超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

風まかせ赤マント 974 ガンが消えた友人の話 椎名誠

2010-02-27 07:43:54 | 週刊誌から
 少し前のこの欄で、最近嬉しかったことのひとつに親友のガンが消失した、という話を書いたらそのことに少なからずの反響があって、何通かの手紙も貰った。
 友人の回復は「民間療法」が効いたらしい、と書いたのだが、それは具体的にどんなものなのか、という問い合わせだった。
 当人の了解をもらいその闘病日誌を借りたので同じような苦しみと闘いをしている人の何かの参考になればと思いその経過をここに書いておくことにした。
 友人は「食道ガン」だった。
 二〇〇八年十月ごろ、モノが飲みにくい、いわゆる嚥下痛を感じた。同時に右肩が痛んだ。一一月に人間ドックに入って検査したところ食道ガンと診断される。翌年一月に入院手術、食道全摘出、胃管再建、リンパ節廓清、右肩リンパに約三〇ミリの転移ガンがあるが除去できず。気管に残っている可能性もあり。ステージ4Aだった。
 二月十七日から四月三日まで放射線(33回66グレイ)。二月二一日から二五日まで、二月二八日から三月四日まで抗ガン剤。この頃見舞いにいくと「苦しい」としみじみ言っていた。抗ガン剤をやるくらいならいっそもう死んだほうがいい、と。
 そんな弱音をはくような人間ではなかったのでぼくは内心これは非常にまずい、と思った。それまでにぼくは四人の友人をガンで亡くしている。みんなぼくより若く、目の前のその親友も若かった。アウトドア仲間として一緒にずいぶん荒っぽい旅をしたが、いつも平然として精神的にも強靭で性格はやわらかく、まわりの人をなごませる人柄で、ぼくもいたるところで彼に助けられた。
 食道ガンは全摘。気管にガンは残っていなかったがリンパのガンは取りきれなかった。触るとわかるほどだった。病院から継続して抗ガン剤の治療をすすめられる。一週間入院でシスプラチンと5FUを600グラム投薬。これを四週間おきにかぎりなく続けるときいて抗ガン剤以外の治療法を考えるようになる。
 この頃、チベットで沢山採れ、中国人商人が介在しないと安く手にはいる、ガン治療に効果ありといわれている冬虫夏草を大量に彼に送る。同時に彼は池袋にある西洋医学と漢方を併用している病院を紹介され、食道ガン用の漢方薬(竜葵、蛇苺、川玉金、当帰、丹参、白花蛇舌草)を処方してもらう。漢方と冬虫夏草を煎じたもの約200ccを一日三回にわけて飲む。
 五月、我々の共通の友人の姪が大腸ガンで手術したが、同じように転移したところが取りきれず腫瘍マーカーは高値安定のまま元気で十年暮らしているというので会って話を聞き、自分は足つぼマッサージが効いているようだという経験を聞く。それと神経質にならずに楽しく暮らせばいい、という意見に励まされる。さっそく国立にある足つぼマッサージ院にいく。三十年の歴史があるという。予約制。三時間コースで一万円。これがとても痛いという。
 六月、抗ガン剤治療はやめ、東海大学病院でペプチドワクチンの相談をする。型があうかどうかの検査。同じ頃また嚥下難になり一カ月ほど苦しむ。
 手術した病院で診てもらうと食道の術後の傷跡が盛り上がってのどが狭くなっているのだという診断だった。いままで病院でそんなことがあるということを教えてもらっていなかったので一カ月間の不安と苦しみを思うと腹がたってくる。八月。三~四ミリにまで狭まっていたのを拡張して一五ミリにひろげる。
 そのあいだずっと漢方薬と足つぼ院に通っていたが、それからしばらくして足つぼマッサージの人が「ずいぶん様子がよくなっていますね」と言うのだそうだ。
 十月、ペプチドワクチンを受けるかまだ決めきれずに悩んでいたので東海大学病院でCTを撮りその結果で判断しようと約半年ぶりにCTを撮る。そのとき医師から「ガンが映っていないのでワクチンの必要がない」と言われる。
 二日後、放射線治療を受けた病院の担当医にそのCT写真を見せる。医師はCTでも、触ったかんじでもガンが無くなっているという。さらに手術をうけた病院の担当医に持っていって見せたが同じことを言われる。
 以上が簡単な経緯である。
 二〇一〇年一月。彼はずんずん元気になっていて、もうビールや酒も飲める。声も張りが出て、入院していたときの精気のない声とはまったくちがっていて、これで体重が戻れば完全に復活の過程だ。
 病院の医師は放射線が効いたと確信的にいうが、本人と奥さんはべつの感触をもっている。彼らは実にたくさんのガン関係の本を読み実際のサゼッションを受けた。西洋医学や東洋医学、そして民間療法のさまざまな分野の本だ。体験本などは人によって状況が違うのであまり参考にはならなかったが、多くの本を読んで結局共通して得た最大に大切なことは「自己免疫力」を高めることだ、と彼らは判断している。
 そのための食事療法(腸をきれいにする――免疫細胞の六割は腸にある)、運動(免疫を支配しているリンパ液は筋肉を動かさないと機能しない)、イメージする(ガンはもともと自分の体の細胞が変異したものなので、反抗期の子供のように考えてそのうち元のいい細胞に戻るだろう、たとえ戻らなくても共存していけばいいなどと気楽に考えること)。
 そんなふうにやってきたという。
 結論からいうと、やはりこの一年以上のタタカイにどれがどう効いたかは科学的にはわからないのだ。けれど「抗ガン剤だけはいやだ」と彼は元気になった今もいう。あれはガンを攻撃するかも知れないが体もやられてしまう。生きようとする力がやられてしまう、と。

週刊文春2010年2月25日号
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スクープ記者の「金王朝研究... | トップ | 水の透視画法 49 くぐつ... »

コメントを投稿

週刊誌から」カテゴリの最新記事