超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

見る 3 素直に生きる 石井裕也

2017-06-08 23:30:48 | 新聞から
 先日ベルリン国際映画祭に参加した際、アウシュビッツ強制収容所まで足を伸ばした。ベルリンからポーランドのクラクフという街まで飛行機で1時間強。そこからバスで田舎道を1時間半。
 眼前に広がったのは、途方もない規模の敷地に、あぜんとする数のバラック。アウシュビッツは、雪と不気味なほどの静寂に覆われていた。それはインドのタージマハルを見たときと似ていた。圧倒的なすごみ、一切の思考が奪われるような光景。誤解を恐れずに言うならば、「きれいだ」とさえ思った。
 当時ユダヤ人に向けられていた無邪気な憎悪は、この風景によってさらに研ぎ澄まされ、純化されたのだろう。不純物のなくなった人間の感情は、強く、美しく見えることもあるが、やはり極めて危うい。
 そして、悲しみにうちひしがれ、自分は絶対に過ちを繰り返さないとというような顔で歩いている無数のツアー客たちの姿を見て、直感的に思った。ああ、人間はまたやる、と。いや、卑怯な言い方をしてはいけない。あるいくつかの条件さえそろえば、俺はやる、と。
 不純物のなくなった憎悪に、不純物のないただの悲しみでは到底太刀打ちできない。初めに疑念があっても、空気を読んで、それを捨てる場合がある。目を閉じ、口をつぐみ、やがて大きな流れに身を委ねるしかなくなる。そのことの危うさは、よく知っている。見たことがある。ごく身近に、どこにでもある。
(映画監督)
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