超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

患者を生きる 4601 - 4605 知らぬ間に薬に依存

2023-12-26 22:26:51 | 新聞から
1 耳鳴り 何とかしたくて

 不快な耳鳴りが続いていた。家に帰って、ほっとひと息つくと「ピー」。布団に潜り込むと「ピー」。
 そういえば、姉はずいぶんと長く耳鳴りに苦しんでいた。「早めに診てもらって、悪くならないうちに治そう」
 耳鳴り治療の「名医」をネットで探して、都内の耳鼻科の診療所を受診した。聴力や鼓膜の検査を受けたが、異常はなかった。
 診察した医師からは「気にしない方がいい」と言われ、血流をよくするビタミン剤と漢方を処方された。
 だが、耳鳴りは一向におさまらない。
 「一生治らないのかも」。不安が膨らむと、無機質な響きが余計に気になる。眠れない、眠れない……。
 2週間後、再び受診して「何とかして欲しい」と頼んだ。すると、「一日中効いて、耳鳴りが気にならなくなりますよ」と言われ、抗不安薬を処方された。眠れないときに使う睡眠導入薬も出してくれた。
 睡眠薬? 少しどきっとした。「睡眠導入薬だから大丈夫」。医師がそう言うのを聞いて、安心した。ようやくこれで何とかなる。
 東京都の50代の女性は、10年ほど前のこの出来事をときどき思い返す。
 「気分が安定する」「リラックスができますよ」。医師はこんな説明をしたが、あのとき知っておきたかったのは、もっと違うことだった。
 処方された抗不安薬は「メイラックス(一般名ロフラゼプ酸エチル)」、睡眠導入薬は「レンドルミン(同ブロチゾラム)」。どちらも「ベンゾジアゼピン系」と呼ばれる向精神薬だ。脳のベンゾジアゼピン受容体に作用し、不安を抑え、眠気をもたらす。ただ、使い続けると、薬物依存の状態になり、薬をやめた際に不快な症状が現れる「離脱」が生じうる。
 女性は耳鳴りがおさまった後も、この薬を使い続けた。やめられなかった、と言うほうが正確かもしれない。いつの間にか「薬をやめられない体」になっていた。(阿部彰芳)

女性が使っていたベンゾジアゼピン系の睡眠導入薬


2 服用やめたとたん 眠れず

 10年ほど前、耳鳴りが続いた東京都の50代女性は、耳鼻科の診療所で、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬と睡眠導入薬を処方された。
 半年ほどたって受診した際に、「薬はずっと飲んでいていいんですか?」と医師に尋ねたことがあった。
 薬を使うと、不快な音は気にならなくなった。月に数回使っていた睡眠導入薬もよく効いた。ただ、同じ薬を長く飲み続けたことがなく、気になった。「これは全然大丈夫。眠れなかったり、不安になったりする方が体によくないから」と言われた。
 最初に受診した耳鼻科は遠かったため、近所の耳鼻科で同じ薬を出してもらった。特に何も聞かれなかった。耳に問題はないこともあり、その後、かかりつけを近くの心療内科の診療所に変えた。
 薬を使い始めて4年ほど。耳鳴りはいつの間に消えていた。一方で、薬のせいか、昼間に眠くなり、習っていたダンスの振り付けもなかなか覚えられないことがあった。
 「抗不安薬はやめよう」と思った。心療内科の医師は「気になるなら、やめたらいい」とうなずいた。
 だが、やめたとたん、眠れなくなった。眠くて布団に入ったはずなのに目がさえてくる。1、2時間たってようやく眠りに入っても、30分ほどで目が覚め、眠るまでにまた1、2時間かかる。
 一晩で合わせて1、2時間しか眠れない日もざらだった。睡眠不足なのに昼間は眠くならない。頭が痛くなるばかりだ。結局、たまに使っていた睡眠導入薬を毎日飲むようになった。
 医師に相談すると、「その睡眠導入薬を飲めばいい」と説明された。だが、薬を飲み続けることに不安があったから抗不安薬をやめたのに、睡眠導入薬を毎日飲み続けることになるならば、「元も子もない」と思った。
 医師に頼み、ベンゾジアゼピン系ではない別のタイプの睡眠薬を処方してもらった。しかし、全く効かない。
 結局、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を再開することになった。(阿部彰芳)

女性は今、ベンゾジアゼピン系薬の影響とみられる強いまぶしさに苦しみ、横の光も遮るサングラスが手放せなくなっている


3 眼瞼けいれん 原因は

 10年ほど前に耳鳴りでベンゾジアゼピン系の抗不安薬と睡眠導入薬を処方された東京の50代女性は何度か薬をやめようとした。だが、やめるたびに激しい不眠に襲われ、やめられなかった。
 2022年9月、目がゴロゴロする異物感が現れた。「最近、パソコンを使いすぎていたからかな」。だが、目を休ませても、よくならない。むしろ、同じものを見続けると目の奥だけでなく、頭まで痛くなってくる。
 目をかわきにくくするドライアイの治療を受け、少し楽になった気がしたが、それもつかの間。朝はまだ楽だが、光がどんどん入ってくると、目の表面、目の奥、頭という順に痛みが増す。「光がジワジワと脳にしみこむような不快さ」だった。
 ネットで「これだ」と思う情報を見つけた。「薬剤性眼瞼(がんけん)けいれん」。眼瞼けいれんは、まぶたがなめらかに動かなくなる運動障害や、まぶしさや痛みといった目の感覚過敏が生じる。ベンゾジアゼピン系薬が原因になりうることがあるという。
 この薬による薬剤性眼瞼けいれんは、東京・お茶の水の井上眼科病院の名誉院長、若倉雅登さん(74)が最初に提唱した。眼瞼けいれんの診療の中で、ベンゾジアゼピン系薬を使っている患者が少なくないことに気づき、調査研究を専門誌で発表してきた。
 23年1月、女性は若倉さんの診察を受けた。若倉さんは眼瞼けいれんと診断し、「ベンゾジアゼピン系薬に問題がある」と伝えた。これまでのデータから、薬の使用期間が長いほど、目の症状も治りにくい傾向があった。眼瞼けいれんの根治治療は今のところない。悪化を抑えるには、薬はやめた方がいいと考えた。
 「主治医と相談して、自分に合ったペースでやめてみてはどうでしょうか」
 女性はまず、睡眠導入薬からやめた。かかりつけの心療内科医は、ベンゾジアゼピン系ではない不眠症治療薬を処方してくれたが、やはり効かない。それでも、元の薬に戻るわけにはいかない、と思った。(阿部彰芳)

東京・お茶の水にある井上眼科病院


4 徐々に飲むのをやめると

 ベンゾジアゼピン系薬の抗不安薬と睡眠導入薬を使っていた東京都の50代女性は昨秋から、光がまぶしいと強く感じるようになり、帽子と色の濃いサングラスが手放せなくなった。「眼瞼(がんけん)けいれん」と診断されていた。
 今年2月、駅のエレベーターで居合わせた20代ぐらい(ママ)女性が、「ぎゃー」と叫んだ。「びっくりさせてすみません」と謝った。この日はマスクもつけていた。怖がられても無理はない。それ以来、外出が怖くなった。
 特に照明のような人工的な光がきつい。スーパーでは、賞味期限や分量も確認せず、ササッと買って出る。家族の夕食をつくると、自分だけ先に食べて2階の暗い部屋にこもる。「明るいところにいられないことはこんなにも孤独なのか」とがくぜんとした。
 睡眠導入薬をやめることにしたが、眠れずに苦しんだ。受診した心療内科では、「これは悪い薬じゃない。何で嫌がるの」と言われた。精神科医にも相談したが「薬を最初に処方した医師が対応するべきです」と突き放された。
 眠れない日があっても仕方ない。次は抗不安薬。夜に眠れるように早起きして体を動かすことを心がけ、徐々に飲む量と頻度を減らした。最後は1錠を8等分に切り、ひとかけらを3日に1度ほど。5カ月かかった。
 まぶしさで目を明けていられない不自由さやまぶたの動かしづらさは続く。薬が原因だという確証はないが、「もし、耳鳴りがおさまった段階で薬をやめていたら」という思いに駆られることがある。
 薬をやめて症状は少し落ち着いた。幼少時に習っていたピアノを弾くようになった。指はちゃんと覚えていた。もしかしたら、家族と食事を分ける必要はないのかも。工夫次第でできることはたくさんあるのかもしれない。
 10月末、眼瞼けいれんの患者会に初めて参加した。言葉を交わした人はみな、症状だけでなく、周囲から理解されない孤独感に苦しんでいた。「私も同じだ」。今の自分は「つながり」が一番必要だと感じている。(阿部彰芳)

女性の自宅にあるピアノ=本人提供


5 情報編 使い始めで「出口」考える

 神経の興奮を抑える「ベンゾジアゼピン系薬(BZ薬)」は、抗不安薬や睡眠薬として非常によく使われてきた。抗不安薬、睡眠薬は医療機関を受診した患者の数%に処方されているとの推計もある。
 だが、長く使うとやめづらくなる危険もある。大きな原因が依存だ。依存には薬を使いたいと強く感じる精神依存と、身体依存があり、BZ薬では後者が主に問題になる。身体依存の状態になると、薬を減量や中止した際、薬を飲む前よりも強い不安や不眠に襲われたり、けいれんや発汗、吐き気といった症状があらわれたりすることがある。
 記事で紹介した50代女性も、身体依存によって薬をやめられなかった。使い始めて4年ほどたって、抗不安薬をやめようとしたが、強い不眠に苦しみ、断念した。
 昨秋以降は強いまぶしさや光への不快感に苦しみ、「眼瞼(がんけん)けいれん」と診断された。原因がわかっているわけではないが、この女性を診た井上眼科病院名誉院長の若倉雅登さんは「BZ薬が原因の可能性がある」と指摘する。
 女性がいま疑問に思うことは、若倉医師の診療を受けるまで、女性を診た医師の誰もが身体依存のリスクを説明してくれなかったことだ。
 1980年代にはすでに、治療で使う量でも長く使えば身体依存が生じうると報告されていた。だが、厚生労働省が製薬会社に「薬物依存を生じることがあるので、漫然とした継続投与による長期使用を避けること」と添付文書に書くよう求めたのは2017年のことだ。BZ薬はそれ以前の薬よりも安全でよく効き、患者の満足度が高かったことなどが背景にある。
 BZ薬の適正使用に詳しい高江洲義和・琉球大准教授(睡眠医学)は「問題があるとわかっている薬を医療者が使いこなせていないところに問題がある」と指摘。大切なのは「入り口から始める出口戦略」だという。「使い始めの段階で医療者と患者が薬をやめる『出口』を話し合っておけば、後になってやめられないと慌てることは少ない」と話す。(阿部彰芳)

睡眠薬・抗不安薬の減薬・中止を試みた際の困りごと

患者が減薬・中止を嫌がるためできなかった 82%
症状が再燃・悪化したためできなかった 52
離脱症状のためできなかった 15
特に困ったことはない 3

2021年度厚生労働省研究班の報告書から。
総合診療を担うプライマリ・ケア医251人が回答(複数回答)

朝日新聞 2023年11月24日、27日-30日
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