超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

入試英語国語社会 伝説の漏洩 1980

2017-09-03 22:59:47 | 新聞から
早大で入試問題漏れ 「事前に解答作った」 学生"通報" 商学部の三教科分

 早稲田大学(東京都新宿区西早稲田、清水司総長)で二月二十四日に行われた商学部の入学試験の問題が事前に漏れていた疑いが五日出てきた。大学当局によると、同学部の試験の直後に数人の学生が「試験日の十二日ほど前に同じ問題の模範解答を都内の進学ゼミナールに頼まれて作った」と、模範解答を作った問題のコピーを携えて届け出た。コピーを検討したところ、入試問題と酷似しており、事態を重視した同学部教授会は、直ちに本格的な調査に乗り出した。

毎日新聞 1980年3月6日
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入試数学 伝説の漏洩 1980

2017-09-03 18:29:55 | 公案公案
問題 52.
1 辺の長さが 1 の正三角形 ABC の辺 BC, CA, AB 上に, それぞれ点 P, Q, R を BP=CQ=AR<1/2 となるようにとり, 線分 AP と線分 CR の交点を A', 線分 BQ と線分 AP の交点を B', 線分 CR と線分 BQ の交点を C' とする。 BP=x として, 次の問いに答えよ。
(1) BB', PB' を x を用いて表せ。
(2) 三角形 A'B'C' の面積が三角形 ABC の面積の 1/2 となるような x の値を求めよ。

実は, 本問には不思議な思い出がある。 1980 年 2 月末のある日, 当時勤務していた受験雑誌『大学への数学』で 1 人で留守番をしていたところ, 1 本の電話が入り, 図形の問題を至急解いてほしいという。 聞くとこの問題である。 電話で図形の説明をすると面倒なので, 直接来るか, 手紙で送ってほしいと言うと口ごもり, しばらく沈黙の後に電話は切られた。 数日後, 東大入試理系の第 1 問が上の問題であった。 私は言葉を失った。

安田亨 『入試数学 伝説の良問 100』
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見る 3 素直に生きる 石井裕也

2017-06-08 23:30:48 | 新聞から
 先日ベルリン国際映画祭に参加した際、アウシュビッツ強制収容所まで足を伸ばした。ベルリンからポーランドのクラクフという街まで飛行機で1時間強。そこからバスで田舎道を1時間半。
 眼前に広がったのは、途方もない規模の敷地に、あぜんとする数のバラック。アウシュビッツは、雪と不気味なほどの静寂に覆われていた。それはインドのタージマハルを見たときと似ていた。圧倒的なすごみ、一切の思考が奪われるような光景。誤解を恐れずに言うならば、「きれいだ」とさえ思った。
 当時ユダヤ人に向けられていた無邪気な憎悪は、この風景によってさらに研ぎ澄まされ、純化されたのだろう。不純物のなくなった人間の感情は、強く、美しく見えることもあるが、やはり極めて危うい。
 そして、悲しみにうちひしがれ、自分は絶対に過ちを繰り返さないとというような顔で歩いている無数のツアー客たちの姿を見て、直感的に思った。ああ、人間はまたやる、と。いや、卑怯な言い方をしてはいけない。あるいくつかの条件さえそろえば、俺はやる、と。
 不純物のなくなった憎悪に、不純物のないただの悲しみでは到底太刀打ちできない。初めに疑念があっても、空気を読んで、それを捨てる場合がある。目を閉じ、口をつぐみ、やがて大きな流れに身を委ねるしかなくなる。そのことの危うさは、よく知っている。見たことがある。ごく身近に、どこにでもある。
(映画監督)
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現論 信頼失われた中国社会 作家 楊逸

2016-07-04 06:23:11 | 新聞から
命が金稼ぎの資本に

 中国語では人の一生を「生、老、病、死」の4字に集約して表現する。
 出身がどうか、経済的に貧しいか豊かか、教育を受けたか否か、善か悪かなどにかかわらず、人は誰もが「生まれて、年を取って、やがて病気がちになり、死んでいく」という同じ人生の道をたどる。そしてその「道」を全うするのに欠かせないのが病院であろう。
 病気とはほとんど無縁の私。これまでに人生だの「生、老、病、死」だのを真剣に考えたこともなく、日々を過ごしてきたが、2014年1月、突然受けた電話によって、中国の病院とそこに潜むあまたの問題を垣間見ることができた。

母危篤

 それは「母が危篤」という知らせだった。飛んで帰り、空港から病院にまっすぐ駆けつけた。15平方メートルくらいの病室にべッドが二つ。手前の方に、鼻に酸素吸入器、腕に点滴針という、骨と皮に痩せ細った母が寝ており、奥のベッドは荷物置き場になっていた。
 自の前の様子に驚いた。ショックで言葉を失い、その場に立ち尽くした。母が哀れでならない。病院の廊下に漂っていたトイレよりもきつい悪臭が病室の中にまで忍び込み、病床のシーツも布団カパーも血液や排せつ物などでひどく汚れていて、見るに堪えなかった。
「こんな不衛生な環境じゃ、いつか健康な人も病んでしまうじゃないの」と言いながらナースを呼ぼうとすると、姉に止められた。「母の命を預けているのよ。文句を言ったら治療するとき何をされるかわからない」というので、気持ちを抑えて、汚れのひどい箇所にタオルを敷くなどして何とかごまかした。
 そのうち母が目を覚まし、私を見て、「家に帰って死にたい」と切ない声で言った。数カ月後、母は自宅で亡くなった。
 誤解されないように付け加えておくが、母が入院していたのは、黒竜江省ハルビンでベスト3に挙げられる一流の大学病院の「個室」であった。
 世界一の人口を持つ中国。おそらく病人の数もほかと比べものにならないほど多いだろう。ことに近年、毒ミルク、毒食品、毒水、毒空気など、健康を害する「毒事件」が相次いだせいで発達障害や呼吸器疾患、がんなどの発病が急増している。

ダフ屋

 いつか日本のテレビで見た、北京の病院に潜入取材したドキュメンタリーを思い出す。
 病気を見てもらうための「整理券」を手に入れようと、北京の有名病院の前には常に長い列ができていて、並ぶ人に何かを売りつける不審者が列を潜るようにして行ったり来たりしていた。
 「黄牛(フアンニュウ)」。つまり破格の高い値段で整理券を転売するブローカー、日本でいうダフ屋だ。300元(約4800円)の初診料を払って受け取る整理券は、15倍の4500元で取引されるらしい。まさに人の弱みにつけ込む悪徳商売だ。
 今年1月、地万から来た若い娘は北京の某有名病院で一日中並んでも受け付けてもらえなかったが、ダフ屋らしき集団は自分の前に無理やり折りたたみの椅子を置いただけで整理券をもらって行った。病院の警備担当者は見て見ぬ\ふりをしていた。病院内部の者がダフ屋とグルだったことを知って、若い娘は怒りを爆発させ、撮影した映像をインターネット上に公開した。病院を批判する声が沸騰した。
 一方で大金を払って整理券を買っても、良い治療を受けられるとは限らない。最近、利益を求めてネットに虚偽の宣伝を載せ、患者をだます一部の民間病院の「手口」が、ある大学生の死によって取り沙汰された。
 魏則西。西安の某大学に在籍する優秀な学生だった。難病にかかり、ネット検索で知った北京の武装警察関係の病院に通うようになった。完治するという医者の言葉を信じ、日本円で数百万円にも及ぶ治療費を払った末亡くなった。魏のかかった病院の「診療科」は何と福建省莆田地方の「やぶ医者グループ」.に請け負われていたのだった。
 拝金主義の病院にかかれば、命は金稼ぎの「資本」にされかねない。病院に「だまされた」という患者や家族が医者を襲撃する事件が最近多発し、殺された医者もいる。
 病院勤務も危険度の高い職業となり、護身術を習いに行く医者も少なくないという。信頼が失われた社会の中で、医者ですら命の危機にさらされたら、だれが安心な暮らしを望めるだろうか。
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求める愛媛の形 熱く 国論二分の諸問題 加戸兄弟語る

2015-12-08 17:18:42 | 新聞から
対談

兄 加戸 弘二氏 (医師・環境保護団体代表)
 かと・ひろじ 33年生まれ。八幡浜高、京都大医学部卒。医療法人弘友会会長。環境保護団体グリーンコンシューマーおおず(GCO)代表。GCO は9月、大洲市議会に四国電力伊方原発再稼働に反対する請願を提出し、不採択となった。大洲市在住。

弟 加戸 守行氏 (前知事)
 かと・もりゆき 34年生まれ。八幡浜高、東京大法学部卒。文部省(現文部制科学省)に入省し文化庁次長~同省官房長などを経て99年、知事に初当選。06年、伊方原発3号機のプルサーマル計画に同意。10年11月まで3期務めた。松山市在住。

 ダム、原発、安保―。国論を二分する問題で長年、議論してきた八幡浜市出身の兄弟がいる。兄は医師の加戸弘二(82)、弟は前知事の守行(81)。兄は環境保護団体の代表を務め、三つのテーマ全てに反対の立場。一方の弟は、かつて県政を担い推進や賛成の立場で政治判断を重ねてきた。「守行、それでいいのか」「兄貴はそう言うが」。戦後70年、兄弟対談で思い描く日本や愛媛の形をぶつけ合った。
(敬称略、聞き手・中井有人)

始まりはダム

環境マイナス大きい 弘二氏
洪水阻止のため必要 守行氏

 ―お互いの性格をどうみていますか。議論の始まりは何でしたか。
 弘二 役人出身の弟と、しがらみのない立場の私では違いがありますね。
 守行 子どものころは兄貴は口数が少なく、私は多かったですね。私は朝から晩まで遊び回って。兄貴は外で駆け回るタイプじゃなかったですね。
 弘二 私は年を取って大学を出てから言うべきところは、はっきり言うようになりました。守行は役人の世界では天衣無縫というか、枠にとらわれないところはあります。
 守行 議論の最初は山鳥坂ダム問題かな。山鳥坂ダム建設や鹿野川ダム改造を推進するという意見と、もうダムは要らないという論。私は知事として推進の立場で、なんせ兄貴は環境という点から反対していましたから。会うたびに意見対立だったですかね。
 弘二 私はダムに反対で住民投票ヘ署名集めをする中心メンバーでしたね。私は最初、守行は立場上推進の考えなのだろうと思っていました。守行は(1999年に)知事になったばかりの時、「県がお金を出さないかんなるし、どちらかといえば、本当はダムができんほうがええんやけど」と言ってなかったかね。
 守行 あの時は過去の材料を集めて詳しく分析したわけでもなくて。材料を集めて勉強して、どうしたらいいかを考えていました。
 当時は(ダム建設が)松山市の水問題を解決するのに、非常に有力な手段だから松山の水がウエートの高い要素として頭にありました。その後、中予分水案がすっ飛んでから、環境と洪水防止の問題になってきました。
 そこでダムをやめるかどうかという時に、鹿野川ダムの改造を私が提案したんです。国土交通省がのんでくれるという方向が見えてきたから推進しようとなった。
 弘二 私もダム建設予定地を見に行きましたけど、ダムができて自然環境を破壊するというのはプラスマイナスから見ると、しない方がいいと思いましたね。
 守行 中山川や矢落川の水量の方がはるかに多いから、そこにダムができるのがいいのだけれど、環境条件から地質調査をやってできないとなり、次善策として(河辺川にある)山鳥坂ダムなんですよ。
 兄貴が言うのは、ダムが自然環境を破壊するという論理であって、山鳥坂ダムの治水効果が低いといっても、矢落川ならいいんですかといえば反対でしょう。議論がかみ合わないですよね。要するに環境保全を重視するか洪水を阻止するかということで。
 弘二 山鳥坂タムが調節するのは肱川の流域面積の5%なんですよ。環境面からいってもやはりマイナスの方が大きい。ダムを造ることにより水没集溶もできる。利益を得る業界や国交省の意向が強くて進められていると私は思う。

原発の是非

最終処分場 適地なし 弘二氏
新設と再稼働 別議論 守行氏

 ―原発に対してどう考えていますか。
 弘二 東京電力福島第1原発事故前は漠然と原発反対の気持ちでしたが、事故後、原発自体に強烈に反対するようになりました。再稼働も反対。もし福島と同じ事故が伊方原発で起きたら大洲に住めなくなる。松山も同じ。デメリットがはるかに大きい。
 守行 福島原発事故は、地震で起きた予想外の津波で電源が喪失し代替電源が確保されていなかったのが原因で、二重三重の代替電源を確保しさえすれば問題が起きない、というのが私の基本的考えです。
 兄貴は日本の原発を全て止める考えで再稼働に反対しているが、京都議定書で日本が目指していた二酸化炭素(CO2)排出抑制に逆行する政策。もともと環境保護論者だったのにCO2の問題をどうお考えなんですかと反論したいですね。
 弘ニ 津波が原因だと言うが、原因はまだ分からんというのが本当。地震動が原因で配管が破損したかもしれない。原因も分からないのに十分な対策ができたなんてものではない。
 福島の場合は放射性物質の多くが太平洋に流れたが伊方で事故が起これば瀬戸内海から西日本に広がる。CO2削減は必要だけど、原発への固執は日本経済の再生を遅らせる。一時的に化石燃料に頼らなくてはならないが、なるべく早く脱却するためにも、再生可能エネルギー導入を進めないといけない。
 守行 科学技術の粋を駆使し人知の限りを尽くしても事故を100パーセント防げることはあり得ない。飛行機は落ちないといったって落ちる。原発事故はあってはならないが、100パーセントなくせるかといったら神様しか知らない。原子力規制委員会を信じ、状況を判断すべきではないでしょうか。
 弘二 規制委は「100パーセント安全」とは言ってないわけですよね。そういう状態で、なぜ原発を動かさなきゃいけないかと。現に使用済み核燃料がたまり、リサイクルする核燃料サイクルは破綻しているわけです。それより未来を見つめ、今でも原発に負けないだけのコスト競争力がある自然エネルギーを使っていけばいい。自然エネはどんどん安くなっていく。
 守行 まあコストは専門家じゃないと分からず、誰の意見を信用するかだけども。それで今、再稼働が問題になっているんですよ。原発を新しく造っちゃいかんというは一つの考えだけれども、現在あって福島事故前に順調に動いており止めて様子を見ていたものをなぜ再稼働しちゃいかんのか、これは別の議論として必要だと思う。
 弘二 新設なんて国民的合意は得られないだろう。伊方の再稼働に関しても愛媛新聞の調査で69%が否定的だ。堂々と(再稼働の是非をめぐる)公開討論会を開き、専門家に話してもらうべきだ。
 事故を起こしたら後世に責められますよ。取り返しがつきませんよ。世界で核廃棄物の最終処分場建設が進んでいるのはフィンランドしかない。(地震国の)日本に適地はないです。使用済み燃料はもう原発に保管し続けるしかしょうがないのではないかと。
 守行 人間はいろんな知恵を出してものごとを解決しているので、必ず道は見つかると思いますよ。窮すれば通ずです。
 弘二 中間貯蔵を10万年続けるしかなくなるのではないでレょうか。そんな使用済み燃料をこれから増やしてもいいのか。
 守行 いやいや、放射性廃棄物が増えるというけど今までの放射性廃棄物が存在するわけだから五十歩百歩の話であって。これまでの50もこれからの50も解決していきましょうというのが人間じゃないですか。
 弘二 やはり国民や大洲市民のためを考えたら、原発は目先の利益だと思います。原発がなくなると経済的に因る人もいると思いますが、廃炉ビジネスもあるわけだから。
 守行 ベストチョイスは当分の聞は原発で将来は核融合というのが文部省時代からの感覚ですよね。原発は圧倒的にコストが安い。再生エネといっても非現実的。極論すれば、私は代替電源が見つからなければ原発を新しく造ってもいいと思っています。
 弘二 大うそですよね。安全というのも、安いというのも。

安保と世界観

外交努力で緊張解消を 弘二氏
国守れぬ憲法おかしい 守行氏

 ー知事時代、記者会見で県内市町から応募があれば核廃棄物の最終処分場の候補地調査を受け入れるのかという質問に「頭からノーと、かかっていく事柄ではない」と答えました。
 守行 私が仮に今、知事で「愛媛に最終処分場を」と言われたら、積極的に取り組みますね。愛媛が嫌と言ったら徳島、高知、香川が引き受けてくれるんですか。少なくとも四国でとなれば愛媛が受けるべきでしょう。どっかで誰かが引き受けなきゃならない。その覚悟を持って、私は知事になりましたね。
 弘二 国民投票や住民投票により、反対する住民が多ければ行政は考えなければならないと思います。イタリアは国民投票で脱原発を決めまレたよね。
 守行 住民投票をやれというなら伊方町長選で原発推進、反対を公約に町長を選ぶべきですよ。私は沖縄県知事に賛成じゃないけれど、彼は少なくとも米軍基地の辺野古移設反対で当選しているから住民投票しなくても「世論、われにあり」と言える。
 安保法にしても、昨年、安倍内閣は(集団的自衛権の行使容認を)閣議決定しているじゃないですか。昨年の衆院選で自民党は声高に叫ばなかったけれども公約に安保を入れてますよ。今ごろ反対の声があるけれど、首相や政党がどんな公約をしようと、何かあればその都度、住民投票で決めるんですか。じゃあ選挙って何ですかとなる。
 弘二 安保法には反対です。今まで70年間、戦争をせずに済んでいることを支持する国民も多い。戦争放棄は簡単じゃないが、世界が目指すべき理念だと思う。政権与党は民意に沿ったことをするべきだと思う。衆院選の自民の公約は、アベノミクスがでかでかと載っており安保は数行だけ。選挙結果と民意は必ずしもイコールではない。
 守行 自民の候補が「安保やります」って演説で大きく言わなかったから悪いの? メディアはその前に閣議決定を大きく扱ったよね。国民はそれを知っているわけだ。安保をやるのは見え見えでしょう。
 弘二 でも結果的に多くの民意を踏みにじっているよね。今でも世論調査で多くの人が反対するわけで。
 ―憲法への見解は。
 弘二 今の憲法を守るべきだと思いますね。条文には戦力は保持しないとあり(自衛隊の存在は)実質的にそれに反していると思いますが。国際的な緊張が高まっていると首相は言うけれど、外交努力によりそういう緊張がないようにすることが大切です。
 守行 よそ(米国)から頂いた憲法を金斜玉条にしているのは日本だけ。自前の憲法を持つべきだというのが第一。第二は戦力放棄というけれども、9条を解釈すると武力行使できないから反撃できないはずで、国を守れない条文そのものがおかしい。
 ―なぜ意見が異なるのでしょうか。
 守行 私は国家公務員も知事もやり、行政感覚で最大多数の最大幸福を考え、欠点もあるがこれでいいだろろと、原発もダムも判断してきました。文部省では日教組対策をやってきましたが、反対運動は全てとは言わないが誰かが扇動し、みんなが乗っている。しかしよく見てみると中身を考えていない。戦争反対、徴兵制反対とあおられれば国民がそっちヘ流れるというのを、身に染みて見てきました。その延長線上に原発問題もあるんじゃないかというのが気持ちの底にあるのは事実ですよね。人々の気持ちが、ある方向にわあっと行くのに警戒感があるんです。
 弘二 弟は役人の道を歩んできたわけですよね。エリート社会の中で、自分たちがこれがいいと思ったらそれが最高だと思っているのか。私は権力に従わなくちゃいけない世界に住んでいないので、自由にものが言えるというのはあるかもしれません。

愛媛新聞2015年11月30日



加戸 弘二氏(かと・ひろじ=医療法人弘友会会長、加戸守行前知事の兄)2017年2月18日午前0時37分、大洲市東大洲の自宅で死去、84歳。八幡浜市出身。
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道標 深呼吸する幸せ 佐治ゆかり 福島県郡山市立美術館館長

2015-12-08 17:16:11 | 新聞から
 2011年3月11日、東京電力福島第1原発で水素爆発、炉心溶融、放射性物質の放出が起こりつつあった時に私たちが入手できたのは、超望遠カメラで捉えた不鮮明な映像と、当時バンコクにいた、娘が知らせてくれた海外メディアの気象情報だった。
 非常時、当事者には情報が入ってこないということを嫌というほど知った。私たち家族はいつでも山を越えて新潟方面に避難できるように緊張して待機していた。
 結果として放射能汚染は、原発から北西方向、福島県中央の阿武隈山地を這うように帯状に流れ、ほとんど原発に関わりのなかった地域が最も汚染された。4月22日から、福島県飯舘村は村民全員が法的強制力で退去を余儀なくされた。福島第1原発から30キロ以上離れ、豊かな森林資源と農業に基づく独自の村づくりをしてきた村である。今も3058世帯6735人が国外、県内外に避難している(11月1日現在、飯館村災害情報サイト)。
 風向きや気象現象、地勢によって、放射能汚染は広がり、流れ、沈殿していく。積み重ねてきた時間、暮らし、未来を奪う。不運、補償などという言葉や金銭であがなえる喪失感・損失ではない。原発稼働に必要な「地元同意」の地元とはいったいどこの誰のことか。
 低線量被ばくのリスクについては諸説あるが、福島では事故後、茨城県北部まで含めて小児甲状腺がんの患者の増加が確認されている(福島甲状腺検査資料など)。また今年10月、事故の収束作業で被ばくした後、白血病を発症した男性が労災認定を受けた。東京電力によると事故後、福島第1原発で作業に当たったのは8月末までに約4万5千人。厚労省の担当者も、今後労災申請は増えるだろうと言う。被ぱくの影響は、ようやく顕現化しはじめたにすぎない。
 10月28日の愛媛新聞1面に、「(原発稼働による)重大事故時に国が最終責任を取るとの首相の『言質』を得た」ことで知事が再稼働に同意したという連載記事が載った。責任を取るとは何を意味する言葉なのだろうか。事故直後の政府のパニックの様相は周知のことだし、震災後置かれた復興庁の大臣は今度で5代目だ。そんな言質が実は誰も救えないことは福島をみれば明らかだ。
 福島は、個々人の認識とは別に、いわゆる「県民の総意として」原発稼働を選択した。他の地域は、事故体験後の今、あらためて選択し得るのだ。
 地震、津波の被災地は確実に前に進み始めているが、原発事故の被災地の人々は、その多くが4年以上経過した今も先が見通せない状況下で生きている。福島をしっかり見てほしい。思考停止に逃げ込まないでほしい。事故が起きたら「人生」がどうなるか。海や山、田畑、町や村、過去や未来がどうなるか。私たちが無意識にしているありとあらゆる行為の一つ一つについて、その安全を確認し、検証しなければならない空しさと込み上げる怒りとの戦い。いつ戻れるとも知れない道を逃げる不安と不条理さを思い描いてほしい。
 東日本大震災・福島第1原発事故から3カ月後、久しぶりに愛媛に戻った。空港に降り立った瞬間、私は思わず深呼吸した。長い間、身も心も萎縮していた自分に気付いて驚いた。

(さじ・ゆかり、愛南町生まれ)

愛媛新聞2015年11月22日
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新 日本の幸福 ――今日まで、これから 第5話 別離

2014-04-29 22:03:00 | 新聞から
 うっすらと積もった雪の中から、ダイコンの小さな葉が顔をのぞかせていた。今年1月下旬。東京電力福島第1原発から約60キロの自宅敷地にある畑に立ち、山田晴彦(66)はため息をついた。
 「妻と自分の分しか作らねくしたんだ。孫たちはもう食べてくんねえからね」。家族に喜んでもらうために、野菜や果物を育てるのが生きがいだった。原発事故が起きるまでは…。

 山田は約40年前に隣町から兼業農家に婿入りした。約2ヘクタールの田んぼと、小さな畑。ホテルやレストランで料理人をしながら、不規則な勤務の合間に家の農作業を手伝った。
 長女康子と次女弘美が生まれると、一緒に過ごす時間を増やそうと、週末に休める地元の建設会社に転職。土日は畑に立ち、農作業を1人で任された。夏には取れたてのキュウリやトマトを食卓に並べた。「お父さんの野菜が一番だって言ってくれてさ。誇らしかったよ」
 高校卒業後に福島県外に出た康子が、実家に戻ってきたのは6年前。ー人で子どもを産み、晋と名付けた。山田は休日にベビーカーに乗せ、職場や家の周りを散歩した。
 しっかり歩けるようになった晋は、畑の一角にあるブドウのハウスについてきた。「これが花だよ」「この実が大きくなるんだよ」。一つずつ教えると、早く食べたいとせがんだ。
 秋が近づき、実は黒く色づき始める。「もう食べられる?」。口に入れ、顔をしかめる晋。「まだ渋かったんだろうね。ひどい顔をしてたっけな」。今でも思い出すと、ふっと笑ってしまう。
   ☓  ☓  ☓
 畑に専念して、孫のためにおいしい野菜を作る―。建設会社を定年退職し、老後の夢を思い描き始めていたところに、原発事故が起きた。
 山田が住む地域は、放射線の年間積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れはないとして避難区域にはならなかった。
 近所の農家が育てた作物は、放射性物質の量が基準値以下だ。「福島の野菜はきちんと測定されている。日本一安全だ」。山田の信念は揺るがない。だが娘たちの考えは違った。
 2013年1月、康子は大雪の中、晋を車に乗せてハンドルを握った。毎朝、保育園に送る時と同じように。「1年ぐらいで、すぐに帰るから」。両親にうそをつき、新潟県ヘ向かった。そこでは、妹が既に避難生活を始めていた。
 山田の自宅居間には、晋が好きだったアンパンマンのぬいぐるみと、保育園で作った折り紙のペンダントがある。食器棚のガラス戸にぺたぺたと貼られたシールもそのままだ。「そりゃあもう、かわいくて仕方なかったよ」。山田はうつむき、話すのをやめた。

 13年1月、山田の長女康子は4歳になった息子の晋を連れ、福島県の実家から新潟県に避難した。「1年ぐらいで帰るから」。止めようとする父にそう言い残したが、数年は帰らないと覚悟を決めていた。
 避難先の2DKのアパート。家具は少なく、壁には晋がクレヨンで描いた絵が一面に貼られている。康子は新潟に来た後、非難前に周囲から浴びせられた言葉をメモ帳に箇条書さにした。
 「しんけいしつ」
 「(福島は)もう大丈夫」
 「「いまさら(引っ越すの?)」
   ☓  ☓  ☓
 11年3月、東京電力福島第1原発事故が起きた。約60キロ離れた実家周辺では、住宅地の除染作業が急ピッチで進んだ。屋根や壁を高圧の放水で洗浄し、雨どいにたまった泥を取り除く。枯れ葉も袋に詰めて運び出された。空間放射線量は下がったが、除染の長期目標とされる年間1ミリシーベルトを上回っている所もあった。
 「まだ高い値なのに、国は住んでも安全だと言うばかり。何を信じていいか分からなかった」と康子が言う。
 事故から8カ月後、新潟に先に避難したのは、2人の幼子を育てる妹の弘美だった。インターネットで放射線や被ぱくのことをいろいろと調べ、自分の母乳を検査に出したら微量の放射性セシウムが検出された。「お姉ちゃんも早く避難しなよ」。頻繁に電話がかかってくるようになった。
 妹はちょっと神経質すぎるんじゃない? 私のように小さな息子を連れたシングルマザーは、どこも雇ってくれないだろうし…。
 康子は気が進まなかったが、徐々に考えが変わっていった。
 事故から1年近くたち、晋を近所の小児糾に連れて行った時のこと。風邪のような症状が続いていると伝えると、医師が尋ねた。
 「食欲はどうですか」
 「ヨーグルトを食べさせました」
 「あー、今はやりのね」
 そのころネット上では、ヨーグルトを食べると放射性物質が体外に排出されるとうわさになっていた。自分はそのつもりで食べさせていたわけではなかゥたが、鼻で笑うような医師の態度が気になった。
 周りの友人も同じような経験をしていた。別の医師に子どもを診てもらった際に「放射能の影響ですか」と尋ねると、「何でも放射能のせいにしないで」と強い口調で言われたらしい。
 実家周辺の放射線量が今すぐ健康に影響のない水準だとしても10年、20年後にはどうか。幼いわが子の将来を心配するのは親として当たり前なのに、医者にも相談できない。思い悩むうち、康子は体がだるくなり、起き上がるのが難しくなった。「ストレスが原因」と診断された。
 「このままでは晋を守れない」。12年暮れ、新潟行きを決意し、父に打ち明けた。「国が大丈夫だと言っているのに、なんで避難しないといげないんだ」。反対されたが、もう迷いはなかった。

 昨年8月、東京電力福島第1原発から約60キロ離れた山田の家に、長女康子と、孫の晋(5)が避難先の新潟県から帰省した。大雪の朝に車で飛び出してから7カ月。久しぶりの「じい」との再会に、晋は大はしゃぎだった。
 「もぎたてだよ。さあ食べて」。到着を待ちわびていた山田が、湯気の立つトウモロコシを差し出した瞬間、康子は顔をこわばらせた。
 「さっきご飯を食べたばかりだから」
 退職したら、自宅の畑で作ったおいしい野菜を孫や娘に食べさせたい―。それが山田のささやかな夢だった。晋がいなくなってからは週2、3回の電話で寂しさを紛らわせた。お盆の帰省を楽しみにしながら手塩にかけたトウモロコシは、例年より大きく実った。
 2日間滞在し、新潟に戻った康子と電話で言い合いになった。
 「何でそんなに敏感になるんだ」
 「基準値以下でも放射性物質が合まれていることはあるの。将来、晋の体にどんな影響が出るか分からないでしょ」
 今年の正月。再び康子と晋が顔をそろえた食卓に、おせちを並べた。もう畑の野菜は出さなかった。
 1月下旬、山田はひっそりとした居間でこたつに入り、硬い口調で話し始めた。「俺たちは食べてもいいけど、子どもは10年、20年後にどんな影響が出るか分からない」。康子に言われた通りの言葉。「だから娘たちが避難するのは仕方ない」。自らに言い聞かせるように何度も繰り返すと、突然、表情が崩れた。
 「孫に何もしてやれねえな。おもちゃを買ってやるくらいかな」。目を潤ませた。「帰ってこいって、喉元まで出かかっているよ」
   ☓  ☓  ☓
 原発事故後、体調を崩した康子は、新潟に避難してからすっかり元気になった。晋を保育園に通わせながら、自治体の臨時職員として働いた。雇用契約は3月末まで。住宅支援制度も来年3月には終わる。
 晋は来春、小学生になる。ハローワークで次の仕事が見つかるかどうか。母1人子1人での生活は先が見えない。
 両親には、避難前に体調を崩していたことや、生活の不安を伝えられずにいる。「1人で育てられないのなら、すぐに戻ってこい」。そう言われるのが怖い。
 原発事故が起きるまでは、何でも相談していた。でも最近は「放射性物質」という言葉を口に出すと言い争いになるので、触れないようにしている。
 康子は、甘える晋をあやしながら、表情を和らげた。「『帰ってこい』と言わない父に感謝している。孫と一緒に住みたいだろうに、我慢してもらっでいるなって」
 また以前のように、みんなで普通の暮らしができたら、どんなにいいだろう。巻き戻せない時間の中で、父と娘は互いに本心を口に出さないことで、”家族”の形を保とうとしている。
(文中仮名、敬称略、共同=松本真由子)
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弾圧に負けない広津素子先生の弾圧に負けたgoo事務局

2013-10-23 05:48:52 | 新聞から
 21日の自民党山崎派総会で、武部勤前幹事長が無派閥の新人議員らを対象にした勉強会「新しい風」の立ち上げを説明した際に、参加を拒否された新人の広津素子衆院議員が詰め寄る一幕があった。
 武部氏が勉強会に触れ「派閥ではない。選挙塾だ」と強調すると、広津氏が「私も入りたいと何度も言った。なぜ私を入れてくれないのか」とかみついた。これに武部氏は激高し「誰でも入れるのではない。仲良しクラブなんだ」と参加者を事実上“選別”したことを明かし反論。広津氏は収まらない様子で、最後は派閥会長の山崎拓前副総裁が「広津さんはわが派の花だ。ほかではなく、ここで咲かせてほしい」ととりなした。

nikkansports.com 2006年12月21日


週刊文春記事の名誉毀損 広津前議員が一部勝訴

 週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、自民党所属だった広津素子・前衆院議員が文芸春秋に1320万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は15日、一部で名誉毀損の成立を認め、66万円の支払いを命じた。
 問題となったのは、2007年10月4日号と08年1月24日号の記事。現職だった広津氏を「ミセス空気が読めない女」と表現。所属する派閥の重鎮議員に対し「古いタイプの政治家」と発言したり、自民党幹事長室にあった弁当を勝手に食べたりしたと報じた。
 阪本勝裁判長は「記者が取材対象者を明らかにせず、取材の経緯が判然としない」として「記事の重要な部分で、真実の証明や真実と信じる相当の理由があったとは認められない」と述べた。
 広津氏は05年衆院選(比例九州)で初当選。09年衆院選では自民党を離党し、みんなの党で佐賀3区から出馬したが、落選した。

スポニチ Sponichi Annex 2012年2月15日 22:12


記事削除のお知らせ

goo事務局からの通知により記事削除の已むなきに至りました。
あしからずご了承下さいませ。
長らくのご愛顧誠に有難うございました。
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Me Que, Me Que メケ、メケ ― メケメケ

2011-11-12 09:35:50 | 超芸術と摩損
原詩             直訳 ― 丸山明宏訳

Le navire est a quai 船は波止場だ ― 黄昏時
Y a des tas de paquets そこには大量の積荷がある ― 港町の
Des paquets poses sur le quai 積荷は波止場に置かれ ― 酒場の片隅で
Dans un petit troquet 小さな居酒屋で ― 安い酒に
D'un port martiniquais マルティニークのとある港の(小さな居酒屋で) ― くだ巻いてる
Une fillebelle a croquer 可愛い娘は覆い隠している ― くろんぼの
Pleure dans les bras 腕の中で涙を(覆い隠している) ― 色男
D'un garcon de couleur 褐色の若者の(腕の中で) ― 「別れの杯だよ、
Car il s'en va, 彼が立ち去るから、 ― 泪を
il lui brise son coeur 彼女を傷心させる(から) ― ふいておくれ」
Elle, dans un hoquet, lui tendant son ticket 彼女は、泣きじゃくりながら、彼に切符を差し出し ― 「可愛い”チチ” ワカッテルダロ
Lui dit: "Cheri, que tu vas me manquer!" 彼に言う「愛する人、私にどれだけ寂しい思いをさせるの!」 ― 俺は海の男だ」
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ これっきり
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― 会えないかも知れぬ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ お前も
Peut-etre la fin d'un amour きっと愛の終わり ― 達者で暮らしな

La sirene brusqua サイレンがせかした ― 太い腕に
Leurs adieux delicats 二人の心苦しい別れを ― 抱かれたまま
Mais soudain tout se compliqua しかし突然何もかも厄介なことになった ― 泣きじゃくる色女
La petite masqua 小娘は隠した ― ブロンドの髪
Un instant ses tracas 一瞬だけ不安な気持ちを ― 青い瞳
Pourtant son courage manqua それでも気丈さが足りなかった ― イヤイヤをしながら
Elle dit: "J'ai peur, il ne faut pas partir 彼女は言った。「怖いの、離れてはいけない ― 「ネェ アンタ アタシひとり
Vois-tu, mon coueur, sans toi je vais mourir!" 分かる? 我が心の人、あなたがいないと私は死ぬ!」 ― 置いてきぼりは嫌だ」
Le garcon expliqua qu'il fallait en tous cas 若者はどうしても仕方ないからと説得した ― 「可愛い”トト” 行かないでヨ
Qu'il parte et c'est pourquoi il embarqua 立ち去るからと、だから船に乗った ―  アタイは死んじゃうわよ」
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ これはまあ
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― お気の毒なこったよ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ つれない
Peut-etre la fin d'un amour きっと愛の終わり ― 男もいたもの

Les paquets embarques 積荷が積まれ ― 時は過ぎて
Le bateau remorque 船が曳航され ― 汽笛が鳴り
Lentement a quitte le quai ゆっくり波止場を離れた ― 来る時が来ました
Ne soyez pas choques びっくりしないで ― 男は立ち
N'allez pas vous moquer 小馬鹿にしないで ― 女はすがる
De ce que je vais expliquer 今から言う話を ― 引きずられながらも
Regardant au port son bel amour a terre, 港から陸の恋人を見て、 ― 思い出の石畳に
Pris de remords, il plongea dans la mer 悔恨にとらわれ、彼は海に飛び込んだ ― 投げ出される女よ
Devant ce coup risque par l'amour provoque 呼び覚まされた愛による大胆な行為を前に ― 船をめざし 走る男
Les requins ont reste interloques サメも呆然としている ― 叫ぶ女を捨てて
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ 馬鹿野郎
Une histoire de tous les jours 毎日起きてること ― 情なしのけちんぼ
Me que, me que, mais qu'est-ce que c'est? メケ、メケ、でもそれが何? ― メケメケ 手切れの
C'est l'aurore d'un nouveau jour それは新しい日の夜明け ― お金もくれない
Qui est fait pour durer toujours そしていつまでも続くようにできている ― あきらめて帰ろう
Car l'amour vient pour retrouver l'amour... 愛がやってくるのは愛に再び出会うためなのだから… ― やがて月も出る港
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中村うさぎ この国の復興のために「宗教法人、税金払ってよ」

2011-07-14 02:11:04 | 週刊誌から
国におカネがない。震災復興のために、所得税や法人税の増税も検討されている。もし、「人の心を救う」のが宗教法人の本当の役目ならば、今こそ力を貸してほしい。国も、真剣に考えてみてはどうか。

 宗教法人の活動について、忘れ難い思い出があります。十数年前のこと。荻窪の駅前で地味ぃーな女の人に「変化の相が出ています」と呼び止められました。面白そうだったのでついて行くと、たどり着いたのは統一教会系の施設。そこで、あなたの先祖は人殺しだのなんだのと散々なことを言われ、案の定、数珠を売りつけられそうになったんです。
 値段は40万円。なんでも私のご先祖が決めた値だというのですが、当時の私はまさに買い物依存症のピーク。「おかしいなあ、ご先祖ならおカネがないのはわかっているはず」とクビを傾げると、25万円に下がり、もう一度傾げるとまた下がった。これを繰り返していたら、「4万円。ご先祖様がこれ以上ビタ一文負けるなとおっしゃっています」とため息をついたので、腹がよじれそうでしたよ(笑)。
 結局、数珠は購入したもののクーリングオフしてしまいましたが、消費者センターの人が「4万円は安い。そこまで値切ったのなら、なぜ買ってしまったんですか」と驚いていました。ほとんどの人が60万~200万円も払っているそうなんです。いったいどれだけ儲けているんだ。
 後に、宗教法人の活動は非営利なので税金を払わないと知ったのですが、どこが非営利なのかと腹が立った。数珠を購入したのは信者ではなく、明らかにキャッチセールスで引っかかった人たちでしょう。キャッチセールスの良し悪しはともかく、営利活動ですよ。
 これが、宗教法人が非課税であることがいかにおかしいか、私が身を以て体験したことでした。

 現在日本に存在する宗教法人は18万超。これらが行う祈禱や神棚の販売といった宗教活動は非営利とされ、収入を得ても課税されない。この優遇措置について、最近、自らが司会をするテレビ番組で疑問を呈したところまったく無視されてしまったという作家・中村うさぎ氏に話を聞いた。

 コトの発端は先月、私が司会をしているCS放送の番組『ニュースにだまされるな!』(朝日ニュースター)でのできごとです。現役閣僚や大学教授といった錚々たるたるゲストを迎えて、この日は東日本大震災の復興ビジョンについて、あれこれご意見を伺っていました。
 番組では復興財源について、侃々諤々の議論に。そこで私は、素朴な疑問を投げかけてみたんです。
「この際、宗教法人非課税というのを見直してみたらどうなんでしょうか」
 これは日頃から思っていたこと。この国は震災前から不況にあえいでいるので.あって、民主党政権になれば、自民党だか官僚だかによって隠され続けてきた「埋蔵金」が白目の下に晒されるという触れ込みでした。然るに、この国難にあっても出てこないところを見ると、埋蔵金なんてなかったんだと思います。本当にこの国にはカネがないわけ。だとすれば、宗教法人にも税金を払ってもらおうよ。そもそも宗教は人を救うために存在しているんでしょ。

 宗教活動にまつわる収入が非課税であることに加えて、宗教法人にはさまざまな税制上の優遇措置が取られている。
「宗教法人が飲食業や運送業などの収益事業を行った場合、宗教活動以外のそれら収益事業で収入を得た場合でも、その税率は22%と、一般法人より8%も優遇されています。さらに固定資産税、不動産取得税、都市計画税、法人事業税なども非課税なのです」(ジャーナリスト・山田直樹氏)
 すべての宗教法人に収支報告書を出す義務があるわけではないので、その財務状況を把握するのは極めて困難である。だが、すべての宗教法人に対して、税制優遇措置を廃止し課税すると、「推計で約4兆円もの税収が見込まれる」(山田氏)というのだ。

 だけど、この質問は一笑に付されてしまった。番組終了後、ゲストの一人に「その問題には触れないほうがいい。脅迫状とか来て、怖い目に遭いますからね」と諭すように言われ、あ然としました。私の質問がスルーされたのは、答えるに値しないものだったからではなく、怖いから……!?
「宗教法人の支持を失うと困る政治家は、なにも公明党や幸福実現党だけじゃない」と教えてくれる人もいました。政治家にとっては票田であり資金源であるから、こと宗教法人に関してはアンタッチャブルなのだというんです。
 仕返しが怖いから'とか、政治家の保身とか、そんな理由で宗教法人は優遇され続けているのか。なんてこった。そこで、「そんなの許せない!」と週刊文春のコラムに怒りをぶつけたわけです。
 早速、反響がありました。幸福の科学の広報局と読者の方からの記名の封書、ほかに無記名のものが何通か。
 手紙の封を切るときは、ビクビクでしたよ。「怖い目に遭いますからね」のひと言が蘇ってきたりして……。
 ところが、手紙の内容は私が怒りをもってぶつけた疑問に対し、あくまでも「私どもの見解」としたうえで、丁寧に答えてくれている。うれしかった。同時に反省もしました。私が差出人の名にビクビクしたのは即ち、宗教に対する偏見があったということなのですよね。
 宗教法人非課税について幸福の科学の見解は、まず、①憲法によって保障される「信教の自由」を根拠に挙げています。第20条ですね。宗教活動に課税するとなれば、その活動は税務調査、査察の対象となり、当局の監視下に置かれることになる。それは国家権力の介入、宗教弾圧になり、すなわち信教の自由を侵害することになる。そうならないように非課税にしているというものでした。
 次に、②「公益性」。宗教活動は教育や医療と同様に公益活動であるから、国家が保護する必要がある。「例えば、マザー・テレサが集めた寄付に対し『高額だから』という理由で課税することが善であるかどうか考えると、公益活動の保護の必要性がご理解いただけるかと思います」ということなのですが……。
 また③宗教活動にはそもそも課税の対象となる“所得”が存在しない。利益が上がってもそれは儲けではなく、事業遂行のための資金になるのだそうです。
 ①~③について、なんとなく知っていたこともあったのですが、改めてこれを読んで納得したかというと、やっぱりまだ腑に落ちないんですよね。
 まず、①「信教の自由」が侵害されるという論理については、日本でも戦前、治安維持法を盾に宗教弾圧があったことは承知してます。決して繰り返されてはならないことだけど、「税務調査、査察が国家権力の介入、宗教弾圧になる」というのは、それはどうなんでしょう。その理屈からすると、税金を納めている人はみな、弾圧されていることになってしまわない?

 はばかりながら、私も納税者ですよ。転居するたびに、それぞれの区役所やら税務署やらと税の徴収をめぐるバトルを繰り広げてきたけれど、弾圧なんかされていないし、いかなる自由も侵害されていない。法人税を納めている企業にしても、査察が入ることはあっても、弾圧されているわけではないですよね。
 税金って嫌なもの、できれば払いたくないものだけれど、払う意義はあると思う。まあ、税金を払え、払わない、で私とバトルを繰り広げてきた税務署にしてみれば、「お前が言うな」と返されそうですが。
 だって、税金を納めた人は、税金によって守られているところもあるし、また、その使い道について意見を言う権利がある。私、都庁がライトアップされたときなんて、ツイッターで「都民税をそんなことに使うんじゃない」と激怒しましたよ。
 次に、②公益活動を国家が保護する必要性について、「マザー・テレサが集めた寄付に課税することが善であるかどうか」を考えればわかるだろうというのは、……わからない。
 宗教法人が得る収入はすべて人々からの寄付であるという物言いにこそ、問題の核心があるように思うんです。これは③宗教活動にはそもそも課税の対象となる“所得”が存在しない」という見解とも絡んできますけど、私のにわか勉強によれば、公益法人は収益事業にのみ課税される。つまり、収益事業でなければ課税されないんですよね。
 となると、宗教法人の場合、なにが非収益事業でなにが収益事業なのか、問題はその線引きですよ。
 結論から言うと、ほとんど線引きは要らない、ということになるらしいじゃないですか。お守り、絵馬、おみくじ、拝観料、そしてお布施、戒名料、墓地使用料に結婚式(神前・仏前)……、すべて非収益事業だというのですから。
 幸福の科学が言う「宗教活動には課税の対象となる“所得”が存在しない」なんて、ものは言いようだと思う。そうではなく、なにをしても「課税の対象となる“所得”にならない」ということじゃないの?
 信者であろうとなかろうと、お守りを買ったり拝観料を払ったりしますけど、それは販売ではなく喜捨行為、つまり進んで寄付したとみなされる。じゃあ、それならなぜ、値段がついているのか?

 幼い頃、私はよく教会に献金していました。たとえば、教会が雨漏りするから修繕費用に充ててほしいなと。とはいっても10円とか100円でしたが、お小遣いの一部を献金箱に入れるんです。こういうことが喜捨行為ってものでしょう。
 お布施や祈禱料も、お経をあげてもらったり、祈禱してもらったりした対価を支払っているつもりでいる人が多いはず。喜捨だと思って払っているわけじゃないですよね。
 というわけで結局、幸福の科学による宗教法人非課税の説明には、合点がいっていないんです。
 読者の方の意見にも触れておくと、「宗教活動はサークル活動」説というもの。つまり、志を同じくする者たちが会費を出し合い、寄付を募り、お布施を集めて活動しているのだから、自由にさせてあげなくてはいけないというんです。
 この説に対し、私はこう考えます。たとえば、マンガ好きが集まっておカネを出し合い、同人誌をこしらえる。これはサークル活動であって、課税のしようもないでしょう。でも、その同人誌を同人誌即売会で売るとなれば、課税の対象になる。サークル活動も規模が大きくなれば、営利活動とみなされ、税務署が目を光らせますよ。
 宗教活動も始まりは小さな集まりだったかもしれない。でも、宗教法人格をもった宗教は明らかにサークルのレベルではないですよ。
 この読者の方はまた、いくら困難とはいえ、人の心を救う活動に、税務署も個人も手を突っ込んではいけないとも主張されています。
 でも、人の心を救う活動に税務署は手を突っ込んではいけないというのは、いかがなものでしょう。
 たとえぽ精神科医はどうなの。まさに、人の心を救う仕事でしょう。占い師に教われる人もいるし、私の本に救われたという人もいるんです。言うまでもなく、精神科医も占い師も私も、税務署に収入を申告し、税金を払ってます。
 フーゾク嬢に救われる男たちだって確実にいますよ。彼女たちも給料制で働いている以上は、店を通して納税しているんだから。
 同人誌を買うファンも、信者みたいなもの。作者を応援したくて、まさに喜捨する思いで買っているけど、税制上は当然、喜捨行為にはなりませんよね。
 何に心を救われるかは人それぞれ。救われる人にとっては、医者、占い師、本やマンガ、あるいは好きな女が、いわばその人の宗教なんですよ。何が喜捨行為か、決めるのはカネを払った人の思いでしょ。
 確かに、そういう人の思いに、ここからは課税するという線を引くのは難しい。でも、払った人は喜捨のつもりでも営利行為になり、喜捨したつもりはなくても喜捨行為になってしまうのであれば、いっそのこと、カネが支払われたらすべて営利行為であるということにして課税すればいいと思う。そのほうが、フェアってものでしょう。私はフェアであるということはとても大事だと思うんです。
 私は宗教法人がけしからんと言っているわけではないし、ましてや宗教に心を救われる人たちがいけないなんて、これっぽっちも思ってません。むしろ尊重するものです。ただ、非課税に納得できないだけなんです。
 だからもう一度言います。震災復興の財源がないのなら、この際、宗教法人非課税というのを見直してみたらどうなんでしょうか。

週刊現代2011年7月9日号
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