。
『かわいそうだね?』と『亜美ちゃんは美人』の2作を収録しているが、どちらもおもしろい。
人間関係を丁寧に描いていて一気に読ませるのだ。
まずは『かわいそうだね?』
三角関係の話である。
樹理恵は隆大とつきあっているのだが、隆大は元カノを家に住まわせることとなり、それが理由で別れてしまう。しかしその後二人はよりを戻すことに。
恋人の隆大は、誰にでも優しいのか、いくらか優柔不断だ。
彼女が嫌がっているのに、元カノを自分の家に住まわせる神経も理解できないし、彼女とよりを戻すところも、ずいぶん都合がいい。
もちろん元カノの図々しさもちょっとおかしい。
だがそれを言うなら、主人公の樹理恵だって、おかしいのである。
樹理恵自身は、彼が元カノと暮らすのを嫌がっているが、隆大に優しくされると、それにほだされ、アキヨに会えば、かわいそうだから、大目に見ようと考えている。
いやいやそれはちょっとちがうんじゃないの、と思うし、綾羽が看破したように「自分をだまして耐えようとしている」とも思う。
だが樹理恵はその自覚に乏しく、自分をごまかす情報だけを集めていく。
もちろんそんな関係は破綻することとなる。
それが如実に現われる、メールを盗み読むシーンは圧巻だった。
そのときのアキヨのメールは本当に気持ち悪くて、ドン引きする。
アキヨの元カレに甘えようとする無神経さも、元カノのメール攻勢に対処し、現カノにもいい顔をする隆大の神経にも怖気をふるうほかなかった。
これだけ気持ち悪い関係を描ききっただけでも実にすごい。
最後の関西弁で元カノを怒鳴りつけるシーンもすばらしかった。というか笑った。
修羅場ちゃあ修羅場なのだが、どこかおかしみがあって、それが良い。
そして吹っ切れて自分の心に素直になった状態が小気味よくもあるのだ。
そんなおかしみと苦みとあっけらかんとした気持ちといくらかの皮肉の混じった内容がゆるやかに胸に響いた。
文句なしの佳品だ。
『亜美ちゃんは美人』もまたおもしろい。
女性二人の微妙な友情とぎくしゃくした関係が丁寧に描かれていて目を引く。
亜美ちゃんは大層かわいく、近くにいるさかきちゃんはいつも彼女と比較される。
新歓コンパでの扱いなんか、読んでいるだけで切なくなってしまう。
さかきちゃんにとってはつらいし、亜美ちゃんのことが気に食わないと思うこともあったろう。
しかしそこで亜美ちゃんを突き放さないあたりが、さかきちゃんのすてきなところだ。
そんなかわいい亜美ちゃんは絵に描いたような転落に至る。
心のどこかで亜美ちゃんが気に入らなかったさかきちゃんは、亜美ちゃんに対して、そんな男やめなよ、と強く止めようとはしない。
さかきちゃんが、亜美ちゃんをどう思っていたかは周囲からは割に見透かされている。
だからそのことを理由に、亜美ちゃんに復讐しているのではとかんぐられたりもする。
そして個人的におもしろいと感じたのは、そんなさかきちゃんの心理が、友人だけでなく、当人の亜美ちゃんにも見透かされていたという点だ。
亜美ちゃんの不幸な性格は、読んでいると悲しい。
周囲の状況で、亜美ちゃんはあのような行動に至ったのだろう。
そしてそのことをちゃんと理解できるのが、実は亜美ちゃんのことが気に入らなかったさかきちゃんだけだったというのが良い。
亜美ちゃんを支えられるのは、確かにさかきちゃんしかいない、と読めば納得できる。
彼女はそれだけの気概があるし、亜美ちゃんのことを理解もしている。
そういう意味、亜美ちゃんは男を見る目はなかったが、友人を見つける点ではすばらしい眼力をもっていたのかもしれない。
そんな微妙な二人の友情が、ぐっと胸に届く佳品である。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます