中学校の職員室で男性教師が生徒を腕で突き飛ばした。肩をわしづかみにして大声で怒る。
愛媛県新居浜市内の中学校で外国語指導助手(ALT)をしていた米国人男性は、衝撃的な光景だったと訴える。7月にALTの任期を終えたが、「このような体罰はなくなってほしい」と朝日新聞の取材に語った。
米国人男性は2018年に来日。市内の中学校でALTとして勤務し始めた。「事件」は3年目にあった。
男性教師が職員室の出入り口の扉近くに男子生徒たちを立たせ、そのうちの一人を壁際に突き飛ばした。さらに別の生徒の学生服をつかみ、低い声で脅していた。
日本語が詳しく理解できず、何に怒っているのかは分からなかったが、「生徒はうつむいて怖がっている。教師に殴りかかろうとしているわけでもない。ひどい」。近くにいた他の教師たちが止めようとしなかったことにも驚いた。
携帯電話のカメラで一部始終を撮影した。日本で働くALT仲間に動画を見てもらうと、「ここまでの体罰は見たことがない」と言われた。さらに、自分やこの男性教師、被害生徒らが異動や卒業で学校を去った昨年末、米国人や英国人が大半のSNSのフォロワーにも意見を聞こうと、動画を公開し、反応を探った。
その後、市教育委員会にも知られ、呼び出しを受けた。「動画の削除要請を受け、どうして当時報告をしなかったのかと逆に問い詰められた」と市教委への不信感も示した。
朝日新聞もその動画を確認し、市教委もALTとのやりとりなど事実関係を認めた。
新居浜市の高橋良光教育長は「(男性教師に)指導して二度としないと約束し、他の学校も含めてこういうことがないように約束できたら動画削除は可能か(ALTに)尋ねた。消せと指示したわけではない」と釈明した。県教委にも報告し、男性教師は処分を受けたが、懲戒処分ではなく、公表はしていないという。
ALTは米国で6年間ほど、高校教師をしていた。世界的に評価されている日本の教育制度を学びたくて、ALTに応募した。
今回のようなことが出身の米国の州で起これば、すぐに何が起こったのか校長や警察に報告が求められる。「過度な力の行使」があった疑いがあれば、教師は一時的に他の学校に移されることもありえる。
「教師が行為を認めたり動画などの証拠があったりすれば、解雇や資格剥奪となる。被害生徒の両親や自治体が教師を提訴することもありえる」
その後もALTとして日本の文化や慣習に接し、この男性教師は、教育の一環として怒ったふりをしながら体罰をしたのかもしれない、と思うこともあった。「しかし、生徒がどんなに悪いことをしたとしても、暴力的な態度に出ていないなら、教師も暴力的ではない姿勢で応じるべきだ。生徒の行動がなぜいけないのか、体罰ではなく会話によって考えさせるのが教育だと強く思う」と話す。
関係者に配慮したいと、ALTは匿名を希望している。この件が報じられれば、自分に報復のようなことがあるかもしれない、とも感じた。しかし、「そうした怒りは私に向かうべきものではない。この教師や体罰そのものに対して向けられるべきだ」と考えている。(神谷毅)
本田由紀・東大大学院教育学研究科教授
余裕ない現場 投資必要
「体罰」は暴力行為であり、怒号や恫喝はパワハラである。教育現場には威圧があふれている。
大人数の生徒や児童を日々相手にする教員は、暴力やパワハラによって圧倒しないと「しめし」がつかず、秩序が守れなくなるという脅威を感じている。加えて教員自身に多忙と疲労によるストレスがあり、行動に表れがちである。
これは生徒間の関係にも波及する。不登校や自殺が増加している背景には、余裕なくすさんだ教育現場の実情があると推測される。
さらに学校のみならず、政治でも、企業でも、家庭でも、SNSでも、店舗でも、「マウンティング(優位性の誇示)」や「アグレッション(攻撃)」がありふれた行動になっている。
このALTのように、「それではだめなのだ」という感覚と行動を取り戻してゆかなければ、「すさみ」は果てしなく進行してしまう。
結局、根源をたどれば「すさみ」を広げているのは教育政策だ。教員を増やして少人数学級にし、ゆとりを生み出すといった抜本的な対策を打とうとしていない。ごまかしの策では解決できない。教育現場への投資が必要だ。
朝日新聞2023年8月31日
愛媛県新居浜市内の中学校で外国語指導助手(ALT)をしていた米国人男性は、衝撃的な光景だったと訴える。7月にALTの任期を終えたが、「このような体罰はなくなってほしい」と朝日新聞の取材に語った。
米国人男性は2018年に来日。市内の中学校でALTとして勤務し始めた。「事件」は3年目にあった。
男性教師が職員室の出入り口の扉近くに男子生徒たちを立たせ、そのうちの一人を壁際に突き飛ばした。さらに別の生徒の学生服をつかみ、低い声で脅していた。
日本語が詳しく理解できず、何に怒っているのかは分からなかったが、「生徒はうつむいて怖がっている。教師に殴りかかろうとしているわけでもない。ひどい」。近くにいた他の教師たちが止めようとしなかったことにも驚いた。
携帯電話のカメラで一部始終を撮影した。日本で働くALT仲間に動画を見てもらうと、「ここまでの体罰は見たことがない」と言われた。さらに、自分やこの男性教師、被害生徒らが異動や卒業で学校を去った昨年末、米国人や英国人が大半のSNSのフォロワーにも意見を聞こうと、動画を公開し、反応を探った。
その後、市教育委員会にも知られ、呼び出しを受けた。「動画の削除要請を受け、どうして当時報告をしなかったのかと逆に問い詰められた」と市教委への不信感も示した。
朝日新聞もその動画を確認し、市教委もALTとのやりとりなど事実関係を認めた。
新居浜市の高橋良光教育長は「(男性教師に)指導して二度としないと約束し、他の学校も含めてこういうことがないように約束できたら動画削除は可能か(ALTに)尋ねた。消せと指示したわけではない」と釈明した。県教委にも報告し、男性教師は処分を受けたが、懲戒処分ではなく、公表はしていないという。
ALTは米国で6年間ほど、高校教師をしていた。世界的に評価されている日本の教育制度を学びたくて、ALTに応募した。
今回のようなことが出身の米国の州で起これば、すぐに何が起こったのか校長や警察に報告が求められる。「過度な力の行使」があった疑いがあれば、教師は一時的に他の学校に移されることもありえる。
「教師が行為を認めたり動画などの証拠があったりすれば、解雇や資格剥奪となる。被害生徒の両親や自治体が教師を提訴することもありえる」
その後もALTとして日本の文化や慣習に接し、この男性教師は、教育の一環として怒ったふりをしながら体罰をしたのかもしれない、と思うこともあった。「しかし、生徒がどんなに悪いことをしたとしても、暴力的な態度に出ていないなら、教師も暴力的ではない姿勢で応じるべきだ。生徒の行動がなぜいけないのか、体罰ではなく会話によって考えさせるのが教育だと強く思う」と話す。
関係者に配慮したいと、ALTは匿名を希望している。この件が報じられれば、自分に報復のようなことがあるかもしれない、とも感じた。しかし、「そうした怒りは私に向かうべきものではない。この教師や体罰そのものに対して向けられるべきだ」と考えている。(神谷毅)
本田由紀・東大大学院教育学研究科教授
余裕ない現場 投資必要
「体罰」は暴力行為であり、怒号や恫喝はパワハラである。教育現場には威圧があふれている。
大人数の生徒や児童を日々相手にする教員は、暴力やパワハラによって圧倒しないと「しめし」がつかず、秩序が守れなくなるという脅威を感じている。加えて教員自身に多忙と疲労によるストレスがあり、行動に表れがちである。
これは生徒間の関係にも波及する。不登校や自殺が増加している背景には、余裕なくすさんだ教育現場の実情があると推測される。
さらに学校のみならず、政治でも、企業でも、家庭でも、SNSでも、店舗でも、「マウンティング(優位性の誇示)」や「アグレッション(攻撃)」がありふれた行動になっている。
このALTのように、「それではだめなのだ」という感覚と行動を取り戻してゆかなければ、「すさみ」は果てしなく進行してしまう。
結局、根源をたどれば「すさみ」を広げているのは教育政策だ。教員を増やして少人数学級にし、ゆとりを生み出すといった抜本的な対策を打とうとしていない。ごまかしの策では解決できない。教育現場への投資が必要だ。
朝日新聞2023年8月31日
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