Doll of Deserting

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レプリカ(人形即興曲余章)

2005-10-18 14:40:44 | 過去作品連載(パラレル)
*見ようによっては藍ギンですのでご注意下さい。(涙)


余章:レプリカ

 男の手付きは繊細に見えたが、扱っているものは決して尋常ではない。太い黒ぶちの眼鏡を指で押し上げてから、一つ溜息をついてそれを着色するのに使用した石膏を拭ってやる。未だ目を覚ますようには思えないが、男はただ満足といった様子でそれを眺めていた。すると背後から、深く美しい男声が聞こえる。
「またやっているのか、藍染。」
「ああ、朽木君か。また、とは少し失礼じゃないか。まるで僕が人形を造ることだけに没頭して、他のことには何も構っていないみたいだ。」
「違うのか?」
 藍染の造る人形より整っていると言っても過言ではないその麗人は、緩めることのない表情をそのままに、真顔で返す。藍染はそれが可笑しくなり、くっくっと笑って言った。
「そうだね、そう言ってもいい…。今一体目が完成したところなんだ。見ていくかい?」
「あれだけ執心に造っておきながらまだ一体目とは、一体どんな人形をこしらえているのだ。」
 答えず、藍染は白哉を促す。藍染と白哉はまだこの時書生の身であった。しかし学び舎での勉学など馬鹿らしいとでも言うかのように、藍染は自分の制作室に篭り続けた。白哉も友人とは言えど、無理に学院へ呼び戻そうとはしない。藍染という男は、父も母も持たなかった。血縁と呼べる者もおらず、疑わしくなかったのかと言われればそれは是と答えるしかない。
 しかし白哉は、それほどまでに熱心に向かい合うものがあるのならばそれでいいのではないかと思っていた。白哉は所謂上流家庭の出身であり、自分のすることは全て制限されてきた身なのだ。したいことがあるのならばすればいい。それが白哉の、友人に対するせめてもの思いやりだった。
「…これが、兄の第一作か。」
「ああそうだよ。ギン、と言うんだ。」
「ほう…。」
 目の前に横たわっていたのは、今にもさらさらと音を立てそうなほどに線の細いつくりをした人間の身体であった。それをまじまじと見つめながら、白哉はなるほど、と思う。藍染の好みであるかは分からないが、確かに美しくはあるのである。白哉もさながらに美しいとよく賛美はされるが、それともまた異なっていた。
「瞳は閉じたままなのか?」
「いや、開くとも。明日の朝になればね。」
「…何を言っているのだ?」
「言わなかったかい?僕の造る人形はね、全て生を受けているんだ。」
「生、とは。」
「そのままの意味に決まっているじゃないか。この動作をし、食事をし、感情を持ち、まるで生きている人間であるかのように振舞うことが出来る。」
 白哉は、その時には薄暗い部屋に篭り過ぎたお陰で狂ってしまったのかと思ったぐらいで、大して頓着はしなかった。翌日の朝、実際に目を開ききったギンを垣間見るまでは。


 昨晩大人しく閉じられていた瞳は、細められてはいるが目尻がつりあがり、確かに開いていた。切れ長の隙間からは血のような紅さの瞳が覗いていて、気味が悪いと言えばそうかもしれない。しかしそれでも美しさだけは損なわれることなく、その象牙の肌にも、精巧に造られた顔にも表れていた。
「朽木はん、やったな。」
「…そうだが。」
 その口から特徴的な訛りのある声が聞こえた時にも焦りはしたが、顔には決して出さなかった。ギンは相変わらず一癖ありそうな顔付きで笑っている。一度更に目を細めた後、ゆっくりとそれを開くと、目の紅さに比例して肌の白さが際立った。
「どうぞ宜しゅう。」
 外見に反した淡い口調に、まるで芳香がしてくるかのような凄艶さを覚えた。男性的ではあるが、どこかはっとさせられるような色香を放っている。これが藍染の人形というものか、と白哉は感心せざるを得なかった。
「朽木君、このことは他言せぬように頼むよ。」
「…念を押されずとも言わぬ。兄の胸の内などにも興味はない。」
「朽木君、あの子を造ったのは確かに僕だが、僕は少々懸念しているんだよ。」
「何をだ。」
「これから僕が製作する『作品』の中で、あの子が―…ギンが、最も狂ってしまいそうな気がするんだ。」
 あくまでも真摯に藍染が言い放った言葉は、深く重い。あのギンという人形は、ただならぬ思念を孕んでいた。あれがただものではないことなど一目瞭然である。まるでいつしか作者の藍染さえも、侵食して喰らってしまいそうなほどの苛烈さを秘めているような気がするのだ。
「そうか…いや、そうだろうな。」
「だから僕は、それを補えるような対の人形を造ろうと思うんだ。背中合わせの色彩を持つ人形を、造ってやろうと思うんだ。」
「…そうか。」
 それから藍染は何も言わずに黙ってしまった。白哉は沈黙が嫌いなわけではない。しかしこうも意味ありげに黙り込まれると、白哉と言えども共に俯くしか手立てがなかった。そして、暫くそうしていたかと思うと、白哉がおもむろに口火を切った。
「…大丈夫だろう。お前は弱いが、同時にえらく残酷でもある。そういった男は大概長寿をまっとうするものだ。」
「褒められているのか貶されているのか、全く君の言うことは分からないなあ。」
 言ってから、藍染がふと笑う。白哉は何が可笑しいのか結局分からないまま、所在なげに出された茶菓子を手に取った。白哉が辛党であることを知りながら、藍染は嫌がらせのように甘い茶菓子を出すのが常である。紅葉を模った餡菓子は、口に入れるとひたすらに甘く、そして寂しかった。



 だらしなく床に落とされた敷布は、淫猥というよりもむしろ侘しい雰囲気を醸し出していた。肌蹴た着流しを直しもせずに、男が煙管を吹かす。腕には淡い金糸がふわりとしな垂れかかっており、男はふと笑みを浮かべた。
 胡坐をかいて座った膝に抱くようにして、ギンはイヅルの髪を撫でた。そして、身体だけならば容易に手に入るのに、と顔をしかめる。こうして身体を抱かせながらも、イヅルはあの女のものなのかと思うと、吐き気がした。
 ふと顔を上げると、襖に寄りかかるようにして男が立っている。藍染だ。ギンは益々気に入らないというような表情を見せ、投げやりに「何やの」と吐き捨てた。
「…そんなに、その子が大事なのかい?」
「せやねえ。あんたがイヅルを造ってくれはった時には嬉しかったわ。…同類、いう気がしたんよ。」
 イヅルの容姿は、ギンと似たものを感じさせた。今にも消えそうなほどに淡い色彩を持ったイヅルを見た時、一瞬ではあったが、「あァ、この子はボクのためにおるんや」などと思わされたものである。そんなギンを見ながら、藍染は目を伏せた。哀れむような顔付きであった。
「やはり、お前は狂ってしまったんだな。」
「イヅルのせいで?」
 くっくっと声を上げて笑うと、藍染が尚も顔をしかめる。ギンからしてみれば、藍染とて桃に執心しているくせに、と詰ってやりたいような思いであった。しかし藍染が言いたいのはそんなことではない。ギンが抱いている狂気はむしろ、他人を壊すものではなく自分を壊すものだ。いつでも消えてやると、何かを諦めているようでもあった。
「お前はいつかきっと、自害することになるんだろうな。」
 何のきっかけもなく、ただ衝動的に命を絶つ。ギンはそういう男である。そう言うと、ギンは馬鹿にしたように笑った。
「構いまへんよ。そん時は泣こうが喚こうがこの子も一緒に連れてきますけど。」
 ギンは、ことイヅルが悲しむことのないようにと気を配ってきたつもりであったが、いざ死ぬとなればそんなことはどうでも良かった。むしろ藍染の住むこの世界に、酷く鬱蒼としたこの世界に、イヅルを一人置いて行くことの方が恐ろしかった。
「…お前が目を醒ます前に、一緒に死んでやれば良かった。」
「ハッ。残念やけどそれだけはご免や。ホンマに変なところで、お優しいお人やねえ。」
 嘲笑して、ギンはイヅルに目を戻した。藍染はそれを一瞥してから、何も言わずにその場を後にする。つまりはギンという男は自分の幻影であるのだ。藍染はそう思った。処女作というものは、大抵皆自分の境遇と似たもの、自分と似たものを造り上げるという。だからこそ処女作を超えることは不可能だと言われるのだ。成る程、と朦朧とした頭で考えた。自分と似たものであるからこそ、狂っているようで恐ろしいのか、と。
 自分もいつか、泣き濡れる彼女を連れて命を絶つのであろうか。そう思うと、悲しくもあったが可笑しくもあった。自分の運命を、とても愛しいように感じた。

 長い夜であった。藍染とギンは、互いに知らぬところで時を同じくして闇を眺め、今にも飲み込まれてしまいそうな漆黒を馬鹿にしたように笑った。
 
 じきに、薄暗い朝が来る。



あとがき
 市丸さんの容姿に夢を見てみ隊。(オイ)決して藍ギンなどではありませんよ。白ギンなどでもありませんよ…!(汗)とりあえずこれは書いておくべきかな、と。市丸さんが藍染隊長にとってどんだけ貴重な存在であるかってことの説明のようなものです。それが余計に怪しくしているのかしら。(汗)

人形即興曲:Ⅷ~second story~

2005-09-08 20:46:12 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅷ~second story~:淡い城跡
 イヅルが彼女の何かに捕らわれたとするならば、棄てられたようなその瞳だろうと思う。それまでどんな不幸も知らず生きてきた彼女が、あの瞬間から見せた、絶望の色。それは少なからずイヅルの心を惹きつけた。我ながら悪趣味なものだとも思うが、それに何らかの既視感を感じてしまったのだから仕方がない。だからこそイヅルは、昔は桃と仲睦まじくすることが出来たのかもしれない。一種の罪の意識を覚えてからは、それすらも出来なくなったのだが。
『ご免、ご免ねー…。』
 願わくは、許しを請うてみたい。しかしそれすらも、今のイヅルには許されないような気がした。桃は別段何とも思っていないような顔をしていても、イヅルにとっては充分追い詰められる要因になり得たのだから。


 鐘の鳴る音が、聞こえる。


 イヅルと桃は、互いが人形だということを知らなかった頃より面識があった。引き取られた家が近かったこともあり、日番谷も交えてよく三人で遊んだものだ。イヅルはその頃から桃に淡い想いを抱いていた。女のような顔立ちに悩んだこともあったが、自分は完全な男であると信じていた頃の話だ。
 ある時、嫁入り行列を見ながら桃が言ったことがあった。
「将来はやっぱり、あんな風に綺麗な白い着物を着て好きな人と結婚したいなあ。」
 イヅルはそれを聞き、おそらく期待したことだっただろうと思う。今となってはもう覚えてもいない。共にそれを聞いた日番谷が、どんな表情をしていたのかも。ただ、ともかくも彼女の願いが叶えばいいと、それだけを思っていた。
 それなりに幸福に暮らしていたはずだった。それぞれの両親が、一人、また一人と消えていくまでは。
 三人全ての両親が死んでから、それぞれ散り散りになるかと思いきや、同じ場所に引き取られた。元より教職も副業として営んでいた藍染の家へと。三人共両親を失うまでは共にそこで勉学に勤しんでいたので、藍染には親しみがあった。桃など特に、彼に焦がれていたので尚更だ。
「良かったね、一度は路頭に迷うかと思ったけど。」
 イヅルは純粋に、心底感謝する気持ちでそう言った。皆の両親には、親戚と言えるようなところが僅かしかなく、しかもどういうわけか自分達は恐ろしく忌み嫌われていた。明らかに、人間を見るものではないような視線を向けられ、とてもその場にいられなかったのを覚えている。今となってはそれにも納得がいくが。
「ああ、藍染には感謝しねーとな。」
「もう!シロちゃんったら、藍染先生でしょ!?」
「藍染がこれでいいって言ったんだよ。『その方が君らしい』とかって!」
 イヅルが二人のやり取りにクスクスと笑い、最終的には三人分の笑い声が響いた。藍染は慈悲に満ちた表情でそれを見つめていた。―…その時は。


 事の発端は、三人がある程度成長してからだった。どういうことなのか分からなかったが、日番谷だけが身体的な成長を見せなかったのだ。精神的には三人の中で最も良識ある人間に育っていたが、身体だけは子供のままだった。藍染は言った。
「そうか、君だけは成長しないように造ったんだったね。」
 何を言われているのか、初めは理解することが出来なかった。藍染の思い出したような口調に、日番谷の心臓がざわざわと蠢くのみだ。そして三人は、全ての真相を知らされることとなった。
「人形だからといって特別何が出来ないというわけではないんだ。食事も運動も成長も人並みに出来る。それだけ僕は君達を精巧に造り、そして売った。」
「…っ。」
 イヅルの脳裏には、その時唇を噛んだ日番谷の表情が、まざまざと残っている。日番谷の望みは、成長し、桃を護り、それを貫くことだった。それを思い、イヅルは不覚にも目尻が熱くなった。
「日番谷君、どうだい。君が望むなら。」
―…新しい身体を、あげようか?
 やたらと甘美な声だった。それに引き込まれることを恐れたのか、これ以上自分の身体を藍染にどうこうされるのを拒んだのかそれは定かではないが、日番谷はをれを拒否した。このままでいい。時が来るまでは、と。
 イヅルが男ではなく、そしてまた女でもないと知らされたのもこの時だった。身体は男であったが、なろうと思えば女にもなれるのだと言われ軽い絶望を覚えた。当然だ。イヅルとて逞しく桃のことを護りたいと思っていたのだから。


 それからどうしたことか、桃の姿が消えた。自分達が人形だと知らされた直後のことだった。日番谷は藍染と桃が所謂男と女の関係になったのだと言ったが、それにしても姿を消すのはおかしいと思った。イヅルはとにかく周辺を探してみたが、どこにも見当たらない。座敷牢の前まで来て膝をついていると、突如として開かずのはずの中から物音がした。
 その時のことを思い出すと、今でも背筋が凍る。男と女の関係、というものを知らなかったわけではない。しかしそのことに関して自分は蚊帳の外の人間だと思っていたので、まして馴染みの女性のこととなると抵抗を隠せない。しかもその女性は、今でも自分が恋焦がれている人なのだ。
「雛森くっ―…。」
 声は、最後まで発されることはなく、そのまま嗚咽にまみれて聞こえなくなった。唇を手で押さえて泣きながら、なぜ自分は泣いているのだろうと問う。それすらも不確かなほどに、イヅルは涙というものを知らなかった。


 むしろこんなことになるのならば自分が身代わりになれば良かった。藍染がそれで満足するとも思えないが、桃に手を出されず済むのならば喜んで受け入れたことだろう。藍染には桃でなければならない。そんなことは百も承知なのだ。それでも、幼い頃からあれほど桃を護るのだと自分自身に誓約しておきながら、何も出来なかった自分を責めた。あれが桃自身望んだものだったということは、嫌というほどに分かる。だからこそ自分はもしかしたら口惜しいのかもしれない。そうも思った。

 彼等が築いた脆弱な城が、足元から音を立てて崩れていく。

「将来はやっぱり、あんな風に綺麗な白い着物を着て好きな人と結婚したいなあ。」

 
 彼女の言葉が、再び視界を掠める。


 今の彼女は、果たして幸福であるだろうか。



 …うちって健全サイトだったはずなんですがアレ?何ていうかそういう描写を書いたことはありませんが、毎回毎回それを匂わせるようなことばっか書きやがって。(笑←笑いごとじゃないよ)
 何かこう…桃は確かに好きな人と結ばれたわけだから幸せではあるのだけれども、彼女を大事に思っている男は客観的に見て桃を幸せではないと思ってる。だから自分は護れなかったって悔やむんです。

人形即興曲:Ⅷ(日番谷)

2005-09-07 19:12:42 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅷ:笛の音
 笛は、横笛いみじう をかし。
 にほひも、物の音も
 いみじくあはれに思えて。
              (一部、「枕草子」より引用)
 清涼感の欠片もない。今、この屋敷を言葉として表すならば、正しくそれだ。ここには重苦しい空気ばかりが巣食っており、街灯に群がる蛾のように、静寂の中を彷徨っている。それが酷く侘しく感じ、日番谷は目を伏せて指を動かし、横笛を操った。
 笛のたしなみがあるのは自分だけではない。この屋敷の主人である藍染も、巧みに笛を操る。元より日番谷に横笛を教えたのは、藍染だ。藍染は、日番谷を造った時から既に、彼に様々な才を与えた。武術、剣術、和楽器、学業も勿論のこと、本当に人形かと思うほどに、日番谷に知識と教養を与えていった。
『僕が君に色々なものを与え続ける理由かい?それは勿論、君が早く成長して、君の可愛いあの子を護ることが出来るようにさ。』
 茶化すように、あの男は言った。日番谷と桃は、同時に造られた。だからかは定かではないが、日番谷は常に桃のことを家族か何かのように、必死で護ってきた。それが自分の義務であるかのような気がしていた。だからこそ、藍染のその言葉にも納得出来た。
 しかし何を思ったのか、あの男は自分から桃を突然、奪った。桃が兼ねてから藍染に憧れを抱いていたことは知っていたので、二人が男と女の関係になることは別段構わなかった。しかし藍染は、それだけではなく桃を日番谷から、いやもしくは外界全てから隔離するかのように、桃をあの部屋に閉じ込めた。あの男は、言った。
『君は言ったね、あの子を代わりに護ってやるように、と。』
 日番谷は、確かに言った。もし自分から桃を奪う覚悟があるのならば、これからは桃のことはお前に頼む、と。全身全霊を賭けて護れ。そう言った。
『僕は思うんだ。一番いい方法は、全てのことから彼女を遠ざけることだと。』
 藍染は、決して狂ってはいなかった。それは後から分かったことだ。桃を愛するが故の狂気からではなく、桃を他者と触れ合わせることによって、市丸や日番谷に発覚してしまった自分の秘密を隠し通すためだったのだと、そう知った。
 そう、市丸にしか発覚していないと思われていた藍染の秘密は、日番谷にも既に発覚していた。日番谷からすれば、なぜ執拗に隠したいのか少しも理解出来ないが、彼が人一倍強い自尊心の持ち主だということも知っていたので、あえて何も追求しないことにした。
「…俺の護るものは、きっともう雛森じゃない。」
 日番谷は、自分の「役目」というものを理解し始めていた。少しばかり前ならばそれは間違いなく桃を護ることだと言えるが、おそらくこれからの自分の使命は変化する。むしろ藍染から、新たな使命を既に授かっているのかもしれない。
 藍染が最後に放った言葉が、耳の奥底で弾けて止まない。
『君の新しい身体が出来ているんだよ。』
 自分がその時どのような選択を迫られるのか、今考えただけでもおぞましい、と思った。この身体を選んだのは自分なのに、取り巻く環境が変化した今、あの男はまた新たな選択を迫ろうとしている。


「久々だな、この笛がこんな調子いいのも。」
 大分古くなったその笛は、度々音の調子が悪くなっていた。しかしそれが今日は、珍しく美しい音を奏でている。日番谷はそれに気を良くし、一層強い音で笛を吹く。

幼き人に似あはぬことと
されどいつしか おもひはやまず
彼の人の背に 届かぬものを落としけり

 何も考えず指を動かしていると、ふと亜麻色の髪をした女が脳裏をよぎった。


 どうしても日番谷君を出したくて無理に彼の心情を描いたところ、イヅルと桃の番外編を同時更新する隙がなくなったという…。(アホ)ええと、連続更新を目指して明日UPしときます。(と、言いながら何回裏切ったかな!汗)
 最後はやっぱりこの辺で日乱を入れておかないと…と思いまして。日番谷君を最終章で大きくさせるかはまだ決めておりません。(汗)とりあえず今から付箋を。(しかし私は付箋を貼り過ぎると後で収集つかなくなる人間なのでどうしよう…。泣)
 文中の古文は、最初の分はほぼ引用したものをイメージでくっ付けたものなのですが(枕草子以外の文がどこからの引用なのかいまいち定かではないので自粛)、最後の文は最初の文以外創作です。もうちょいマトモなのが出来れば良かったのですが…。管理人にマシな古文を求めない方が良いと思われます。(泣)とりあえず日乱イメージ!と思ったのに全く関係ないような…。(汗)

人形即興曲:Ⅶ(藍染+イヅル+ギン)

2005-08-20 21:09:08 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅶ:消去するもの
「駄目じゃないか、勝手に彼女をあそこに入れちゃ。」
 イヅルの肩が、ひどく震えた。しかし、男はそれを楽しむように眺めるだけだ。男がかちゃりと眼鏡を押し上げると、イヅルの身体が更に揺れた。男の様子は、常軌を逸していた。笑みを浮かべつつ、それが本心でないことは嫌でも分かる。瞳は虚ろで、笑ってはいない。
「ここに彼女が来ることが決まった時、厳重に言い渡したはずだね。あの部屋には、決して入れてはならないと。彼女には、雛森君に会わせることは出来ないと。」
 桃がどれだけこの男にとって価値のある少女であるのか、知ってはいたし、知らされてもいた。しかし自分はためらいもなく乱菊をあの部屋に入れた。そのことは許されることではない。それでもイヅルは、乱菊に桃のことを知ってほしかった。桃の過去すらも。彼女ならば、何かが変えられる気がしていた。
「…彼女、乱菊さんは、雛森君に会うべき方だと判断したからこそ案内致したのです。」
「それは、君の一存で、ということかな。」
「ええ、私のみの判断です。」
 突如として肩を掴まれ、壁に押し付けられた。その行動に身体が付いていかず、イヅルは吐血しそうな勢いで咳き込んだ。男は、何の反応も示さない。
「…それは、解体を覚悟してのことかな。」
「…そう取って頂いても、構いません…。」
 今更、この命に未練など少しもなかった。恍惚とした意識の中、頭に浮かんだのは桃ではなく、「彼」だったということに僅かな悔しさを覚えながらも、男に身を預ける。部屋の外ではさわさわと風が鳴いている。ささやかに蛍まで飛んでいた。しかし自分は、そんな世界に生きる資格を持たない。人間でもなく、他の生物でもない、ただの人形なのだから。
 ゆるゆると首を絞める手がきつくなる。こんなことでは死なないが、気を失わせるには最善の手だった。身体に最低限の傷しか付けさせず、美しいまま攫って行けるからだ。
「藍、染、さん…!」
「何だい?」
「彼女を、大事にして下さいね。」
 それだけさらりと言い残すと、がくりと膝をついた。そのまま倒れ込む身体を、そっと支える。そしてそれを腕に抱えると、制作室へ運ぶべく足を進めた。しかしその足は、部屋を出たところで遮られてしまった。
「どこ行くん?」
 独特の口調が耳をつく。そこに立っている男を、藍染はよく知っていた。自分が初めて制作した人形だ。あまり健康的な容姿をしていないため傑作とは言えないが、おそらく自分のことを一番よく理解しているであろうその男を、しかと見つめる。
「どこって、制作室だよ。この子が解体を願うものでね。」
「そんならご一緒させてもらうわ。」
「必要ない。」
「…ええの?」
 何か含むような言い回しに、藍染は訝しげな表情を向ける。ギンは確かにイヅルを気に入っていたが、そのことに関して何の非もない。イヅルに手を付けたこともない。まあ、今まさしく手をかけようとしているところなのだが、ギンに恐れを感じなければならないことは一つもなかった。
「何のことだ。」
「ボク、あんたの一番守りたい秘密知っとるんやけど。」
 その言葉に、藍染の顔が驚愕に支配された。どこでこの男は、そのことを知ったのだろう。自分に何か秘密があるとすれば、一つしかない。
「イヅルをここで壊すようなら…バラすで。…勿論、雛森ちゃんにもや。」
 突如、藍染の腕の力が緩んだ。危うくイヅルを落としそうになり、ギンがそれを支える。そのままギンにイヅルを奪われ、ギンは闇へと姿を消した。藍染には奪われた悔しさなどなく、ただ何か思案するような表情でそこに立ちすくんでいた。


 いやあのですね、本当は一回出たきりの日番谷君を市丸さんの代わりに出そうと思ってたんですけど、これギンイヅで日乱で藍桃なのに流石にここで市丸さんが何もしないのってどうなのと思い、市丸さんに我が道を突き進んで頂きました。(笑)
 イヅルと桃の番外編を入れようと思ったのですが、時期的に次のと一緒がいいような気がしたので来期にします。気にして下さった方がもしいらっしゃいましたらすみません。(汗)
 藍染隊長の秘密というのは連載する前から考えていたことなのですが、藍ギン関連ではございません。(笑)

人形即興曲:Ⅵ(乱菊+イヅル+桃)

2005-08-13 11:49:58 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅵ:優しい狼
 寄り道をしてはいけないよ。真っ直ぐ自分の行くべき道を歩まなければいけないよ。お前は分かってしまうだろうから。全ての穢れているものすら、愛しく感じてしまうだろうから。必ずここへ帰っておいで。でもどうすればいいの?もし森にいる狼が上辺に私の愛するものを、しっかりと貼り付けた人間だったらどうすればいいの。


「あなたがお人形さん?」
 乱菊が言ったことを、桃は暫く理解することが出来なかった。この屋敷に住むことを許されているのならば、彼女も人形であるはずなのに、どうして自分だけが人形であるかのような扱いをされなければならないのか、全く理解出来なかった。
「あなたは、人形じゃないんですか?」
「ご免なさいね、挨拶もなしにこんなこと聞いて。あたしは松本 乱菊。あなたは雛森 桃ちゃんね?」
「はい、乱菊、さん…?」
 つまりそれは事実上の人形ではなく、桃が「主人」のお気に入りの人形であり、所有物であるかということを確かめるためのものだったのだが、やや言葉を選ばなさすぎたらしいと乱菊は反省の念を見せた。イヅルは相変わらず桃から視線を逸らしたままだ。
「吉良君、吉良君が乱菊さんを連れてきたの?」
 桃が唐突にイヅルに向かって声を発した。イヅルは一瞬びくりと身体を震わせたが、急にばつの悪そうな表情になってゆっくりと頷いた。イヅルは大きな罪を犯したかのように振舞っていたが、桃には特に何か不快に感じた様子はなかった。
「あの、あたしに何か、聞きたいことがあるんですか…?」
 桃が小さな声で言った。顔はおそらく元は健康的な色をしていたと思われるが、今やイヅルより少しはましというくらいまで蒼白になっていた。きちんと肌の色が変わるところを見ると、些細なことからどこまでこの人形が精巧に造られているのかが分かる。
「ええ、次ご主人が訪れる日取りを知らないかと思って。どちらかといえば、あなたっていうよりご主人に用があるのよ。」
 ご主人、と言うとまるで桃の夫のようだと思いつつ、乱菊が単刀直入に聞いた。桃はふと目を伏せると、悲愴感を漂わせながら答えた。
「あたしにも、分からないんです。あの人、全然そういうこと言って下さらないから…。」
 とても優しい人ではあるけれど、と切なげに言う桃を見ながら、乱菊はあることを思いついて桃に尋ねてみた。
「出ようとか、思わないの?ここから出て、自由になりたいって。」
「思いません。それだけは、絶対に。後悔なんて、まさかそんなもの。」
 一息で言ってから、桃は溜息をついた。自分がなぜそこまで思うのか、自分でも分かっていないとでも言うようだった。イヅルは淡い色の睫毛を伏せ、桃よりも切なげな顔になった。今にも泣きそうだ、と乱菊が思ったほどだ。ここから出られない理由など、一目瞭然だった。桃は屋敷の主人に、イヅルはギンではなくおそらく桃に、それぞれ心が捕らわれたままなのだろう。なぜギンではなく桃だと思ったかというと、ギンを見る時の表情と今の表情は全く違うからだ。イヅルにとって桃という存在は、恋ではなくとも必ず何か因縁のあるものなのだろう。乱菊は、他に行くところもないのでここにいるだけなのだ。あるいは、この屋敷の異常さにまだそこまで気付けていないからだとも言える。自分が心を奪われるだけのものは、ここには一つもない。そのことを少し侘しく感じながらも、乱菊は他の二人と同じように目を伏せた。


 課題(いい加減ヤバイ)に追われ、お盆に追われ、計画に追われ、でも更新はやめられないのよ!(ダメ人間)しかしもうちょっと話進めるべきですね…。彼氏一人も出てきてない。一人も出てきてない。(うるさいよ)ところでイヅル喋ってねえ!!(今頃気付くな)頷いたりびびったりばっかりじゃないですか。初めの頃の落ち着きっぷりはどうした。(笑)
 次の回でちょっと番外編っぽくイヅルと桃の話をしようかな、と。本編と同時にUPしようと思っております。イヅ桃ではないです。ギンイヅで藍桃です。でもイヅルは桃が好きなんです。市丸さん頑張ってる。やっぱりどこまでもいい人だよあの人。(笑)

人形即興曲:Ⅴ(乱菊+イヅル+桃)

2005-08-03 21:21:36 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅴ:眠る人形
 乱菊は、この屋敷に前よりも不信感を抱くようになった。そしてこの屋敷に、その不可思議なものの糸を引く人間が存在しているのではないかとも思っていた。そんな時だ。彼女が、深窓の姫により強く会いたいと願うようになったのは。
「ねえ吉良、奥座敷の女の子に会うことって出来ないのかしら。」
 このところ、イヅルとの仲は急激に狭まっていった。他に頼れる人間がいないということもあったし、ギンなどはなかなか面と向かっては会わないので、一番身近にいる人間がイヅルだということもあった。乱菊としては、最近この間会った冬獅朗という少年の存在が気になって仕方なく、是非もう一度会いたいと願っていたのだが、彼の方もなかなか姿を現さない。この屋敷には、同居というよりも集合住宅のような気安さが漂っており、皆で食事を採るなどということもなかったので、乱菊は僅かに残念に感じていた。一人の食事というものは何とも味気ない。なので最近は、イヅルを誘って食べるようにしている。別段イヅルも迷惑に思っているような素振りは見せないので、乱菊は少し安心した。
「そうですね、まず主人に挨拶した方がいいとも思いますが、会いたいのならば案内しましょうか?」
「え、そんなに簡単に会わせていいものなの?何たって隔離されたお姫様なんでしょ?」
 乱菊が紅葉おろしを刺身に乗せながら言う。先日は頑なに入ることを拒んだくせに、と。イヅルは一瞬訝しげな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻し何ともなしに答えた。
「はい、お姫様といっても特殊な人形というわけではありませんし。ただ主人のお気に入りというだけで閉鎖された牢に入れられている、可哀想な子なんですよ。」
 イヅルの言葉に、乱菊はこの間ギンと話していたイヅルの言葉を思い出した。目を伏せるようにして感慨深げにしているイヅルを見ていると、まるでそのお人形に懸想しているようだ。
「吉良、あんたもしかしてその子のことが好きなの?」
「…思い入れがあるだけです。昔馴染みなので…。」
 イヅルがはっと目を逸らしたので、乱菊は訝しく感じながらもそれ以上は追求しなかった。ただ、その人形に会いたいという気持ちは変わらない。乱菊は食事を終えた後、意を決し頼んだ。
「吉良、じゃあお願いするわ。その子に会わせて。早い方がいいわ。」
「それなら、今すぐにでも。彼女は昼間に寝ていますから。主人もいないことですし。」
 イヅルは、食器を片付けながらおもむろに立ち上がった。乱菊もそれに続く。重ねた食器をそのままに、二人は奥座敷へと向かった。乱菊が初めて訪れた時には立ち入れなかったところの鍵を、イヅルが懐から取り出す。どうやらイヅルは、この屋敷の管理を任されているらしい。
「…ここですよ。」
 朱色の格子を開くと、中からは甘い芳香がした。更に奥に入りもう一枚障子扉を開くと、中はえらく広い造りになっていた。畳には、艶やかな黒髪を後頭部で丸く結った少女が鎮座している。淡い桃色の着物は、無垢なことを象徴しているようだ。年の頃は、日番谷よりも僅かに上といったところか。
「吉良君…?」
 イヅルの身体が、びくりと震える。乱菊は、きっと前を見据えるようにして言った。
「初めまして。あなたがお人形さん?」
 少女の瞳が、肯定するように揺れた。


 …ふう。暫く寝て頭痛薬を飲み、ご飯を食べてお茶をがぶ飲み。その後こっそり録画していた五番隊エンディングなんぞを見てその回を見直し、遊佐さん(市丸さん)と朴さん(日番谷君)と速水さん(藍染隊長)の声にはわわわ~となってみる。(超元気じゃん!!特に最後の方!!!)
 あれからアニメは撮っておりません。三番隊はリアルで見ただけです。十番隊は撮りましたがちょっぴり涙したので二度は見ません。(笑)
 そして更新です。桃です。何かキャラ違いますがちゃんと桃です。次ではちゃんと桃になるはずです。うっかり間違えてなぜかTPOと打ってしまいました。神からのメッセージでしょうか。(痛いな)イヅルと桃はどんな関係なのでしょうか。(考えろ!)

人形即興曲:Ⅳ(乱菊+日番谷)

2005-07-30 10:36:32 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅳ:鋭利な光
 乱菊は結局くずおれたまま声を出すことが出来なかったが、それすらも構わず少年は近付いてきた。乱菊が少年の顔を見る間もなく、少年は声を吐き出した。
「松本 乱菊だな。話は聞いてる。」
 少年は、外見に似合わない不遜さをもっていた。身の丈は乱菊の四分の三ほどしかないのにも関わらず、話す言葉は目線が高い。しかしそれに違和感を持たせないところは、感心すべきことなのだろうか、と思案した。少年はまるで大人のようだ。子供という印象を少しも与えない。それもこの屋敷ならではのことなのだろうか。
「言っておくが成長しねえからこの身体なだけで、歳はお前と幾つも変わんねえぞ。」
「…成長しないって、じゃあ、あなたも…?」
「ああ、まあ成長出来る奴もいるし頼めばでかくなれるんだろうが…今はこれで構わん。」
 眉間に皴を寄せてはいるが、秀麗な造りは寸分も損なわれない。翡翠色の瞳は全てを見透かすように澄んでいる。乱菊は、必死に声を絞り出しながら、この前イヅルの言った「成功作」という言葉を思い出していた。「成功」「失敗」という区別があるのなら、彼はどちらなのだろう、と。
「松本、お前、まだ自分のこと何も分かっちゃいねえんだろ?」
 乱菊は、おもむろに頷いた。自分が人形だとは言われたが、それすらもまだ信用出来ない。ただ、ここに住む人々が人形だということは何となく納得出来た。あまりにも人間離れした美しさをたたえているだけではなく、この少年の外見と精神の違いなどを見ていると、不思議と信じさせられるのだ。
「まあでも、俺の口から言えることでもねえしな。」
 乱菊は、その言葉を残念に思う。今出会ったばかりなのに、なぜか彼の言うことが一番信用出来るような気持ちになっていたのだ。誰よりも、説得力を持っていると。
「何か、教えて下さることがあれば、教えて下さいませんか?」
 自分より幾つも年下に見える少年に、敬語を使うのは初めてだった。しかし何となく彼の方が年上かのような錯覚を覚えてしまうのだ。
「ああ…まだ名乗ってなかったな。俺は日番谷 冬獅朗だ。あと、これだけは言っとくぜ。」
[神なんて血生臭いもんを信じてんなら、ここから出て行け。]
 乱菊は、なぜかぞっとした。それを言う彼の視線に射抜かれるような強さを感じただけではない。改めて、この屋敷の恐ろしさを思い知ったのだ。おそらく、ここでの「神」は主のことなのだろう。しかしそれを信じることは、あまりに残酷なことのように思えた。
「神なんて形のないもんに祈るより、さっさと自分の身の振り方を考えた方が得策だ。どうするかはお前の勝手だけどな。」
 彼の足音が、ゆっくりと遠ざかる。その一見頼りなく見える背中に、一筋の光を感じて、乱菊はゆっくりと目を閉じる。その光は、何もかもを許すような温かみを持っており、それでいて何もかもを射抜くような鋭さをたたえていた。


 日乱出会い編、やっと更新です。長らくお休み致しましてすみませんでした。まだ日乱という感じではありませんが、何となく出会ったそばから思いの通い合っているような雰囲気をかもし出したかったのです。(笑)次は「姫」との出会い編かもしれません。

人形即興曲:Ⅲ(ギンイヅ+乱菊)

2005-07-23 21:34:45 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅲ:その全てが狂気
 乱菊がそこでギンを見たのは、初めてだった。その部屋は永く閉ざされていたらしく、入る者など誰もいなかった。それなのにも関わらず、奥座敷とも言うべきその部屋には埃など一点も見られなかった。なぜだろうと思っていたが、まさかギンが逢引に使っているとは思いもしなかった。そしてその相手が、イヅルだなどと思ってもみなかった。確かに二人はただならぬ関係に見えたが、それはまるで主人と使用人のようで、決して色めいた仲とは思えなかった。
 これで二人がことに及んでいようものならばすぐにでも立ち去るのだが、今はただ何か話しているだけだった。やけに目線は近かったが。
『何でお前はそない頑ななん?』
『…何を仰っておられるのか理解出来ません。そんなに気に入りませんか。』
 私があなたを愛さないことが。私があなたではなく隅の奥座敷にいる姫君のことばかり見ていることが。あなたに少しも心を許さないことが。乱菊にはその言葉が全てゆっくりと頭の中で響いたように感じた。
 イヅルは、ギンに愛されているらしい。それならばイヅルは女だろうか。そう思ったところで、イヅルはおそらく女性であろう奥座敷の姫君が好きなのだと言う。乱菊は混乱し、意識が闇に飲まれていくようだった。
『何て言おうとな、ボクがお前好きやいうんは変わらんよ。それとな、お前はそない人形やいうこと気にしとるみたいやけど、これだけは言うとくわ。』
 イヅルは黙ってギンの方を真っ直ぐに見つめる。それは彼から僅かに感じられる狂気じみた情念に向けられた恐れでもあったが、自分の中の狂気に向けた牽制でもあった。
『人形同士やったら、何してもええんちゃうの?逆にな、残るもんも、何もないんやから。』
 イヅルは、その言葉を聞いた瞬間びくりと震えた。むしろ何も残らないからこそ恐ろしいのだということを、彼は知らない。今愛することが最優先だと思っている。後になり、残るものもなく、振り返ることを許されないということがどれだけ酷なのかを、知らない。
『あなたは、永遠に生きるということがどういうことなのかを、理解していらっしゃらないんですね。』
 イヅルは、それだけ言っておもむろに背を向け去った。乱菊は取り残されたギンを見つめながら、ふっと途方に暮れる。自分もいつか人形だということで、人を愛せないことがあるのだろうか。
『ボク達は永遠やね。人間が欲しかったもんを持っとるんや。…何や、虚しいなあ』
 ギンが呟いたその言葉に、乱菊はゆっくりと息を吐き出した。しかしそれも無駄な抵抗だったようだ。乱菊は、その場にくずおれ涙を流した。何に悲しんでいるのか見当も付かなかったが、なぜだか身体は言うことを聞いてくれなかった。
「何やってんだ、お前。こんなところで。」
 乱菊は、少年が放った言葉にも耳を貸すことが出来なかった。少年はふと眉間に皺を寄せ、足音を立てずに近付いて来る。また新たに狂気を具現化した作品が、自分に迫って来ているように感じた。


 どんだけ恥ずかしい話を書いたら気が済みますか。(自問自答)こんばんは桐谷です。いや色々ネタは考えていたんですよ。乱菊さんと今度は誰を会わせようかなーと。藍染さんかな?日番谷君かな?はたまた桃とかかなーみたいな。でもまあここらでギンイヅを明かしておくべきかなーと。乱菊さんはまだイヅルの性別を理解出来てないみたいですが、話上イヅルは人形の種類の都合で両性です。いや別に身体がそうってわけじゃないけど両性。(この人絶対考えてないだけだよ!!)どうしてもここらへんで日番谷君と出会わせなければと思い無理矢理最後に入れてみました。(痛)次は乱菊さんと日番谷君の出会い編になります。(笑)

人形即興曲:Ⅱ(乱菊+イヅル?)

2005-07-19 17:14:59 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅱ:深窓の人形
 乱菊は、元々の柔軟性もあり暫くするとすぐに屋敷での生活に慣れていった。少し前に背筋が凍るほどの不安を感じていたことなど、遠い昔のように感じられる。しかし未だに顔を合わせたことのある住人は吉良イヅルと市丸ギンの二人だけだ。そこに疑問を抱かないわけはないが、余計な詮索が後々自分の身にどんな恐ろしいことをもたらすか知れないと思うと、そこまで立ち入ってはいけなかった。それは乱菊が臆病というよりも、この屋敷自体がどこか人に不信感を持たせるような雰囲気を携えていたのだ。
 ある時、まだ見ていないところを把握しようと屋敷内をうろついていたところ、奥に朱格子に囲われた部屋があるのを見つけた。まるでどこぞの遊郭のようだと訝しんでいると、イヅルが僅かに焦るようにして乱菊を止めに来たのを覚えている。
「駄目ですよ、松本さん。ここに入ってはいけません。」
「あら、どうして?」
 屋敷内ではどこでも自由に見て回っていいと言われていた。だからこそ乱菊はここへ来たのだ。そうでなければ誰がいるのか分からない屋敷内を、了解もなしに歩き回るのは気が惹ける。しかしこのイヅルの慌てようは何なのだろう、とまた不信感が募った。
「申し訳ありません、あなたにこちらの説明をするのを忘れておりました。ここには入ってはいけませんよ、松本さん。ここは主人専用なんです。」
「…吉良、ここには何があるっていうの?」
 イヅルは、金色の長い睫毛に縁取られた目を軽く伏せ、ためらうかのように控えめに答えた。その様子はまるで、口に出すのも恐るべき罪だとでも言うようだった。
「主人に飼われたお姫様が住んでいるんですよ。殺したくなるほどに無垢で、可愛らしいお姫様がね。」
 乱菊はゆっくりと息を呑んだ。人を買う、ということは別段この時代に珍しいことではない。違法ではあるが、裏の世界でならば幾らでも金銭での取引は可能だ。
「それは明らかに違法じゃない。…あんたは、その子を見たことがあるの?」
「ええ。出来上がった時に主人が見せて下さいますから。松本さん…一つ、良いことを教えて差し上げましょう。彼女を飼うことは、何ら違法ではないんですよ。」
「…何ですって?」
「全て合法的なものです。あなたはここに来た時、何か感じませんでしたか?」
「思ったわよ。あんた達皆、人形みたいに綺麗なのねって。」
「…そう、全てが人形かもしれない。いえ、私はもう答えを知っているんです。人形なんです。私も、市丸さんも、そして…あなたもね。」
 ひどく、馬鹿みたいに思えて笑った。確かに乱菊は、幼い頃から美貌を賞賛されることがよくあった。豊かで美しい肉体に、髪に顔。その全てが周囲の女の憧れだった。しかし自分を造りもののように美しいと思ったことはない。
「馬鹿じゃないの?あたしはあんた達とは全然違うじゃない。」
「そうですね。あなたは私や市丸さんのように肌の色も病的に白くはない。病的に痩せても
いない。髪の色もうんと濃い。でもそれが成功作の姿なんですよ。あなたは成功作だから…。いえ、これ以上はやめておきましょう。まだ言うべきことではありませんから。」
 乱菊が何かを言い出す前に、イヅルはふわりと去っていった。後にはただ、呆然とした乱菊だけが残された。


 ええと乱菊さんの素性はまた今度。成功作がどうなるかというところは伏せておきます。いやバレすぎですけども。(泣)ていうかイヅルと乱菊さんの絡み多すぎです。一応深窓の姫君(笑)はええっと…とりあえず今一番何も明かせない場面なのでそうだなあ…兄様とでも言っておきます。(マテ)


人形即興曲:Ⅰ(乱菊+イヅル+ギン)

2005-07-16 17:17:49 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅰ:主人のない家
「どうぞ、ここがあなたのお部屋です。」
 イヅルに自室へと案内された乱菊は、その広さに驚愕しつつ、行き場のない手を持て余した。蜀台や鏡台も全て揃えてあり、なおかつ衣装箪笥には様々な着物や見たことのない異国のドレスなどが収納されていた。乱菊が今までいた家とは天と地ほどにも違い、彼女はどこから手を付ければいいものかとうろたえた。
「そんなに頑なになさらなくとも。私も初め来た時には戸惑いましたが。」
 イヅルはそんな乱菊の様子に苦笑した。何も分からずただここまで案内されて来たものの、とても重要なことをふと思い出し乱菊ははっとして問いかけた。
「ねえ、ところでこの家のご主人はどこにいるの?挨拶したいのだけど。」
「ああ…ここのご主人は滅多にここへは来られないんですよ。私もあまり見たことがありませんし。あなたのことは知っておられるので、気になさらなくとも大丈夫ですよ。」
「…そう?」
「ええ。」
 イヅルにそう言われるので、乱菊もあとは何も言わずに部屋にあった座布団に腰を下ろした。イヅルが「では私はこれで」と立ち上がろうとすると、ふと背後から声がした。
「あァ、こらまたえらい別嬪さんやねえ。」
 乱菊は、その訛りに聞き覚えがあった。そしてその男の痩身にも、さらさらと流れる銀髪にも、細められた瞳にも見覚えがあった。
「ギン…?」
「…キミやったんか、乱菊。久し振りやな。」
 乱菊は、その男と幼馴染だった。向かいの宿屋の一人息子だった、市丸ギン。しかし彼は両親が亡くなった後、親戚に引き取られることになったと言って町を出て行った。その彼が、なぜここにいるのだろうと、乱菊は訝しんだ。イヅルは、二人の傍らで目を丸くしている。
「ギン…あんた何でここにいるの?だってあんたご両親が亡くなった後、親戚の家に行くんじゃ…。」
「…両親、なあ。」
 ギンはふっと細められた目を開き嘲笑した。乱菊はなぜかその表情が昔と何ら変化のないことに安心してしまった。あまり印象の良い表情ではないが、この方がむしろ彼らしい。
「その様子やと、まだ気付いとらんのや?乱菊。」
「何をよ?」
「何でもあれへんよ。まあ、これから宜しゅう頼むわ。イヅル、もう用終わったんやろ。行こか。」
「はい。」
 乱菊は、ギンの言葉に何か引っかかるものを感じた。ギンが両親、という言葉に反応したことにもだが、自分の素性にも何か特別な事情があるような気がしたのだ。乱菊は、男にしては繊細なその背中を見ながら、無垢な昔を思い出し、少しだけ笑った。


 やっとこさⅠ更新です。市丸さんと乱菊さんの幼馴染設定はそのまま引用。ていうか市丸さんとイヅルの関係が分からない…。(自分で書いといて)まあただの同居人でないことは確かです。ちなみにイヅルは決して使用人とかではないです。(笑)