Doll of Deserting

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月下氷人。(市丸さんお誕生日記念フリーSS。)

2005-09-10 13:15:39 | 過去作品(BLEACH)
月下氷人。
 隊主である者の私室の扉が、何かを待ち構えるようにして僅かに開いていた。ただし、決して必ずしも待ち人が姿を見せると決まっているわけではない。だからといってこの賭けはギンが考えたことでもない。全ては昔馴染みの企てにより、ギンは今日一日この部屋に閉じ込められることとなった。全くもって女というものはこういった行事ごとには姦しい。人事ならば尚更だ。特に乱菊は、といえば、人の色恋にはあらん限りの協力をしてやる。しかしギンにとってそれは正しく自由を奪われることに他ならないので、精一杯の抵抗をさせて頂いた。が、結局は彼女の提案から逃げられないということは分かっている。昔から、ギンは乱菊に逆らうことなど出来なかったのだから。
「…にしても、ヒマやなあ。」
 事の発端は、ギンが自分の誕生日というものを覚えていなかったことから始まる。祝う者もいなかったので、そんなことには頓着しなくとも良いと思っていた。しかしながら、乱菊が突然自室に訪問したことで、何もかもが思い出されてしまった。―…特に忌々しいとも思わないが。
『あんたはもう少し、こういうことに貪欲になるべきよ。』
 乱菊が、このことを提案してから開口一番言った台詞だ。確かにギンは、こういった甘ったるい行事ごとには淡白な方かもしれない。乱菊など毎年自隊の隊長に誕生日を意識的に示しているというのに。そしてそう言われると何かやらなくてはならないと思い、律儀に贈り物をしてやる十番隊長も大層人がいいとギンは思っている。乱菊に悪気はないのだと理解してこそなのかもしれないが。
『あたしが吉良にそれとなくあんたの誕生日を教えてあげるから、あんたは自分の部屋で待ってなさい。あんたが自分で教えたら意味ないのよ。副官として祝うのが義務だと思うかもしれないじゃない。それじゃ嫌でしょ?』
(変なトコで鋭いんやもんなあ、乱菊は。)
 自分が副官に懸想しているということを、幼馴染である彼女はいち早く気付いた。昔からそういったことにはやたら鋭い。ただし自分のことには鈍いので、ギンは彼女に懸想している男達を大層哀れに思う。そんなことだからいつまで経っても相手が決まらないのだ、とも。
 しかもいつもならばギンがこんな時間まで自室でだらだらとしていると、決まってイヅルが書類片手に乗り込んで来るというのに、今日は至ってしんとしている。そのことに、むしろ寂しい気持ちを覚えた。あの喧騒が懐かしいとさえ。
『ええか、乱菊。あの子は絶対来えへんよ。おかしなことしてこれ以上虚しなりたないんや。』
 イヅルが自分に対して上司以上の感情など抱いていないことは、理解していた。乱菊はあの子なりに本心を隠しているのだと言い張るが、ギンはそんなことあるはずがないと思っている。しかし結局は乱菊に強く押し切られてしまった。
(今、何しよるんやろ…。)
 イヅルが仕事の催促をしに来ないということは、今頃乱菊と話をしているのだろうか。そう思うと、期待などはなく、ただただ空虚な気持ちになった。
 自分が想いを伝えれば、イヅルは断ることなど出来ない。それは重々承知していた。だからこそ、この想いは墓場まで持っていかなければならない。そう思っていた。イヅルは本来自分について来ていいような人間ではない。凡庸な日常を歩み、人並みに温かい家庭を築き、愛する女性と子を設ける。あるいは、男から懸想されることの多いあの子のことだから、一生のうち一度は、そちらの道に流れることもあるかもしれない。どんな形でもいいから、自分の知らないところで幸せになってくれればいいと思っていた。
(あァ、でも駄目やな。)
 やはりせめて自分に見えるところで幸せになってほしい。ともすれば自分が幸せにしてやりたいなどという気持ちに目覚めるので、ギンは静かに腹の奥底にそれを沈めた。


 深く息をついてから、イヅルは書類に目を戻した。周囲には他の隊員も大勢いるが、イヅルが碌に集中していないということに気付いている者は幾人いるだろう。まず間違いなく、三席はイヅルの表情を不安げに見つめている。
「吉良副隊長、御身体の調子がお悪いのであれば、自室に戻られては如何ですか?」
 重要書類もそうそうありませんし、後は私共で致しますので―…と声をかけられるが、イヅルは心ここにあらずといった様子で、悩むような声を上げながら曖昧に首を傾げた。するとそれを見て、何かを思い出したように四席が口を挟む。
「そういや吉良副隊長、今日は市丸隊長呼びに行かなくていいんっスか?」
 四席の言葉に、イヅルの背筋が凍った。三席が「馬鹿!」とでも言いたげな顔をして四席を見ている。四席は何が何だか分からず、「すみません」と一言発して黙りこくった。イヅルはそのまま暫し硬直していたが、すぐに柔和に微笑んで四席に言う。
「いや、…そうだね、君の言う通りだ。じゃあ今から執務室に行って来るよ。」
 とは言うものの、手には何も持たず隊舎を後にした。それを見て何人かが呼び止めようとするが、三席がそれを押し留めた。野暮な真似をするものではない、と。


 そろそろ紅葉が色を付け始める。乱菊は、自分の誕生日の頃になると完全な深紅を纏っている紅葉を見るのが秋の楽しみだった。血のように紅くもなく、緋色というには濃いその紅を、昔は恐ろしく思っていたものだったが、今では鮮やかに美しいものだと思う。色付き始めた淡い葉の先を見て、乱菊は先程のイヅルを思い出した。ギンの誕生日を知らせた時のイヅルの頬は、正しく色付いていたからだ。隊舎前の廊下で窓の外を眺めながら、一言呟く。
「…全く、世話が焼けるわ。」
 どれだけ擦れ違えば気が済むのか、と思った。周囲から見ればそれは公認であるのにも関わらず、本人ばかりが気付かずにあくせくしている。普段は本心の見えない飄々とした男であるのにも関わらず、本当に大事なもののことには不器用な男だった。それは昔から変わっていない。おそらくイヅルは、ギンの最後の副官になるだろうと思われた。
「隊長、ただいま帰りました。」
「おう、ご苦労だったな。」
 三番隊まで無事に書類を届けてきましたと告げる乱菊に、日番谷はぶっきらぼうに言葉を投げかける。湯のみ片手にふうと息をつきながら、彼はおもむろに新しい書類を手に取った。
「…何だ松本、やけに機嫌がいいんだな。」
「あら、そう見えますか?」
 三番隊で茶菓子でも世話になってきたのか、と言う日番谷に、まさか、と乱菊は答える。いつも食べ物のことばかりだと思っていたら大間違いですよ、とも。
『ねえ吉良、今日市丸隊長のお誕生日なんですってよ。』
『えっ…そうなんですか?どうしよう…。』
『もしかして、何も用意してなかった?』
『ええ…隊長そんなこと一言も…。』
『そうでしょうね、市丸隊長はあんたに気を遣われたくないと思ってらっしゃるから。』
『で、でも、おめでとうくらいは申し上げた方がいいです、よね…?』
『贈り物は明日でいいんじゃない?どうせ今日も市丸隊長は自室にいらっしゃるんでしょ?とにかく行ってあげなさいよ。身一つで。』
『…はあ…。』
 先刻のことを思い出しながら、乱菊は笑みを深くする。最後の一言に重要な意味を込めながら、イヅルに忠告をしてやった。後はどうにでもなれ、と半ば投げやりな気持ちも含めて、だ。副官が更に機嫌を良くしたのを見て、訝しげに眉をひそめる日番谷に、乱菊が答える。
「少しばかり、恋愛の指南をしてあげただけですよ。あたしの家族に、彼女が出来そうなんです。」
 茶化すように言うと、日番谷は暦を見ながらそういうことか、と思う。菊の節句の次の日は、忌々しいあの男の生誕日だと乱菊から聞いたことがあった。それをふまえて、上手く誤魔化された言葉に、一人一人配役を当てはめていく。なるほど彼女とはあれのことか、と合点がいった。ギンがやたらと目をかけている、あの副官か、と。
「あの男がさっさと落ち着いてくれればな。」
 俺の心労も少しは減るのに、と日番谷が僅かに毒づいた。


 何をするでもなく身を横たえていたギンに、秋風が舞う。この季節になると少しではあるが肌寒くなってくる。季節に違わず常時袴を着用しているので、寒さは感じないが。
(来えへん、よなあ…。)
 虚ろに開かれた目は、空虚な色をしている。やはり少しは期待していたのだと思うと、気恥ずかしくもなった。あれだけ期待しないと言っておきながら、結局は自分も弱い。周囲からは人間でないもののように言われるが、こんなにも脆弱なものが人間でなくて何だというのだろう。
 ふと、寝返りを打って扉に背を向けると、浅い陽の光が目を焼くようだった。再び寝返りを打とうかと身を捩ると、その瞬間、僅かに開かれた扉が開いた。


「…たい、ちょう…。」
「イヅル―…。」
 まさか、と思ってはいたのだ。扉が開いた瞬間、また期待をしてしまった自分に嫌気が差してしまったというのに、この子は、それを裏切らなかった。ああ、またこの子は自分を弱くしてしまった、と僅かに絶望した。目を見開き、おぼろげに映るその姿を、しっかり捉えようとする。イヅルは儚げな容貌をしているため、そこにいたとしても自分の妄想なのではないかと思ってしまうからだ。
「あァ、ご免な。呼びに来たんやろ?いつもみたいに。」
 そうか、とも思った。この子は自分に仕事をさせようとしているのだ、と。イヅルの顔があまりに切羽詰ったように歪んでいたので、そう思わずにはいられなかった。しかしイヅルは、なぜだか突然言った。
「隊長のお誕生日は、どなたと出会われた日なのですか?」
「は?」
「松本さんに聞いたんです。松本さんのお誕生日は、市丸隊長と出会った日に、あなたが決めてくれたのだと。ならばあなたのお誕生日は、どなたと出会われた日なのですか?」
「ああ…アレな、ボクも受け売りやねん。流魂街におった頃、もう顔も覚えとらんけど…引き取ってくれたお人が決めてくれたんよ。今日、自分と会うた日がギンのお誕生日やー言うて。もう死んどるけどな。」
「そう…ですか。」
 イヅルはこの世界で生まれたために、誕生日を人から決めてもらうというのが分からない。しかし乱菊からそれを聞き、激しく嫉妬してしまったのも確かだ。自分と出会った日が、この人の誕生日なら良かったのに。そう思った。
「僕と出会った日が、あなたの誕生日なら良かったのに。」
「イヅ…。」
「特別な日を、あなたと分かち合えたら良かったのに…。」
 九月十日という日が、市丸隊長にとっては生誕日で、僕にとっては市丸隊長に出会えた日であれば良かった。二人にとって、特別な日であれば良かった。そう言いながら、イヅルは次から次へと涙を落とした。必死でそれを袖で拭うが、いっこうに止まる気配はない。
「イヅル、ええから、泣き止み。」
「すみませっ…市丸隊長、お誕生日、おめでとうございます…。」
 ギンは自分の袖で瞼を拭ってやりながら、ふっと微笑んだ。今日最も欲しいと思っていた言葉だ。乱菊の提案も捨てたものではない、と、本人を目の前にして言えば即座に機嫌を悪くされそうなことを思いつつ、イヅルの背に腕を回してやる。それは大人しく、懐に収まった。
「なあイヅル、ボクな、お前に一番に言うて欲しかったんよ。おめでとう、て。」
「一番、でしたか…?」
「ああ、お前が一番や。」
 乱菊は、一番初めに提案したものの、結局おめでとうとは言わなかった。彼女なりの気遣いだったのかもしれない、と、ギンはふと顔を緩めた。
「あの、すみません。僕何も用意してなくて…贈り物は明日で宜しいですか?」
「ええんよ、そんなん。」
 今特別欲しいものも見つからない。あるとすればそれは、目の前に存在するこの命と言えるのかもしれない。ギンは自分の考えに嘲笑しそうになったが、それに何ら間違いも見出せないので、正しいと思うことにした。
「隊長…僕、隊長にお聞きしたいと思っておりましたが…。」
「ん?」
 ギンがやんわり促してやると、恥らうようにイヅルが顔を背けて、そのまま小さく呟いた。蚊の鳴くような声だったが、ギンはむしろ可愛らしいと思った。
「隊長は、どうしてそんなに僕のことを気にかけて下さるのですか?」
「分からへんの…?」
 おそらくイヅルは全てを知った上で、確認のために聞いているのだろう。それはギンにも理解出来た。それでも意地悪く問い返すと、イヅルは頬を赤らめた。ギンは、それを見て腕の力を強めた。僅かに足を動かしたことで、畳がまるで衣擦れのような音を立てた。
 イヅルは所在なげにしている。どう返していいのか分からないのだろう。ギンはそろそろお遊びはやめてやろうかと思い、耳元で囁いてやった。
「イヅルが、好きや。」
「…!!」
 ギンは、自分の不甲斐なさに苦笑した。この子を不幸にしてしまうから、これだけは言わないでおこうと思っていたのに。自分の中でせき止めてきたものが、風のようにじんわりと溢れ出して、どうしようもなかった。
「たいちょう…あの、僕も。」


―…僕も、好きです。


「まさか。ボクは愛しとるもん。」
「…僕もそちらの意味で好きだと申し上げているのですが…。」
 初めは信じられなかったが、この子は今抵抗もせずに自分の腕の中にいる。そのことが、イヅルの言葉に信憑性を持たせていた。ギンは、不覚にも涙を隠せそうになく、イヅルの髪に頬を寄せた。
「なあイヅル、知っとる?」
「え?」
「男女の仲を取り持つお人のことをな、月下氷人て言うんやて。」
 イヅルは「男女」という言葉に反応し、訝しげな顔を見せたが、『乱菊には感謝せんとな。』というギンの言葉には、笑みを浮かべて同意した。

 三番隊員は皆、消えてしまったイヅルのことを探そうとはしなかったし、ましてやギンの私室に赴こうなどとは考えなかった。その中で何が行われているのか、聡い三席は知っていたからだ。
「今夜も、月が綺麗ですね。」
 気付けば辺りは既に薄暗く、宵闇に月がぽっかりと浮かんでいた。その月は、いつもよりも更に青く、まるで氷に反射しているようにも見えた。




 市丸隊長お誕生日おめでとうございますー!!(叫)

 ほうらやっぱり、いつも通りのギン→イヅじゃないか。(汗)いいえこれは片思いでなくきちんと両想いですけど!でも初めは市丸さんから好きになったのが萌なんです!(アホ)ていうか刹那的永遠を元にしようかと思っていたのに無理でしたやっぱ。(汗)微妙にリンクしているところもあるはずなんですけどね!(さあ目を凝らして探してみよう)
 今日朝の7時に起きて、休み休みさくさく書いておりました…。昼から出かける予定が出来たので、それまでに…!と思いまして。企画になるとやたら張り切って長く書いてしまいましてすみません。(汗)
 日番谷君が「さっさと落ち着いてくれれば俺の心労も減るのに」と言うところは、日雛の方は素直にちょっとは落ち着けばなあ、二人でつるむこともなく松本も仕事するのに。とか思って読んで下さい。日乱の方は、「アイツが吉良と落ち着いてくれれば松本は思いっきりフリーになるのに」みたいなニュアンスで読んで下さって結構です。(笑)
*9月10日18時に、少々加筆を致しました。イヅルにはプレゼントが何もないということを謝罪させようと思っていたのですが、よくよく見ればそんな表現どこにもない(汗)ということに気付きましたので。あ、ちゃんとイヅルは次の日プレゼントあげましたよ。当日はベタにイヅルがプレゼンとっがふぁ!(吐血)

 ちなみにコレ、無駄にフリーですので、宜しければコピペでお持ち帰り下さいv著者を偽ることだけはなさる方もいらっしゃらないとは思いますが、おやめ下さい。報告は不要です。しかし宜しければブログのコメントでも構いませんのでお知らせ下さると喜んでお邪魔させて頂きますv(迷惑)