Doll of Deserting

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斬花:前編(偽善との共鳴余話:第三幕 日乱)

2006-02-25 02:27:30 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
*日乱現世捏造編です。二人ともかなり性格が今と異なる上に夢みがちですので、充分ご注意下さい。
*前編~後編間は大人日番谷で進行しております。
*前編から後編に、後編からオマケへと飛べるようになっております。





 彼は、刀を振るう人であった。だからといって人を斬るでもなく―いや、場合によっては斬るのであるが―決して見境なく斬りつけるということはなかった。
 美しい髪の色は、どこから来たのかと聞いたこともある。すると、今度はあちらからならばお前の色はどうした、と聞き返される。あたしはああ、と頷いてから、曖昧にはぐらかした。
 刀の似合う人であった。刀というよりも、その鋭い切っ先がまるで彼のために造られたように舞うのである。 

  



 思えば不可解であったなと日番谷は思う。女は家を持たず、あるはずの名すら持たなかった。元よりとある呉服屋の長男坊が遠縁であり、二親が亡命した後そこで世話になっていたらしいが、その息子が後味の悪い死に方をしたために家を出ることとなったのだと女は話す。
 呉服屋では大した稼ぎにもならぬ下働きをしていたようである。しかしどうも女の口ぶりからすると、追い出されたわけではないらしい。むしろ伯母などは大変よくしてくれたのだが、昔馴染みの死した姿を目にした瞬間、わけも分からずに飛び出してきたのであると言う。
 その男に懸想していたのか、と、そう問うたこともあるが、女は容易くそうではないと答えた。ただ、男が独りではなく二人で死んでいるところを見て、安著したのやもしれぬし、恐ろしく思ったのやもしれぬと。孤独を絵に描いたような男が人と共に死したという事実を目の当たりにし、我を忘れてしまったのやもしれぬと、そう言う。
「男だか女だかあたしには見えませんでした。でもそんなことはどうでも良かった。絶対に独りきりで死ぬものと思っていたのに、そうでなかったことが奇跡だったんです。」
「…そうか。ところでお前、元々家があったんならどうして名がねえんだ?」
 なぜその話題から話を遠ざけようとしたのか、日番谷にも分からなかった。ただあまりに女が哀れな表情を向けながら唇を動かしているので、見ていられぬように思ったのかもしれない。しかし、女はその質問に対しても同じ顔をして笑んだので、不味かったかと日番谷は眉をひそめた。
「悪かった。」
「いえ、いいんです。…ただ、忘れているだけですから。」
 出てきた時の記憶もなければ、過去にどう呼ばれていたのかすら知らぬ女である。尋常な頭であるならば訝しく思うところであろう。けれども日番谷は、口を滑らせるかのように思わず言葉を紡いだ。
「それなら、うちで暫く暮らすか?」
 そもそも男女が二人きりで、ということを考える余裕などなく、日番谷からしてもそれは不思議な感覚であった。何事も裏まで推測した上で進めるのが常であるのに、どうしたことか、と。何にしろ、それが女の美しさによるものだと思いたくはなかった。





 隙間風が襖を抜け、女のうなじの辺りですう、と燃え尽きる。するとそれだけで日番谷は目を逸らしてしまうので、その度に女は訝しく思い、同時にくすりと苦笑を零した。日番谷は口を引き結んで不本意という風な表情を向けるが、濃い亜麻色の髪が紫電の着物を染め上げ、女が鋭い眼光で猫のように勝ち誇った笑みを見せると、眉を吊り上げて押し黙る。
「何でそうなんだ、お前は。」
「…何がですか?」
「男の性質を全て分かっているように見える。どういう仕草をして、どういう顔をすれば男が自分の方を向くか、知っているように見えんだよ。」
「嫌だ、何ですかそれ。」
 やめて下さいよ、と茶化すように笑うが、日番谷が強い視線で見据えると今度は女の方が押し黙った。すると日番谷はふとそ知らぬ振りをして視線を戻し、ぽつりと言い放つ。
「…お前、昔馴染みの男に拾われるまでは何をしてたんだ?」
「何も。両親を亡くしてからすぐに引き取られましたので。」
「…正直に話していいんだぞ。」
 日番谷が潜めるような声色で促すと、女は俯いて表情を翳らせた。亜麻色の髪が、暗がりに映え、けぶるように美しい。日番谷はその様を、先程とは異なった哀れむような瞳で一心に見つめている。女は暫くそうしていたが、視線に堪えられぬようになったのかおもむろに口を開いた。
「両親が亡くなった後、幼馴染のお家があたしを引き取ろうとして下さったんですけど…その頃には既にその…所謂廓とか、女郎屋とかいうところに売られてたんです。あたしの家、結構苦しかったから。だから幼馴染の家に身請け…と言っていいのか分かりませんけどされる前は、今お話した通りの場所で働いておりました。」
 すう、と、背筋に滑らかな悪寒が奔る。
 昔馴染みの母は生前の女の両親と大変親しく、自分の子のようなものであるからと女を引き取ろうとしたが、例え格子女郎であろうとも身請けには大層な財産が要る。下働きを幾らも抱える呉服屋とは言えど、資金を融通する期間が必要であった。けれども女は元よりの美しさと手腕で次第に売れてゆき、その間に大層な額を孕んだ女郎へと成長していたので、なお長い期間を有したのであると女は世間話をするような調子で語る。
「…お嫌ですか?」
 こんな話は、と続けた女に対し、日番谷は軽く首を横に振る。
「いや…悪かった。」
 その謝罪が一体何に向けたものであったのかは定かではない。詮索した彼女の過去にやもしれぬし、あるいはその話を挙げることにより、彼女の中の「幼馴染」を浅く呼び起こさせてしまったということに対してなのかもしれなかった。





 春に向かい忍ぶ気配を見せる霜の様子が窺えるが、未だ冬の粒子は幾つも辺りへと放たれている。今しがた任を終えた時分であるが、日番谷にしては珍しい類のものであった。日番谷の職といえば所謂よろずと表すのが正しい。よろずと言えども職種は限られているので、何でも屋というわけではないが、刀に関することならば大抵やる。
 時には鍛冶屋にもなるし、罪人を裁けと言われれば裁く。けれども時折受ける介錯の任は、決して後味の宜しいものではない。この時代、幾人殺めようともそれを罪と証明するものはなく、発覚することは僅かであった。
 当然役所などという正規の場所で日番谷を扱うようなことはない。日番谷を雇う先といえば、大抵が気位の高い裕福な商人である。中には細々と鍛冶を目当てに訪れる者もいるが、大概が豪奢な風体で現れては、用心棒やら何やらと好き勝手に申し付けて去ってゆく。
 仕事であるので用心棒などという依頼を断ることも出来ぬが、やはり本当のところは、本職である刀を扱いたいと常々望んでいる。けれども刀を振るう腕を見込まれ、その上で使われていることも確かではあるので、その点に文句はなかった。
けれども困りものなのは、時折訪れる非合法の客である。





 悪どい手を使い商業を営んでいる者も少なくはないが、そのため命を狙われることも常だ。けれども、生まれながらにして格式高い商家の嫡男とされ、生来より気位の高い者の中には、自分に危害を加えようとした罪人を役所などには任せておけぬとはた迷惑なことを口走る者もあった。
『是非この者に制裁を与えて頂きたい。』
 そのような人間は容易に言う。口と同様軽々しく目前を金の山で埋めながら、先日日番谷が捕らえ、あとは役所にでも突き出してくれと要求したはずの罪人を、どれ程拘禁していたのか背後に携えてお見えになった。
 積まれた金が非常に煩わしい。こんなものは黄金ではない。このようにさも豪奢である風な金は、黄金ではない。本物の亜麻色は既に見知っていた。他でもなくあの女の髪の色である。
『…お帰り願いましょう。』
『そう言わず、決して日番谷殿が罪人と明かされるような馬鹿は致しません。』
『そもそも罪人になるってのが性に合わないんでね。』
『これはこれは、結構な性をしていらっしゃる。』
 嘲るような素振りで袖を隠す仕草に些か眉をひそめ、再び『どうぞお引取り下さい』と促す。けれどもあちら側は全く退く様子がなく、むしろ先程よりもいきり立った風体である。男は、広い図体を踏ん反り返し、睨め付けながらいけ好かない口調で放った。
『…はて、日番谷殿に妻があるという話は伺っておりませぬが、そちらの女性は如何されましたかな。』
 はっと背後を振り返れば、客人に気付かなかったらしく女がさも申し訳なさげな表情を浮かべていた。日番谷は軽く女に頷き、いいから黙っていろと促す。
『…姉です。それ以外に何がございます。』
『ほほう、姉上殿。素性も知れぬ貴方様に、姉上殿、とな。』
『…生き別れであったのです。…何か?』
『いやいや、しかし…確たる証拠もなければ、さぞ悪評になりましょうな?質実剛健と名高いお侍殿が契りも交わさぬ女を連れ込んでいるとあっては…。』
 だらだらと聞き苦しい男の声に、ぎり、と口唇を噛み締める。男とて普段は廓やらで遊び呆けているのにも拘らず、米粒ばりに儚い他人の悪態を漁ることにかけては人一倍長けている。日番谷としてはどのような風聞を立てられようと構わぬと思うところだが、何分男には権力もあれば顔も広い。
 この男のことであるから、女の素性にも尾ひれはひれご丁寧に添えつけて広めてくれるに違いなかった。それは不味い、と日番谷は思う。日番谷は訝しげに瞳を上向けている女を一瞥してから、一度溜息を吐いて男に告げた。
『―…お受け致しましょう。』
『有難き幸せ。』
 掠れたような声音で覗き込まれた時の不快感は、今でもよく覚えている。日番谷はそれからじっと無言のまま顔を背けており、男が語っていた「段取り」というものの中身を少しも聞いていなかった。御託を並べたところでやることは変わらぬ。ただ殺めるだけだ。
 とにかく背後に佇む真の亜麻色と対比するように、目前に構えている品のない黄金色を打ち消したいとだけ考えていた。





 任を終えた後は容易い。罪悪感に浸ることもなし、達成感を抱くこともなしに、ただ喪失したような目で刀の血を拭うだけである。殺めた者の表情など覚えていない。誰しも殺められた時の姿など―とりわけ男ならば―記憶されたくはないと思うものであろう。それは死者に対するせめてもの手向けであった。
 浅瀬の脇に、日番谷は険しい表情で佇む。女は今も待っているであろう。夕餉の支度をしているか、あるいはそれを終えて適当に暇を潰しているか、どちらかだ。日番谷の帰りが遅い時には先に夕餉を済ませているのが常であるが、どうしたことか、日番谷が気乗りせぬ面持ちで任へと出かけた日には、食事をせずに待っている。殊勝というよりも、一重に勘が鋭いのだ。
(…暫く、と俺は言ったな。)
 暫くこの家で暮らさぬか、と。けれどもここを出て、どこへ行こうという当てもないような女である。いずれは日番谷の言葉通りに姿を消そうとするやもしれぬが、ならば、その前に。
(…何考えてんだ。)
 そのような想いを取り違えるような歳ではない。けれども、溺れるような歳でもない。日番谷は清めるようにして水に手を沈ませる。それはどこか、目を覚まそうとしているようでもあった。





 帰り際に鬼のような顔をした魚を拾った。釣ったのではなく、拾ったのである。足元にばたばたとちらつくものがあったので、何事かと目を凝らせばどうも魚のように見えるけれどもひどく美醜の意見が分かれるであろうというような生き物が、べたりと地に這い蹲っていた。見目からすると、どうやら鰍らしい。幼い頃に顔も覚えぬ母が日番谷に食べさせたことがあった。鰍の旬は秋であるし、そもそもここいらで釣れる魚ではないはずなのだが、元より捨て置かれた魚である。
 大概の人間が生きた姿の醜さに退くが、じっと眺めていると何やら愛嬌が見られ可愛らしいとも思う。少なくとも日番谷にとっては、一概に醜いとは言い表せぬ魚であった。それも鰍というものは、見目に反して非常に美味いのだ。
「くすんだ色をしていますね?」
 持ち帰ると、日番谷の手に提げられた魚を見て女が興味深そうな目をしながら言う。不快ではなさげであったので、ならば料理をしてくれと頼むと、今度はさも嫌そうに顔をしかめた。
「可哀想に。」
 そうは言えども、元より土手の辺りに打ち捨てられていたものである。それを喰らおうと考える自分も自分だが、既に息絶えた魚を手の中でぐったりとしな垂れさせながら哀れむのもどうしたことか。
「大体、誰が落としたか分からない魚なんでしょ?食べるのは止めましょうよ。危ないわ。」
「鰍は毒を持ってるわけじゃねえぞ?」
「あら、誰かが仕込んでいるかもしれないでしょう。それに冬獅郎さん、鰍っていうのは普通秋にいる魚だって言ったのはあなたじゃありませんか。」
「…まあ、近頃は冬にしては暑いが、春にしちゃ寒いからな。秋みてえな気候だから鰍がいても可笑しくねえんじゃねえか。」
「まあ、嘘ばっかり。」
 くすくすと指で口元を押さえ、女が笑い声を上げる。日番谷はぐっと押し黙るが、話の主題を見失ったような気がして口を開いた。
「お前は女だからな、気に入ったもんを哀れむのは分かるが…何でも可哀想可哀想言ってちゃどうにもならねえぞ。」
「あたしが魚を食べたくないんじゃないんですよ。あなたに食べさせたくないんです。心配だもの。」
「なら肉だけ剥いで、きっちり清めてくれ。肉にまで染み入るような毒はそうそうねえからな。」
「…仕方ありませんねえ…。」
 そうまでして食べたいものかしら、と女は魚をまじまじと見つめる。日番谷が鰍を喰らおうと考えたのは、美味いからというだけではない。記憶の中にある母の面立ちが蘇るようで、ふと懐かしく思ったのである。
 以前知人から、鰍は刺身が一番旨いと聞き受けていたのだが、女が生で食うことを許さなかったので、渋々焼くことにした。
 それを箸で突付きながら夕餉を堪能する。女の作った夕餉はとうに出来上がっていたのだが、鰍もそれらのつまとして一品加えてくれた。酒は呑まぬ主義であるが、何を思ったのか女が用意していたので、軽く傾ける。女はにこにこと笑いながら同じように杯を傾けていた。
「…お前が幼馴染の話をした時、同じだと思ったんだ。」
 普段は口にしない話題すらも、酒精に敗れぽつりと出てくる。
「同じ?」
「ああ―…俺も、最近昔馴染の女を亡くしたばかりだからな。」
「冬獅郎さんも?」
「馬鹿みてえに優しい女だったんだが…惚れた男の墓にもたれ掛かりながら死にやがった。」
「そうですか…ご愁傷様です。」
「いや…。」
 宿命というものは何と非道で、何と美しいものか。時を同じくして同じものを失った人間を、さり気ない場所にて邂逅させる宿命というものは、何と。けれどもこれが宿命であるならば、決して悪いものではないと日番谷は思った。
 




 仕事のない休日に、出かけようと思うのは珍しいことであった。他でもない女の私物を購入するためである。着物一枚身に付けただけの状態で拾ったものの、やはりそれだけでは足りないだろう。女ならば二、三枚あっても足りぬかもしれない。本来ならばとうの昔に行っておくつもりであったが、思うように暇がなく、随分と日が経った後となった。
 女が強請れば金だけ渡していくところだが、女は決して着物などを欲しがらない。否、強請らずとも、女は日番谷が金を渡そうとすれば常に拒む。日番谷が貧しいと思っているのか、もしくは遠慮しているのかは分からぬが、たった一枚の着物を日に一度必ず清めて着用していた。殊勝なもんだ、と日番谷は溜息を吐く。
「…本当にお前は行かないのか?」
「ええ、行ってらっしゃいまし。」
 買出しに参ると日番谷が言うと、女は待っていると答える。とはいえ女の好みなど理解出来ぬので、ここは付いて来て欲しいところなのだが、どうしてか日番谷は女に着物を買ってやるから付いて来いと言うことが出来なかった。
 以前一度街中で女が簪を熱心に見詰めていたので、買ってやろうかと言ってみたところ、女は執拗に拒んだ。おそらく色町で女郎をしていた時分、そのようなやり取りが頭に植わったままなのであろうと考え、それからは女に対して何か買ってやるという風な物言いをすることを避けた。
 するとふと思い付き、日番谷は出かける直前に尋ねる。
「なあ、お前色は何色が好きだ?」
「色…そうね、あたしは赤が好きです。」
「赤か。意外と女らしいな。」
「失礼ですねえ。意外とってなんですか、意外とって。」
 背後でむっとしたような声をあげる女を尻目に、日番谷は「分かった」と一言発し家を出る。赤という色に、蜜色をした灯篭の片鱗を思いながら。赤という色は、日番谷に廓のような印象を持たせた。けれども日番谷は、赤といえど出来るだけ派手でない着物を買ってやろうと思う。その方が女に似合うであろう、と。




 斬花:後編へ。

斬花:後編(偽善との共鳴余話:第三幕 日乱)

2006-02-25 02:25:17 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
 辺りは喧騒で溢れ返っている。けれども商人達は至って穏やかに客人を出迎え、呉服屋などは新たに仕入れた絹織物を表に出していた。日番谷は深々と頭を下げる商人に軽く頷く。既製品を購入すべく訪れたのだが、流れるように立てかけられた絹織物を眺めているところで、一点に視線が集中した。
「いらっしゃいませ。そちらがお気に召しておいででしょうか?」
「いや…着物を買いに来たんだが、この織物は仕立ててくれるのか?」
「勿論でございます。では、そちらを?」
「ああ、これと…着物を二、三枚見繕ってくれ。」
「畏まりました。」
 その織物は、丹念に染め抜かれた真紅が非常に印象的なものであった。それを飾るようにして、品のある大輪の菊と雛菊が彩っている。その菊の零れんばかりに鮮やかな具合に引き込まれ、派手なものは買わぬと思っていたにも拘らず譲ることが出来なかった。
「それでは、仕立てが終了致しましたら、お届けにあがります。」
 織物から仕立てさせるような客は大抵裕福な人間であるので、店主の腰も幾らか低い。日番谷は家の様子を窺えば魂消るのではないかとふっと口の端を上げ、既に仕立てられていた着物のみを提げて家路を歩いた。
 ざりざりと小さく響く砂の音を捉えながら、手の中にある着物の包みをそっと開く。出来るだけ赤を、と思ってはいたが、はじめに見た紅の印象が非常に強くあったために気付けば淡紅、藤色、鶯と、全く関係のない色を並べてしまった。
(淡紅と藤色はともかく、若い女に鶯はどうだかな…。)
 それも淡い仕立てではなく、少しばかり色濃く造られており、若い女性に好まれる色とは思えない。けれどもおそらく女は、黙って着るのであろう。そう考えると、今にも挿げ替えてしまいたくなった。





「あら、お帰りなさいまし。」
「ああ。」
 軽く返事をすると、女がにこりと笑いとたとたと駆けてくる。見目はいかにもといった大人の女を想像させてならないが、時折仕草がほんの少しばかり可愛らしい。『大人』という世を誰より知る女のはずなのだが、時折大人であることを忘れ去ったかのように無垢な笑みを見せる。
 とどのつまり、日番谷はといえば時折女のそういうところを―いとおしい―と、そう思うのであるが、日番谷は女にとって最も大事なものを知らないままであった。知ることが出来ぬという方が正しいのかもしれないが―確かに日番谷は、女の名というものを知らなかった。
 気になりはするけれども、女のためにも聞かぬ方が良いであろうと考え、日番谷はそ知らぬ振りをして女の目前に着物を広げて見せた。女はあっと声を上げ、着物の傍らへと腰を下ろす。
「どうしたんですか?これ。」
「お前も着物一枚じゃ不味いだろ?」
「…綺麗。」
 女はうっとりと顔を綻ばせ、慈しむように裾を手に取ると、着ている着物の上から羽織った。どうかと思っていた鶯色の着物であったが、女が着ると不思議と若々しく思える。考えてみれば共に街へ出るより、何も言わず買い与えられることの方が遊女にとっては多いのではないかと今になって気付き溜息を吐いたが、女がどうとも思っていないようなので苦笑した。
「悪かったな。若草に近いならまだ良かったんだが―その、鶯。濃すぎたろ。」
「いいえ、すごく綺麗。」
 赤を買って来るつもりがないのならば、どうして好きな色など尋ねたのだと女は罵っても良いところなのだが、心底感謝するような面持ちで着物を代わる代わる合わせてみている。飾らぬ女だと思ってはいたが、これ程までとは、と日番谷は再び軽い笑みを漏らした。





 数日で仕立て上がると店の主人は言っていたが、待てども届けに来る様子がないので、仕事帰りに立ち寄ってみた。するとどうやら非常に丹念に造っているらしく、明日までにはと頭を下げられたので、急がぬとも良いと断りつつも、明後日辺りに引取りに来ると告げる。店の主人は客に赴かせるなど恐れ多いという風に拒んだが、是非女と共に訪れて見せたいと言えば渋々了承された。
 そのため仕事の合間を塗り、女を連れ出さねばならなかったのだ。女は訝しげに首を傾げたが、たまには付いて来いと言ったところ素直に従った。
 蓮華の花が軒を連ねる小道を抜け、穏やかに時を重ねる田園を掠めて通り過ぎると、あちら側には街が見える。女は一度どきりとしたように見えたが、ぎゅっと引き締められた手を引いてやった。
 呉服屋の前には立派な看板があるが、女の様子から見ればどうやらここは過去の住まいではないようで、僅かに安著する。それは女も同じであるので、ほっと一息付くと頬を緩めた。
「いらっしゃいませ。」
「先日仕立てを頼んだ者だが…出来てるか?」
「勿論でございます、少々お待ち下さいませ。ただ今…。」
「冬獅郎、さん…?」
 流石にここまで来れば事の次第を察知したらしく、女が見開いた眼で見上げてくる。日番谷は曖昧にそれを逸らし、主人が奥から出でるのを待った。するとすぐに主人が、淡い色の風呂敷に包まれた着物を労わるような手付きで運んでくる。
「この品で間違いはございませんか?」
「ああ―…これだ。」
「え…。」
 広げられた途端に、女が驚愕したような声を上げる。漆で塗られたように鮮明な深紅が視界を染め上げたかと思うと、すぐさま大輪の菊が襲う。滲むような具合に白く染め抜かれたそれは、克明な雛菊と対比するように交わりひどく美しかった。
「何分幅の広い模様ですので、最も映えるように仕立て上げるのが難儀でして…申し訳ございません。」
「いや、見事だと思うが。」
「お褒めに預かり幸甚の至りにございます。」
 傍らの女は未だ魅入られたようにして視線を外さない。見かねた日番谷が「合わせてみるか」と言うと、一瞬戸惑った後そろそろと着物に手をかけた。店の主人は女の風貌を見て、「さぞお似合いでしょう」と笑みを絶やさない。
「…似合いますか?」
「ああ…。」
 女から投げかけられた言葉に、思わず目を逸らす。幾ら見目の麗しい女であれども、似合うものと似合わぬものがある。とりわけこのように派手な風体の着物であれば、着物に着られる女も珍しくない。けれども元より長身なこともあり、軽く羽織るだけでもすらりと美しかった。
「ありがとうございます、本当に…。」
「いや、大したことねえよ。」
「大したことあります、だってあたしは男の人からこんなに嬉しいもの貰ったの初めてなんですもの。」
 笑みを見せる女の表情から、これまで彼女に貢いできた男達と同じようには思われていないのだと確認し、ひっそりと息を吐いた。同時に、何やらこの邂逅がこれまでとは異なった兆しを見せ始めたことを感じる。女にとっても、自分にとっても。
 背後で息を潜めるように揺らぐ影の存在を、日番谷は知る由もなかった。





 なだらかな風が、隙間の開いている指を掠める。風呂敷は自分が持つと言ったのだが、自分で持たせて下さいと女が言って聞かなかった。元より重量のある代物ではないが、女の繊細な手に乗せられているとひどく重苦しいものに見える。
「なあ…お前、結局自分の名前思い出せねえのか?」
「え、…ええ…すみません。」
「責めてるわけじゃねえよ。残念だと思っただけだ。」
「残念?」
「いつまでも『お前』じゃ格好つかねえだろ?」
 女が了承するならば、妻にしたいと考えていた。女と過ごす中で長らく思っていたことである。帰る家がなければこのまま住まってくれればそれが良い、と。けれども高価な着物を買い与えた後では、断りたくとも断れぬことであろう。日番谷は僅かばかり、そのようなもので彼女を捕らえようとしている自分に気付き、大層卑怯に思った。
「お前さえ良ければ―…。」
「冬獅郎さん!」
「…っ!?」
 油断した、と、頭で理解した頃には遅かった。





 短刀を深く腹に宿したままで向かって来た者の腕を掴んだが、刺された後ではやはり少しばかり遅い。けれども足は地に縫い止めたまま、必死に佇んだ状態を保っていた。女は歯を食い縛る日番谷を支えるようにして肩に触れている。
「冬獅郎さん…冬獅郎さん…!」
 呼びかけられるが答えることが出来ず、肩で息をしながら腹から刀を抜く。瞬間どくどくと激しい血の巡りに襲われ、口の端からも僅かに血液が零れたが、構っている暇はなかった。目前の女には見覚えがある。先日殺めた男の―…妻だ。
「…仇のつもりか。」
「何の話だい?」
「旦那を殺した男、の、仇だろ…?」
「あたしはあんたなんて知らない。用があるのはそこの女さ。」
「女、だと…?」
 朦朧とした瞳で女を見つめると、女は青白い顔付きで目前の女を凝視している。男の妻と名乗る女は、狂わしい顔をして口を開いた。
「元は商才も人望もある人だったのに、あんた目当てに遊郭に通うようになってからあの人は変わったんだ。終いには店の金にまで手を出して…あんたが何を貰っても喜ばないんで、もっと高いものを、もっと高いものをってね…。あんたに身請けするのを拒まれた後には頭も狂って…どこかのお偉いさんを殺し損ねておっ死んじまったけど、あたしはあんたの顔を忘れやしなかった。生前あの人が見せてくれたあんたの顔をね…。信じられるかい?妻に向かって遊女を迎えに付き合えだなんてさ。」
「よく覚えております。何の前触れもなしに車を用意して来られて…でもあたしはどうしてもお受け出来ませんでした。身内との約束がありましたから…。」
 涙を堪え切れそうにないという風な顔をし、女がぽつりぽつりと呟く。男の妻ははっと鼻で笑い、未だ意識を保とうと必死になっている日番谷を一瞥すると、女に向かって吐き捨てるように言った。
「そうだねえ、結局あんたはその後易々と親戚の家に貰われたんだもんねえ?…でもさっき呉服屋の前でその男に向けてる顔を見たら許せなかったんだよ。何であんたばっかりのうのうと生きてるのかってね。」
「…こいつが今までどうやって生きてきたか、あんたは知らねえだろうが…。」
 搾り出すような声を出すと、女は再び嘲笑する。
「だからその女は殺さない。お前も一度くらいは大事な男を失くす思いを味わったっていいだろう?」
 ははは、と気味の悪い笑いを響かせる女が煩わしく、これ以上話を聞く必要はないと言わんばかりに腰に挿していた刀を抜き、女の胸に突き刺した。左胸を一度に狙ったのはせめてもの情けである。女は、突如として笑い声を途切れさせ、そのまま事切れる。死に顔だけは何とも整っていた。
 日番谷は再び口から血を吐き出すと、その場にくず折れた。女は慌ててそれを抱きかかえ、幾度も名を呼ぶ。このような時でさえも女の名を呼べぬ自分が、ひどく切なかった。
「冬獅郎さん、冬獅郎さ…。」
 日番谷は、傍らに無造作に置かれている風呂敷を一瞥し、それに手を伸ばした。着物は変わらず美しいまま端正な容貌を保っている。日番谷はそれを広げると、視界を埋めるように緋にかざした。艶かしい深紅は、緋色を浴びて一層際立って見える。
「冬獅郎、さん…?」
 着物の端に、女の表情が重なった。はらはらと、緋色の空間から雨が流れる。日番谷は着物の模様を無心に眺めながら、狂うように咲き誇る菊の花を視界に留め、女の表情と照らし合わせてぽつりと呟いた。
「…乱菊…。」
「え…?」
「名がなければお前にやろう。乱菊、それが…お前の名だ…。」
「乱菊…。」
 慈しむように、女―乱菊は呟く。一文字一文字、なぞるように、乱菊は己の名を繰り返した。日番谷は乱菊の姿にか声にか、もしくは目前に広がる鮮やかな深紅にか―振り絞るようにして、最期に一言消え入るような声で残した。

「ああ―…綺麗だ。」

 日番谷の表情は、何かをやり遂げたかのように美しかった。乱菊は名を呼んだのと同じように、繰り返し繰り返し日番谷の死に顔を撫でている。周囲の風は、凄惨な殺戮を無きものにするかのように緩慢であった。





沈む愚かは 狂気のあぎと
浮く愚かさは 叶わぬ慕情




斬花:余編へ。

斬花:余編

2006-02-25 02:22:48 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
 はて、どこへ訪れてしまったのやらと適当に足を進めていくと、僅かに佇む光があった。自分が命を落としたという意識はあるが、感覚は少しも存在しない。可笑しなものだと苦笑すれば、目前に漆黒の袴を履いた男が見えた。無造作に手入れされた金糸が、先程闇に堕ちた者には眩しくてならない。
「…誰だ?」
「大したもんじゃあありませんよ。どうもアナタは普通の人間が行くべきところに行き着いていないようなんで、アタシが迎えに来て差し上げたんです。」
「行くべきところ…?」
「普通の人間ならこんなとこで立ち往生なんてしないもんなんスけどねえ…珍しい人だ。」
 馬鹿にするような口調に、少しばかり口の端を下げる。すると男はくつくつと笑い、全てを見透かすようにして口を開いた。
「良いことを教えてあげましょうか…あの魚、アナタに感謝してましたよ。」
「魚…?」
「鰍っスよ。アナタが生前食べたでしょ?実はねえあの魚、喰われることが望みだったんスよ。」
「喰われることが望みだと?そりゃ可哀想な奴だな。」
「人間にもいるでしょう?『人の役に立つことをしたい』なんて望んでる人がね。あの魚は何もないところで死んでいくよりも、誰かに喰われるのが本望だと思っていたんスよ。…生きる者の望みなんて、長年死人と向き合ってきたアタシにも未だによく分かりませんからねえ。」
 男は、今度は自嘲するような笑みを浮かべる。これ程までに笑顔を使い分ける人間は初めて見た、と日番谷は思った。
「その証拠に、自分の姿を見てみて下さいよ。」
「何…!?」
 男から渡された鏡のようなもので自分の姿を確認すると、日番谷の体躯は成人から幼児へと変貌していた。あまりのことに目を瞬かせると、男はさぞ面白そうな表情を見せて日番谷の前まで歩を進める。
「どうです、目線が低いでしょう?…ここではね、自分が一番幸せだった時の姿に返るんスよ。」
「幸せだった時…?」
「肉体的、精神的に最も満たされていた時期にね。ああ、心配しなくても成長はしますから大丈夫っスけど。」
「…可笑しいもんだな。」
「まあ、確かに可笑しなことではありますけどねえ。」
「違ぇよ。…自分の意思によってこうなるのかは分からねえが…生前の俺を見てたんなら、俺が一番満たされてた時期なんて一目瞭然だろうが。」
「ああ…成る程。」
 父もなく母もなく、生きてゆく術を四六時中探していた。自由という言葉で一括りに出来るのならば、確かに幼い頃の自分は満たされていたのであろう。けれども最も幸福であった瞬間といえば、それは限られた時間の中にしか存在しない。
「彼女…死にましたよ。」
「何?」
「後追いっていうんですか、アレ。まあでも…記憶が戻らないままでしたから、このまま乱菊って名で生きていくことになるんスかねえ、ここでは。」
「そう、か…。」
 ならばいずれ、自分が彼女を迎えに行かなくてはならぬであろうと、一種の使命感のようなものに苛まれる。けれどもどっと疲労が押し寄せ、日番谷はその場に倒れこんだ。
「アレー?どうしたんスか?」
「身体が言うことを利かねえ…。」
「まあ、急に幼少時に戻っちゃ使い勝手も悪いでしょうけど…幼児はすぐに眠っちゃいますからね。」
「…なら少し休ませてくれ。」
「いいんですかあ?彼女に追い抜かれちゃいますけど。」
「ああ―…すぐに追いつく。」
 呟くと、徐々に意識を手放してゆく。男はやれやれと肩をすくめ、踵を返した。時が来れば然るべき場所へと送られるであろうと確信し、「オヤスミなさい」と息を吐き出すような調子で言う。けれども日番谷の耳には、既に生前に聞き覚えのある声のみしか聞こえていなかった。





 終ぞ叶うことのなかった逢瀬が、今もしこの場所で叶うというのならば、転生も、希望すら捨て、走り寄ることが出来るのであろうか。それまでに彼女がどれ程の邂逅を交わし、どのような想いに苛まれるかは分からぬが、再び時を同じくする日が訪れるならば、その時には。



『お帰りなさいまし』



―笑顔を護れますように。




*あとがき*
 ここまでご覧下さった方々、ありがとうございました…!
 乱菊という名を日番谷君が与えたんなら「松本」はどうなるのよという感じですが、きっとあの世で貰ったんですよということでご容赦願います。(汗)
 何が書きたかったかって「冬獅郎さん」です。それだけです…orz
 先のギンイヅ、藍桃より更に夢見がちになってしまいましたので(しかも喜助さんとか…汗)出すか出すまいかで非常に悩んだシロモノです。(笑)
 宜しければ感想など頂けると安心します。(笑)

バレンタインという魔物がホラ。

2006-02-15 23:22:48 | 過去作品(BLEACH)
*いつものことですが(汗)キャラのイメージを大事になさってらっしゃる方はご覧にならない方が宜しいかと存じます…。(涙)





 女もそわそわ、男もそわそわ。そんな日ですよねバレンタイン。(何か間違っているような気も)


*五番隊~まずは普通に~


 バレンタインだというのに朝から執務室に籠もりっぱなし藍染隊長。でもさり気なくチョコレートはたんまり貰いました藍染隊長。

藍「これで当分お茶菓子には困らないね。」

 苦笑い藍染隊長。ひとまず白推奨。(いつもだろう…)時刻は既に夜。何だか桃も残ってますお約束です。

桃「あの、藍染隊長…日頃の感謝の気持ちを込めてチョコレートに挑戦しようと思ったんですけど、失敗しちゃって…和菓子になってしまったんです。ごめんなさい…。」
藍「ありがとう、雛森君。無理しなくてもいいよ。僕は和菓子の方が好きだから。それで…これ。」
桃「えっ…?」
藍「雛森君からもらえなかった時には、僕の方からあげようと思っていたんだ。元々現世でもはじめは男性から贈り物をあげる日だったんだからね。」
桃「藍染隊長…。」
藍「それともチョコレートは嫌いだったかな?」
桃「そ…そんなことありません…!でも、もしあたしからもらえなかったらって…。」
藍「ああ、ご免ね。雛森君はそんなつもりでくれたんじゃないのに…。」
桃「あの、違います。違うんです。ほんとはあたし藍染隊長のこと…。」
藍「雛森君…。」


 えーとですね、「雛森君はそんなつもりでくれたんじゃないのに…」>彼は明らかに確信犯です。
 白藍染じゃなかったのか自分。(しかし私は腹黒も合わさってこその白藍染だと←黙れ)


*三番隊と十番隊~オイオイ合同かよコラ~



 バレンタインです。


市「…朝から大量ですなあ、十番隊長さん。」
日「そっちもな、市丸…。」


 藍染隊長は先程参照籠もりきりなので持ってこられる以外は頂きません。兄様は不用意に出歩くと何だか女の子達が一斉にお菓子をくれるので、よく分からないけど何となく受け取って帰ります。食べてくれる奥様はお亡くなりになったので(タブー。笑)恋次にあげます。(ぇえ)
 先輩は適当に受け取って適当に流すのが鉄則。「ありがとな」は忘れない。隠れフェミニスト。(妄想)
 恋次は受け取っただけ食べる。さも嬉しそうに食べるのであげた女の子は来年もあげる。(笑)

 で、市丸さんと日番谷君はと言いますと、毎年毎年出歩いたら餌食にされるって分かってんのに、懲りずに出歩いてさっそく捕まる。(コラ)


 二人ともフラフラ出歩くのは公式ですから。(笑)


市「十番隊長さん、本命はどないやの?」
日「…市丸よく聞け、今日という日は男の戦場であってだな…。
市「聞けや。
日「…そっちこそ吉良はどうした。」
市「十番隊長さん足元見てみい、そないちっさい蟻さんでも必死に生きとるねん…。
日「聞けよ。


 そんなこんなでー。


市「で、乱菊はどないしはったんですか。」
日「ああ、今日という日に限って現世に出張でな…。」
市「うわ、痛いなァ。」
日「そういうお前はどうなんだよ市丸。」
市「あァ、今日という日に限って現世に…あら?」
日「…さてはあいつら一緒にいんのか?



~現世~



イ「あの、そういえば僕今回松本さんと一緒だって市丸隊長に言ってないんですけど…。」
乱「大丈夫よ、そんなのアタシもだし。…でもギンが気にしないのも珍しいわねえ。ていうかよく許したわね?」
イ「いえあの…2月14日に現世出張だと申し上げましたら突然茫然自失になられたのでうやむやに…。
乱「ああ、一緒一緒!


 うわ、日番谷隊長が(ギンが)呆然自失だなんてちょっと見たかった…とお互いに思ってみたり。(笑)
 

乱「まあ、あたしは帰ったらあげますからって言ってきたけどね。甘いもの苦手なくせに顔に出さないように落ち込んじゃって。可愛いったらないわ。」
イ「惚気は後にして下さいよ…ていうか、やっぱり当日に何か送っておかなきゃダメですかね…?」
乱「手紙とか?」
イ「ええ、僕は何もお伝えしておりませんので。」


 そもそも同じ部屋なのかこの二人、という突っ込みはナシで。(笑)


~その頃瀞霊廷~


市「畜生今日出張て何やねん総隊長のアホー!!
日「いつもは甘っちょろいくせに嫌がらせかー!!


 二人とも大分酔っております。(笑)いつもは絶対一緒に呑んだりしない二人があら不思議!!(気にしちゃいけません)ちなみに私は二人ともザルかそれ以上だと信じているので、それ相応の量呑んだと思って下さい。(死ぬがな)
 総隊長は日番谷君を孫だと思っているに一票。(コラ)というか総隊長に言ったって。そういう出張云々は総隊長の管轄じゃないんじゃとかいうツッコミはホラ。二人とも酔ってますからホラ。(誤魔化すな)


市「せやけどなァ…他に出張しとる奴なんておらん言うのに…。」
日「まあ、今更言ったって仕方ねえけどな。てかドンペリ開けようぜドンペリ。


 ホストクラブじゃありませんよ!(更に言い逃げ) 


市「ちゅうかもうロマネええやろロマネ。
日「つくづく場所を疑う秘蔵コレクションだな…。」


 ロマネ=高級フランスワイン。安いので一瓶40万程度。やっぱりホストクラブなんかに置いてあります。(笑←夜王か)


市「十番隊長さんは秘蔵の酒とかないん?」
日「ウチにある酒は皆松本が管理してんだよ。そもそもアイツが秘蔵みてーなもんでゴッフゥ!?」 
市「目ぇ覚まし十番隊長さん!アンタ何かとり憑かれとるから!!絶対そうやから!!


 さすがに市丸さんもヤバイと思った。(私もヤバイと思った)いや別にヤバイ意味なんてありませんけどね、日番谷君が言うとね。(ハイハイ)


市「あァ、何や現世からファックス届いとる…。」
日「…ファックスについてはツッコんじゃいけねーんだな?
市「そうや、何も気にしたらあかん…!!」


市「…イヅルと乱菊からや…!」
日「何!?」


その文面。



うっかりみりんでした。



…Why?



市「うん、いやまァ…アレやな多分、現世でサザ○さん見よったらワカメちゃんや思うとったキャラが実はみりんちゃんやった言う…。
日「落ち着け市丸。そもそもみりんなんてキャラはサ○エさんにはいねえ。」


 何で知ってるのというツッコミは(以下略)


市「せやったら何やコレ…。」
日「聞き返す気にもならねえな…。」



イ「あー!乱菊さんコレ途中で文章切れちゃってますよ!?」
乱「えー?ああ…ま、大丈夫でしょ。明日会うんだし。」
イ「チョコレートにお酒入れようと思って買ったら実はみりんでしたなんて、直接会って言うんですか?
乱「愛があれば問題ナシよ☆



 だって同じくらい大きいビンに入ってたんですもの。by乱菊



 そもそも売ってあるところが違うんじゃ…とか、いや気付くだろとか、ツッコミはそう、そんな感じで…!(脱兎の如く)

川蝉と飛蝗(ギンイヅ←修)*5万打御礼フリー

2006-02-12 21:39:10 | 過去作品(BLEACH)
 捕らわれる際に根本から全てを嬲り殺され、もしくは何もかもを蝕まれるということは、つまり相手のものになるという意味合いであろうか。そう思いながら、イヅルは目前でひっそりと目を閉じている桃の姿を一瞥する。彼女は彼の人のものになろうと随分前から心に決め、その通りに動いてきたというのに、その結果がこれだ。
 桃は、副隊長になり、女として扱われた瞬間から藍染のものになったと錯覚していた。けれどもそれは違う。桃が藍染のものになったのは、他でもなく藍染が桃を正面から貫いたその時であるとイヅルは思う。相手のものになるということは、優しく優しく扱われることではない。身体、そして心の内から、強く奪われることだ。しかしそれを知りながら、イヅルはギンのものにはならなかった。
「…君はまともだ、雛森君。」
 答えがないことを知りながら、イヅルは呟く。確かにまともだ。副隊長として隊長である藍染に尽くした。そうして藍染のものになりたいと純朴に願った。恋い慕う男のものになりたい、と。藍染が自分を手にかけた時、涙を浮かべて虚偽であることを信じたその心は、女として至極まともである。
『なしてボクのものにならへんの、イヅル。』
 胸を染める断罪の声が、聴こえる。



 彼女が目覚めてはじめに口にする言葉は何だろう。そんなことを思いながら、イヅルは花瓶の花を捨てた。挿げ替える花は捨てた花と同じ、鈴蘭だ。五番隊の隊章である花を毎朝替えてやるのは、桃に対する皮肉であるのか思いやりであるのか、イヅルにも分からなかった。ただ、毎朝空虚な気持ちで鈴蘭の花を替える。その白い貌が、一瞬こちらを見て微笑ったような気がした。
『そないにあの子が好きなんか?』
(違う。違うんです、隊長。)
 桃のことを愛しているからギンを受け入れなかったわけではない。ギンは一重にそう思っていたようだが、それは全くもって違う。イヅルは見たくなかっただけだ。自分の哀れな姿を。桃を傍らで見つめ続けてきたからこそ分かる、男を望む『女』のような自分を。
 そうして彼がかつてその肩に抱いていた鈴蘭の花を一撫ですると、その場を後にした。



 庭から運ばれる美しい歌は一体何なのだろう。昔々、あの人が歌っていたことがあるような気がする、懐かしい唄である。ここは自室で、時刻は夜である。しかし運ばれてくる声は他人のものだ。イヅルは一頻り耳を傾けた後、そろそろと襖を開けた。



「せん、ぱい…?」
「おう、出てきたか。」
 このような夜更けに自分から襖を開けるわけにもいかず、微かな鼻歌を歌っていた修兵がこちらに顔を向ける。イヅルは至極静寂に満ちた部屋を好むので、おそらく気付くであろうと踏んでのことだ。本来男同士でそういった気遣いは無用なのかもしれないが、何せ下心があることは充分自覚している。
「…どうだ、最近。」
「最近も何も、職務には復帰出来てませんし、雛森君のお見舞いくらいですよ。毎日やっていることといったら。たまに日番谷隊長なんかがお見えになりますけど、それ以外はどうとも。」
 日番谷には感謝しているが、桃の病室で二人きりなどになった日には気まずさに溜まったものではない。二人共それは自覚しているので、どちらかが先に席を外すのが常である。そう言うと修兵は困ったように笑ってみせた。
「市丸隊長はどうだ。」
「どうも何も、さっさとどこかへ行ってしまわれたので、どうとも。」
「お前に何か残して行かなかったのか。」
「全て残して行かれたといえばそうですし、何も残して行かれなかったかといえばそれもまた確かです。」
 成る程、と納得した風な声を出し、修兵がイヅルとは異なった方向を見据える。そうして一つ何か考え込むような顔を見せた後、ぽつりと呟いた。
「お前はなぜ市丸隊長のものにならなかった?」
「どういう意味ですか?」
「お前とあの人には、何も色めいたことなんてなかっただろ。」
 ああそうだ、とイヅルが目を伏せる。確かにギンが天へと飛翔する少しばかり前、イヅルについて執拗なまでに完璧に、ギンは防壁を作り上げていった。誰であろうとイヅルを傷付けぬよう、例えそれが自分であろうとも、だ。
 なぜそのようなことをしたのか、イヅルには答えが見えていた。他でもなく、自分がギンのものとして彼に抱かれることを許さなかったからである。
 藍染の起こした騒動から僅かに遡るある晩のことは、イヅルの脳裏に今でも深く根付いている。



 生温い晩であった。隊舎の池の水から空気の据えた香りが覗き、寝巻きに羽織を重ねても少しばかり肌寒く思うような、気候のはっきりしない晩である。しっとりとした霜が降りるように、柔らかな闇が深く辺りを染め上げていた。
 イヅルは羽織の襟を指でしっかりと引き留め、入り組んだ視界の先を見つめている。暗雲が犇めき合い、茹だるような空を更に鬱蒼としたものにしていた。
「何しとるん?イヅル。」
「隊長…。」
 肉体関係というものはなくとも、交わった互いの想いを分かつ仲である。どちらかの自室で寝食を共にするのが常であったが、どうしたことかイヅルの様子が些か気になり、ギンは背後からイヅルをやんわりと包んだ。
「そないしとらんでこっちおいで。」
「ええ、ですが…。」
「…何で空ばっか見よるん?」
 ギンの言葉に、ひっそりとイヅルが微笑する。その笑みはギンには変わらず美しいものに見えたが、どこか危なげな調子も孕んでいた。携える眼光は白く、見据える空の先に追うものはおそらく狂気以外の何者でもない。
「いいえ、ただ…もうすぐあなたはあそこへ行ってしまわれるのだなと思いまして。」
「イヅル。」
 晴れ間の闇であるならばまだしも、今日は朝から雲が立ち込めており、ギンの消える様を助長している。否、だからこそイヅルがそのような焦燥を覚えたのやもしれなかった。イヅルを抱く腕を一層強め、ギンは縋るようにしてイヅルの髪を撫でる。
「置いて行くんやないて、何度言うたら分かんの。」
「僕のためだなんて、そんなものは要らないんです。貴方様こそ、幾度申し上げれば理解して下さるのですか。」
「生きて帰る保障もあらへんのに?」
「ならば尚更お連れ下さい。あの世までご一緒致します。」
「ボクがおらんようになったらそない寂しいん?」
「寂しいなどと、そのような想いでは…。」
「なァ、寂しいん?」
 くすくすと可笑しそうに笑ってギンが言うもので、イヅルはやや視線を下に落としてからギンの方に向き直り、少しばかり頬で胸に触れながら呟く。
「…寂しゅう、ございます…。」
 言った瞬間、イヅルの中で何かがどくんと音を立てた。ここのところいつもそうである。ギンと共に過ごす間、何かが自分の中でうごめいているようで、あまり気分が宜しくない。するとギンは、イヅルの腰と膝の裏に腕を回すと、軽々と艶かしい肢体を抱き上げた。
「あの、たいちょう…?」
「ほんましゃあない子…。」
 一言呟き、イヅルの頬に軽く口付けてから、既にイヅルが敷いていた布団の片方に向かって足を進める。腕の中のイヅルが僅かに身じろいだのが感じ取れたが、構わず敷布の上に薄い身を寝かせると、襟に伸びたギンの手をイヅルが遠慮がちに制した。
「…最後や、イヅル。」
「最後、とは?」
「明日から忙しゅうなる。ここに帰ることもないやろ。…お前を抱くんやったら、今日やないとあかん。」
 虚空へと昇れば、そうそう逢瀬は叶わぬであろう。これまでイヅルが決死の覚悟で拒んでいたので、ギンはイヅルを終ぞ抱かずにいたのだが、別たれる期日はそこまで迫っている。けれども行き急ぐようにイヅルの首筋に手をかけたギンの手を、やはりイヅルはやんわりと押し留めた。
「お止め下さい。」
「…そないにあの子が好きなんか?」
「そのようなことはございません。」 
「違うことあれへんやろ。あの子がおるから男でおりたいんちゃうの?」
 例え桃を想う気持ちがあったとしても、イヅルにとってそのようなことは別段問題ではなかった。男に抱かれれば男を失うというわけではない。ただ、ギンに抱かれることでいよいよ男としての、そもそも副官としての意識を失うことが何より恐ろしかった。
「お慕いしております。貴方様を誰よりお慕いしているのです。けれどもいけません。このような非道をどうしてなさいます?」
「どっちが非道や。口では可愛えこと言うておきながら、抱かれるんは嫌なんか。」
 はい、と、なぜか容易に頷くことは出来なかった。飄々とした面立ちを捨て、イヅルの指を絡め取ったギンの表情がひどく哀れに思えたのだ。ギンのものになりたいと、その想いは偽りではない。けれどもやはり恐ろしくて堪らない。
 抱かれた後にすぐさま去られては、おそらく正気を保つことが出来ぬであろうと思う。正気を失った自分など、ギンの望む「吉良イヅル」ではない。伴われることが叶わぬならばせめて狂わぬまま彼を待ちたいと、そう願うのは果たして高慢なのであろうか。
 イヅルの指を絡めたまま、雪に触れるかのようにそっと口付けを残し、ギンは悲痛とも取れるような声で呟いた。
「なしてボクのものにならへんの、イヅル。」
 堕ちた声を捉えながら、イヅルの首筋には何か見知ったものが伝っていた。ほろほろと泣くイヅルの姿を眺めながら、ギンは袖で涙を拭ってやる。けれども鳴けとも泣くなとも言わず、ただ沈黙を保ったまま幾度もイヅルの涙を拭ってやるだけであった。



 何を思い出しているのか、イヅルが自嘲するような表情でふっと笑みを浮かべた。修兵はそれを痛々しげに見止めながら、かける言葉を模索しているように見える。するとイヅルが、修兵が口を開く前にはんなりとした声を出した。
「あの時僕は確かに女だった。だから二度と女になるのはご免なんです。」
 おそらく『女』のようになれば、自分は狂う。一人の男を想い、男のために全てを殺め、男のために全てを信ずる狂人と化すであろうと思うのだ。桃のように激しくもない、ただ静かに崩壊を待つ狂人と。自分の内の弱さを知るからこそ、自分が女という生き物になれぬ、否、なることを許されぬと理解出来た。
「あの人が消えても、俺がお前を女にしちまう。俺が消えてもまた別の奴がお前を女にする。そしてそいつが消えても、また同じだ。お前を女にする男は消えねえ。賭けてもいい。」
 イヅルが男を想わずとも、イヅルを想う男は幾度も現れるであろうと修兵は踏んでいた。少なくとも、今は自分がいる。イヅルはその言葉に驚いたようである。修兵は、今まで気付かなかったのか、とやや苦笑気味に言った。
 けれどもイヅルは、そうではないのだと言う。自分が男を想わぬ限りは、男が自分をどう扱おうとも女のような存在にはならぬと。
 それはつまり俺のもんにはならねえってことか、と、敢えて尋ねようとも思ったがやめた。瞭然の話である。宛て付けのような想いで時折ギンの口ずさんでいた唄を歌ったのだ。どこの唄なのであろうと、いつであったかイヅルが歌って聞かせたものである。
「先輩、あの唄まだ覚えてらしたんですね。」
「そりゃあ、お前が歌ってくれりゃな。」
「何だかひどい人みたいじゃありませんか、僕。」
「俺の気持ちになんてとっくに気付いてるもんだと思ってたからな。わざとかと思った。」
 自分を慕う男に、自分の慕う男の歌った唄を聞かせるとは、と修兵は自嘲気味に思ったが、イヅルが「すみません」とさも申し訳なさげにちょこんと頭を下げたので、既に気にしていなかったことが更にどうでも良く感じられた。
「別にもう気にしてねえよ。分かっててやったんじゃねえんだし。」
「はい…。」
 ギンと最後に閨に入った時と全く同じ場所で、全く同じ格好をして修兵と言葉を交わすというのは、些か不思議な気分であった。
 そうして、随分と肌寒くなっていることにふと気が付き、下に常備してある草履を履いて修兵の傍まで歩くと、部屋に手を向けて促す。
「あの、話に夢中になって気付かなくて…すみません。お入り下さい。」
「いや、俺はいい。そろそろ帰るしな。」
「そう仰らず…。」
「お前、そんなんだから駄目なんだぜ?」
 くしゃりとイヅルの髪をひと撫でし、修兵が眉を吊り下げて苦笑する。そうやって引き止めるのは、真に恋い慕う男だけにしておけと言わんばかりの表情であった。イヅルは一瞬目を見開き、すぐに長い睫毛を伏せると、小さく「はい…」と呟く。
「まあ、何かあったら言えよ。心変わりも気長に待ってるぜ?」
「もう…、ありがとうございます。」
 茶化すように言う修兵にやや頬を染めつつ、ぺこりと頭を下げる。薄暗い中を歩くのは危険であるからと、イヅルは付き添うことを主張したが、帰りのお前の方が危ないと修兵はそれを拒否した。どうやらとことん男扱いをしないことに決めたらしいと、イヅルは不本意であるというような表情を見せる。
 剥れるイヅルの頭を再び撫で、最後まで苦笑を絶やさぬまま修兵は背を向けた。じゃあな、と思い出したように一度振り返り、今度は強い目をして鋭い笑みを浮かべる。イヅルはほんのりと微笑し、羽織の襟を引き止めたまま軽く手を振った。



 ひっそりと床に就けば、見上げた天井に一筋の光が見える。おそらく襖の向こうの灯りか何かが漏れてこちらへ来ているものと思い気に留めないでいたが、目を閉じるとそれは大層大きな光となって視界の闇を遮った。けれどもすぐに収まり、次第に瞼が重くなってくる。
 夢を観た。否、夢の中では夢とも思わず、現であろうと考えていたのだが、目覚めた後からしてみればあれは可笑しいというような夢である。
 隊舎の池にて、川蝉が黄金色の飛蝗を貪っている。時節や黄金色をした飛蝗は元より、そもそも川蝉というものは飛蝗を喰らうものであっただろうかと訝しく思っていると、すう、と川蝉が弧を描きながら飛び上がった。
 先程の無惨な殺戮を気にも留めぬかのように、瑠璃色の肢体を惜しげなく翻して岩場の影から飛翔する様は、ひどく美しい。けれども残された池の周辺には、何とも言えぬ侘しさが漂っているように思えて仕方がなかった。
(あれは…?)
 ぼんやりと川蝉の軌跡を辿り行方を追っていると、ふと川蝉が伸ばされた指の先へと止まった。
「市丸、隊長…?」
『あァ、ようやったなあ。』
 ギンはイヅルの方に気付かぬようにして、指先に止まった川蝉を慈しむように撫でている。川蝉はギンの手に身を委ね、広い嘴をかちかちと僅かに鳴らした。
「市丸隊長!」
「…イヅル。」
 呼び止めたところで弁解の余地もないが、高く声を上げずにはいられなかった。ギンの方には驚いた様子もなく、イヅルの名を呟いたまま常のように微笑を湛えていた。
「こないなとこで何しとるん?早うお帰り。」
「申し訳ございません…申し訳ございません…!」
「…なしてイヅルが謝んの?」
 ギンがこちらへ歩み寄ろうとすると、川蝉はギンの指を離れ肩へと姿を移した。途端に膝を折り、体勢を崩したイヅルの腰を支え、やんわりとその身を抱くと、そのまま背を擦ってやる。するとイヅルの泣き声は一層強くなった。
「違うんです隊長。僕はあなたのことをお慕いしているのです…。」
「分かっとるよ。せやから落ち着きぃ。」
 申し訳ございません、申し訳ございませんと繰り返し呟くイヅルの背を尚も撫でながら、ギンは穏やかな表情を浮かべている。抱かれることを拒絶していたわけではない。否、頑なに拒絶してはいたが、心の内はそれを望んでいなかった。
「狂わぬままあなたがお帰りになるのを待つためには、こうするしかありませんでした。」
「…そうか、そうやな。」
 うんうんと、あやすように頷くギンであったが、イヅルの言うことは確かに理解していた。イヅルの性情を誰より知り得た人間は他でもなくギンである。抱くのを最後に消えるなど、この子にとってどれほど残酷な行為なのであろうと思う。
「抱かれることによって、いよいよ貴方様から離れられぬようになることが恐ろしかったのです。強さを何より望んだ僕が、何より弱くなるようで、恐ろしかったのです。」
 そこにどれだけの想いが孕まれていたとしても、抱かれることで他者への執着を強めれば、いつしか自分の意思というものを失うのではないかとひどい恐怖に襲われる。傍らで姿を見受けられるのならばまだ良いが、離れることで彼の姿ばかりを追うようになってしまうのではないかと、そのような畏怖すら覚えた。
「本当は、貴方様が抱いて下さることを望んでおりました。望まれるままに我が身を差し出すことが、天上の幸いであると。」
「うん、おおきに。」
 お前の想いは分かったと、そう言うようにギンはイヅルの額に口付け、そのまま唇を捕らえた。イヅルは未だ泣き濡れており、ギンは「泣いてばっかりやねえ」と苦笑しながら零す。そうしてあの晩のように、幾度も袖で涙を拭った。



 目を開けども闇は明けておらず、夢落ちる以前に見えていた光すら消えていた。先程まで流れていたらしい涙は乾いており、ただ甲高い水の音のみが頭に響いている。その音はどうやら池から伸びてくるようであったが、身体が重く様子を見ることが出来ない。
 指先が鈍色の水に濡れていた。何かと思えば池の水である。床に就いた時には確かに傍らに畳んでいた羽織は、布団の上から重ねられていた。

 ああ―…あの光は。

 川蝉が飛蝗を喰らったように、根底から侵食されたいと望むその心は、果たして高慢なのであろうか。そのようなことを考えながら、果たして言葉は全てギンに届いたであろうかと思う。
 首だけを動かし、開け放たれていた襖から池を窺うと、川蝉が妖艶な瞳を湛えてこちらを見つめていた。



瑠璃と珊瑚が翻る
神室は白い 池の上
瑠璃と琥珀が花に寄る
強き標は 宵夢に在り

綻びの周波数(日乱+ギン)*5万打御礼フリー

2006-02-12 21:36:56 | 過去作品(BLEACH)
慕情香る
溶けゆくものの母体は。



 一度綻びを帯びたものというのは、定期的に振動のようなものを発し、その度にまた解けてゆく。それを思うほどに、日番谷はどうにかして乱菊の内に宿る綻びを元のように直してやりたいと考えるが、収集のつかぬまでに穴を広げてやりたいとも考えるのであった。
 


 京楽の傾ける杯の揺らぎに焦点の合わぬ視線を向けながら、日番谷は酒精の勢いもあってか、つい想いのたけを口にしてしまったらしい。はっと目線を合わせ、意識を取り戻した表情で京楽の方を向いた時には時既に遅しといったところで、彼はこちらをさも可笑しそうな瞳で見つめている。しまった、と、思いはするけれども構わぬ振りをして酒を煽った。
「成る程、つまり冬獅郎クンは、乱菊ちゃんのことを自分のものにしたいわけだ。」
「…誰がそんなこと言ったんだ。」
 少しばかり前から乱菊の一挙一動が気になって仕方がないのだ。彼女に好奇の視線を向ける者がどこか気に入らぬのだ。そう言うと京楽は、それは恋だよ、と夢を見るような具合で呟いた。そのことを自覚はしているが、自分のものにしたいとまで言った覚えはない。
「でも、乱菊ちゃんのことを好きだって自覚はあるんだろう?」
「ああ―…まあな。」
「それは恋だよ。間違いない。」
「だからそうだっつってんだろうが。大体俺と松本は既に―…いや、俺は、それからどう転んだら自分のもんにしたいってことになるんだって聞いてんだ。」
 やや投げやりに言うと、京楽は諭すような様子で答える。
「同じさ。愛ともなればまた違ってくるけどね、恋は皆同じだ。」
「…なら、お前は違うって言いてえのか。」
 京楽が常日頃七緒に対して紡ぐ言葉には、常に愛という文字が含まれている。けれども京楽は、日番谷の睨め付けるような視線を受けて笑みを絶やさぬが、その表情にはどこか憂いがあるように思えた。
「同じだよ。ボクも同じだ。冬獅郎クン、これだけは覚えておくといい。何の見返りも要らない『愛』なんてね、どこにもないんだよ。皆恋だ。…それに、見返りが要らないんだったら『愛してる』なんてわざわざ言わない。」
 愛という言葉をわざと紡ぎ出すのは、常に相手からそれを返して欲しいと、言葉などでなくとも良いから何らかの形で返して欲しいと、そう思うからであると京楽は切なげな面持ちで言う。酒精が抜けていない所為かとも思ったが、普段より幾らか饒舌なのはともかく言葉は本心であるようだった。
「…いまいち分かんねえな。そもそも俺は愛だの何だのが下らねえと思われてるような場所で育ったんだ。上級貴族様の考えなんて理解出来ねえのかもしれねえ。」
 悪びれぬ素振りで価値観の違いを主張する。京楽のことを住む世界の違う人間であると感じたことはないが、どうも物事の重みなどに対する価値観はどこか異なっているのだと、こういった時に深く考えさせられるのだ。京楽はいかにも、というように頷いてから、眉を吊り下げて首をゆっくりと横に振った。
「いいや、それは違うよ。大体乱菊ちゃんならともかく、キミは同じ流魂街の中でも良い場所で育ったそうじゃないか。拾われた恩くらいは知ってるだろう?」
「まあ、そうだが…。」
 流魂街にて日番谷と桃を拾い上げ、死神へと駆け上がるまで共に暮らした祖母の元へは、今でも時折顔を見せに帰っている。
「少なくともキミは想う心を分かってるってことだからね。…それに、上級だろうが下級だろうが、流魂街の住民だろうが…こういう時に滑稽なのは皆同じさ。」
 乱菊への想いを淡々と話す自分を自覚しながら、まるで自分ではないようであると感じていたのを読み取られたのか、諭すように京楽が微笑む。日番谷はといえば、そうか、と一言口にしたまま、腰を落着けづらそうにしながら徳利を手に取った。滑稽と言われたことには些か不本意さを覚えたが、それもそうかと納得する。京楽は尚も、可笑しそうにこちらを見つめていた。



 世に眠る全ての芽が、一斉に解き放たれたように思われた。これが春か、と、この尸魂界という場所に生まれ出で、初めて春を迎えた頃に感じたことを、今でも鮮明に記憶している。すると、昨年の夏頃に花見に連れて行ってやるという約束を乱菊に取り付けさせられたことも思い出した。
(秋に言われた紅葉狩りにも連れて行ってやってねえしな…。)
 そうは言えども、互いに忙しい身である。しかし常に合間を塗って乱菊が様々な遠出を催してくるので、休日すらも日番谷の自由にはならない。それも心地良くはあるのだが、と思う辺りがどうしようもないと自分でも頭を抱えている。
『忘れないで下さいね?』
 けれどもくすくすと苦笑されながらそう言われると、何とかして叶えてやりたいと思う。紅葉の時節からは遠のいてしまったので、花見くらいには連れて行ってやるか、と日番谷は重く瞼を伏せた。 
 常に平静を装っていた乱菊が感冒を患い、それまで賑わいを絶やさなかった執務室の空気も至ってがらんと空洞化していた。頬を染め上げるような豊穣の色から、突如として冷めた淡い鈍色に姿を変えた空気にはひどく侘しさを感じる。
 何か他に想うことがあろうとも、日頃の癖でつい筆を取ってしまう。見舞ってやらなくてはと思いはするけれども、義務というものがそれを許さず、それ以上に日番谷の内の使命感というものが彼の行く手を阻むのであった。
(アイツ、ちゃんと寝てるだろうな…。)
 普段からお世辞にも落ち着きがあるとは言えず、常に朗らかな様子で動き回っている乱菊を思い浮かべながら、ふとそんなことを思う。彼女のことであるから、もしかするとこの寒い中、静まることも知らず布団を畳み、常の通りに自分で食事を作っているようなことも充分に考えられた。
 自分が赴いたところで代わりに食事を作ってやることも出来なければ、満足に世話をしてやる自信もない。けれども独りでいるよりは幾分安心するのではないかと思う。昔は日番谷も病に伏せた時、傍らの存在には大層感謝したものである。その経験もあり、やはり早く行ってやらねばならぬと、日番谷は再び忙しく筆を動かした。



 少しばかり傾いた陽は、端の方で僅かに光を放っている。未だ陽は高く頭上にあるが、急がなければならぬと足を急がせた。
 自分の書類をいち早く片付け、ついでとばかりに乱菊の溜めた書類にまで少々手を加えてから隊舎を出る。隊員達は変わらず足を急かして動き回っており、中には腕を机に委ねてひどく疲労した素振りを見せている者もいるが、ここまでやったのだ。文句はあるまい。
「日番谷隊長、どちらへ行かれます。」
「…ああ。」
 確かに定時にしては早いが、仕事を終えた者をわざわざ引き止めるような時刻でもない。けれども日番谷の仕事量を知らぬ三席は、訝しい表情で日番谷の方を見つめている。日番谷は一度眉を寄せ、執務室を指で示しながら言った。
「今日付けの書類まで済ませてある。松本の分は悪いが一昨日付けまでしか出来てねえ。」
「はっ…お、お疲れ様でございました!」
「ああ、ところで今日はもう帰っていいか?ちょっと野暮用があってな…。」
「どうぞどうぞ。ええ、それはもう。」
 お疲れ様でした、と再び告げ、三席はこれ以上ない程に頭を下げた。これまで処理した中でも最高の仕事量である。日番谷はおう、と一声上げると、すぐさま背を向けて乱菊の自室へと向かった。



 乱菊の自室まではそう遠くない。日番谷は辺りを見回すが、どうやら人の気配はないようなので、何やら甘い芳香のする部屋の襖をするりと開いた。ふと繊細な香りが尚も鼻を掠めたかと思うと、それはすぐに飄々とした声に掻き消される。

「奇遇ですなァ、十番隊長さん。」
「…何でお前がここにいるんだ、市丸。」

 寝息を立てている乱菊を一瞥し、ほっと一つ息を吐いてから顔をしかめる。ギンは常である表情をこちらに向け、さも当然と言わんばかりに意味深に目を伏せた。少しばかり皮を剥いた跡の見られる水密桃を手に包み、それが淡くきらきらと輝いて目に穏やかではない。
 状況から見て、ギンは乱菊の寝入った後に赴いたらしい。日番谷にとっては、それがささやかな救いであった。
「何で、て。お見舞いですやろ。可笑しなこと聞かはりますなあ。」
「女の部屋に、一人でか。」
「…自分のこと棚に上げてよう言わはる。」
「俺はっ…。」
 見舞いに訪れる権利がある、という言葉が口を突いて出たが、寸でのところで押し留めた。ならば家族のような存在であると乱菊が話していたギンも例外ではない。ギンは常よりも更に口の端を上げ、一たび興味深げな表情を見せると、些か水密桃の果肉に汚された指を舐めた。
「ええやろ?兄と妹みたいなもんやし。…乱菊にとっては逆かもしれへんけど。」
 そういった関係性は、自分と桃のものによく似ていると日番谷は思う。兄弟に譬えれば、互いに自分が上であると言う。自分の方が手を煩わされているのだと、そう言う。けれども所詮はどちらも同じく曲者なのであると、日番谷はこの頃ようやっと理解してきた。
「仕事はどうした。」
「心配せえへんでも、うちは優秀なのがおりますから。」
 一応やって来たんやで?と悪びれぬ風に言いながら、見舞いに持ってきたはずの水密桃をひっそりと齧る。そこで自分には何の見舞いの品もないということに気が付いたが、後の祭りである。急かす想いばかりが先を突き、物を贈るより何かしてやろうと、そんなことばかり考えていた。けれどもこうして見れば、何か精のつくものを買ってきてやれば良かったと僅かに口唇を引き締める。
「―…貸せ。」
 傍らに包丁が置かれているものの、いっこうに使われる様子がないのに痺れを切らし、日番谷はゆらりと銀糸のような輝きを放つそれを手に取った。そうして、ギンの膝辺りに幾つか転がっている水密桃をそっと覆う。
「貰うぞ。」
「それはええけど…剥けるん?」
「やってみなきゃ分かんねえだろうが。」
 挑むような眼光を向けたかと思うと、すぐさまその視線を桃へと移す。幼くすらりと細い指先の動く方向を眺めながら、ギンは些かその様子を危なげに思っていた。けれども代わってやったところで上手く剥く自信もない。剥くことが出来たとしても、この状況では彼の自尊心を削ぐだけであろうと考え、退いてやることにした。虐め上げたところで自分には何の特も存在しない。
 林檎などとは異なり、桃は果肉の柔らかさもあって思ったよりも容易く剥くことが出来た。けれどもやはり芯の部分まで綺麗に剥ぐことは出来ず、甘い果肉を全て削ぎ落とした跡の種に残った分を味見とばかりに齧ると、さも喉には優しいであろうという風な甘さであったので、少しばかり安著する。
「意外ですなァ。」
「何がだ。」
「剥いた跡なんてすぐ棄てる思うたのに、アンタでもお残り齧ったりするんや。」
「俺でもとは何だ、俺は貴族なんかじゃねえ。」
 治安は違えど、ギンと同じ場所で育ったのだ。そもそも治安の良い場所の住民に拾われるまでは、ギンや乱菊と同じく貧困に彷徨っていた。酸いも甘いも、然りと心得ている。なのにも拘らずこの男は何を言い出すのだと、少しばかり唇を開いた。
「せやけどなあ、ボク初めてキミ見た時から、ええとこのお坊ちゃんやと思うとったんよ。流魂街の子ぉにしては背筋がしゃんと伸びとる。ボクと同じとこから来たて聞いた時は驚いたわ。」
「…不遜なのはお前も同じだろうが。」
 むしろ、やんわりとした口調や身のこなしから見れば、ギンの方が雅やかに思えると不本意ながら日番谷は思う。とても貧困に苦しんだ男には見えない。けれどもギンは、日番谷の眼は人の眼ではないと言う。常に全てを見渡しているような、否、見透かしているような瞳は、人のものではないのだと。
「人やない言うても、譬えるもんはあらへんのやけどね。」
「…見透かしているように思えるのもお前と同じだ。」
 そう言われ、ギンは尚も可笑しそうに笑う。日番谷という少年が人でないように思えるのは、死神であるからというわけではない。だからといって獣などでもなく、それより高尚であるからという理由で神に譬うことも出来ぬ。
 この少年と自分は、どこか似ているのだ。ギンは常々そう思っていた。否、本質はおそらく同じであろう。誰を見下しているわけでもないのに、人を見据える目が他人を卑下しているように見える。けれどもギンと日番谷の異なる点は、日番谷の方が幾分意志をしっかりと持っているように見られることである。
「せやけど、皆十番隊長さんの方が人間らしゅう見えるんやろうなあ。」
「そりゃ、お前みたいな人間を信用しようと思う奴はそうそういねえだろ。」
 俺が信用出来る人間だと言うつもりはないが、と多少弁解してから、徐々に温くなってゆく水密桃を見つめる。そろそろ目を覚まさぬかと思っていると、ギンがすう、と立ち上がった。
「ほな、そろそろお暇しますわ。」
「松本に会って行かなくていいのか。」
「珍しなあ。ええんですか?」
「”兄妹”なんだろ?」
 言ってから、先程と同じく鋭利な視線を投げかける。そうして挑むように口を端を僅かに上げ、睨め付けるような調子で斜め下から見上げた。
 乱菊の「綻び」を容易く造り上げたのは、他でもないこの男である。そうしてその綻びを無自覚に押し広げ、巻き糸を転がすような調子でするりするりと解いていったのも、紛うことなくこの男である。けれども日番谷は、ギンのことを憎らしいとは思えども、同時に哀れであると思うのだ。
 むしろギンの乱菊への想いこそが、京楽の言うような何の見返りも求めぬ愛であると感じる。恋情もなく、こちらを向いて欲しいという渇望もなく、ただ幸せになれと願う。それを思えば、やはり自分と桃の関係にひどく似ていると思う。
「…せやけど、今日は帰ろう思います。」
「そうか?」
「起きてしもたらお邪魔になりますやろ。」
 茶化すように奥ゆかしい笑い声を上げ、乱菊の方を一瞥してから細められた瞳を僅かに押し開けて言う。日番谷は肯定することも否定することも出来ず、ただ答えを模索するようにして黙っていた。するとギンが、ぽつりと哀しげに言葉を零す。

「―…乱菊を宜しゅう。」
「―…ああ。」

 何も考えずに頷いたが、ギンのその言葉は、何か含みのあるものではなかった。ただその意味合い通りに、乱菊を頼むと言っているように聞こえる。けれどもそれが果たして上司としてなのか一人の男としてなのかは分からなかった。
「ほんなら、また。」
 何か返事を返す前に、ギンはまるで疾風のように軽く消えていた。日番谷は一瞬目を見開いたが、すぐに乱菊に視線を戻す。すると微かに瞼の上がった様子が見受けられた。



「起きたか、松本。」
「…たい、ちょう…?」
 緩やかな流れである口調は、未だ意識がまどろんでいることを如実に示していた。乱菊は暫く薄っすらと瞳を開いたまま仰向けでいたが、次第に朦朧としていた意識がはっきりしてきたのかゆっくりと身体を起こそうとする。けれども日番谷は、乱菊の額に手を当ててそれを制した。
「寝てろ。…何か食えるか?」
「いえ、そんなには…。」
「珍しいこったな、お前みてえな食い気のある女が。」
「失礼ですよ隊長。」
 やや剥れたように唇を尖らせるが、やはり頬は紅く染まっている。日番谷は傍らに置かれた皿に目を向け、ささやかに桃が盛られたそれをそっと手に取り、楊枝に桃を一つ刺すと、乱菊に差し出した。
「これなら食えるか。…温くなっちゃいるが。」
「あら、ありがとうございます。」
 差し出された桃に再び身を起こそうと試みるが、それでも日番谷は乱菊の身体を寝かせたままにして制する。羞恥心は煽られたが、乱菊に無理をさせるよりはと、乱菊の口元に楊枝を運んでやった。乱菊は目を見張ったが、日番谷もひどく恥ずかしげにしているのを見受け、躊躇せず受け入れる。
「これ、隊長が?」
「いや…市丸だ。」
「そう、ですか…。」
 乱菊の睫毛が些か頬に翳ったように思えたが、日番谷は険しい顔をしただけであった。おもむろに幾つか桃を食べさせ終え、最後の一つが皿から消えたところで、乱菊の口元を少しばかり布巾で拭ってやる。
「復帰したら花見にでも行くか。」
「え、本当ですか!?じゃあ早く直さないと…。」
 床に伏せたまま、無邪気な表情で乱菊が微笑む。ふと布団から感冒を患う前より白くなったように見える手を差し出されたので、日番谷はそれをやや戸惑いつつ握ってやった。すると乱菊が、ふふ、とさも嬉しげな声を上げる。

「あたしが直るまで、ちゃんと待ってて下さいよ?」
「…当然だ。」

 亜麻色の闇が目前を掠める。乱菊という女を知り、独裁というものにひどく憧れを抱くようになった。ただ幸福を願うでもなく、束縛を望むでもなく、ただ全てを支配し、護りたい。独裁というには矛盾した想いやもしれぬが、確かに護りたいとそう願うのだ。
 そうして、永久と表して過言ではない年月の間に培われてきた彼女の内の綻びを、修復してやりたい。ギンの手によって裂かれた綻びを自分の手で押し広げてやりたいという念が時折頭を掠めるが、そのように残酷な処遇は日番谷には出来なかった。そんな想いは、ただの嫉妬である。



恋情揺らぐ
傷を飲む者の行方は。

  

Bitter Choco

2006-02-12 21:35:10 | 前サイトでの頂き物
それはちょっと苦い話しなわけで・・・。



Bitter Choco



今日はバレンタインデーと言って女の子が好きな男の子にチョコをあげると言う日。
さて、ここ十番隊ではどんなバレンタインデーを送っているのだろうか??



「松本副隊長!これあたし達からチョコです。どうぞ食べて下さい!!」

「チョコ好きだからいいんだけど、本当にあたしが受け取っちゃってもいいのかしら?」

「はい!副隊長の為にあたし達チョコ作ったんです!!」

「ありがとうvv後でじっくり食べさせてもらうわねvv」

毎年あたしはこの時期あげる側の女であるはずなのに何故か沢山チョコを貰う。でも、チョコは大好きvvどれだけ食べても飽きないわvv

そーいえば、いつもつるんでる恋次や修兵とかには買って来たチョコを渡しておいてあげたけど、実は隊長のチョコは用意してないのよ・・・。
と言うのも、買ったのを渡すか自分で作るか悩んで・・・でも、隊長って甘いのあまり好きじゃないみたいだし・・・毎年、沢山貰っているのにほとんど食べずにあたしにくれるくらいなのよ?だったら、最初から貰わなければいいと思うでしょう?
でも、隊長は優しいからそんな事出来ないのよ・・・。
あたし的には色々と複雑なのよね。沢山の人から好かれて、慕われ・・・でも、正直隊長を独り占めしたいのに・・・。

「松本副隊長!」

来たな最大の敵!!

「浮竹隊長、おはようございます。どうされたんですか?こんな朝早くから。」

「いや、ほら、今日はバレンタインの日だろう?冬獅郎にチョコを持ってきたんだ。喜ぶかと思ってね!!」

「でも、隊長は甘いものは・・・」

「何やら、あまり甘くなくて少し苦味のあるビターチョコと言うのを買ってみたんだ!これなら冬獅郎も食べられるだろうと思ってね。」

敵は戦略を練っていた・・・。そこまで計算していたとは不覚だったわ!!

「だけど、さっきから捜しているのだが姿が見当たらなくてね。悪いが、頼まれてくれるかい?」

「勿論。ちゃんとお渡ししておきますvv」

「そうそう、松本副隊長のチョコもさっき清音から受け取ったよ。後で頂くつもりだ。毎年、ありがとう。では、頼んだよ!あっ、松本副隊長の分はそっちの小さいのだから、くれぐれも大きいのは食べずに冬獅郎に渡してくれよ!」

と言うなり浮竹隊長は行ってしまった。私の分もあるって事は去年の事を覚えていたのね・・・。去年、隊長に渡さずに一人で食べた事を・・・。

とりあえず、あたしは沢山のチョコを抱えて執務室に戻る事にした。

「まずは、どのチョコから食べようかしら??」

と、ウキウキで執務室の戸を開ける。すると・・・

「松本・・・このチョコの山何とかしてくれ~!!」

チョコの山に埋もれた隊長がうんざりするように言った。でも、隊長こんなにチョコ貰っているなんて・・・

「・・・年々増えてません?とりあえず座れるだけのスペースを確保しましょう。」

あたしはそんなチョコの山を片付けつつ気持ち的には複雑だった。



やっと隊長とあたしが座れるだけのスペースは確保出来て、さっき浮竹隊長から受け取ったチョコの封を開けた。

「隊長、甘い物が苦手なら断ればいいんですよ。隊長はそうやって嫌な事でも断れないから損をするんです。」

何だかいつも隊長の近くにいるはずなのに、他人にまで優しくしている隊長を想像しただけでムカムカした。そして、浮竹隊長から貰ったチョコを口入れる。少し苦い。まるで今の自分の気持ちそのものみたい。

「折角くれるものを拒めねぇだろう?松本も毎年沢山貰ってるじゃねぇか?」

でも・・・あたしは同性からだけど、隊長は異性からでしょう??こんな気持ちになるなら、あたしも隊長に何かあげれば良かった・・・。ああ~ここにあるすべてのチョコを捨ててあたしのチョコだけ隊長にあげたいくらい。そして、また苦いチョコを口に加える。

「・・・そのチョコ美味くないのか?」

「少し苦いんです。隊長の分もありますよ?」

と、袋を差し出す。

パクリ・・・

えっ!!!!!!!!隊長ってば差し出した袋を差し置いてあたしが口に加えていたチョコをパクリ!!しかも、口が思いっきりついたのよ!!あたしが呆然としてるいと、

「そっちより、お前の食べてるヤツの方が美味そうだったから、つい。と言うか、お前はチョコくれねぇのか?」

「あっ・・・あたしは食べるの専門で、作るのは・・・でも、隊長は沢山貰えると思っていたし、甘い物も好きじゃないし・・・だから・・・」

「じゃあ、もう一口貰うか?」

と、隊長はあたしに口付ける。

「普通のチョコより苦い。でも、甘ぇな。」

あたしは更に頭が真っ白になった。だって普通年下がここまでしないわよ・・・嬉しいけど・・・。どうせならあたしが喜ばせてあげたかった。だから、嬉しい気持ちは沢山だけど、少し苦さが残った今年のバレンタイン。


後に、このバレンタインの日の松本副隊長の唇が少し腫れていたと言う話しがあったとか?なかったとか?






 いつも可愛らしいお話を提供して下さっている奈々嘉様より、バレンタイン限定のフリー小説を頂きましたv
 攻め気質な日番谷君が非常に素敵です…!
 奈々嘉様、素敵な小説をありがとうございましたv

書き下ろし色々と日記ログ。(小ネタ)

2006-02-04 16:14:59 | 過去作品(BLEACH)
 節分の日に乗り遅れました。



 2月3日です。ありがちネタ3連発。エロガキだったりぶっ壊れたりな日番谷君がお嫌いな方はご注意下さい。おかん市丸さんがお嫌いな方は以下略。(全ての小ネタにこの表示をすべき。汗)



~十番隊~


乱「隊長ー!豆の用意出来ましたよ。」
日「ああ…衣装の用意も完璧だ。
乱「不穏な単語が聞こえたような気がしますけどスルーしていいですか?
日「ああ、気にするな。ところで鬼はどっちがやるんだ?」
乱「明らかに女物の鬼の衣装を持って言わないで下さい隊長。有無を言わさないつもりね…!」
日「別に強制するつもりはねえよ。…それとも松本、コレを俺に着せるつもりなのか?
乱「着れるもんなら着てみて下さい。


 乱菊さんは本来楽しく着てくれそうですが(笑)どうもうちの乱菊さんはノリが悪いなあといつも思います。


~三番隊~


イ「隊長、恵方巻きっていうのは食べてる間絶対に話しちゃダメなんですよ?」
市「ええよ。そんなら頂こか。…あ、でもただ食べるだけやとおもろないから、一人ずつ食べよか。そんで片方がずっと相手に話しかけるんや。食べとる方が声出してもうたら負けな?」
イ「…よく分かりませんが、いいですよ?」
市「そんならボクから食べるわ。とにかくイヅルは話しかけてな?」
イ「はい。」


もぐもぐもぐ…。


イ「隊長、寒いですねえ…。」
市「…。」(イヅルに羽織をかける)
イ「あ、ありがとうございます。ところで隊長、松本さんのスリーサイズ知りませんか?
市「…!」
イ「いえ、最近聞き回ってる男性死神が多いんですよー。教えてくれたら賞金を出すっていう人もいるみたいで…。だから隊長は知っていらっしゃるかなって。」
市「…。」
イ「隊長、何で無言なんですか?せめて首振るくらいして下さいよ…。」

 隊長にはきっと見た瞬間スリーサイズを当てる能力が備わっているに違いないですからね。(市丸さんを何だと)


イ「…隊長、ところで隊長はお幾つお豆を召し上がらなければならないんですか?
市「ゴフッ…!あかんよイヅル!それは禁句なんやから―…あ、
イ「隊長の負けですねv初めて隊長に勝つことが出来たような気がします…。」
市「まだまだイヅルは残っとるやないの。これからや。」
イ「触るのはナシですよ、隊長。」
市「…ダメなん?」
イ「ダメです。


本当は向く方角も決まってるんですが、割愛。(素直に方角忘れたって言え)


~六番隊~


恋「隊長…。俺が鬼の面なのは分かりますけど、何で隊長が袈裟(お坊さんの衣装。笑)着てるんスか?
白「知らぬのか恋次。『鬼は外、福は内』と言うであろう。」
恋「ああ、外に豆投げてから内にも豆投げるっていう…。」
白「なっ…鬼と法師が吉凶をかけて豆を投げ合うのではないのか!?
恋「どっからそんな壮絶なバトルが勃発したんスか。つうか誰から聞いたんだよそんな話…。」



 そんな感じで!(逃)



 ちなみに、シリアスにやってみているラプンツェルパロですが、ギャグはこんな感じになる予定でした。


 あるところで、美しい歌を歌うと言われている塔がありました。けれども本当は塔が歌っているのではなく、中にいる美しい娘が歌っているのです。青年が通りかかると最上階から亜麻色の髪の梯子がかかり、それを昇ると娘に会えるのです。


 青年は、塔の前を通りかかると決まって言います。


日「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を垂らしてくれ。」


 カラカラカラカラ…。


日「…オイ、お前そのトイレットペーパーはナメてんのか?
修「仕方ないでしょう。俺の髪は垂らせるほど長くねえんですから!
恋「誰だ配役構成したの…。」


 そんなお前は一体何の役なんだ恋次。もしかしたらギャグバージョンも作るかもしれません。(コラ)



 以下日記ログ。


*市丸さんがわざとイヅルに日番谷君を足止めしなければならない事実を伝えていなければいいなあという妄想。



「吉良君、君のお陰で羽虫が増えてしまったよ。いけない子だね。」
 
 藍染の言葉に、ギンは眉をひそめる。明らかに日番谷を相手にすることを楽しんでいたくせに、この男はイヅルを震え上がらせるためにわざとそのようなことを言っているのだ。

「…確かに松本さんには敗けましたが、何をおっしゃられているのか僕にはよく理解出来ません。」
「おや、白々しい。」

 不味い、と思った。イヅルに乱菊を足止めすることを命じたのは自分だが、このままずるずると藍染がイヅルを貶めることを楽しんでいては意味がない。危険な目に遭わせることのないようにとイヅルを遠ざけたのにも関わらず、それが全くの無駄骨となってしまう。


「…藍染隊長、あとはボクがきつく言うときます。隊長はせなあかんことが他にありますやろ。

「…そうかい。」

 しかし不本意だという顔をしつつ、藍染はその場を離れない。仕方なしにギンは少しばかり離れた場所へとイヅルを連れ出し、藍染に聞こえぬようにと声をひそめた。

「イヅル、ようやったなあ。」
「…市丸隊長、隊長は松本さんのみを足止めするようにとおっしゃいましたね。」
「うん、それでええ。」
「しかし藍染隊長の口ぶりからすれば、日番谷隊長をも足止めすべきであったという風に聞こえますが…。」
「気にせんでええよ。…十番隊長さんとも対峙しとったら、こんぐらいじゃ済まへんやろ。あの子は殺しまではせんでも容赦せえへんからなあ。」
「では、隊長は僕に偽りをおっしゃられたのですか。」

「…さあなあ。どうやろ。」

 怪訝な表情を見せたイヅルに向かって、ギンはいささか眉を吊り下げて微笑んだ。


*市丸日番谷兄弟ネタ続編。弟最強伝説。


市「イヅルを副官にしたのはええけど、どないして口説いたらええんか分からんわ…。何かええ方法ないやろか。」
日「押し倒せ。
市「…は!?」
日「あの分だと吉良は押しに弱いと見た。おそらくお前が押し切ればそのうち心が通じ合う日が来るんじゃねえか。」
市「…そっちはどうなん?ホントにそういうやり方で落としたん?」
日「いや、まだ実践してはいねえが…今夜あたり夜這うかと思ってな。


おとうとはボクのしらないあいだにトランポリンでおとなのかいだんをのぼっていました。
         
                              さんくみ いちまるぎん 


追伸:おろかなおとうととかいて「ぐてい」とよむ。                                                
                           


市「可愛え時期もあったような気がせんでもないのに…!」
日「…つうかお前と吉良は一体どこまでいってるんだ愚兄。」
市「えっ…ど、どうでもええやないの。」
日「お前のことだからどうせもう手ぇ出してんだろ?」
市「なっ…!!何言うてんの!手も繋いでへんわ!!
日「はあ!?何でだよ!」
市「何ていうかな…この前イヅルがボクに「お慕いしてます」言うてくれたやん?それだけでもうええいうかな…。結婚の約束もろうただけでもうええ言うか…。



あにはまるでようちえんじにもどったみたいにきよらかにわらいました。うさんくさかったです。
                                                    

               じゅっくみ ひつがやとうしろう
  
 
追伸:おろかなあにとかいて「ぐけい」とよむ。


 ジャンプネタバレ小ネタは、とりあえず今は上げないでおきます…。宜しければ日記の方を覗いてやって下さると幸いです。