*見ようによっては藍ギンですのでご注意下さい。(涙)
余章:レプリカ
男の手付きは繊細に見えたが、扱っているものは決して尋常ではない。太い黒ぶちの眼鏡を指で押し上げてから、一つ溜息をついてそれを着色するのに使用した石膏を拭ってやる。未だ目を覚ますようには思えないが、男はただ満足といった様子でそれを眺めていた。すると背後から、深く美しい男声が聞こえる。
「またやっているのか、藍染。」
「ああ、朽木君か。また、とは少し失礼じゃないか。まるで僕が人形を造ることだけに没頭して、他のことには何も構っていないみたいだ。」
「違うのか?」
藍染の造る人形より整っていると言っても過言ではないその麗人は、緩めることのない表情をそのままに、真顔で返す。藍染はそれが可笑しくなり、くっくっと笑って言った。
「そうだね、そう言ってもいい…。今一体目が完成したところなんだ。見ていくかい?」
「あれだけ執心に造っておきながらまだ一体目とは、一体どんな人形をこしらえているのだ。」
答えず、藍染は白哉を促す。藍染と白哉はまだこの時書生の身であった。しかし学び舎での勉学など馬鹿らしいとでも言うかのように、藍染は自分の制作室に篭り続けた。白哉も友人とは言えど、無理に学院へ呼び戻そうとはしない。藍染という男は、父も母も持たなかった。血縁と呼べる者もおらず、疑わしくなかったのかと言われればそれは是と答えるしかない。
しかし白哉は、それほどまでに熱心に向かい合うものがあるのならばそれでいいのではないかと思っていた。白哉は所謂上流家庭の出身であり、自分のすることは全て制限されてきた身なのだ。したいことがあるのならばすればいい。それが白哉の、友人に対するせめてもの思いやりだった。
「…これが、兄の第一作か。」
「ああそうだよ。ギン、と言うんだ。」
「ほう…。」
目の前に横たわっていたのは、今にもさらさらと音を立てそうなほどに線の細いつくりをした人間の身体であった。それをまじまじと見つめながら、白哉はなるほど、と思う。藍染の好みであるかは分からないが、確かに美しくはあるのである。白哉もさながらに美しいとよく賛美はされるが、それともまた異なっていた。
「瞳は閉じたままなのか?」
「いや、開くとも。明日の朝になればね。」
「…何を言っているのだ?」
「言わなかったかい?僕の造る人形はね、全て生を受けているんだ。」
「生、とは。」
「そのままの意味に決まっているじゃないか。この動作をし、食事をし、感情を持ち、まるで生きている人間であるかのように振舞うことが出来る。」
白哉は、その時には薄暗い部屋に篭り過ぎたお陰で狂ってしまったのかと思ったぐらいで、大して頓着はしなかった。翌日の朝、実際に目を開ききったギンを垣間見るまでは。
昨晩大人しく閉じられていた瞳は、細められてはいるが目尻がつりあがり、確かに開いていた。切れ長の隙間からは血のような紅さの瞳が覗いていて、気味が悪いと言えばそうかもしれない。しかしそれでも美しさだけは損なわれることなく、その象牙の肌にも、精巧に造られた顔にも表れていた。
「朽木はん、やったな。」
「…そうだが。」
その口から特徴的な訛りのある声が聞こえた時にも焦りはしたが、顔には決して出さなかった。ギンは相変わらず一癖ありそうな顔付きで笑っている。一度更に目を細めた後、ゆっくりとそれを開くと、目の紅さに比例して肌の白さが際立った。
「どうぞ宜しゅう。」
外見に反した淡い口調に、まるで芳香がしてくるかのような凄艶さを覚えた。男性的ではあるが、どこかはっとさせられるような色香を放っている。これが藍染の人形というものか、と白哉は感心せざるを得なかった。
「朽木君、このことは他言せぬように頼むよ。」
「…念を押されずとも言わぬ。兄の胸の内などにも興味はない。」
「朽木君、あの子を造ったのは確かに僕だが、僕は少々懸念しているんだよ。」
「何をだ。」
「これから僕が製作する『作品』の中で、あの子が―…ギンが、最も狂ってしまいそうな気がするんだ。」
あくまでも真摯に藍染が言い放った言葉は、深く重い。あのギンという人形は、ただならぬ思念を孕んでいた。あれがただものではないことなど一目瞭然である。まるでいつしか作者の藍染さえも、侵食して喰らってしまいそうなほどの苛烈さを秘めているような気がするのだ。
「そうか…いや、そうだろうな。」
「だから僕は、それを補えるような対の人形を造ろうと思うんだ。背中合わせの色彩を持つ人形を、造ってやろうと思うんだ。」
「…そうか。」
それから藍染は何も言わずに黙ってしまった。白哉は沈黙が嫌いなわけではない。しかしこうも意味ありげに黙り込まれると、白哉と言えども共に俯くしか手立てがなかった。そして、暫くそうしていたかと思うと、白哉がおもむろに口火を切った。
「…大丈夫だろう。お前は弱いが、同時にえらく残酷でもある。そういった男は大概長寿をまっとうするものだ。」
「褒められているのか貶されているのか、全く君の言うことは分からないなあ。」
言ってから、藍染がふと笑う。白哉は何が可笑しいのか結局分からないまま、所在なげに出された茶菓子を手に取った。白哉が辛党であることを知りながら、藍染は嫌がらせのように甘い茶菓子を出すのが常である。紅葉を模った餡菓子は、口に入れるとひたすらに甘く、そして寂しかった。
だらしなく床に落とされた敷布は、淫猥というよりもむしろ侘しい雰囲気を醸し出していた。肌蹴た着流しを直しもせずに、男が煙管を吹かす。腕には淡い金糸がふわりとしな垂れかかっており、男はふと笑みを浮かべた。
胡坐をかいて座った膝に抱くようにして、ギンはイヅルの髪を撫でた。そして、身体だけならば容易に手に入るのに、と顔をしかめる。こうして身体を抱かせながらも、イヅルはあの女のものなのかと思うと、吐き気がした。
ふと顔を上げると、襖に寄りかかるようにして男が立っている。藍染だ。ギンは益々気に入らないというような表情を見せ、投げやりに「何やの」と吐き捨てた。
「…そんなに、その子が大事なのかい?」
「せやねえ。あんたがイヅルを造ってくれはった時には嬉しかったわ。…同類、いう気がしたんよ。」
イヅルの容姿は、ギンと似たものを感じさせた。今にも消えそうなほどに淡い色彩を持ったイヅルを見た時、一瞬ではあったが、「あァ、この子はボクのためにおるんや」などと思わされたものである。そんなギンを見ながら、藍染は目を伏せた。哀れむような顔付きであった。
「やはり、お前は狂ってしまったんだな。」
「イヅルのせいで?」
くっくっと声を上げて笑うと、藍染が尚も顔をしかめる。ギンからしてみれば、藍染とて桃に執心しているくせに、と詰ってやりたいような思いであった。しかし藍染が言いたいのはそんなことではない。ギンが抱いている狂気はむしろ、他人を壊すものではなく自分を壊すものだ。いつでも消えてやると、何かを諦めているようでもあった。
「お前はいつかきっと、自害することになるんだろうな。」
何のきっかけもなく、ただ衝動的に命を絶つ。ギンはそういう男である。そう言うと、ギンは馬鹿にしたように笑った。
「構いまへんよ。そん時は泣こうが喚こうがこの子も一緒に連れてきますけど。」
ギンは、ことイヅルが悲しむことのないようにと気を配ってきたつもりであったが、いざ死ぬとなればそんなことはどうでも良かった。むしろ藍染の住むこの世界に、酷く鬱蒼としたこの世界に、イヅルを一人置いて行くことの方が恐ろしかった。
「…お前が目を醒ます前に、一緒に死んでやれば良かった。」
「ハッ。残念やけどそれだけはご免や。ホンマに変なところで、お優しいお人やねえ。」
嘲笑して、ギンはイヅルに目を戻した。藍染はそれを一瞥してから、何も言わずにその場を後にする。つまりはギンという男は自分の幻影であるのだ。藍染はそう思った。処女作というものは、大抵皆自分の境遇と似たもの、自分と似たものを造り上げるという。だからこそ処女作を超えることは不可能だと言われるのだ。成る程、と朦朧とした頭で考えた。自分と似たものであるからこそ、狂っているようで恐ろしいのか、と。
自分もいつか、泣き濡れる彼女を連れて命を絶つのであろうか。そう思うと、悲しくもあったが可笑しくもあった。自分の運命を、とても愛しいように感じた。
長い夜であった。藍染とギンは、互いに知らぬところで時を同じくして闇を眺め、今にも飲み込まれてしまいそうな漆黒を馬鹿にしたように笑った。
じきに、薄暗い朝が来る。
あとがき
市丸さんの容姿に夢を見てみ隊。(オイ)決して藍ギンなどではありませんよ。白ギンなどでもありませんよ…!(汗)とりあえずこれは書いておくべきかな、と。市丸さんが藍染隊長にとってどんだけ貴重な存在であるかってことの説明のようなものです。それが余計に怪しくしているのかしら。(汗)
余章:レプリカ
男の手付きは繊細に見えたが、扱っているものは決して尋常ではない。太い黒ぶちの眼鏡を指で押し上げてから、一つ溜息をついてそれを着色するのに使用した石膏を拭ってやる。未だ目を覚ますようには思えないが、男はただ満足といった様子でそれを眺めていた。すると背後から、深く美しい男声が聞こえる。
「またやっているのか、藍染。」
「ああ、朽木君か。また、とは少し失礼じゃないか。まるで僕が人形を造ることだけに没頭して、他のことには何も構っていないみたいだ。」
「違うのか?」
藍染の造る人形より整っていると言っても過言ではないその麗人は、緩めることのない表情をそのままに、真顔で返す。藍染はそれが可笑しくなり、くっくっと笑って言った。
「そうだね、そう言ってもいい…。今一体目が完成したところなんだ。見ていくかい?」
「あれだけ執心に造っておきながらまだ一体目とは、一体どんな人形をこしらえているのだ。」
答えず、藍染は白哉を促す。藍染と白哉はまだこの時書生の身であった。しかし学び舎での勉学など馬鹿らしいとでも言うかのように、藍染は自分の制作室に篭り続けた。白哉も友人とは言えど、無理に学院へ呼び戻そうとはしない。藍染という男は、父も母も持たなかった。血縁と呼べる者もおらず、疑わしくなかったのかと言われればそれは是と答えるしかない。
しかし白哉は、それほどまでに熱心に向かい合うものがあるのならばそれでいいのではないかと思っていた。白哉は所謂上流家庭の出身であり、自分のすることは全て制限されてきた身なのだ。したいことがあるのならばすればいい。それが白哉の、友人に対するせめてもの思いやりだった。
「…これが、兄の第一作か。」
「ああそうだよ。ギン、と言うんだ。」
「ほう…。」
目の前に横たわっていたのは、今にもさらさらと音を立てそうなほどに線の細いつくりをした人間の身体であった。それをまじまじと見つめながら、白哉はなるほど、と思う。藍染の好みであるかは分からないが、確かに美しくはあるのである。白哉もさながらに美しいとよく賛美はされるが、それともまた異なっていた。
「瞳は閉じたままなのか?」
「いや、開くとも。明日の朝になればね。」
「…何を言っているのだ?」
「言わなかったかい?僕の造る人形はね、全て生を受けているんだ。」
「生、とは。」
「そのままの意味に決まっているじゃないか。この動作をし、食事をし、感情を持ち、まるで生きている人間であるかのように振舞うことが出来る。」
白哉は、その時には薄暗い部屋に篭り過ぎたお陰で狂ってしまったのかと思ったぐらいで、大して頓着はしなかった。翌日の朝、実際に目を開ききったギンを垣間見るまでは。
昨晩大人しく閉じられていた瞳は、細められてはいるが目尻がつりあがり、確かに開いていた。切れ長の隙間からは血のような紅さの瞳が覗いていて、気味が悪いと言えばそうかもしれない。しかしそれでも美しさだけは損なわれることなく、その象牙の肌にも、精巧に造られた顔にも表れていた。
「朽木はん、やったな。」
「…そうだが。」
その口から特徴的な訛りのある声が聞こえた時にも焦りはしたが、顔には決して出さなかった。ギンは相変わらず一癖ありそうな顔付きで笑っている。一度更に目を細めた後、ゆっくりとそれを開くと、目の紅さに比例して肌の白さが際立った。
「どうぞ宜しゅう。」
外見に反した淡い口調に、まるで芳香がしてくるかのような凄艶さを覚えた。男性的ではあるが、どこかはっとさせられるような色香を放っている。これが藍染の人形というものか、と白哉は感心せざるを得なかった。
「朽木君、このことは他言せぬように頼むよ。」
「…念を押されずとも言わぬ。兄の胸の内などにも興味はない。」
「朽木君、あの子を造ったのは確かに僕だが、僕は少々懸念しているんだよ。」
「何をだ。」
「これから僕が製作する『作品』の中で、あの子が―…ギンが、最も狂ってしまいそうな気がするんだ。」
あくまでも真摯に藍染が言い放った言葉は、深く重い。あのギンという人形は、ただならぬ思念を孕んでいた。あれがただものではないことなど一目瞭然である。まるでいつしか作者の藍染さえも、侵食して喰らってしまいそうなほどの苛烈さを秘めているような気がするのだ。
「そうか…いや、そうだろうな。」
「だから僕は、それを補えるような対の人形を造ろうと思うんだ。背中合わせの色彩を持つ人形を、造ってやろうと思うんだ。」
「…そうか。」
それから藍染は何も言わずに黙ってしまった。白哉は沈黙が嫌いなわけではない。しかしこうも意味ありげに黙り込まれると、白哉と言えども共に俯くしか手立てがなかった。そして、暫くそうしていたかと思うと、白哉がおもむろに口火を切った。
「…大丈夫だろう。お前は弱いが、同時にえらく残酷でもある。そういった男は大概長寿をまっとうするものだ。」
「褒められているのか貶されているのか、全く君の言うことは分からないなあ。」
言ってから、藍染がふと笑う。白哉は何が可笑しいのか結局分からないまま、所在なげに出された茶菓子を手に取った。白哉が辛党であることを知りながら、藍染は嫌がらせのように甘い茶菓子を出すのが常である。紅葉を模った餡菓子は、口に入れるとひたすらに甘く、そして寂しかった。
だらしなく床に落とされた敷布は、淫猥というよりもむしろ侘しい雰囲気を醸し出していた。肌蹴た着流しを直しもせずに、男が煙管を吹かす。腕には淡い金糸がふわりとしな垂れかかっており、男はふと笑みを浮かべた。
胡坐をかいて座った膝に抱くようにして、ギンはイヅルの髪を撫でた。そして、身体だけならば容易に手に入るのに、と顔をしかめる。こうして身体を抱かせながらも、イヅルはあの女のものなのかと思うと、吐き気がした。
ふと顔を上げると、襖に寄りかかるようにして男が立っている。藍染だ。ギンは益々気に入らないというような表情を見せ、投げやりに「何やの」と吐き捨てた。
「…そんなに、その子が大事なのかい?」
「せやねえ。あんたがイヅルを造ってくれはった時には嬉しかったわ。…同類、いう気がしたんよ。」
イヅルの容姿は、ギンと似たものを感じさせた。今にも消えそうなほどに淡い色彩を持ったイヅルを見た時、一瞬ではあったが、「あァ、この子はボクのためにおるんや」などと思わされたものである。そんなギンを見ながら、藍染は目を伏せた。哀れむような顔付きであった。
「やはり、お前は狂ってしまったんだな。」
「イヅルのせいで?」
くっくっと声を上げて笑うと、藍染が尚も顔をしかめる。ギンからしてみれば、藍染とて桃に執心しているくせに、と詰ってやりたいような思いであった。しかし藍染が言いたいのはそんなことではない。ギンが抱いている狂気はむしろ、他人を壊すものではなく自分を壊すものだ。いつでも消えてやると、何かを諦めているようでもあった。
「お前はいつかきっと、自害することになるんだろうな。」
何のきっかけもなく、ただ衝動的に命を絶つ。ギンはそういう男である。そう言うと、ギンは馬鹿にしたように笑った。
「構いまへんよ。そん時は泣こうが喚こうがこの子も一緒に連れてきますけど。」
ギンは、ことイヅルが悲しむことのないようにと気を配ってきたつもりであったが、いざ死ぬとなればそんなことはどうでも良かった。むしろ藍染の住むこの世界に、酷く鬱蒼としたこの世界に、イヅルを一人置いて行くことの方が恐ろしかった。
「…お前が目を醒ます前に、一緒に死んでやれば良かった。」
「ハッ。残念やけどそれだけはご免や。ホンマに変なところで、お優しいお人やねえ。」
嘲笑して、ギンはイヅルに目を戻した。藍染はそれを一瞥してから、何も言わずにその場を後にする。つまりはギンという男は自分の幻影であるのだ。藍染はそう思った。処女作というものは、大抵皆自分の境遇と似たもの、自分と似たものを造り上げるという。だからこそ処女作を超えることは不可能だと言われるのだ。成る程、と朦朧とした頭で考えた。自分と似たものであるからこそ、狂っているようで恐ろしいのか、と。
自分もいつか、泣き濡れる彼女を連れて命を絶つのであろうか。そう思うと、悲しくもあったが可笑しくもあった。自分の運命を、とても愛しいように感じた。
長い夜であった。藍染とギンは、互いに知らぬところで時を同じくして闇を眺め、今にも飲み込まれてしまいそうな漆黒を馬鹿にしたように笑った。
じきに、薄暗い朝が来る。
あとがき
市丸さんの容姿に夢を見てみ隊。(オイ)決して藍ギンなどではありませんよ。白ギンなどでもありませんよ…!(汗)とりあえずこれは書いておくべきかな、と。市丸さんが藍染隊長にとってどんだけ貴重な存在であるかってことの説明のようなものです。それが余計に怪しくしているのかしら。(汗)