超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

現論 信頼失われた中国社会 作家 楊逸

2016-07-04 06:23:11 | 新聞から
命が金稼ぎの資本に

 中国語では人の一生を「生、老、病、死」の4字に集約して表現する。
 出身がどうか、経済的に貧しいか豊かか、教育を受けたか否か、善か悪かなどにかかわらず、人は誰もが「生まれて、年を取って、やがて病気がちになり、死んでいく」という同じ人生の道をたどる。そしてその「道」を全うするのに欠かせないのが病院であろう。
 病気とはほとんど無縁の私。これまでに人生だの「生、老、病、死」だのを真剣に考えたこともなく、日々を過ごしてきたが、2014年1月、突然受けた電話によって、中国の病院とそこに潜むあまたの問題を垣間見ることができた。

母危篤

 それは「母が危篤」という知らせだった。飛んで帰り、空港から病院にまっすぐ駆けつけた。15平方メートルくらいの病室にべッドが二つ。手前の方に、鼻に酸素吸入器、腕に点滴針という、骨と皮に痩せ細った母が寝ており、奥のベッドは荷物置き場になっていた。
 自の前の様子に驚いた。ショックで言葉を失い、その場に立ち尽くした。母が哀れでならない。病院の廊下に漂っていたトイレよりもきつい悪臭が病室の中にまで忍び込み、病床のシーツも布団カパーも血液や排せつ物などでひどく汚れていて、見るに堪えなかった。
「こんな不衛生な環境じゃ、いつか健康な人も病んでしまうじゃないの」と言いながらナースを呼ぼうとすると、姉に止められた。「母の命を預けているのよ。文句を言ったら治療するとき何をされるかわからない」というので、気持ちを抑えて、汚れのひどい箇所にタオルを敷くなどして何とかごまかした。
 そのうち母が目を覚まし、私を見て、「家に帰って死にたい」と切ない声で言った。数カ月後、母は自宅で亡くなった。
 誤解されないように付け加えておくが、母が入院していたのは、黒竜江省ハルビンでベスト3に挙げられる一流の大学病院の「個室」であった。
 世界一の人口を持つ中国。おそらく病人の数もほかと比べものにならないほど多いだろう。ことに近年、毒ミルク、毒食品、毒水、毒空気など、健康を害する「毒事件」が相次いだせいで発達障害や呼吸器疾患、がんなどの発病が急増している。

ダフ屋

 いつか日本のテレビで見た、北京の病院に潜入取材したドキュメンタリーを思い出す。
 病気を見てもらうための「整理券」を手に入れようと、北京の有名病院の前には常に長い列ができていて、並ぶ人に何かを売りつける不審者が列を潜るようにして行ったり来たりしていた。
 「黄牛(フアンニュウ)」。つまり破格の高い値段で整理券を転売するブローカー、日本でいうダフ屋だ。300元(約4800円)の初診料を払って受け取る整理券は、15倍の4500元で取引されるらしい。まさに人の弱みにつけ込む悪徳商売だ。
 今年1月、地万から来た若い娘は北京の某有名病院で一日中並んでも受け付けてもらえなかったが、ダフ屋らしき集団は自分の前に無理やり折りたたみの椅子を置いただけで整理券をもらって行った。病院の警備担当者は見て見ぬ\ふりをしていた。病院内部の者がダフ屋とグルだったことを知って、若い娘は怒りを爆発させ、撮影した映像をインターネット上に公開した。病院を批判する声が沸騰した。
 一方で大金を払って整理券を買っても、良い治療を受けられるとは限らない。最近、利益を求めてネットに虚偽の宣伝を載せ、患者をだます一部の民間病院の「手口」が、ある大学生の死によって取り沙汰された。
 魏則西。西安の某大学に在籍する優秀な学生だった。難病にかかり、ネット検索で知った北京の武装警察関係の病院に通うようになった。完治するという医者の言葉を信じ、日本円で数百万円にも及ぶ治療費を払った末亡くなった。魏のかかった病院の「診療科」は何と福建省莆田地方の「やぶ医者グループ」.に請け負われていたのだった。
 拝金主義の病院にかかれば、命は金稼ぎの「資本」にされかねない。病院に「だまされた」という患者や家族が医者を襲撃する事件が最近多発し、殺された医者もいる。
 病院勤務も危険度の高い職業となり、護身術を習いに行く医者も少なくないという。信頼が失われた社会の中で、医者ですら命の危機にさらされたら、だれが安心な暮らしを望めるだろうか。
コメント
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